ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

谷川史子原画展に行ってきた

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時間が経った話ばっかりUPしております...。これは5月の話。

 

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谷川史子原画展に行ってきました。

うわーん、よかった!!!!!!!

写真撮影可(一部不可)なのも、ファンにとってはうれしかった。


りぼんとLaLaの併読をはじめたころに谷川さんが現れて、絵もお話もすごく好きだなーと思って、りぼんを卒業してからもコミックを買って読んでいた。

最初のコミック「花いちもんめ」に入っている、おくんちのお話がやたら切なくて印象に残っている。「きみのこと好きなんだ」「各駅停車」「くじら日和」の時代もいいし、大人になってから読んだ「忘れられない」「積極」「くらしのいずみ」「吐息と稲妻」も好き。

谷川漫画のどんなところが好きなんだろう、と考えてみたけど、平安時代の和歌っぽいんだなぁ。気持ちの表し方とかが。他のところでは「そんなこと起こるわけない」「こんな人間いるわけがない」と物事を斜めに見がちなわたしも、このゆるぎない「可愛い」や「トキメキ」や細やかな線描の世界にいると、自分の可愛い部分が喜んで顔を出してくるという感じがしてうれしい。そう、うれしくなる感じなのだな。

恋っていいね〜 いや、恋というのかなんというのか、「仮に恋としておく、名前のつけようのない感情」みたいなもの、かな。

 

それにしても漫画の原画って、ほんとうに溜息が出るくらいきれい。

 

 

★関連記事も貼っておきます。

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N.S.ハルシャ展を観た

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4月末、森美術館に「N.S.ハルシャ展」を観に行った。

www.mori.art.museum

 

ストレートな表現をあれこれ考えずまるごと観たような感じ。皮肉も傷みも描かれていて、怒りや悲しみもあるのだろうけど、表現自体はあんまりねじれていない。深みがないというわけではなく、心持ちが軽いというのか。

宇宙の中で起こっているある一つの出来事を描いていたり("A long time ago in a galaxy, far, far away...")、単に一つの部屋から別の部屋へ移って行くようだったり、別の人間がこの地球上で自分と同じことをしていたり、世代を変えて繰り返していたり...。自分と世界をつないでいるもののこととかも考えたな。

ハルシャさんの宇宙観の中で、自由に安心してじゃぶじゃぶ泳げる。

ボス2人と一緒に観てお茶しながら感想を話せたのもよかった。1人は秋田、1人はベトナムホーチミンを起点に世界を飛び回っているので、話が多岐にわたっておもしろかった。誰と観に行くかで見え方が変わるのはいつもとても楽しい。


美術館を出たあとに、個別性について考えながらまちを眺め歩くと楽しい。

 

 

「ここに演説をしに来て(Come Give Us a Speech)」2008 N.S.Harsha: Charming Journey

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「ネイションズ(国家)(Nations)」2007 / 2017 N.S.Harsha: Charming Journey

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「息子よ、よいことを学びなさい」「よいことってなに、ママ」("Learn good things my son" "What are good things mama")2003 N.S.Harsha: Charming Journey

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「私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る(We Come, We Eat, We Sleep)」(部分) 1999-2001 N.S.Harsha: Charming Journey

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「空を見つめる人びと(Sky Gazers )」2010 / 2017 N.S.Harsha: Charming Journey

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映画「人生フルーツ」を観た

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5月初旬の話。

 

ポスターからの印象の、「丁寧な暮らし」とか「ほっこりほのぼのいい気分」じゃない、ずっしり重くて強い力。今のわたしにとても関係あるのかも…と思った人が集まってきたのか、満席&パイプ椅子&階段までびっしりお客さんでいっぱい。


ことほぎラジオの第2話で桂さんが「自分の信じるものを信じるようにつくればいいじゃん」と言ってたのを思い出した。あるいは、どこかで聞いたか話したか読んだか、「自分自身が信じているもの、そのものに"なる"」こととか。


ふいに香港のことも思い出した。すべてが細分化され高度に分業化されている。自分でやらなくてもやってくれる人がいる。洗濯もしなくていい。ごはんもつくらなくなる。家から台所が消える。選択と集中により、できること、できなくなることが生まれる。そういう風に成り立ってる社会があることを知っている。あのような方向もある。取り入れたい部分もある。一個人でぜんぶすべきということではなくて。もちろん向き不向きとか得手不得手とか、能力とか事情でできないこともあるから、全部自分で抱えるということではなくて。

 

ただ、自分でもつくれる、可能性をもっていることを忘れないようにする。小さいことでも「やらない」判断をする前に、自分でやってみられないかの検討からまずしたいというか。「やってみる」の中にあえて面倒くさいことに取り組んでみる、それがどのように作られているかへの興味関心を失わないというか。プロセスを楽しむとか.......。

 

まとまりませんが。


信頼、信心、信念みたいなことを考えました。
観られてよかったです。

 

