ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

お知らせ

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 7/22(月)爽やかな集中感 競技かるた体験会

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自分の本質とつながる場をつくる、主催者のための
個別セッション

対面またはZoomで1枠60分 ¥10,800(税込)
内容により枠数が異なります。

  • 場づくり相談
  • 募集文の添削、フィードバック
  • ふりかえりの壁打ち相手
  • マンツーマン講座

  • 参考動画「公開コンサルテーション」

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Follow please! Peatixで募集しているイベントはこちら。フォローしていると開催が決定したらメールでお知らせが行きます。

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連載中 「場づくりの技術を身につけよう」 

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 note  ロングインタビューの音声・テキスト、ひととびラジオ

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お仕事について

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その表現のためには〜高畑勲展がよかった話

ちょうどよく時間が空いて、気分ものったので、高畑勲展に行ってきました。

takahata-ten.jp

 

最近思うけど、観たい展覧会や観たい映画などは、会期が長いものでも「行こうかな!」という気分に自然に、「スッとなった」ときに行った方がいい。一番受け取れるから。

「いや、まだまだやってるから、きょうじゃなくてもいっか」とかやってると、いつの間にか終わっていたり、まぁそれに人間いつ死ぬかわからないから、やりたいことがやれる条件と気分が整ったら、迷わず行ってみたらいいよなーと思う。

 

 

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感想。

たいへんによかった。期待以上。評判どおりのボリューム。よくぞ!

展示品だけでも十分情報量は多いんだけど、でもやっぱりオーディオガイドも借りてよかったな。そうか、情報量が多いからこそ、一本通ったストーリーをもって見所や歩き方をガイドしてくれるものがあるといいのか。

 

気づいたら、3時間近くみていました。


しかもなぜかずっと涙ぐみながら。なんの涙か自分でもよくわからない。
めちゃくちゃ高畑勲作品のファン!というわけでもないのだけれど、と思いながら。

 

わたしは作画の過程とか、作品ごとのキャラクター設定メモや、制作現場の熱量みたいなものを見に行きたいのかなと思っていたんです。「メイキング」のような。

でも実際に体感したのは、そういうものではなかったな。

 

●わたしの鑑賞メモより

すること、しないこと
大切にする
キョウユウ
明瞭に説く
理解し合おうとする
信念
期待と感情
人間らしさ
人間として自然な動作、仕草、振る舞い、筋肉の動き、表情
リアリティとは
意図を徹底するためのレイアウトシステム
人にどのような影響があるか
その表現のためには
共につくる
理解されないということに耐えていく

 

 

ちょっとうまく書けないんだけども、「作品世界をスタッフと共有する」のコーナーにある、登場人物の感情の推移を波形や図形であらわした「テンションチャート」や「香盤表」、人間の関係性と個別の感情の図解が凄まじかったです。

わたしは全展示品の中で、これが一番戦慄しました。

 

 

●いくつかの印象的なフレーズ

物語の進行に伴う緊張と弛緩、静と動、感情の起伏などのポイントをスタッフと共有する。

 

高畑は自らも追求してきた密度を上げていくリアリズムが、行きつくところまで行ってしまい、その進化の果てに観客の想像力の余地を奪っているのではないかという危惧を1990年代から抱きはじめます。

 

本物を見せていないにもかかわらず、本物に見えることがある。

 

人間は常にもっと想像力がある。客観化されている絵でも、それを通して感情移入してきた。人物の気持ちの中に逆に入っていけば、感情移入できる。人間はそういう能力を持っている。

 

線の途切れ、肥瘦(ひそう)、塗り残しこそが重要

 

驚いたのは、「かぐや姫の物語」は、「ぼくらのかぐや姫」というタイトルですでに1960年ごろに構想があったということ。そのノートにこうありました。

・こうして作ったものがcomiqueでなく、drôleな感じがして、不思議な虚無感が漂えば成功(わたし注:drôle 英語でいうところのfunny?)
・話しの進むにつれて次第に濃くなるかぐや姫の人間的感情に注目してみた」

・そこでまず私は「竹取物語」の魅力をなしているものは一体何なのかを考えることが必要と思われたので、ひとまず忠実に原典にあたってみることにした。

 

 

 

一旦最後まで見て、また最初のかぐや姫の構想に戻って、ものづくりの真髄のようなものを、この展覧会を通じて、巨匠から垣間見せてもらったような気持ちになりました。

ちっぽけなわたしにさえもある哲学と信念をもってものづくりをしていくんだぞ、と力強く握手してもらえたような。

膨大なメモも、妥協なき作品づくりへの一歩一歩なのかと思うと、メモ魔のわたしとしては、大いに勇気づけられる。

 

図録は展示とはまた異なる構成で、資料も解説もコラムも大変充実しているので、もっと知りたい!って方はぜったいお得です。

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その中で、p226 主催者である東京国立近代美術館の主任研究員、鈴木勝雄さんの言葉が、そのまま本展のメッセージだなぁ...。

アニメーションという表現の可能性を、半世紀におよぶキャリアを通して持続的に切り拓いてきた高畑勲。その革新性を深く理解したうえで、高畑が残した豊穣な作品世界に出会う/出会い直す機会を提供し、時代を越えて響く思想のエッセンスを受けとめるためにこの展覧会は企画された。

 

 

わたしの幼少期に関して言えば、大人たちは「戦争の傷の治療中」で(今もまだ絶賛治療中・精算中)、世界は冷戦や内戦という「戦時中」で、子どもたちは厳格な家父長制の下で、今とはまた別のしんどい時代を生きていました。

そこにあって高畑勲たちの目指した、「子どもたちの心を解放するアニメーション」。
知らず知らず救われていたと思います。

 

そういえばわたしの保育園バッグは、「母をたずねて三千里」だった。
会場でばっと思い出して、記憶喪失だったのが、戻ったようなぐらいの衝撃でした。

あと思い出したのは、小学校の頃の遠足の帰りの観光バスの中では、たいてい「じゃりン子チエ」のビデオが流れていた。寝たい子は寝る、寝られない子は「じゃりン子チエ」を見る、みたいな。



 

きのう印象的だったのは、老若男女問わず、誰もが真剣な眼差しで展示品に見入っていたこと。
共に鑑賞していることに、とても温かな気持ちになったのだよね。
わたしたちは皆、濃淡はあれど、なんらかの形で高畑勲作品とつながり、育まれてきた当事者だから。

表現者と同時代を生きたことの幸福がある。

 

思いと意図と表現のつながりを、その場で確認して味わえる構成がよかったです。

企画してくださって、ありがとうございました。

 

悲しい偶然だけれど、京都アニメーションの事件があって、同じアニメーションという世界のクリエイションにふれられて、慰められました。

 

 

お土産。クリアファイルコレクションに。

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ハイジの山小屋の再現コーナーやアルプスの山々のジオラマなどが撮影ポイントなのだけど、わたしはこの日スマホの充電が切れていて、撮れませんでしたー。

 

 

こちらの記事で紹介した「アニメなんでも図鑑」を読んでおくと、より理解が進むかもしれないです。ちょうど今、NHKの朝ドラ「あおぞら」もアニメーターの話だし。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

こんな展覧会もあるよう。静岡と三重。

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ホルスの大冒険は観たい...。ヒルダの描き方はこの展覧会観た人はぜったい気になるよね。。

 

8月末から公開。「キリクと魔女」のミッシェル・オスロ監督。これも観たい〜 
ただ美しいだけじゃなくて、骨太のメッセージがありそう。

child-film.com

 

 

 

 

 

★おまけ★

今シーズンの東京国立近代美術館は大変よいです。
▼MOMATコレクションは、
高畑勲展ともつながる企画の11室・動くか?動かないか?」
6室・"戦争/美術"は終戦記念日に向けて対話したい
9室・古屋誠一は個人的に思い入れがあるし
小コレクションの「解放され行く人間性」もよいです。

▼きょうはそこまで行きつけなかったけど、工芸館も夏休みに向けて子どもと楽しめる企画展をやっています。

https://www.momat.go.jp/cg/


▼また、サマーフェスと題して10月まで金土は21時まで開館。夜の時間の中で観るとまた違う過ごし方になります。おすすめ。2Fのテラス前のジュリアン・オピーの作品は夜見るとまたいいです。ちょうどオペラシティ・ギャラリーでも展示あるし。

https://www.momat.go.jp/am/exhibition/summer_festival2019/

 

7/22(月)「爽やかな集中感 競技かるた体験会」

10/1(火)に延期になりました。

お申し込みはこちらまで→https://coubic.com/uminoie/174356

 

来週7/22(月)は「爽やかな集中感 競技かるた体験会」
お申し込み受付中です!
会場は横浜駅徒歩5分「Umiのいえ」。

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百首覚えていなくても、一首も知らなくてもOKです。

競技かるたにはじめて出会う方のために、百人一首の歴史や文化的な背景と競技かるたの取り方をレクチャーと実際に取ってみる競技との組み合わせで、楽しく学べるプログラムをご用意しています。

 

対象を18歳以上限定としている理由は、大人が競技かるたを体験できる場があまりないからです。

競技かるたを本格的に始めるなら、子どもの頃からやっているのがいいと思います。

でもこの講座の目的は「競技者を増やす」というものではありません。

 

人生で様々なものを見て聞いて経験をしてきた今だからこそわかること、
広がる関心や発見を楽しんでもらいたいという気持ちでやってます。


・知るっておもしろいよね!
・大人になってよかった!
・夢中で札を取り合うのってたのしいー!!
という体験を共にしたい、おすそわけしたいです。

 

また、大人になると、勝った負けたの真剣勝負を日常生活の中でなかなかやる機会がないと思います。
「あの人を上回りたい」「どうせこの人より下」は実は本当の勝ち負けではないと、スポーツや登山や音楽などで感じます。

 

健やかで爽やかなこの実感。

わたしは、競技かるたを通じてお伝えできます。

 

 

前回の様子はこちら

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

 

▼お申し込みお待ちしております!!

coubic.com

《レポート》7/12 勝手にふるえてろでゆるっと話そう@シネマ・チュプキ・タバタ

こちらでお知らせしていた、「ゆるっと話そう」シリーズ第2回、ひらきました。

chupki.jpn.org

 

映画が終わってからの45分間の小さな場。

映画を観て余韻に浸りながら帰るのもいいんだけど、
帰る前にちょこっと話してったら、ちょっといいかもよ!

