ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

【たびたび更新】今後の予定

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✴︎2018年7月〜9月

積読本をひらく読書会

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節目につくる、自分の今とこれからを見つけるコラージュの会《秋分編》

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また行きたい!と思える場をつくるゼミ

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ことほぎクッキングレポート / ことほぎ研究室

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✴︎ひととびのサービスメニュー

 ★人が集まる場をひらきたい方に個別で伴走する「個人セッション」

 ★読書会、百人一首、映画や展覧会の語る会などの「つくり方講座」

 ★人が集まる場をひらきたい方同士と学びを深める「場づくりゼミ」

 ★場を主催する方、運営する方と共に場をつくる「プロジェクト」

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「読みたい本がもっと積んじゃう」、積読本をひらく読書会ひらきました。

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7/7「積読本をひらく読書会」をひらきました。

 

積読していることに罪悪感があって、どうにかしたいと思っていたところこの会を見つけて『これだー!』と思った」「読みたい気持ちはあり、読めそうな兆しも感じているので、話すことでもう一歩踏み出してみたい」
...などなど、読書への熱い思いを胸に抱いた方々がご参加くださいました。

 

今回ひらいてみた積読本は、よくよく聞いて話し合ってみると、どうやらこんな理由のよう。


・気になるテーマだけれど、自分事すぎて重いから
・読みづらい組み方で通勤電車内で気軽に読めないから
・こんな本を書ける人への嫉妬から
・これ一冊の文章を全部読みたいというよりは、好きなところや惹かれるところが部分的

 

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毎回毎回、その人その本によって積読の理由が違っていて、新しい理由を知るのがおもしろいのです。時間がないわけじゃない、読む力がないわけじゃない、なのに読めない。その奥にはその人が大切にしていること、物語があるんですね。

 

聞きあうことでその人となりが見えてきて、ほんの少し、その人と自分の人生が交差する瞬間が訪れます。

 

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◎ご感想をいただきました。

積読本をこれから開くきっかけを見つけられたのはもちろんでしたが、行きたいカフェや家族について考える時間などプラスアルファに得られたことが多すぎて、逆に積むような素敵な時間でした(笑)。また、人によって積読理由が違っていたり、人の本の読み方が覗けてとてもワクワクしました! 次、本屋に立ち寄ったら、「あの人(他の参加者)の目線で」本を探してみようかなと思います。



ご参加ありがとうございました!

 


次回は8/4(土) 10:00〜

この読書会にくると、本を読むことはもちろん、積んでおくこともますます楽しくなります。ほんとにほんとにです!

暑い盛りですが、きーんと涼しいお部屋で本の話をするのもまた愉し。冷たいおやつご用意してお待ちしてます^^

ご参加の方には「積読本をひらく読書会のレシピ」を差し上げます。自分でもひらいてみてくださいね!

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【KLASSの講座】また行きたい!と思える場をつくるゼミ(第4回)、ひらきました

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千駄木のまちの教室KLASSで開講している「また行きたい!と思える場をつくるゼミ(通称「場づくりゼミ」)」。第1期はこの第4回が最終回。

 

こちらでお知らせもしたパート練習をしました。

 

ゼミ生にはそれぞれ予定している模擬的な場(ワークショップ、講座、ミーティングetc)の冒頭の20分を進行してもらい、参加者役の方々には「その場に関心があり参加した人」の体(てい)でいていただき、20分の時間が終わったのちに、フィードバックや質問やアイディアをもらうやり方で進めました。

 

この日は、「自己紹介のZINEをつくろう」「韓国料理講座」の2つの場を練習してもらいました。

 

「場をひらいているのは何者なのか」「なぜこの場をひらいているのか」が語れているか、安心安全な場を進行できているか、時間の管理はできているか、手順がわかりやすいか・無理や無駄がないか、などの態度やふるまいや流れや居心地のよさ。

 

フィードバックを受けることで、実は伝わっていないと気づいたり、自分では大したことがないと思っていたことが強みだったことががわかったり、人の場にコメントすることで「自分だったらどうするか」をふりかえる機会になったようです。

 

皆さんからの応援や期待や祝福で、場がほわほわとあたたかい空気に包まれました。

 

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プロダクトを作る際にプロトタイピングという工程がありますが、今回の練習はまさにそれ。いきなり完成品をリリースするのではなく、不完全な状態で、設計したモデルが実際にどのように動くのか検証し、フィードバックを得ながら改善・改良していくことは、場づくりにも非常に有用です。そして、自分のほんとうにやりたいことがなんなのかが見えてくることは、場をひらいていく上での原動力になります。

 

「また行きたい!」という気持ちはどこから出てくるか、どのようにデザインできるか、を考えてきた4回のゼミ。これからも皆さんの自分らしい場づくりを応援しています!

