ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

【たびたび更新】今後の予定

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✴︎連載中

 寺子屋學 |語り合おう。ひと、まち、お寺。
「場づくりの技術を身につけよう」

terakoyagaku.net

 

 

 

✴︎2018年7月〜9月

 

節目につくる、自分の今とこれからを見つけるコラージュの会《秋分編》

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✴︎2018年9月〜12月

杉並区男女平等推進センター講座 マンガから学ぶ「女性の働き方と両立支援」

ちはやふる」から学ぶ「百人一首と競技かるた」

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また行きたい!と思える場をつくるゼミ

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読書会のつくり方講座

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自分の今とこれからを見つけるコラージュの会《冬至編》

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✴︎ひととびのサービスメニュー

 ★人が集まる場をひらきたい方に個別で伴走する「個人セッション」

 ★読書会、百人一首、映画や展覧会の語る会などの「つくり方講座」

 ★人が集まる場をひらきたい方同士と学びを深める「場づくりゼミ」

 ★場を主催する方、運営する方と共に場をつくる「プロジェクト」

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「また行きたい!」と思わなくてもいい場

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わたしは「また行きたい!と思える場をつくるゼミ」の講師を務めていますが、「また行きたい!と思わなくてもいい」「また来なくてもいい」という場もある、ということも大切にしています。

 

 

それは、

・教える(主催者)ー教わる(参加者)の関係がある場

・上達や熟達することを目指す場

・道のつくものや、ひとつのジャンルや世界を確立しているものを扱う場

です。

 

 

例えば、わたしが急に乗馬をやってみたくなったとする。

 

 

馬の疾走する姿は美しい。馬に乗っている姿はカッコいい。

小さい頃から馬に乗ってみたかった。

死ぬまでに一度は馬に乗ってみたい。

馬とのコミュニケーションはどんなものなのか、どう思い通りにならないのか。

どのぐらい体力がいるのか。

気に入ったら入会して通いたいけれども、今はまだ好きになるかどうかもわからない。

いろいろ道具を揃えるのは高いだろうし、レッスン代も高い。休みの日もつぶれる。

まずは体験で行ってみて教えてもらって、先生はどんな人か、生徒さんは他にどんな人がいるか、交通はスムーズで通いやすいか、会の雰囲気が合うか、金額的にも払えそうか(払ってもやりたいか)も見たい。。

 

というようなことを考えながら体験講座に行くとします。

 

すると、、

 

馬にさわった!馬に乗れた!おおーこれが馬に乗るということかー!!へえー思ってたより気持ちよく、思っていたより大変だった!インストラクターもとても丁寧だったし、天気もよくて、馬ともコミュニケーションがとれたような気がした!楽しかった!!というよい体験をした。

 

しかし、

 

確かめたかったことは、この体験だけでもう十分だったので、それ以来行っていません。

 

となる。

 

 

 

これはあくまで例えですが、上に書いた

・教える(主催者)ー教わる(参加者)の関係がある場

・上達や熟達することを目指す場(上達や熟達してレベル差がついてしまうもの)

・道のつくものや、ひとつのジャンルや世界を確率しているものを扱う場

では、よくあることだと思うのです。

 

 

そう考えると、講師や主催者側から見て、参加者が継続して通ってくれるということは、何かを感じてもっと知りたい、これは今の自分に必要なことだと思ってくれた、日常に取り入れたい、人生に組み込みたいと思ってくれたということで、それは本当にものすごい機会を提供したということです。

 

なぜなら、人間は身は一つで、時間も限りがあるので、全部の道には分け入ることはできないからです。また、例えば絵画とか料理とかカメラとか、道によっては「橋を架ける人」がたくさんいるものもあるでしょう。そのようなたくさんある中で、この道を、自分を選んでくれたということは、とてもありがたいことです。

 

講座のような場を運営している方は、「体験」という別枠を用意して、メイン枠への導線をつけているかと思います。

 

未経験(見たことやあるけどやったことはない)の人が持ってくる新鮮さ、ふれたときに見せる反応の初々しさは、熟達していく人にはないもので、それが社会にいる人のほとんどの反応だと思うのです。