という気軽な企画です。

 

やるほうのわたしも、準備はするけど、とても気軽な感じでやってます。
ただただ、楽しい。

この日もめっちゃ楽しかったです。

ほんと愛されてるんだなぁ、この映画、と実感しました。

しかもこの日は、「感想を話せるって知ったから来た」という方が4人もいらしたんですよ。別日に観たけどこのためにわざわざ来てくださって。えーん、うれし。

 

シナリオを読んで予習して来られた方も。こんな本が出てるんですねぇ。

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パンフレットの在庫がもうなくて(2017年の映画だから)、プレスシート。

おすすめしたら皆さん我も我もと買いにゆかれて、うれしかったです。原作の綿矢さんや監督・脚本の大九さんのインタビューが載ってるんですよ〜

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座組みや話し方は、当日の人数によりますが、今回は前のほうに集まって、一つの輪になってひと言ずつ感想を言ってもらうのを二周したあと、フリートークにしました。

同じシーンでもすごく共感していたり、ちょっとよくわからなかったり、違う感想を持った人の話を聴き合うことで、立体的に見えてくる。

みっちりと作り込まれてるから、話せることがすっごくたくさんあるんですね。

テンポがいいからどんどんのっていけるけど、こうやってみんなであのシーンは、このシーンは、と話していくと、伏線や心理の描き方に感服!!という気持ちになります。

この日は支配人さんもいてくださったので、映画の中身の話もつくり(製作、脚本、撮影、流通)の話も十分にできて、濃いぃ45分でした。

 

結論もなにもない場ですが、

やっぱりこの映画、いいよね〜!!!!!好き!!!!

という熱い思いがみんなで確認できてよかったです。

 

ある方の感想、「主人公は女性だけど、男の人もこの映画大好きなのは、性別関係なく、人間だれにでも関係ある、底のほうに共通していることを扱ってるからなんじゃないか」に、わたしも大きくうなずきました。そう思う!そこがこの映画のすばらしいところなんだと思う!!

 

「話し足りない」ぐらいがちょうどいい。これより長く話すとちょっと気合いが要るし、話してるときは楽しいけど、映画も一本観ているので、ちょっとオーバーフローで帰り道が疲れちゃう。ちょうどいいのが45分。それでも第一感想は話せた満足感。

 

そこからまた咀嚼がはじまって、日常の中で滋養化してゆく。楽しみですね♪

 

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医療でコ・メディカル(Paramedic)という役割・仕事の人たちがいますが、
どんな業界にもいる、そういう「つなぐ」人たちと、わたしは一緒に場(機会・集い)を作りたいです。

映画なら監督やプロデューサー"以外"の人かな。

今チュプキでやってみてるのは、映画館というコ・シネマの人と一緒に、映画と観客をつなぐ場づくりです。

次回も楽しみ。また決まったらお知らせします。

 

Infomation
自分の映画館でも対話会してほしい!のご依頼、

自主上映会に対話の時間をしたいけどどうやるの?のご相談。
鑑賞対話ファシリテーターがサポートします。
こちらまでお問い合わせください。

 

 

 

スタッフさんたちと♪

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わたし自身の感想も、観たことない人にもさしさわりない範囲で、ちょこっと書いときます。ぽとり。

この映画はぜひこんな人に観てほしい!

どうせわたしなんか絶滅したっていい存在だしさ、と全面的に部分的に思っている人、
そういう沼から抜けてきたつもりで、逃げられない何かをもってる人、
こじらせって言われるとムカつくけど過去のあれこれ、確かにまだ引きずってるよ悪かったな!という人、
思っていることはたくさんあるのに口にするのが苦手。でもわたしだってぼくだって(ああ、日本語の一人称ってほんと不便...)いろいろ考えてんだよ!な人、

つまりみんな(でしょ?)!

誰彼構わず、腕引っ張って見せたい!

 

恋愛の体裁をとりつつ、観てるうちに「ん...恋愛っていうか......あれ、これあたし自身のことじゃね?」と思わず我が身を振り返ってしまう。身につまされてしまう。

自分のつくった妄想の膜の中なら安心していられる。
できれば布団かぶって寝てたい。
でもそこから出て行きたいとも強く願っており。

 

誰かがドアを開けてくれたときに、誰かが「それ膜だから出てこい」と手をつかんでくれたときに、出ていけるかも...と思える勇気を観てるだけでもらえる。

なんなら、後日召喚して、脳内再生して、体内起動して、出ていける。

 

あらゆるシーンで思うのは、

ああ、やっぱり「正直さ」っていいな〜ということ。最強。

 

「過去にどんな辛いことがあったか知らねーけど」って言って、
(べつに映画の中で台詞として言ってないけど)
今の「わたし」を見てくれる存在、いる・あると思うんだよね。きっとだれにでも。

 

極端で、遠いように見えるからこそ、安心して作品の中でじたばたできる。
今の自分の心当たりが投影できる。笑える。泣ける。
作品...鑑賞できる対象の表現ってありがたいなーとあらためて思う。

 

「暴走ラブコメディ」って帯に書いてるけど、お愛想で笑わなきゃいけない要素一切なし。

ひりっとするけど傷つけられない、ああワカル...のオンパレードな脚本と、役者のわざとらしいドタバタじゃないほんものの演技と、世界が愛おしくなるサウンドとカメラワーク、すべてがすばらしい!


チュプキでの上映は終わってしまったけど、機会があったら観てほしい映画です。

それでも「音がいい」から、やっぱり劇場で観られるといいですねぇ。

 

 

 

 

主題歌もいいです。

youtu.be

 

宇多丸さんのレビュー

www.youtube.com

 

防災教育にぴったりな映画「サバイバルファミリー」

「サバイバルファミリー」
先日、友だちとなんかDVD見ようかとなって借りてきて、「笑えるところもあるけど、全体的にめっちゃ身につまされちゃった...」という感想が残った映画です。
 
 
Amazon Primeで観られます。

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 ●ファッションスナップの記事
www.fashion-press.net
 
●レビュー:ライムスター宇多丸「シネマハスラー

youtu.be

 
 
これ、防災教育がテーマの上映対話会をひらくのに、
非常にいい作品だと思いました。
 
自分の身に起こったことのないことを真剣に考えるって、なかなか想像力が追いつかないものですが、ここまでリアリティのあるフィクションとして、観ているこちらは身体的には安全なものを見ると、考えざるを得なくなります。心理的にも追いつめられなくもないけれど、高度な役者の演技と、高度に作り込まれた笑いのおかげで、最後まで観られます。(わたし基準ですが)
 
 
観る。
語りあう、聴きあう。
対話から知る、共に学ぶ。
映画の権利関係などあると思いますが、イベントプロデューサーさんのほうで解決していただけそうなら、わたしは鑑賞対話ファシリテーターのお仕事として、ご一緒に場をつくれます。
または、コンサルティング、アドバイスいたします。
  • 災害対策を自分事として考えてもらいたい。
  • 防災の重要性を知ってもらいたい。
  • 知識だけでなく、身につけられる使える技術を伝えたい。
啓発したい自治体や非営利団体等の皆さま、いかがでしょうか?

 

ご依頼・お問い合わせはこちらへ。

 

マリアノ・フォルチュニ展がよかった話

三菱一号館美術館で7/6からはじまったマリアノ・フォルチュニ展に行ってきました。

mimt.jp

 

ファッションデザイン、服飾、テキスタイルに興味はあるけれど、他の展覧会や舞台などを優先して、普段なら自分の中だけでだいたいのイメージを作って後、スルーしそうでした。きっかけは、これの一つ前に一号館でやっていた「ラファエル前派の軌跡展」のときに、年間パスポート(三菱一号館美術館サポーター)を買っていたので、「せっかくだから」で、行ってみました。

 

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行ってみて思い出した、わたしはフォルチュニと「会う」のは初めてではなかった!

2009年の東京都庭園美術館での「ポワレとフォルチュニィ 20世紀モードを変えた男たち展」に行ってましたわ!
会期が1月末〜3月末だったから、ちょうど2月末に息子を出産する2週間前に行っていたみたい!!

その頃書いていたブログを漁ってみたら、あったわーメモ魔ってすごいわーー

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まだスマートフォンがないので、携帯電話の性能の限界を感じますな...。
いや、意外とソフトフォーカスかかってて、夢の中みたいでよいかも...。

 

1910〜20年代の服が展示されている。「服」といっても違和感がないデザインになっていってる。それまではコルセットで締めて、胸やお尻を強調したドレス。見るぶんにはおもしろいけど、着るのは苛酷で服というより??
結局モードの基本的なアイディアは、このころのパリで構築された後、ほとんど変わらず現在に至ってるのか?