 

ご参加ありがとうございました!

 

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★第2期の場づくりゼミは7/14(土)から!単発参加OKですが、第1回「棚卸しや企画の抑えどころ」は、場の構造の話なので、やりたいことを「企画」にまとめていきたい方や、今の場に不足感があってブラッシュアップしたい方には特におすすめです。

http://klass.hagiso.jp/class/bazukuri-2nd/

 

★場づくり個人セッション -人が集まる場をつくりたい方、人を集めてやりたいことがある方に-

あなたらしい場があなた自身の手でつくれるように、企画・設計・運営をカウンセリング&アドバイスします。 立ち上げ〜ふりかえり〜クローズ、場で起こるさまざまなフェーズ、テーマに伴走します。対面またはZoom/Skypeオンライン通話にて。相談内容や状況や経験に合わせてスケジュールをお見積もり。初回15分Zoom無料ガイダンス有。
20分 ¥3,340〜110分 ¥16,700(税別)の間で10分刻みで承ります。

http://hitotobi.strikingly.com/

 

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ことほぎクッキングレポート・ゆっくりつくるこねないパンをひらくにあたり

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週刊ことほぎラジオをやっている、ことほぎ研究室で、ことほぎクッキングレポートという講座をひらくことになりました。

わたしが場づくりゼミなどでお世話になっている、千駄木にある「まちの教室KLASS」にて。

 

KLASSは、hagi studioという設計事務所が運営しています。KLASSの半分はhagi studioの事務所。

hagi studioは、谷中・千駄木エリアでhagisoという複合施設の中にカフェや、tayoriというお惣菜屋さんや、来週リニューアルオープンするRainbow Kitchenというハンバーガー屋さんなどを手がけていて、食や暮らしを大切にしている建築の人びとが営んでいる会社です。

 

そしてKLASSは、このまちにある暮らしをちょっと豊かにする知恵や文化を、教える人も教わる人も学びあえる場所として生まれました。

 

なんだかいい感じのするこの場所で、またラジオの収録でたびたびお世話になったりもしてきたこのエリアで、ラジオをする中で探求してきた、ちょっと楽しいことを、皆さんとシェアできたらなぁという気持ちでやります。

 

くわしくはこちら>

kotohogicooking.peatix.com

 

 

KLASSには広くて明るいキッチンがあります。読書会をやっていても、コラージュの会をやっていても、場づくりゼミをやっていても、同じ空間にキッチンがあるのがいい。

すぐに温かい/冷たいお茶を淹れられるし、キッチンとテーブルを行ったり来たりしている間に、メンバー同士が自然なおしゃべりをしたり、洗い物をしながらキッチンの向こう側と話したりと、ただテーブルに座って話しているだけではない、いろんな動きや線が生まれるのがすごくいいです。

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これまで番組内ではいろいろなことほぎ方について扱ってきたのですが、クッキングレポートは、「料理を通してこの世のことほぎ方を知る」がテーマになっています。

 (「ことほぎ」とは、漢字では「寿」や「言祝ぎ」と書き、お祝いやお祝いの言葉やお祝いする品々のことをいいます。)

 

最初にこれから作るパンを試食、パンの材料を混ぜるところを見る、発酵させたパン種で実際に焼くところを見る。パンがいい匂いをさせて焼けている間に、歴史や地理や材料にまつわるひみつのレポートを聞いて、みなさんでおしゃべりしながら、さらに展開させてみます。パンが焼けたら各自が持ち寄った塗るもん、のせるもんで、焼きたてパンのオープンサンドを楽しみます。

 

というのがおおまかな流れ。

 

美味しいという喜びがまずことほぎであるし、料理という作業、食べ物について知る、人と食べる行為......。

この場で起こる、することの一つひとつが、ことほぎになるだろうなぁと思っています。

 

こうやってあまたある食べ物の中からひとつを取り出して拡大鏡で見てみることで、もしかすると普段何気なくやっていることも、大切な作業だったのかもって思い出したりするかもしれない。何が出てくるかわかんないけど、楽しみです!