 

自分にとって大切な存在である「●●」をシェアし、その人が社会の代表として受け取ってくれたとしたら、とても貴重な体験です。

 

ひとつの「道」や「世界」にはじめてアクセスする人に教える(その道に橋をかける)のは、言葉や順序や行動を考え抜くことになるので、講師としてのスキルを上げることにつながります。参加者同士の関係や表現を大切に講座を設計して進行すれば、それにはじめてふれた人が見せる喜びの表情に、「やっていてよかった!」と思える。

 

この人が分け入るきっかけになるとうれしい。わたしの世界の仲間になってくれたらうれしい。

 

でも、たとえ分け入らなくても(入会してくれなくても、継続参加してくれなくても)、ちょっとその世界をのぞいて、その人のもともと持つ別の何かと接続して「それ」をとらえて表現してもらえたり、わたしの知らないところで、後々ふと思い出して、人生の味わいの足しにしてもらえるとしたらうれしいことです。それもまたわたしの愛する「●●」のもつ魅力や豊かさの一部だと思うから。

 

つまりそれは、「なぜわたしはその場をひらくのか」ということにつながります。

 

 

「また行きたい!」と思わなくてもいいし、また来なくてもいいけれど、確かに本質とつながることができて、大きなあたたかさと希望にあふれる場。

 

そんな心持ちで、一回きりの参加の人との時間を大切に、わたしは講座をひらいています。

 

 

 

▼場づくりゼミは9/29(土)から4回シリーズでひらきます。連続参加もよし。単発参加もよしです。

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▼個人セッション承ります。ゼミに来られない方、個別相談をしたい方。

あなたらしい場が、あなた自身の手でつくれるように、企画・設計・運営のカウンセリングとアドバイスをします。場の立ち上げ〜ふりかえり〜クローズのさまざまなフェーズの中で起こるさまざまなテーマに伴走します。

 ・対面またはZoom/Skypeなどのオンライン通話で行います。

・初回限定20分無料ガイダンスにて、ご相談内容や状況やご経験に応じて、期間、回数、金額のお見積もりをいたします。相談内容の確認と要点整理をし、時間や金額のお見積もりをします。納得した上でセッションにお進みいただけます。

・新しく場を立ち上げる場合は、実施約1ヵ月前までに2〜3回のセッションがおすすめです。

・20分 ¥3,340〜110分¥16,700の間で10分刻みでお選びいただけます。

 

 

すべてのお問い合わせはこちらへどうぞ

自分のファシリテーションを点検する一日

 
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場をつくるというお仕事のために、わたしはいろいろなお稽古をしています。

毎日お稽古すること、3日に一度、週に一度、隔週に一度、四半期に一度、半年に一度、数年に一度...など様々な頻度や深さや重さでいろいろします。

 

「自分のファシリテーション」の大掛かりな点検は、時機が来たときにやっています。自分の人生の節目と関係があるので、とても大切なものです。

 

わたしはあまり「ファシリテーション」という言葉を使わないのですが、場づくりにおいてファシリテーションが重要であることは言うまでもありません。わたしがまだファシリテーションというものを、的確に表現できないので、場で確信があるとき以外は使うことができないだけなのです。

 

わたしにはこの道の師匠がいます。その人は職業が「ファシリテーター」なのですが、その肩書きだからというよりは、ほんとうにその人の場にいると、「ああ、これがファシリテーションだ!この人がファシリテーターだ!」という感覚がもてる。だから師匠の場に自分を点検しに(してもらいに)行くのです。

 

今回は、場で予想もつかなかった発言やふるまいがあった場合に、ファシリテーターはどのようであるとよいか、ファシリテーターのたおやかさとは何か、ということがテーマになっていました。

 

わたしは守人として場をつくっているけれども、それでもわたし個人がどうしても反応してしまう話題やテーマやキーワードや状況があって、感情に支配されてしまうことがあるのが、非常に気になっていて、それを師匠の元で安心して紐解いていきたかったというのが今回の大きな参加動機でした。

 