特に「エレガンス」は、この時代に極まってる気がする。

 という感想を持っていたようです。ほうほう。ありがとう、わたし。

 

 

マリアノ・フォルチュニといえば、「デルフォス」。今回の展覧会のメインビジュアルにもなっている繊細なプリーツを施した絹のドレス。

このイメージが強いから、ファッション界を変えた人、で止まってるかもしれないけれど、「実はフォルチュニはそれだけじゃないんですよぉおお!!」と今回の英語のタイトルが言っている。

 

"All about MARIANO FORTUNY" !!!

ハイ!!

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いつものようにまとまらない感想をパラパラと書きます。

 

 

●一族の系譜がすごい。。名家。両親が画家だった影響で絵を描いていた。

油彩、テンペラパステル、エッチング、、これがまたどれも良い。
卵黄テンペラをやっている方の個展に行ったことがあって、そこでも感じたし、この日もしみじみ思ったのは、油彩と水彩の中間みたいな、透明感と力強さの両方があって、テンペラ画はとっても好き。

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●第2章のシェイクスピアワーグナーのオペラを観て描いていた絵のあたりがとてもよくて、服よりも時間をつかって観た。絵の題材が舞台芸術ってやっぱり絵を描く表現において、楽しい発想源なんだなぁということが伝わってくる。

 

●他に手がけていたのは、舞台照明、舞台装置・美術、衣装、日常の中の照明と布製品のデザイン。欧州、アフリカ、中東、中国、日本など、父親の影響もあって、ミックスカルチャーというかコスモポリタンな出力が、とても親近感おぼえる。バティックっぽいプリントだなと思ったら、やっぱり木型を使っていたり、知っている感じが随所にある。

コートやガウンなどの羽織りものはこちらのブランドを彷彿とさせる。
この展示のときに、羽織らせてもらった、あの感じを再生しながら、フォルチュニの服もみていました。

www.facebook.com

 

 

●写真も撮っていた。100年前のヴェネツィアの風景。工房で働いている少女の写真があって横のキャプションに「100年前は子どもも重要な働き手でした」とある。そうかーーー、「たった100年前」なんだなぁ。「児童労働ダメ!」という世界になっているよ。。自分の年齢が数十年単位で語れるようになってきて、やっとそういう感覚になってきた。このことは、鑑賞はもちろんだし、世界のとらえかたや生き方にも大きく影響してきている。

 

●フォルチュニはブランドをつくった人でもあるのだなぁ。カタログ、ショップカード、招待状、パッケージ、メンテナンスカード、ロゴ、、このあたりは、他の脱コルセットを目指したデザイナーたちと、どういう交流や影響がお互いにあったんだろう。たとえば、クリムト周りで知った、エミーリエ・フレーゲガブリエル・シャネル、ポール・ポワレ、マドレーヌ・ヴィオネ。

 

●上流階級に生まれて、食うに困らず、好きなことをのびのびできて、さらに商才もあり、つくったものが愛され、美を愛し...という人物像が立ち上がってきます。華やかさ、優美さ。いろんなことをやってみて、実験して、好奇心旺盛で、、、なんだか励まされる気持ち。

 

●今回の被服の展示品はすべて日本の美術館や個人から借りたものだそうです。「日本のもののほうが保存状態がよいから貸しません」と、ヴェネツィアのフォルチュニ美術館に言われたそう。京都服飾文化研究財団、神戸ファッション美術館、島根石見美術館などから。

 

●プリーツとドレープの違いってなんだろうと思って調べた。そういえば商品説明で見たことがある用語も、自分の言葉では説明できなかったなー。タック、ギャザー、シャーリングとかも。

 

●19世紀後半から合成染料が服飾の歴史の中で一般的になってきて、1930年代に入手は容易だったけれど、フォルチュニは天然染料にこだわった...という説明を見て、歴史を染料で串刺してみたら、またおもしろいだろうなぁと思った。つまり「服飾における染料の歴史」。

 

●串刺してみたら、で思ったのが、コルセットや鯨骨(げいこつ)の骨組み(クリノリンと言うらしい)が外れたあとの「デルフォス」ってものすごく頼りなく、心もとなく思えるはず。「デルフォス」に合わせた下着の発展もあったと思うけれど、何を着ていたんだろう?つまり、「服飾における下着の歴史」。

 

●第3章テキスタイルの試し刷りや、下図のコーナーは、好きな人にはたまらないと思う!わたしもここはじっくり観ました。うっとり。。

 

●「デルフォス」は妊婦さんにも優しそう。

 

●「デルフォス」のプリーツって100年保たれている。これどうやってつけているんだろう?と思ったら、2009年の展覧会を見た人が残してくれていて、とてもわかりやすい。ありがとうございます。なるほどー。ものっすごい手間暇かかっているんだ。。

http://blog.princehotels.co.jp/karuizawa-mode/2009/04/post_47.php

 

●イメージソースとしてフォルチュニが集めていた資料、スクラップブックの展示も萌えだった。植物、ギリシャ彫刻などの作品のハガキやパンフレットからの切り抜きとか。やっぱりデザイナーにはこういう参照するもののストックが必要よね。

 

●キャプション萌え。「クレタ島の壁画や陶器に取材した植物文様が見られる」の「取材する」っていう動詞に最近萌える。使ってみたいけど、機会がない。

 

●年譜を見ていたら、「1911年モーリス・ドニと知り合う」とある!この時代の「知ってる人」が出てくるとうれしい。また会えたね!って感じ。

 

●今度ヴェネツィアに行ったら、ぜったいフォルチュニ美術館行くわー!15世紀の建築。もちろん直しながら建っているのだろうけど、石のおうちはすっごいな!

館長さんのインタビューが読めます。さすが館長さんもおしゃれ。

mimt.jp

 

フォルチュニ美術館の公式ウェブサイト。

fortuny.visitmuve.it

 

Instagramのある時代は楽しいなー!ヴェネツィアにある11のアートや歴史などに関するミュージアムを紹介するアカウント。

www.instagram.com

 

●フォルチュニのデルフォス以外の製品をつくっている工場のあるジュデッカ島(Giudecca)。案内してくれてるページを見ていたら、もーすぐ行きたくなったー!!

osika.org

 

 

いつもながら、三菱一号館美術館のお屋敷っぽい雰囲気に、とてもよく合う展覧会でした。

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お土産はこちら。美術館とコラボしたいから、勉強します。

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メスキータ展がよかった話

楽しみにしていたメスキータ展に行ってきました。東京ステーションギャラリーにて

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オランダの版画家、素描家、デザイナー、美術工芸家で、エッシャーの師匠だった人。

 

わたしはエッシャーの初期の版画が、子どもの頃からそれはもう大好きでした。
この黄色の画集もいつから持ってるんだろう。もう何回ひらいたかわかりません。

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だからメスキータ展はぜったいに来ないといけなかったのです。

 

メスキータの作品を見てみて、「あーーーやっぱりエッシャーは、先生の影響がでかかったのかーーー!!」という感動に、まずはうち震えていました。無限の愛さえ感じてしまった。

が、それだけでなく、もっと他の懐かしさも出てきました。
ドリトル先生の挿絵(版画じゃないけど)、
司修装幀&版画のミヒャエル・エンデ「サーカス物語」、
長谷川潔、ルドン、ヒエロニムス・ボス、谷中安規...。


あの、ちょっと奇妙で怖い、どきどきするけど、目が離せない、見てはいけないものを見たような感じ。異形のもの、闇を背負ったもの、向こう側の世界、醜さ、幾何学的な構成にぴったりハマりこんだときの一分の隙もない息苦しさ…。

どうにも惹かれてしまう。あれなんだろうなぁと思います。

 

誰にとってもグッとくるのかはわからないけど、わたしだけの経緯から、今回の展覧会は、かなり好き。

「白と黒の緊迫した世界!」とだけイメージしていると、そうではない作品のほうがたぶん多くて、でもそれがまたメスキータの魅力なのだな。版画もよかったのだけれど、ドローイングがまたよくて。

 

人となりについては作品から感じるしかなく、あれこれ想像しながら観ていた。ユダヤ人のメスキータは、1944年にナチスに捉えられ、一家三人とも強制収容所で亡くなるという最期。生き延びていたら、弟子とどんなコラボレーションがあったろうね。

 

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...とここまでは当日の感想。

 

 

一夜明けて、図録を見たり読んだりしていると、またいろいろと感想がわいてきたので、つらつらとメモ。

 

美術史

・芸術家って時間を経て発掘され続ける存在でもあるのだなぁ。歴史はあとからでも生まれるっていうか。そう考えると、美術史学って、考古学でもあるし、文化人類学でもあるのかしら。

 

 

図録のありがたさ

・図録っていつもありがたいなぁと思っているのだけれど、メスキータのような、まだ知名度が高くなく、全貌がわかっていないアーティストのことを、最先端で、まとまって文章を掲載してくれていると、さらにありがたい。

 

・よく知られているアーティストであっても、展覧会の切り口は毎回違うし、研究の成果がその都度更新されていっているのだろうから、やっぱり図録を隅々まで読むと、おもしろいことが書いてある。専門的すぎてわからないところは、適当に飛ばして読めばよい。