 

 

ラジオでも講座の話をしています。よかったら聞いてみてください。

doremium.seesaa.net

 

 

レシピをこちらで公開しています。ぜひつくってみてほしいです!

scrapbox.io

村上春樹の作品について

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先日参加した持ち寄り型の読書会であったこと。

 

村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」が場に示されたことから、「村上春樹」の話題になった。

持って来られた方は、「彼の作品は何冊か読んだことがある。正直苦手なのだが、古本屋で見つけて、有名な作品だし手頃な値段でもあったので、もう一度トライしてみるか、と軽い気持ちで購入した。しかし目次をひらいただけでもう嫌になってしまって、積ん読になっている」とおっしゃっていた。

 

場にいたのは4人で、そのうち苦手もしくは嫌いという方が3人。

わたしは好き......好きというか、彼の作品に一定の思い入れを持つ、場で唯一の人間だった。

 

「もしかして気を悪くされるかもしれないが...」とわたしに丁寧に断った上で、「できればまずは苦手な理由を説明させてほしい。そして好きで読んでいる人の話もぜひ聞きたいと思っている」と言ってくださったので、ちょっとホッとしながらその場にいた。

 

わたしがその作品を書いたわけではなくても、やはりめちゃめちゃに貶されるのは胸がぎしぎしする。自分がひらいたり参加した読書会で彼の作品を取り上げたときに、物語としての感想を語る前に、嫌悪の感情でいっぱいになってしまう方がかなりいたので、それ以来、わたしも持ち出すことも語ることも慎重にしてきた。そのぐらいいつも両極端な反応が生まれる彼の作品て、一体なんなんだろうなぁ、といつも不思議ではある。

 

村上春樹」が苦手や嫌いの理由は生理的な問題でありそうだった。言葉の使い方や言い回し、多用されるメタファー、生々しい暴力や性の表現。主人公だけが特別な存在で、現実離れした、主人公のために都合よく登場人物が存在しているかのような身勝手な世界観と閉塞感...などなど。そういう感じも一つひとつ、うんうん、あーそうかぁと共感しながら聞いていた。「わたしとは違う見方」という立場と「なんのために今それを話すか」をお互いに明らかにしていると、感情も必要以上に波立たない。場のおかげだ。

 

 

そのとき話したことの内容は正確には覚えていないので、今の自分として再話するとこんな感じになる。

 

・・・・・・・

 

わたしにとって「同時代を生きている」という実感が強くある作家は、村上春樹よしもとばななの2人。4つ歳上の姉が「風の歌を聴け」や羊シリーズを買ってきて、わたしも一緒に読むようになった。それが小学生のとき。よしもとばななが「キッチン」でデビューして、これまた姉と読んだのもその頃。

 

それ以来、出る本出る本すべて読んできて、時にその暴力と性の表現に嫌悪感をおぼえた時期もあったのだが、それでも作品を途切れずに読み、時期に偏りはあるものの、読むことを必要としてきた。

それは今にして思えば、自分の生きている現実世界との折り合いがつきにくくなったとき、起こっている出来事の理不尽さを強く感じたとき、歪みや揺れを感じるときに、もうひとつの世界の可能性...暗い地下鉄やホテルなど、時間や空間や次元を超えたところにある何かを物語の形で読むことによって捉え方が変わったり、理解できることがあったりして、結果、正気を保ちながら今日も生きられる、、ということが実感としてあったからだと思う。あるいは、暴力は暴力的な顔をしていないということを物語から理解することができた。実際に「海辺のカフカ」は個人的にもっとも救われたという実感のある物語だ。

 

村上春樹の作品はとても人気があるし、わたしの周りでもよく読むという人も多い。でも他の人がどういうふうにそれを特別に思っているのかは、知らない。ハルキストの集いにも行ったことがない。行けるほど詳しくない。

書かれた物語には、読む人一人ひとりに個人的な物語が付随してくる。だからわたしのこの「思い入れ」もわたし個人のもので、「村上春樹が好きな人」の代表はしていない。

 

「閉塞感をおぼえる」は、同じことを指しているのかはわからないけれども、あえてわたしの側から見るとすると、「孤独の確認」とも表現できる。ときどき人間は孤独の確認が必要なのではないかと思う。「夜の時間」に入ること。夜の時間には暴力と性もある。それらを真っ向から描いているのが、前述した同時代を生きている2人の作家で、村上春樹に関しては、もしかすると男性的な立場からが強いのかもしれない。

 

悪い物語を見分けるための良い物語の話、長い物語を書き続けるために鍛える話、徹底的な時間管理や人間関係の調整について、インタビューで語ってきたことも、わたしに強い影響を与えてきたと思う。

 

作家も変化しているが、書くテーマはそうそう変わらないのかもしれない。なんのために小説を書かざるをえなくしているのか、というようなことは。

 

 

いずれにせよ、嫌悪するほどならば、いくらその作家や作品が有名だろうが売れていようが、読まなくてもいいのでは、とわたしは思う。

 

「もう大人なんだから、〜ぐらい読みこなせたほうがいいのでは」という言い訳めいたとっかかりも、おもしろいところに連れて行ってくれる可能性はあるけれども、やはり人生は短い。

 

実際、物語ならいくらでもある。

たくさんの書き手や語り部がいる。

「自分の人生でどの物語を必要とするか」だけではないかなぁ。

 