自分も場にめいっぱい集中して参加しながら、師匠の話すこと、聴くこと、態度、姿勢、動かし方、進め方、待ち方、応答の仕方、描き方...ぜんぶをトレースしていたので、一日終わる頃にはぐったりでしたが、本当に参加してよかった。ほんとうに師匠は惜しみなく、様々な方法で教えてくれていました。

 

競技かるたでもありますが、武道で上級者や師の戦いぶりや技術をトレースすることを見取り稽古といいます。それをしていました。

 

やったことやそこから学んだことをを言語化しようと思えばできるのだけれど、多くが身体の言葉なので、表現が難しい。もう少し寝かす。ただ、Inspiringというキーワードが自分の中に強く残っているので、しばらく場ではこれと共に過ごそうと思います。

 

師匠と同じ場にいるだけで、この人はどれほどのお稽古と実践を積んでこられたんだろう、と今なら一瞬でわかります。このお仕事は大切なもの。人がかかわる場をつくるために、人とよりよい生の時間を育むために、日々の鍛錬をこれからも続けていこうと背筋が伸びました。

 

自分の歩む先に師匠がいること、師匠の歩む同じ道に自分がいることが幸せです。

 

 

わたしの一番の現場である場。

 

人と人との関係をつくる、機会をつくる、営みをつくる。

ひらき、はこび、仕舞う。

 

 

9/29(土)からはじまる「場づくりゼミ」で、師匠から学んだことをシェア、還元してゆきます。ひとつ必ず取り入れようと思っているのは、やってみせて、やってもらう(一緒にやる)です。

単発参加もOKですので、これから場をつくりたい方や今の場をふりかえりたい方はぜひいらしてください。日頃の学びの種を裏表なく、惜しみなくお渡しします。

 

bazukuri3.peatix.com


 

 

 

 

手づくりの給食。美味しくて大好き。キッチンが横にあって、包丁でとんとん切る音や、じゅうじゅう炒める音がするのを聴きながら、いい匂いに包まれながら、場が進む。


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帰宅すると、息子が洗濯物を取り込んで畳んでおいてくれました。と書くとなんてことはないのだけれど、泣いてしまうほどうれしかったのは、これまでの経緯や時間の積み重ね、努力があるからだね。愛を与え続ける。もらい続ける。自分にも、人にも。


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天籟能の会「小鍛冶」を観た話

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安田登さん主宰の天籟能の会に行ってきた。

inanna.blog.jp

 

 

安定の国立能楽堂、安定の脇正面。

 

初めてお能を見たときにたまたま取った席が脇正面で、そのときの体験があまりにも素晴らしかったので、以来、よほどのことがなければ脇正面を選ぶことが多い。正面、中正面もそれぞれに良さがあって、値段と体験の深さが比例しないのも能のおもしろいところ。

特に今回の能は橋の上でのやり取りが効いてたので、脇正面にしてとてもよかった。

 

仕舞「遊行柳」

狂言「磁石」

能「小鍛冶」(白頭)

 

どれも初めての曲ばかり。

 

仕舞の梅若万三郎さんの威力がすごかった。

人間はあそこまで容れ物になれるのか!と思った。しかも容れ物になりながらも自分の意識は冴え冴えとしていて、身体能力を最大級に発揮している...それが目の前で起こっているということは何か信じられないような思いでいた。

 

狂言はおもしろかったのだけれど、うっかりところどころで寝てしまった。あんなに大きな声で話しているのに心地よくて。でも寝ているのに、間が途切れていないというか、夢の中でも観ているような不思議な感じだった。普段これは能を観ているときに起こるんだけど、狂言でもあるのかーと寝ながら思っていた。

 

そして能「小鍛冶」。

 

神様にお願いして、神様と人間が共同でひとふりの刀に相槌を入れる。

 

こういうことって自分にもあるよなぁと思ったのは、何か大切な「本番」があるときに、「神様、どうか力を貸してください!」と祈る。こちらの祈りは一方的で、神様の声は「いいよ」も「だめだよ」も聞こえない。

 