 

・展覧会場の構成が、あるテーマをもったかたまりだった場合、図録であとから年代ごとの作風の変遷やその時代背景などを辿り直せるのはありがたい。今回は「メスキータ紹介(メスキータっぽい作品)、人々、自然、ウェンディンゲン、空想」という構成だったのだけれど、制作年はバラバラなので。

 

・メスキータ展に限らず、「タイトルは本人がつけたものではなく、カタログの編集者や展覧会の主催者が、作品を特定するという都合で便宜的につけられらたものもある」というのは、もっと知られていいことだと思う。鑑賞に慣れていない人が、「タイトルと作品の関連がわからない」と言っているのを聞くから。そういう事情もあるから、タイトルってあんまり深刻に受け止めなくていいですよ、と言いたい。

 

 

エッシャーの寄稿

・一晩たって残っているのは、メスキータの、常に探究、実験、実践、の姿勢。そう思って図録を読んでいたら、1946年にエッシャーも尽力してひらいたというアムステルダム市立美術館でのメスキータ展のカタログへの寄稿が掲載されていて、その中でも書かれていた。師への敬愛でもあり、同じアーティストとしての尊敬でもある箇所。図録P.207から引用。

メスキータはあらゆる因襲にとらわれず、長いあいだ使われたきた決まったやり方や、経験や習慣によって用いられてきた素材を使う方法の、価値と長所を自分で探りだした。なぜ凹版は、金属板で作られなければいけないのか?他の素材では、目覚ましい結果が出ないのだろうか?こうしてメスキータは、例外的に、ドライポイントをセルロイドで作ったり、ガラス板で、写真的な版を作ったりした。凹版を凸版として刷ったらどんな効果がでるのか?彼が木版のように刷ったエッチングを見てほしい。

 

・きのうステート(State)が何枚も展示されている意図がほんとうにピンとはきていなかったが、図録P.207から引用したエッシャーの原稿のこの箇所を見て、ようやく理解した。「描く」とはまた違う、「刷る」の表現の奥深さ、世界の見え方、を垣間見たよう。

ところで、批評精神によって常に生き生きしている彼の性格のなかで、きわめて大事な要素のひとつは、変わらぬ自制心であり、その自制心が、もっとも力強い表現が達成される時点で(それ以上線を足そうものならたちまち弱くなってしまう時点で)、制作をやめるという素晴らしい直感をもたらしている。決定的瞬間に、制作から自らを引き離し、作品をそのままにしておけるだけの感受性と強さを十分に持ち合わせた芸術家は、あまりいない。 

 

・きのうは、「生き延びていたら弟子とのコラボも...」と思ったけれど、強制収容所で亡くなったのが75歳。拘束される時点で、病気もあり、すでにかなり体力的にも弱っていたようなことがエッシャーの文章からわかる。そんな状態の人を...という点からも、いろいろと感じざるを得ない。

 

メスキータの作品と同時代性

・きのうはエッシャーがメスキータの系譜を継いでいった感じにばかり注目していたけれど、メスキータの作品としてしっかりと感じると、モチーフ自体への関心が聞こえてくる。文様化、装飾化はしているけれども、ガウディのような、建築物として成立させつつ、揺らぎもあって、詰め過ぎない感じがある。メスキータが1868年-1944年、ガウディが1852年-1926年。同時代性あるだろうなぁと思う。

 

・同時代性でいえば、アール・デコアール・ヌーヴォー、アーツ・アンド・クラフツ運動の影響もある。

 

・そういえばエリック・サティが似合うなぁと思って、脳内再生しながら観ていたのだけれど、サティは1866年-1925年だから、これまた同時代なのだな。

 

 

版画についての関心

・「刷りという作業が肉体に負担をかける」「刷る作業が身体的に辛くなって」、60歳を過ぎてからは版画はやらなくなって、晩年は主にドローイングだったと書いてある。刷る作業のその負担感というものや、体力を使う感じってどういうことなんだろう。詳しい人に聞いてみたい。

 

・同じ関心で...図録にあったの美術史家・佐川美智子さんの『「版画家」としてのメスキータ』の文章中、p17の「リトグラフ」に関する箇所を読んで、これってどういう感じなのか、もう少し知りたくなった。自分でやってみるとわかるのか?

リトグラフという技法は石版石ないし加工された金属版に描いた図柄がそのまま製版できることが銅版や木版との最大の違いであり特質である。製版や刷りという描画以降の作業は熟練を要するため、専門の刷り工房にまかせることが多い。その意味で画家にとってはもっとも実践しやすい版画技法といえるだろう。

 

・小学校の図工の時間で木版をやり、一昨年ぐらいに息子の美術教室でドライポイントをやらせてもらったのや、TVの番組かなにかで山本容子さんが解説してくれていたものなどを見て、なんとなく版画の仕組みみたいなものはわかるのだけれど、いまだにわかっていないのが、「シルクスクリーン」。どこかで一度体験したいと思っている。

 

・版画といえば...で、ここ行ってみたいなーと前から思っていたのを思い出した。

町田市立国際版画美術館

太田記念美術館

すみだ北斎美術館

 

*追記
伊藤若冲の版画、カッコいい!京都国立博物館蔵。

intojapanwaraku.com

 

 

昔から好きだったものが、また広がりを与えてくれて次につながる。

今回も幸せな鑑賞体験でした。

 

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そういえばギリシャ神話ってなんだっけ?の会 〜壮大かつ盤石なふりかえり装置としての神話

こちらの記事で書いた「そういえばギリシャ神話ってなんだっけ?の会」

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

6/29にひらきました。

まちの小さなギャラリーと紅茶のお店にて。

 

集まったのは、個人的につながりのある6名の方々+主催者2名。

 

きょう楽しみにしていることをひと言ずつ出してチェックインしてもらいました。

・ものの受容に興味があって、ギリシャ神話がどう受容されたのか、されてきたのかを知りたい。

・信者ではないが、聖書を学んだ経験がある。学んだあとで西洋絵画から受け取るものが圧倒的に増えた。西洋にはさらに「ギリシャ神話」という大きな柱がある。聖書とギリシャ神話という、2本の柱を知っておくことが重要と思って。

・同じく聖書を学んできて、「地平線が広がる」ような、「アハ体験」を何度もした。ケルト神話についての本を最近読み、その時代によってのコンテクストによって、文化的アイデンティティを持つために神話が作られたり使われたりしたという経緯を聞いて、神話がどう生まれ、どう使われてきたのか関心がある。

・神話に興味があって本を読んだり学んだりしてきた。ただ、ギリシャ神話は、ど真ん中にあるけれど、ちゃんと知らなかったかもしれない。また人と神話についてほとんど話したことがなかったので、楽しみ。

・バレエやダンスが好きで子どもの頃からいろいろやってきた。ギリシャ神話を下敷きにした作品も多い。ギリシャ神話のことがわからなくても受け取れる、知らなくても、「奥にあるもの」と水脈のようなものを通じてアクセスできる感じがしているが、それはどういう仕組みからなのか知りたい。

・世界中を旅する仕事だが、遠い地域同士の文化が関連しあっているのを見ると、人類の動きってすごいとよく思う。

 

もうこれだけで満足...!きょうはおもしろい場になること間違いなしという感じ。

 

 

 

今回一緒に場をひらいた相方の潤さんが、知識的なことは予習ページでおさえておけるように書いてくださったので、皆さんそれを一通り読んできた状態ではじめました。

潤さんの大作、前後編!!

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note.mu

 

 

前日までに以下の「当日の進め方」などについて、参加してくださる方々と、チャットスレッドで共有しておき、当日もこの通りに進めました。

 

◆進め方
・あいさつ
・自己紹介「お名前」「きょう楽しみにしていることは?」
---
・A 美術・文学・生活習俗におけるギリシャ神話の表れ  
  潤さんのレクチャー10分、みんなで感想20分
・B ギリシャ神話の世界観〜物語の舞台はどうやってできた?  
  潤さんのレクチャー15分、みんなで感想15分
・C もっとみんなで話そう!  
  まず感想などひとこと一周→全員でフリートーク 35分
---
・ふりかえり「きょうどうだった?」
・あいさつ

 


◆こんなことを大切に
・この会の趣旨は、タイトルの通り、知っているようで知らなかったギリシャ神話を、今の自分としてもう一度訪ねてみることで、今の時代や社会を考えてみたり、各々が興味関心のある分野とのつながりを見出したり、ともかく新たな発見を楽しもうというものです。
・当日の場では、リアルの場でないとできないこと、つまりその場、そのメンバーでしか生まれない対話を大切にします。潤さんのレクチャーパートも、対話がより広がるような「きっかけ」となるようご用意くださっているので、ぜひそこから喚起されたことについて、各々が持つ些細な知見や持論を持ち寄りながら(遠足でお弁当を分けっこするように)、進めたいと思います。
・我説(われわれで作った説)みたいなものが、この場生まれたらおもしろいだろうな〜なんて思っています。
・その前段の予備知識的なことについては、潤さんが書いてくださったnoteをご参照ください。でももちろん、全部頭に入ってなくても大丈夫です!!

 

 

持ち寄られた、帯びただしい参考書籍から、この場の熱量を感じていただけるかと...!