モンフィーユ、夏

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立秋を過ぎて、まだまだ暑いけれど涼しさも出てきて、夏がいつの間にか半ばを過ぎたことを肌で知る。

年々、気温も湿度も高くなり、かつて訪れた東南アジアの国々や沖縄の気候を思い出す。きょうは金子光晴の「マレー蘭印紀行」や「どくろ杯」の気分。湿度の高さも、雨の降り方も、人々の装いも、もはや南国の東京。それでもジャカルタと香港に暮らしてきた友だちからすれば、「こんなのはまだまだ」らしいが。

 

友だちが音読する永井宏の「モンフィーユ」を聞きながら歩いていたら、「おはようございます」と声をかけられてびっくりした。近所で雑貨とカフェのお店を営む夏子さんだった。

お店以外で夏子さんと会うとき、わたしはだいたい一人で歩いていて、そして一人のときわたしはだいたいのめり込んで考え事や心の旅をしているので、夏子さんが思い浮かべるわたしは、きっと鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているんじゃないかと想像する。

 

考え事をしているときの人というのは、すごく機嫌が悪いように見えるので、子どもの頃からなんでも考え込むことの多かったわたしは、あまりフレンドリーな人とは思われてきていなかっただろう。話すとけっこう朗らかだと思うんだけど。

 

友だちのとつとつとした優しい声を通して、アロハ柄の傘、枯らしてしまった植木鉢、17歳の老犬、夏の雨が降るハワイ…などを浮かべていたら、ふいに涙が出た。

ああ、そうか、今わたし、いたわりとねぎらいと、居てくれること、祝福がほしかったんだな。

 

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読書会『いのちを"つくって"もいいですか?』をひらきました

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ひらきました、といっても、2017/1/29の話です。どんだけ前...。時間が経ってもう少し気持ちが進んで書けるかなぁと思っていたのですが、結局何も書けず...。こういうのはすぐ書かないとダメですね。直後にFacebookにUPしたものに加筆して転載します。とりあえずの記録にFacebookTwitterは本当にありがたいツール!

あの時点では想像もできなかったようなことも、現実の世界では日々起こっています。でも不思議と怖れるだけではない自分がいるのは、この場で話ができたおかげなのだと思います。

 

▼告知ページ。どんな意図をもって場をひらいたか。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

読書会『いのちを"つくって"もいいですか?』をひらきました。

終わったら、自分の全機能を使い尽くしたようで、帰ったらもう眠くて眠くて、小一時間ほどぐっすり眠りました。とにかくこの場に心身の調子や集中度を合わせ、環境を整えてこられて、無事にひらくことができて、本当によかったです。

言葉や文章のプロである潤さんと、場をつくり続けてきたわたしとで、大切に慎重に考えはじめ、参加された方々と共につくりあげた2時間の小さな場。来てくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。

最初にわたしが聞き手になり、潤さんからこの本の生まれた経緯や、編集の過程で大切にしてきたもの、対話を進める上での共有事項などを話してもらい、その後、集った9人の「このテーマについての話」を一巡しました。時間帯としては前半でしたが、この時間こそがきょうのクライマックスでした。もしかしてわたしたちはきょう、それを聴くためにここに居合わせたのかもしれません。いのちをもって、今ここにいる、一人ひとりの生の存在や言葉を。

死や命などのテーマを扱うとき、慎重で丁寧ではあるけど、恐れずに場にいたい。一人ひとりの声が聞きたい。そういう気持ちを確かに反映する言葉が、自分の内からあがってきてほしい。そう願ってひらきました。それに応えてくださるかのように、誰一人として、「難しいですよね」という言葉で締めなかったことに驚いています。考えきる、濁さない、ごまかさないという、一人ひとりと、場の意思を感じました。

 

「『社会が望んだから、社会が決めたから、科学者が進める』と言う。その社会が『ムード』のようなものであってはいけないのではないか。個人に責任を帰して追い詰めるような選択のあり方はおかしいのではないか」

「ある一線からは鳥肌が立つほど『気持ち悪い』と感じる、その感覚を見過ごしてはいけないのではないか。その一線とはなんなのか。善悪や正誤の判定の意図からではなく、ただ知りたい、わたしたちが本当にほしがっているものは何なのか......」

「望むと望まぬとにかかわらず、既にそこに選択肢があると知ったら、やはり手にとってしまう。それに苦悩、煩悶しながらでも選ぶことの先にもきっと幸福はある。人間としての成長もある。でも、そもそも、その手段は誰が何のために生み出しているのか。誰がここから先はするべきでないと線引きするのか」

「それが当たり前になりすぎることが理屈抜きで怖い。選択の苦悩さえも取り除く力の働き、『できないよりできたほうがいい』という無邪気さ。でもその結果は誰も引き受けられない。未知の領域だから。参照すべき情報が増え、何が本当かを見分ける日々の選択だけでも大変なのに......」

「男女で引き受けている責任の非対称性がある」

などの話も出ました。

 