舞台の上でも、神様は聞いてんだか聞いてないんだかわからない、一見スルーしてるように見える。でも神様だから言葉は通じないか、神様の考えは計り知れないのかな、という感じもする。神様は前シテでは老人の姿をしている。後シテで白い髪を振り乱して(赤い髪で演るときもあるらしい)、金色の面をつけてこの世のものならぬ、しかし人形(ひとがた)に近い姿で現れて、鍛冶をする。

 

神様と人間とが相槌を打っている。

 

神様はこちらの願いはちゃあんと聞いてて「これは自分が力を貸したほうがいいことだ!」と思ったら来てくれる。刀鍛治の相槌だったり、本番の「それ」が仕上がったら、「よかったネ」という感じでアッサリ帰っていく。

 

去り際に、神様が振り向いてなんだかうれしそうにニッコリしてたように見えたのが印象的だった。「また呼んでなー」と手を振って帰っていく感じ。神様も人間に力を貸して、一緒に何かをつくるのは実は楽しかったりうれしかったりするのではないだろうか。

 

ものをつくるとき(goodsに限らず)、神様と自分との相槌の作業をしている。それが目に見えるようになったのが、きょうの「小鍛冶」のような景色なのだとすると、ますます自分がつくるもの、つくることに畏敬と感謝と愛を込めたいって思う。真剣につくることは神事と言っちゃってもいいかもしれない。そんなことを考えた。

 

 

 

前シテは老人だったり童子だったりするらしいが、一緒に行った友だちが「なんで大人の男の姿じゃないのか不思議だったけど、ヘタな大人より、老人やこどものほうがサッと手を貸してくれるからかも」と言っていて、なんだか納得した。

この友だちとは、産後に、とある会で一緒になり、1ヶ月ほど一緒に過ごしたが、そのあとは全く会っていなかった。わたしは当時お能をやっていたという話を彼女としたのをすごく覚えていて、能を観に行くたびになんとなく彼女のことを思い出していた。それが9年経った今年になって、急に彼女がわたしをFacebookで見つけて連絡をくれ、読書会に来てくれたりして、またちょこちょことやり取りするようになった。

 

この再会や出会いなおしをしている中でのお能というのも何か、感慨深いものがある。時間や空間のずれ、時間差、ある程度の時間が経たないとわからないこととか、人と人との間に起こることは不思議だなぁと思う。

 

 

今回の会の建付けもとてもよかった。ディープに楽しみたい人は公演までの7回のワークショップに出ることもできる。当日だけ来ても始まる前に解説があり、仕舞、狂言、能におはなしの時間があってじゅうぶん楽しい。

 

最後に「おはなし」と題して、安田登氏、内田樹氏、川崎昌平氏(刀匠)、いとうせいこう氏の4人が座談会形式で解説というか感想というかを話す。

「ゲストにわたしの好きな人ばっかり呼びました!」という感じがよかった。仲間内の実験の楽しさに、フレンドリーに招いてもらった感じがある。

 

きょうの公演の外周で4人があーだこーだと話すのをわたしたちは鑑賞して、帰り道に友だちと公演とその外周のおはなしも含めた会全体をあーだこーだとおしゃべりする構造がおもしろかった。14:00-17:30の時間設定もほどよい。

 

座談会で印象的だった話。

コンテンツがどんなにおもしろくても、それが自分に相対されていない場合、つまり相槌、コミュニケーションのある関係がなければ、それは自分にはぜんぜん関係ないものとして耳蓋がれるという、いとうさんの話が胸にぎしぎしきた。逆に相槌のある関係ならその上に何か乗っても展開するのだ。

 

川崎さんは、作業場では五感をフルでつかうので、しゃべってる余裕がないんだとおっしゃっていた。なにかお知らせが必要なときは、師匠の槌を打つ音を合図になると。つまりその場で取り組んでいるときの作業そのものが、全部言語ということなんだろうな。

 

実際の鍛冶は3人でするものらしい。師匠と新人と師匠補佐でトンテンカン。(新人が間違えるとトンチンカン)でも「小鍛冶」では神様だから一人で何人分もできるのでしょうね、とのこと。

 


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「おはなし」で登壇された4名

 

 

 

 

 

 

 


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次回も行きたいなぁと思ったら、第7回は2020年1月25日(土)ですって。

来年じゃなくて、再来年。

新作能だからか。

楽しみです。鬼が笑いそうだわ。

 

 


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「おはなし」の覚書を書いてくださっている方が!ありがとうございます!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また行きたいと思える場には何がある?:秋の場づくりゼミ、ひらきます

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29日から秋の場づくりゼミ開講します。単発参加OKです。連続でももちろん!