Seiko

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特に印象的だったのが、石井桃子さん編集・翻訳の「ギリシア神話」(写真の赤い本)。

これを持ってきてくれた方が、「まえがき」を読み上げてくれたのも、すてきでした。そこには、いつの時代も「わたしたち」が、大人であれ子どもであれ、このギリシア神話というものを受容するときの態度のようなものが、明瞭かつ柔らかな言葉で提案されていて、胸を打ちました。


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とりあえずの感想としては、

最高でした!いやーもうおもしろかった!
あれから一週間経ちましたが、いまだに言葉にならない!!

 

ギリシャ神話に詳しい人もそうでない人も、それぞれが人生をとおして探究しているものから感想を言ったり、場に疑問を投げかけたりして、もういくらでも話せる感じだった。

 

とにかく話が尽きなかったのが、楽しかったです。
他ではあまりしない話が、なんのてらいもなくできたことが、清々しかったなぁ。

 

読みたい本がいっぱいふえたー!!知りたいこともまた増えた!!

 

旅に出たくなったなー!!いろんなものを見に行きたい!!

 

勉強会の場のつくり、テッパンな構造もできた!!

 

ここ数年考え続けてきたジェンダーセクシャリティに関すること、学びと遊び、はたらく生きる、家族とパートナーシップ、などが、一つの形をとって自分の中に落ちた気がする。
それから、「関心領域に対する態度」と、「選択領域への覚悟が決まった」ということもよかった。

このあたりもまだ言葉が熟さないので書けない。。

 

もっと「こんなことを話したよ!」ということを書ければよいのだろうけれど、それはもう参加した人とだけ共有できているものと、自分の中に残っているものだけで、十分かな..という気がしている。

他の方、、どなたか書いてくださることを祈る。

 

 

なぐり書きのメモだけ貼っておきます。熱量だけ感じてくださいませ。

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あー、でも、「壮大かつ盤石なふりかえり装置としての神話」という話ができた、ということは間違いないかな。

「そもそも神話ってなんだろう?」「今のわたしたちにとってどんな意味があるんだろう?」というところ。ギリシャ神話ってどうしてもモヤモヤするところがあって、その世界観と構造と現代とのつながりを確認して、それからそのモヤモヤをあらためて扱いたいというところがあった。操作はせずに、結果そうなったのだけれど、男性と女性の人数が半々になったのも、とてもよかった。重要だったのです。

 

企画段階で潤さんと、こんなことを考えられる場になればいいねと、話していたことがまさにそれぞれの口から語られた。達成したんだなぁ。
達成したどころか、遥か先に行けて、もう満足、満足。


素晴らしいレクチャーをしてくださった潤さんと、

来てくださった皆さまと、

場所を提供してくださったギャラリー「りんごや」さんのおかげでよい場になりました。

ほんとうに、感謝です。

 

 

豊かな副産物も、これからきっとたくさん受け取るね。
知らないところでも日々、それぞれの生活の中で、生まれてゆくのだろうなぁと思う。

「これギリシャ神話ってなんだっけ?の会で話したことと関係ある!」が続々出てくる、きっと。

 

リブトビというユニットを結成しているちほさんと、「未来に向かって大きな宅配便を出す」とよく言うのだけれど、大きなエネルギーの場から生まれた「宅配便」はたくさんに分包されて、飛距離を変えて届く。未来の自分が受け取る。

一つは明日、一つは一年後、一つは五年後...というように。

 

そういえば!さっそくその翌週に、ロイヤル・オペラ・ハウスの「メデューサ」を観たのでした!!

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そうそう、こんな感じにこれからも。

楽しみ。

 

 

Information

自分の好きなもの、好きなことをみんなにシェアする、みんなで愛でる会、読書会、勉強会など、イベントの企画・設計・進行・宣伝のご相談のります。

個別セッション 30分¥5,400/60分¥10,800 対面またはZoomにて。

お問い合わせはこちらへ。

 

7/12(金)映画「勝手にふるえてろ」でゆるっと話そう
シネマ・チュプキ・タバタ 

http://chupki.jpn.org/archives/4558

7/22(月) 爽やかな集中感〜競技かるた体験会

Umiのいえ
https://coubic.com/uminoie/174356

 

 

 

聴くを学ぶ、を更新し続ける

わたしがおしごとをする上で、とても重要な手段に「聴く」ということがある。

手段、道具、機能、能力、、、なんだろう?

まだぴったりと表現ができないが、欠くことのできないものだ。

 

ある意味、聴くのが仕事、でもある。

 

ときどき、自分の聴くについて点検が必要だと思っているので、機会があってそろそろ必要だなと思うと、講座に参加したりして、学びを更新し続けている。

 

先日、タイミングが合って、学びの場に参加しました。

 

 

 

ボランティアの話し手が20分話すのを、聴き手のカウンセラーが聴く。

話が終わったその後、聴き方について質問したり、話し手の中でそのとき何が起こっていたのか?を質問したりする時間がある。というのがおおまかな流れ。

詳しくはこちらをご覧ください。

 

 

ノートの真ん中で線を引き、左に話し手が話していることを書き、右に聴き手(カウンセラー)が聴いていること(というか、話していること、だけど、ややこしい、、、)を書く。

会話を可視化していく。もちろん全部は拾えないのだけど、あとでふりかえるときに、「ココ!」と戻れるような道しるべと、そこまでの光る小石を置いていく感じ。

字もめっちゃきたないけど、自分用だから、自分がわかればよいのだ。


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この日のメモ

●流暢な話は流す。絡むと話が長くなるだけ

●流れが滞ったところを聴く

●昔の経験より今の感情を扱ったほうが早いときも

●話し手が醜さと捉えているものを愛おしい人間の営みとして聴く

●見たくないをほぐす・ユーモアでゆるめる(過小評価ではない)

●誰に対する承認欲求か?代弁するセリフをいくつか用いながら特定していく

●今起きてはいない。聴き手は特に安全。心理的安全性を話し手と共有する

●頭で考えていなかったことが出るのを待つ(自明のことは流暢)

●光っている言葉を返す

 

 

こちらのラジオで、人の話は音楽のように聴けと教わった、という話をしたけれど、ほんとうにそうだなぁ。

明暗、高低、色、形、圧、温度、フォント...20分の曲の中でも、いろいろな音が聴こえてくる。

 

人の話を無責任に聴きながら、自分だったらどういうふうに聴くか、プロのカウンセラーの聴き方をトレースしながら考えられるのは、ありがたい。ありそうでない貴重な機会。

 

Zoomで開催。

移動しなくても、場所を借りなくても、勉強会がひらける時代。すばらしい。

 

 

聴くプロのための公開カウンセリング研究会

次回の予定は、以下ブログ記事の「問い合わせ先」へ。
聴くプロの方におすすめです。

https://ameblo.jp/lychee-tangerine/entry-12391154907.html
https://ameblo.jp/lychee-tangerine/entry-12400469120.html

 

 

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映画『クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代』を観た感想

一連の、糸のようなものを辿ってきて、前回はクリムト展まで。

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そして、その続きのような形で、映画『クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代』を観てきました。

 

*鑑賞行動に影響を与える内容が含まれています。ところどころネガティブな印象を受ける箇所もあるかもしれません。未見の方はご注意ください*

 

▼公式サイト

klimt.ayapro.ne.jp

 

 

美術手帖の記事

bijutsutecho.com

 

原題は、

KLIMT & SCHIELE
EROS AND PSYCHE

 

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日が経って記憶が薄れつつありますが、せっかく観たあとに友だちを話をしたこともあるし、とめどない記録として残しておこうと思います。

 

▼劇場について

久しぶりのシネスイッチ銀座で。どこから観ても、観やすくて好きな劇場です。
ネット予約ができない映画館もだんだんと珍しくなってきたけれども、シニア層にはわかりやすく利用しやすいのかもしれないな、と思う平日昼間の上映。

 

▼うーん...というところ

・まず思ったのが、NHKの「海外ドキュメンタリー」という番組の枠内で観ている、TVのドキュメンタリー番組みたいだったなぁということでした。それがいいとか悪いとかじゃないのだけれど、映画館でかかっていることの不思議さというのか。

・事前に紹介記事など読んで知っていたんだけれど、なんとなく、「映画館で観るべき映画ってこういう感じ」というバイアスが自分の中にあったんだろうか?