・・・・・・・

 

村上作品に対する自分の思い入れについて、その日はじめて会った人にこんなに丁寧にフラットに聴いてもらえたこともなかったので、とてもありがたかった。しかもその作品も人も苦手や嫌いという人たちに。

場としての設定があるからこその体験なんだろう。

 

 

▼今家に残っている村上春樹作品。共通項はよくわからない。特におすすめというわけではない。あと「雑文集」もある。
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村上春樹作品の分析本には興味がなかったが、これはとてもおもしろかった。
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映画「6才のボクが、大人になるまで。」がよかった話

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何年か前の夏休みの夜に見て、そのとき感想がずっと下書きしたままになっていたので、どさくさに紛れて(なんの)投稿してしまおう。

 

・・・

 

今すぐの感想(第一感想)は、とにかくわぁーーーーと叫びたいような、なんて言ったらいいのか…とにかくもう言葉になんないきもち!!

 

映画の中のこと、現実世界のこと。過去のこと、今のこと、未来のこと。
俳優さんのこと、わたしのこと、わたしの家族のこと…。

たくさんのレベルのことが自分の中で多重のらせんになり、入れ子になり、層になり、複雑に関係し合っているものだから、途中で思考の処理能力がストップして、ただただ夢中で観て、聴いて、感じていた。

 

こんな映画があったんだ。すごい。

2時間46分があっという間で、こんなに終わらないでほしいと思った映画はなかったかもしれない。もう少し、この人たちといたい、という気持ちで。

ずっと気になっていて、でもこの長さに及び腰だった。観てよかった。

 

ファミリーヒストリーを淡々と綴っているだけの、「やっぱ家族っていいよね」的なアメリカっぽい映画で、成り立ちの特殊さのみで話題になっていたのかと思ったのだけど、全然そうじゃなかった。

テーマは家族、だけじゃない、たくさんすぎる、山盛り。味わいきる暇もなく、次から次へとやってくる。一人ひとりの人間の生の瞬間。その連続。それを抱えた人間同士の交差。絶え間ない運動。偶然の事象。人間の歴史。天の計らい…。

 

私的で、贅沢で、壮大で、奇跡の映画!

今のわたしの年齢や状況で、息子のいない夏休みのこの時期と嵐の夜に一人で観られてよかった。

 

ほかの人がどんなふうに観たのか、聴いてみたいなぁ。

 

・・・

 

という熱い感想が書き残してあった。わたしよかったネ。

 

このあと友だちと話したら、イーサン・ホーク好きだけど邦題がなぁ...と思っていた「恋人までの距離(ディスタンス)」がめっちゃいいよっていう話だったので観てみたらほんとうにとってもよくて、続編の「ビフォア・サンセット」、「ビフォア・ミッドナイト」も一気に観てしまった。

いまいちだった邦題(っていう言い方も旧いのか...?)も「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」に改題されていた。

心のベストテンに間違いなく入る三部作。

 

他にも「スクール・オブ・ロック」とか「ウェイキング・ライフ」とかもおすすめされていたのを思い出したので、観たい。

 

バイアスについて

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友だちと待ち合わせしたカフェで。

わたしはもうこういうものを見たときの反応が鈍くなったのだなぁ、とふいに思った。

 

テーブルのガラスの天板。

目の高さにくるぐらいの身長の子どもが、角でぶつける可能性...。

 

ほんの5、6年前までは、幼い息子とはこういうおしゃれなお店には来られないなぁと思っていたのに。

 

個人の状況や関心は移る。当事者性の変遷。でもその渦中にいる人もいる。暮らしや仕事の中で出会う人を通じて、渦中にいないからこそ、そのテーマに触れ考え続けられるのはありがたいことだ。

 

当事者性でいえば、過去にこんなこともつぶやいていた。

 

 

バイアスの話で言えば、先日、これまたふと気づいたのが、わたしは夜の時間の外の世界にふれなくなってずいぶん経つ、ということだった。

 

 

 

そうしたらそのツイートを読んだ友だちが、共感をくれた。「人に嫉妬するとき、あり得たかもしれないけど選ばなかった自分が疼く」「でも理由はどうであれ、今の自分は選んで選んで選び抜いた上で、ここにいるのよね」と。

ほんとそうだなって。


今もこれからも、生きている間にまた選べるものもある。

同じものでなくても、底のほうでほしかったのはいつも「自由」「本物であること」だとしたら、きっと何度も満たされて幸せを味わうことはできる。

 

 

自分のバイアスを自覚しながら、聴く、話す。

そしてときには自分のバイアスから思いっきり語る。

 

そういうことをあれこれやってみている日々。