イベント、講座、サークル、部署、拠点...。いろんな場がありますが、「また行きたい!」と人が思うのは何があるからだと思いますか?

 

この講座では、4回のテーマに分けて、自分の動機から生まれる、集う人一人ひとりの体験のデザイン、関係性の面から場(機会や営み)づくりを考えます。

これから立ち上げる人ももちろん、既に場をひらいていてふりかえりたい人にもおすすめです。

 

 

最近気づいたことは、もしかするとわたしの講座で光を当ててる部分は、場所の運営システム構築実務、建造物の空間プロデュースではないかもしれず、そういう「場づくり」を知りたい方には物足りないまたは全然ニーズに沿わない、ということです。

(もしかすると名前の付け方が違うのかもしれないと思ってすらいる)

 

この講座では、体験や関係性のデザインについて、「それが自分にとってどうか」「相手にとってどうか」という感情や感覚や身体性を伴う言語を駆使し、コミュニケーションを大切にしながら、人間の性質に沿って、深く大切に扱います。

 

とはいえ、土地や場所や空間は非常に大きい要素ですので丁寧に扱います。ゼミをなぜこの場所で開催するかについても説明します。

 

今すぐ社会的インパクトを出す巨大でで圧倒的な力ではなく、将来的な変化を見据えての小さな一歩や、一歩一歩をどう積み重ねて結びつけるか、というデザインもします。

 

ワークショップデザイン、ファシリテーション、コミュニティデザインの勉強をあれこれしてみたけれど、なんかちょっと違うなぁと思っている方に、違う視点がプラスされるかもしれません。

 

▼お問い合わせはこちらへお気軽にどうぞ!

▼お申し込みはこちら

bazukuri3.peatix.com

 

 

 

場づくりの連載をしています。お坊さん向けのサイトですが、お坊さんでない方にも読んでいただけるような内容です。6回シリーズのうち、2回までリリースしたところです。

 

terakoyagaku.net

 

 

個人セッション承ります。

あなたらしい場が、あなた自身の手でつくれるように企画・設計・運営のカウンセリングとアドバイスします。場の立ち上げ〜ふりかえり〜クローズのさまざまなフェーズの中で起こるさまざまなテーマに伴走します。

 

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・対面またはZoom/Skypeなどのオンライン通話で行います。

・初回限定20分無料ガイダンスにて、ご相談内容や状況やご経験に応じて、期間、回数、金額のお見積もりをいたします。相談内容の確認と要点整理をし、時間や金額のお見積もりをします。納得した上でセッションにお進みいただけます。

・新しく場を立ち上げる場合は、実施約1ヵ月前までに2〜3回のセッションがおすすめです。

・20分 ¥3,340〜110分¥16,700の間で10分刻みでお選びいただけます。

問い合わせはこちら

ワヤン、人形劇、東洋館

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トーハク(東京国立博物館)の夜間開館が好きです。

時間が静かにゆっくり流れるので、思索に耽りたいとき、会話せずに一人で静かに過ごしたいときは、最近よくここに来ています。

 

今、東洋館では「海の道 ジャランジャラン」という企画の一環で、インドネシアの影絵芝居ワヤン・クリの人形を展示中です。


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ワヤンは一人で複数体動かして、セリフしゃべって、楽団を指揮するのだそう。人形劇もいろいろだなぁ。影絵でそこまで見えないものなのに、こんなに繊細な彫りとか彩色で、その美しさにうっとりしてずっと見ちゃいました。

体は水牛の皮、軸は水牛の角を使っているそう。

 