 

・大量の情報が間髪入れずに出されてくるのを、一生懸命体系化しようとするのだけれども追いつかず、間合いがほしかったなぁという感覚。

クリムトとシーレがどのような人物だったのか、彼らを巡る人間関係も詳しく解説していきます。今残っている印象としては、作った人は、クリムトよりもシーレを描きたかったのかな?という感じ。しかもけっこう振り切った偏り加減で、シーレの激情ぶりとか、エキセントリックさを、大げさな効果音で表現していく感じに、思わず笑っちゃったところも。

・クラシックの名曲が随所に散りばめられているので、それを鑑賞する映画ですというレビューを読んでそれも楽しみにしていたのだけれど、わりとぶつ切りにされていくので、勿体無かった。

・「吹き替え」であるという点もTVっぽいなぁと思ったのは、「こう見せたい、こんな絵に見えてほしい」という明確な意図の表れのようにも思えて、違和感。

・でもあの情報量を字幕で出されたら、ちょっと追いつかなかったかもしれないから、吹き替えというのは妥当な選択という気もする。

 

 

▼観てよかったところ

・分離派は芸術の一ムーブメントとはいえ、一人でも一つでも言い表せない、極めて多層的で多面的で複合的な面をもっていることが、情報の渦に翻弄されてみて体感できた。

・「ものがほしい、結婚したい、子をのこしたいと人々が思わなくなった時代」と冒頭のナレーション。今なぜクリムト、シーレなのかを語るとき、やはり今の時代との関連や比較が軸にある。男性と女性の関係性が激しい変化を遂げたということが、何回も起こってきたけれど、ウーマンリブMeTooに続く今のムーブメントは、あの時代にもすでに起こっていたし、予見されてもいた、ということなんだろうか。

・ウィーンに行ったことがなかったので、芸術を中心にしたルートを案内してもらった感じで楽しかった。分離派会館はもう少し写してほしかったなー。現地にめちゃくちゃ行ってみたくなりました。美術史美術館、レオポルド美術館、シェーンブルン宮殿、MAK応用美術館、ウィーン工房、マリオネット劇場...。

・日本で生まれ育っていると、第二次世界大戦のほう強く、大きな存在としてあるのだけれど、第一次世界大戦のほうだってものすごい影響を与えていた、ということを、うウィーン分離派とその周辺の展覧会を立て続けに観てきて、ようやく理解してきた。

・どの時代も前時代のイミテーションは欺瞞だといって、壊すような動き、ほんものさを求める芸術家たちの活動がある

ウィーン・モダン展クリムト展を巡ってきてのこの映画で、また新たな面が加わってよかった。(ああ、そういう面もあるのだなー、あるかもなーという感じで)

 

 

▼その他、映画の中で印象的だった箇所。とりあえずメモ。

 ・ユディトについて。女が男を殺すのが衝撃的だった。それまで女は殺される側として描かれてはいたが、殺す側としてはいなかった。ましてそこに官能的な喜びを持つなど。

 ・若い男性が自分のセクシャリティと折り合いとつけようとしている。そこに、男女ともにシーレに惹かれる理由があるのでは?

・女性にセクシャリティがあることを恐れている

 ・ブルジョワダブルスタンダードを暴いた。この構図はいつの時代も普遍的におもしろい。

 ・分離派は現在の展覧会の原型をつくった

 ・芸術家のアイディアを工房が実現。日常が総合芸術になる。(フランス人間国宝、メートル・ダールの展覧会を思い出した)

・シーレは男性の解放?クリムトは女性の解放?家族制度からの解放?

・1930年に30%の女性が経済的に自立していた(ここは確認要だが興味深い数値)

 

 

▼おわりに

考えてみれば、たったの100年前の話。

このムーブメント、人々を、ここいくつかの展覧会等を経て、非常に近くに感じられるものになったこと。

そして、自分なりに十分に関わったと思えるこの感触をもって、今後の鑑賞や知識体系のあらたな核ができたことが、今回の収穫でした。

 

 

 

そして、、一旦終わるのかな、と思いきや、

先日観てきたロイヤル・オペラ・シネマでは、クリムトの絵にインスパイアされて...と振付師の方がおっしゃっていて、ああ、やはり今の時代が求めているのだなぁ。。

 

まだまだ当分、クリムトが熱そうです。

 

 

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ロイヤル・オペラ・ハウスのMedusa Mixedがすごかった

ROYAL OPERA HOUSEの公演を、ロンドンまで行かずとも、近所の映画館で観られてしまうという、素晴らしい時代。

日比谷や調布は夜上映で難しいので、昼上映を観るために流山まで行きました。
でも思ってたよりぜんぜん近い。心の距離と、実際行ったときのギャップがおもしろい。こういうの好きさ。

 

 

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きょう観たのは、7/4(木)まで上映中の、コンテンポラリーのトリプル・ビル(3つの演目を一晩に上演する公演のこと)、ほんとうに素晴らしかったです!

 

クリムトに影響を受けた Within the Golden Hour
ギリシャ神話を新解釈した Medusa
・難民問題を扱った Flight Patten

 

Twitterで #ROHmedusamixed と表記されていたので、この記事のタイトルにも使った)

 

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極めて現代的、しかし人間にまつわる普遍的なテーマを内包しており、揺さぶられ続ける…何をか感じずにはいられません……。

 

正直、観ている最中は余裕がなくて(メモもところどころしかとれなかった)、はじめからおわりまで涙が止まらなかった。

見終わったらなんでだか頭の中が英語モードになっちゃう、という不思議なことが起こりました。

 

なんだったんだろうなぁあれ...と思ったけど、たぶん、広い世界で、届く範囲をもっと広げて、この気持ちを共有したい。そしてそこで通じる言葉でどうにか語りたい、、と思ったんだなぁ。

つまり、この3部作のメッセージをわたしはとてもよく受け取った、ということではないかしら。

 

 

観られてよかった。
人間でよかったと思いました。
人間がこれを作っているということが、希望。

 

踊りと振付と音楽と美術と衣装。そして観客。
すべてが一体となった奇跡のステージ。
つくってくださってありがとう。

 

世界250カ国、972館でこれを観た人がいるんだなぁ。
MET Operaの支配人の方が、「我々がここでオペラをやり続けることが、平和に貢献しているのだ」というようなことをおっしゃっていたのも思い出す。

 

振付の二人のインタビューにも何度もぐっときました。

特に「フライト・パターン」の振付のクリスタル・パイト。

世界の現状に対して、難しいテーマに対して、わたしは何か言わずにはいられない。そのときに、わたしにはダンスという手法しかない。怖れはある、未知に溺れそうだ、しかし… 
It's my way of coping.

 

とおっしゃってました。coping…ああ、わかる…と思った。

そして、芸術とは、人が結びつき、会話を持てる場所である、とも。

 

 

 

 

今ふりかえってみると、能で五番立に例えるなら、こんな感じでしょうか。

三番(女)-Within the Golden Hour

四番(狂)-Medusa

五番(鬼)-Flight Pattern

 

 

30分程度の作品が3本合間に解説やインタビュー、休憩をはさみながら、3時間ちょっとのほどよい鑑賞時間でした。

 

まだまだダンサーを含め、制作サイドについては詳しくないので、知りたい方は紹介ページをどうぞ。

http://tohotowa.co.jp/…/24/timetable_within-the-golden-hour/

 

youtu.be

 

 

 

話変わって、興行について。

ロイヤル・オペラ・ハウスのライブビューイングは素晴らしいのだけれど、劇場を抑えるのが難しいのか、スケジュールが出るのが超直前(3日前とか)だったり、ここは改善を求む。3時間(行き帰り合わせると4時間とか)を前もって空けるってけっこう大変なのですよね。今回はたまたま空いてたんだけれど。2週間前に分かっていると助かるなぁ。

シネコンでかかっているので、1週間ごとの客入りに応じて、どのスクリーンでどの映画をかけるかが細かく調整されている。リソース、ライブビューイング作品の優先度、配給と劇場との力関係とか、回転数と売上とか...きっといろいろ理由はあるのだろうけれども。

バレエを習い事としてやっている子どもが日本はたくさんいるので(世界標準からすると珍しいみたい)、子どもが家族づれで観やすくなるとよいだろうし、ライブビューイング形式が好きでいてくれるお客さんもいますしね。(ドナルド・キーンさんもそうでしたね)

東宝東和さん、何卒よろしくお願いいたします。

 

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ここから下は、観ながらとっていたメモを文字に起こしたものです。
「スリービルボード」でメモ取り鑑賞を知って以来、だいたい毎回メモとりながらみてます。

 

  • Within the Golden Hour

・「抽象バレエは観客が自分で自分の物語を映せる」

クリムトに影響を受けて。やっぱり今クリムトがきてるんだ〜クリムトにインスパイアされて、何かをもとめて。

・「他のバレエ団の曲を別のバレエ団でやるとぜんぜん違う」というその感じを、もう少し詳しく聴きたい。

・「幽玄」と訳していた、元の英語はなんだっけ。

抽象バレエの成功の秘訣は、振付と音楽とダンサーの解釈が結びつくこと。舞台で表現されるその美しさに結びついてほしい

・充実、調和

・異質と同質、違うからこそ分かり合える、違うからこそ踊れる、逆もまた。

・わたしはあなたであり、あなたはわたしである

・人間が繰り返してきた、生を継ぐ営み

・女性同士の、男性同士の、母子、恋人、友人、、あらゆる関係

・逃げられない宿命

・踊り続けるしかない。生きるしかない。Dance Dance, otherwise We are lost.

・追ったり追われたり、理解したり、拒絶したり
・渡していく、影響を与えていく

・生まれたから、人類から、一人の人間を、一人の関係を

・どちらが勝つか、どちらが上か下か

・小さなシークエンスの集まり、DNA、電子、原子、素粒子、ミクロコスモス

・老い

・つながり、調和、関係

・黄金の時代から、鉄の時代へ

・支える男性、支えるだけ?支えられる男性?

・美になる

・母たちよ、父たちよ

・苦しさと喜び、生きる

 

  • Medusa

・文化や宗教

・新しく解釈することに意味。そういえばギリシャ神話ってなんだっけ?の会でも話たこと

・Beautiful Journey

・amazing, briliant , extraordinary

・呪いと解放

・行動と反応、道徳ではなく成り行き

・不公平だけどなんとかするしかない

・権力の濫用

・Victim-> Survivor-> Thriver

・力を得た怪物として

・I made my story out of it

・目の前の人が死に物狂いで何かを表現している。その人自身を超えて。見ざるを得ない

・feellessness, courageous

・等身大以上の何かを表現する

・自分の行動に責任を持つ重要さ

・選択の影響

・仕掛けたのはアテナ?