立ち止まって考え、「このことについて、今の自分としてはここまでは考えた」「あの人たちと、あの時間ではこのことがわかった」という小さいけれども確実な、身体性を伴う手応えを、場をつくることで積み重ねていけたらと願います。わたしなりの祈り方として。

機会さえあれば、このような場の設定さえあれば、考えたり話したり聴いたり、本当は多くの人はしたいのではないでしょうか。

重いのかもしれません。でもこういう重い話ができなければ、なんのために生きてるのか、わたしはわからなくなります。そういう自分を無視することができない。

たとえ時代の足のほうが速いとしても、諦めたくない。

人間が本当に嫌になる。でも人間を信じたい。

叡智というものがあるから。最後の最後まではわからないから。

 

わたしはいつでも希望と願いをもっている、ささやかないのちです。

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▼参加された方のご感想。ありがとうございます!

eriie.hatenablog.com

 

▼今回の読書会の相方・潤さんのBlog。この本にまつわる話、参考本などぎっしり。

note.mu

 

▼潤さん、参加者さんが持って来てくださった参考本たち

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「台北ストーリー」でエドワード・ヤンにまた会えた

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まさか観られる日が来るとは!

エドワード・ヤンホウ・シャオシェンの青春のすべてが凝縮されていて眩い。夢のように過ぎた時代。戒厳令下の台湾総督府前のシーンの奇跡。すべてのカットが、セリフが、詩的で音楽的で美しい。日本が字幕文化でよかった。

急速な成長を遂げる都市。若者たちは多くの可能性に満ちている一方で、前世代の価値観からの離脱症状に苦しんでいる。きらめくネオンサインの下には、置きざりにされた過去が同時並行で生きており、そこから目を背けることはできない。

未来を見つめているはずなのにどこにも行けない虚しさ。確固たるあてもなく連呼されるアメリカという地名。ここにはないどこかへ衝動的に脱出を試みたところで、欲しいものは何一つ手に入らない。何がほしかったんだろう。それでも、どうにも有難いことに、人生は続き、時代は移る......。

 

エドワード・ヤンの映画は、「恐怖分子」から「ヤンヤン夏の思い出」まで全て観た。観た劇場のある関西のまちの記憶とも相まっている。学生時代の友人の顔も浮かぶ。だから今回観たときも、好奇とも理解とも共感とも違う、懐かしい夜の水に身を浸すような感覚があった。

エドワード・ヤンは10年前に亡くなった。かつての盟友ホウ・シャオシェンの監修により、この4Kデジタル修復版が作られて上映され、「牯嶺街少年殺人事件」のリバイバル上映が好評を博し、DVD化もされていて、なんというか今もう、「我が永遠のエドワード・ヤン」みたいな気持ちでいっぱいである。

 

それにしても主人公の君らタバコ吸いすぎや。

 

大英自然史博物館展がよかった話

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「大英自然史博物館展」2017年3月18日〜6月11日 国立科学博物館に行った記録。直後に書いたので興奮気味ですが、そのままで。。

 

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大英自然史博物館展、圧巻!!想像以上。人類がここまでのわずか300~400年ばかりの間にこの世界を探索してきた、その軌跡が描かれていた。その生命体自身の力が宿る標本の数々も素晴らしかった。限りなく美術展に近い博物展という意味で、大人のための展示だったかもしれない。


大英自然史博物館本体のほうに中学生のときに行ったけど、「珍品を駆け足で見た」みたいな記憶しかなくて、その意義深さとか全くわからなかった。しかし今こうしてまた出会えていることに感謝。長く生きてるとわかることが多い。


美術工芸品的な側面もあるのは、科学技術の発展が学者だけの力によるものだけではないことを証明している。というよりも、サイエンスの中にアート的な要素があるからではなく、アートの中にサイエンスがあるから、というのがふさわしい。いずれにせよ科学というのはそれ単体の狭義の「理系」ではないということを実感する。
17世紀、18世紀の、「これが同じこの地上にあるのか!」という人々や時代の興奮が伝わってくる。全てを収集し、把握し、分類し、分析し、解読したい!という人間の熱狂。もちろんその裏には、今の我々から見ると「非エシカル」と捉える行いも多々あるのだけれど。


オーウェン、ウォレス、ダーウィン、スコット、リビングストン、ロスチャイルドなど、別の文脈で知っていた人々がこの展示で語られ、各々の、全体の、全く新しい物語が立ち上がってきたことに驚嘆。企画した人々の物語る力。


山田孝之さんの音声ガイドもよくて、鼓膜が震える。「いい声してはるわ~」としびれた。さすがプロ。クイズ入れるのとかいい。制作はアコースティックガイド・ジャパンさん。ラジオをはじめてから音声ガイドが気になるこの頃。


博物館の8,000万点もの所蔵品の一部。かつては博覧強記の意味合いがあったものが、そうではなく。これからの人類が成すべきことを示唆するために、今、我々の前に披露されている。

 

本家(Natural History Museum)のサイト見てるとまたわくわくしてくる!

www.nhm.ac.uk

 

twitter.com

 

 

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