この独特のフォルムがたまらない。

影絵だし、遠目にもなるから、登場人物の違いがわかりやすいようになっているのだろうな。

 


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木製のワヤンもありました。こちらは立体なのでもっと人間に近い感じでどきどきします。

 

youtu.be

 

インドネシアに住んでいた友だちが、現地で観た時の様子を聞かせてくれて、音や絵だけではなくて、その日の湿度、会場の熱をわたしまで感じてうっとりしました。ガムランの音も合間って、観ているとトランス状態に入りそう...。

 


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わたしは小さい頃から人形劇が好きで、小学校4年生のときに人形劇クラブに入ってました。
人形を自分たちで作るところからやるのが、今思えばよかった。
文楽も好きだし、人形(ひとがた)の妖しさにとても惹かれ続けています。

 

世界の文化を知るのも好き。学生時代、大阪に住んでいた頃は、万博公園の中の国立民族学博物館(みんぱく)によく行きました。東洋館が好きなのは、みんぱくに似ているからだろうなぁ。

 


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次回の東京藝大美術館の企画は、柴田是真が目玉のよう。
柴田の円い天井画がすごく好きだから、修復が終わった本物を見られるのはとてもうれしい。

東京都美術館ではムンク東京国立博物館ではデュシャン

野外映画や梅酒まつりもある。

 

木々は色づき、散歩が心地よい季節。

 

上野公園の秋の深まりが楽しみです。

 

キッチンと愛

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急に読みたくなって、吉本ばななの「キッチン」を図書館で借りて読んだ。

前回がいつだったか忘れたけれど、たぶん10年は余裕で前。もっともっと前かもしれない。

 

はじめて読んだのは、小学生のときだったかな。4つ上の姉が買ってきて。

 

読んでいるあいだじゅうずっと、美しい音楽がひたひたと沁み入るような感覚でいた。

哀しみとぬくもりと。

 

 

今だ、今しかないのだ。

という時をとらえて、間に合うこともできる。

 

間に合わないこともあるけれど、いつもなるべくじゅうぶんにやっておけたらいいよね。

 

というようなことが、ふわっと浮いてきた。

 

 

誰かにとってある種の物語が急に必要とされるときのために、この人は小説を書いているんだろうなぁ。

 

 
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わたしはあなたを愛しています。

 

と伝えることは、とても勇気のいることだ。

ぜんぶ投げ出して、無防備になるのは恥ずかしいし怖い。

 

あれこれ理由をつけて、ごまかしたり、自分以外を主語にしたり、別のことにしておいたほうが傷つかずに済む。面倒くさくもならない。

 

でも、上辺の本音だと思っていた言いたいことをたくさんたくさん並べていったら、最後の最後に下のほうにきれいな箱が残る。その箱を開けるのはとても怖い。でもその中に入っているものは、わたしに開けてもらうのを待っている。

 

そして、あなたとほんとうにつながるためには、その箱を開けなければならない。

 

弱々しく震えている。

小さく温かく鼓動するもの。

その名前を自分で呼ぶ。

よく知っているもの、自分が一番よくわかっているものの名前を。

 

 

愛というのは、相手が自分を愛してくれるかどうかによらず、ただ自分の中にあって、それにふれて確かめるだけで、十分に満たされるし、強くなれるものなんだなということを、最近ようやく知ったところでの、「キッチン」の再読。いい時間だった。

 

何もしないことが調和や平和を生むのではなく、愛を認めて受け入れ伝えることから、なのかなぁ。

 

あなたがどうであれ、という感覚がわたしにとっては特にあたらしい。あなたがわたしに対してどのような感情を持っていても、わたしはあなたを愛している、と言えるのは、それ自体がその人からの贈り物なのかもしれない。

 

受け取られなかったら悲しいし、受け取られたらもちろんうれしいけれども。それは相手が決めることなので、どっちの場合もしょうがない。

 

これは恋愛や性愛に限らず、人間同士の関係でいつも起こることだ。

 

それをこの物語では、すごく美味しい食べ物という言葉で伝えるのもまたすごくいい。

 

何周も回って、いつでも何度でも。

これが読書の愉しみ。