・Why ME?

・裁かれないのは男、すべて男への復讐

・my sweet solitude,  my sweet surrender

・美もその人のせいではない

・あたしに触らないで、Let me free、助けて、傷つけたい、あいつのように、わたしがされたように、疲れた、もうやめたい、来ないで、なんで、逃げられない、信じない、嘘つき、お前の同じ、殺してみろよ、死ね

・力を失う、のたうちまわる、苦しい、つきつけられる、なにもない、烙印、どうやって生きていけば、見つめる、理不尽さを味わう、失くしたものの大きさを

・なぜわたしだったのか、なぜ、なぜ、こわい、いたい、できない、苦しい、死んだほうがまし、Let me free

・わたしはもう美しくなくなってしまった、昼も夜もなく、哀れ、惨め、終わらない、誰もいない、生きていくしかない、手がかり、ふりかえる、思い出す

・カーテンコールありがたい。戻ってこられる。皆さんちゃんと人間でした。

・very different

 

  • Flight Pattern

・人間の関係。希望と和解

・カノンが振付で可視化される

・速度の制約

・音楽の隠れたメッセージをダンスで表現できる

・世界の現状に対する表現

・何か言わずにはいられない

・希望、自由、可能性

・Integrity

・内心パニックで溺れそう、未知に動揺する、Vulnerability、すべてに関わってこそ学ぶことがある、こんな難しいテーマを表現する能力があるのか、前進しているふりをする、でもダンスしかない、唯一の手段、やらなきゃ、人間性を疎通できる場所、使命

・インタビューももう一回観たい

・36人のダンサー

・胸が苦しくなる、争うようであったり。奪う、思い出

・さらに弱い者を叩く、失われる人間性、見て見ないふり、引き離される、無力感

・排除、依存、集団化、同質化

・苦しい、トラウマ、自分が自分でなくなる、喪失、何も感じなくなる

・たくさんの死、悲しみ、理不尽さ、不条理、非合法

・もうどうしたらいいか、混乱、どうにもできない、先が見えない、抵抗する力もない、周りは苦しむ人ばかり、

・何も変わっていかないのか、ずっとこのままなのか、昼も夜も、昨日も今日も

・狭まる、抗う、死にものぐるいでやっていたら、怖い、

・疲れて眠る

・想像を絶する、死の行進、

・目を覚ませ!厳しい時代にいることの共有

・人間の苦難の時代。そしてここから、Unite、怖い、

・手段で対立しているわたしたちは、「ここ」では出会える

 

 

 

 

 

 

最後におすすめ本。 

ようやく自分にとってのバレエを鑑賞する意味を見つけた気がして、バレエに詳しい友だちにおすすめしてもらった本を購入。

これ、よいです。絵も可愛い、色もきれい、読んでいて目が楽しい。

 

バレエの踊りを本で表現したらこんな感じ!ってことかも!!

 

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《お知らせ》7/12(金)「勝手にふるえてろ」でゆるっと話そう@シネマ・チュプキ・タバタ

先日、田端の映画館シネマ・チュプキ・タバタで「ゆるっと話そう」というイベントをひらきましたが、なんとシリーズ化していただけることになりました!

つまり定期的に場がひらかれる、そしてわたしはその時間のファシリテーションを担当させていただける、ということ。

やったやったーーー!!!
こういうことを(も)、やってみたかったのです。

 

「この映画がちょっと気になるなー。あ、ただ観るだけじゃなくて、だれかと感想をしゃべれるんだ、じゃあ行ってみようかな」となるような。

 

映画館で映画を観ることが日常の延長にあって、そのさらに延長に感想をちょこっと話す場がある...という景色。

それを映画館の「日常」にしていく。

そして、それがいろんなところで起きて、「映画文化」の1ピースになったらなぁと思う。

地味ではあるけれど、続けていくと、きっと動員に貢献していく。

「わざわざ映画館で観ることにどんな意味があるの?」というのは、こういう場をしつらえていくことで見えてくるんじゃないかな、と思います。

 

そして今回の作品、「勝手にふるえてろ」!!

いやーこれはねぇ、一回観たんですが、松岡茉優がすげーですよ。
ちはやふる」とも、「万引き家族」ともまた違って。
この作品で語れるのは、めっちゃ楽しみです。

 

ご参加お待ちしております。

 

 

 

★ゆるっと話そうシリーズ第2回★

勝手にふるえてろ』でゆるっと話そう

映画を観終わって、 誰かとむしょうに感想を話したくなっちゃったこと、ありませんか?
印象に残ったシーンや登場人物、ストーリー展開に感じたことや考えたこと、思い出したこと。
他の人はどんな感想を持ったのかも、聞いてみたい。

「ゆるっと話そう」は、そんな方々と、上映後に劇場内で、ちょこっと感想を交わし合う、45分のトークタイムです。
別の日に観た方もご参加いただけます。

 

はじめて会う人同士でも気楽に話せるよう、ファシリテーターが進行します。
どなたでもお気軽にどうぞ!

 

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勝手にふるえてろ』でゆるっと話そう
日時:2019年7月12日(金)19:00-19:45
会場:シネマ・チュプキ・タバタの劇場内

予約不要、参加費無料

映画や劇場の詳細:
http://chupki.jpn.org/archives/4558

 

進行:舟之川聖子(鑑賞対話ファシリテーター
twitterhttps://twitter.com/seikofunanok
blog: http://hitotobi.hatenadiary.jp

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棚からキスリング展、初夏の庭園美術館とポッドキャスト

東京都庭園美術館で開催中のキスリング展を観てきました。

www.teien-art-museum.ne.jp

 

 

お土産。やはり最近の美術館の物販の中で、クリアファイルは重要な位置を占めているなぁ(個人の感想です)。クリアファイルがいいのは、どこかでも書いたけど、日常で使えるというところにあります。持ち歩ける、好きな作品と一緒にいられる。

プラスチックでぴかぴかつるつるしているのと、透過性があるところも。日に透かすと色がきれい。ポストカードも集めているけれど、気づくと毎回クリアファイルも連れて帰っていたのは、そういうあたりに理由があります。

ここは何回でもアツく語りたい!!!


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作品リストまで丁寧に作られていて、好感。裏面を見ると、

デザイン:山田信男CENTRAL PARK

とあります。やっぱりプロの仕事なんだなぁ。紙の感じもよいです。


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展覧会自体もとてもよかったです。

実はこの日はキスリング展が主目的ではなくて、ポッドキャストをカフェのテラスで収録するつもりで行ったのです。観ていた時間は30分ぐらいで駆け足だったのですが、それでも十分に魅力を感じました。

 

梅雨の晴れ間。少し湿気はあるけれども、初夏の風は爽やかで、キスリングの絵に描かれている南仏を思わせる。

色鮮やかな庭の花々や人々の装い、静かに置かれたテーブルの上の果物、生命力あふれる裸婦、宇宙の憂愁を映す大きな瞳、静かな喜びあふれる表情。

絵筆の痕跡、力強い筆致。

 

それをまた、庭園美術館という美しく保存、継承されている建物の中で、入れ子状態で味わうというのが、たまらないです。

 

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収録場所がここでなければ、スルーしていたところだったので、ほんとうに観られてよかったです。あまりよく知らない画家だったので。

それと、モディリアーニの親友と聴いて、勝手にホッとしたり。モディリアーニのイメージが薄幸すぎるもんだから。

 

 

美術館にあまり行かない人に、「どうして美術館に本物を観に行く必要があるのか?」と問われたことがあって、それに対する答えはいくつもあるのだけれど、その一つに、

観るために特別にしつらえられた空間・時間の中だからこそ、受け取れるものがある。

は確実にある。この問いは、5年ぐらい前にわたしに投げられたのだけれど、ずーっとどこかにあって、美術館に行くたびに答えを持って帰ってきている。

そのときは「無理解」とか「感性の違い」からくる「揶揄」に呻いていたのだけれど、こうしてみると、ありがたい問いだったのだなぁと思える。

  

ポッドキャストの中でも、展覧会の感想、美術館で何をしているのか、絵を観るとは何をしているのか、についても話しているので、よかったら聴いてみてください。

note.mu

 

 

このカバーの写真は、庭園美術館ではなく東洋文庫ミュージアムのカフェに続く道で、ゲストの阿真さんが撮られたものです。

8年前から知っていたけれど、個人的に話したい!と思うきっかけになったのが、この記事(...の前の生煮え投稿)。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

再会のきっかけになったのが東洋文庫ミュージアムだったから、その写真を使わせていただきました。

 

そしてまた、阿真さんがこの収録中および後に感じたことをnoteに綴ってくださっているのがありがたい。

note.mu

 

ここから非常に感じることは、「好き」や「関心」をひらく、発信していく、語っていくって、思いがけない出会いや、出会い直しにつながるから、やっぱりいいよねぇということ。

 

やりたくない、苦手ならべつに無理にしてやらなくてもいいと思う。

でも、書いてみたら、読んでくれる人がいて、そこからつながって、なにか一緒にやる仲間になるって、場づくりにもつながること。そもそもとっても楽しいことだよね。

今回、阿真さんとのコラボレーションで「やっぱりね!でしょ?!」というグッとした握手を交わすことができて、それもとてもうれしかったです。

 

 

ということで、きょうもこのブログを読んでくださった方、どうもありがとうございます。

 

 

そうそう、次回の庭園美術館の企画展が素敵なのです。

 

これ、鑑賞対話の場、ひらきたいなぁ。

学芸員さんの解説を30分聞くギャラリートークとはまた別のしつらえ。

鑑賞対話の場は、《鑑賞+解説+参加者同士の対話》セットの場。
リアルの場に人間が集う理由をより実感できる、ひらく動機と集う動機を開示しあい、好奇心や関心を、人と作品と自然とのかかわりの中からもっと広げる機会としての場。

 

美術館の方、一緒にやりませんか。お問い合わせはこちら


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《レポート》6/28 沈没家族でゆるっと話そう@シネマ・チュプキ・タバタ

おととい、田端の映画館シネマ・チュプキ・タバタで「沈没家族でゆるっと話そう」という時間を預かり、ファシリテーションを担当しました。

 

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1日1回の夕方からの上映が終わる19:00から、45分という短い枠。

 

「この映画がちょっと気になって観にきたら、たまたま感想を話す時間もくっついてて、じゃあちょっと話していこうかな...」となるような。

 

映画館で映画を観ることが日常の延長にあって、そのさらに延長に感想をちょこっと話す場がある...というしつらえでやってみたかったのです。

 

そのためにはできるだけ参加する人に負担感やハードルの低い尺がよかった。
劇場内でそのまま話していく、というのも一度やってみたかった。

 

以前ひらいた映画の鑑賞対話の場で、45分で感想をシェアして、とてもよかった経験があるので、もうこれしかない!という感じでした。

 

 

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映画を観てそのまま残ってくださった方と、劇場の平塚さん、宮城さん、そして予告なしできてくださった宣伝の加瀬さん、わたし、、でなんとなーく輪っぽい形になって話しました。

 

・話す時間があるなら、と飛び込みで観に来た
・この映画が気になって3回目
社会学を専攻して家族のことを学んでいる
八丈島に縁があって観にきた
・共同保育に関心があって自分もやりたい
・チュプキで映画を観てみたくて来た
・沈没家族や沈没ハウスの関係者から聞いて観に来た

など、さまざまな背景と動機からのご参加。

 


一人ひとことずつ、感想を一周しました。

・自分の家族との関係について考えた
・20年前ではなくて、もっと昭和の頃のように見えて不思議
・実は今仕事でかかわっている人が出演していてびっくりした
・監督は、「沈没家族」をみんなに勧めているわけではないんだろうな
・土くんが大きくなってこんな健やかで、よかった
・生い立ちを訪ねる映画というと、痛みや悲しみも入ってくることがあるけれど、土くんの描き方や人柄に明るさを感じる。
・自分の人生の中での20年という時間の長さを感じる
・こういうことをやってみたかった!なんだやってもよかったんだ!じゃあわたしも今からやろう!
・山くん側からの言い分や気持ちを撮って収めているところが、この映画を深いものにしている
・どうして監督はこれを撮って劇場で公開しようと思ったのか
・ボクシングのシーンは誰の発案だったのか

など様々な感想や質問が出ました。

 

一周したあとは、もう少し話してみたい人が挙手して発言。
2つ、3つの話題を展開したところで終了となりました。

 

知らない人同士の中で感想を話すって、緊張もされたと思いますが、お一人お一人、感じていたことを丁寧に言葉にしてくださって、それをお互いに「ああ、わかる」という共感や「へえーそこなんだ!」という発見をされている様子が、とてもよかったです。

 

話す順番が進むにつれて、次第に、自然に、話しぶりに熱がこもってゆく感じが、エキサイティングでした。

 

映画を観る最中は個人的な体験なのですが、直後にこうやって他の人の体験をちょっとだけ分かち合うだけで、帰り道のほくほく感(深みや広がりやあたたかみ)が全然違います。

 

チュプキさんがよいのは、もともとがユニバーサルシアターで、目で見る人にも耳で観る人にも、映画を観たい人はだれでも一緒に観られるような配慮がされている場所だから。安心と愛がある。だから自然に思っていることが口にできるということもあったんだろうなぁと思います。

 

「45分ゆるっと話そう」シリーズで、鑑賞対話の場をひらくお仕事を、チュプキさんでもまたやりたいし、他の劇場でもやりたいです。お心当たりがあれば、ぜひご紹介をお願いいたします。ご連絡はこちらへ。

 

 

しかしわたしめっちゃめちゃうれしそうに写ってるなー^^いいなー

自分が客観的に見て楽しそうにしているというのが、一番の場のバロメーター。

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ロビーでも話が尽きない。

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ポレポレ東中野での「沈没家族」の対話イベントレポート。これもほんとよかった。
1回目:http://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2019/05/05/133509
2回目:http://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2019/05/22/110207

★ひととびラジオ9. 映画「沈没家族」とわたし
4月に収録した、友人と感想を話しました。背景音がうるさくてほんとごめんなさい。スタバにいて、隣のテーブルの人が話してる気分で時々休憩しながらお聞きください。イヤホンでなくスピーカーで。
https://note.mu/hitotobi/n/n27fab85645e9

 

★シネマ・チュプキ・タバタ
http://chupki.jpn.org/

 

★映画「沈没家族 劇場版」

chinbotsu.com

 

 

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解釈され、求められるヴァージニア・ウルフ〜映画「オルランド」を観る会

今月のはじめにこの記事をシェアした。

 

 

NYだけど、ウルフだから気になる。映画「めぐりあう時間たち」(2002)からウルフの存在が気になりだした。語る会にも参加したし、直近の文フリでも「かわいいウルフ」を買っちゃったし。

なぜヴァージニア・ウルフの作品は、時を超えて人々に様々なインスピレーションを与えるのだろうか。

 

***

美術手帖のFacebookより: 

ティルダ・スウィントンがキュレーション!】

アカデミー助演女優賞を受賞したイギリスの女優、ティルダ・スウィントンが初めてキュレーションした展覧会「Orlando」が、5月24日からニューヨークのアパーチャー・ギャラリーで開催中! ヴァージニア・ウルフの小説『オーランドー』からインスピレーションを受けた本展で見せるものとは?

bijutsutecho.com

 

 

そうしたらヴァージニア・ウルフが好きな友人が、「オーランド」が原点なんだと言って、勢いでDVDを購入してくれて、さらにみんなで観て語る場をセットしてくれて、別の友人がまた素敵な自宅を会場として提供してくれた。

「話題」にしてひと月も経たないうちの本日、観て語る会がひらかれることになった。

 

この機動力の高さよ!

最近仲間内では、興味のあることにはサッと場がひらかれるようになって、楽しくてうれしくてありがたくてしょうがない。

 

しかも、予習シートも用意してもらえる!!

 

 

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映画「オルランド」を観て、みんなで話してみて。

 

とても多彩な魅力のある作品。ただただ、美しい。美しい画面をずーーーっと見ていられるのは至福。

 

監督サリー・ポッターとチームの妥協なきアートワークと、ウルフの残した、どこか時間軸を超越したファンタジーのような、同時代性を感じるような不思議な世界観に、俳優ティルダ・スウィントンの唯一無二の存在感が加わり、絶妙な形で成立している。

とはいえ、シリアスなのかと思いきや、ユーモアにもあふれていて、ところどころみんなでくすくす笑ってしまった。

もともとは男性であったオルランドが、眠っている間に女性に変化するのが一番大きな軸。オルランドは男性として女性も愛し、女性として男性も愛し、子を宿し、400年以上も生きる、両性具有的な、究極の存在になる。

お能の構造にも似ている。ちょうど「船弁慶」を見たときに、成人の男性が女性の静御前を演じ、子どもの男性が若き義経を演じる、というズラし方が非常に興味深いという話をしていた。あるいは、男性であった時代のオルランドを「前場」とすると、女性に変化してからのオルランドを「後場」とすることもできる。

 

1992年の作品だが、まったく古さを感じない。

サリー・ポッターのカメラワークのアイディアが斬新なのだろう。メイキングでもしきりとカメラのことを言っている。

メイキングには、資金不足でお金のことがたびたび話されている。それから、当時はまだ労働時間についてシビアでなかったのか、ひたすらスタッフがその辛さを口にしている...。全員がローテンションという...こういうメイキングもあまり見たことがない。ちょっとここでも笑ってしまった。

 

お屋敷の庭のシーンでは、YUKIのこのPVを思い出した。これ途中で切れているけど、この先がもうちょっと似ていたような気がしたのだ。気のせいかな。。今見ると、庭だけやん!て気もする。今度カラオケ行ったら歌って続きを見てみよう。。

youtu.be

 

まだちょっと消化するところまで行かないのだけれど、みんなで観て語ったことによって、特別な作品になったことは確か。感謝。 

 

読もう読もうと思いながら、結局ウルフの書いたものを一冊も読むことができないでいる。翻訳でさえ、取り組んではみるものの、なんだか歯が立たない。
わたしはそこまでストイックではないので、読めなかったらしょうがないと思っている。

それより、こうしてさまざまな人が、さまざまに解釈したウルフ作品を鑑賞することで、元の作品がもっていたエッセンスやテーマに、少しでも触れられるのがありがたい。

 

時代としても、未だかつてなく、ウルフが注目されているように感じる。

引き続き追っていきたい。

 

映画を見て絵メモをとって、色までつけてみたのは今回がはじめて。楽しかった。

 

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