ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

「ディエゴ・リベラの時代展」を観てあーだこーだと語る会、ひらきました

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埼玉県立近代美術館で2017/10/21-2017/12/10開催中の、「ディエゴ・リベラの時代展」を観てあーだこーだと語る会をひらきました。

 

peatix.com

 

 

ラジオで録ったものを除くと、久しぶりの美術展であーだこーだの会でした。

やっぱりみんなで感想を話すのは楽しい!今回は人数をぎゅっと少なめにして、4人で実際に絵の前で話してみる時間を後半につくりました。流れはこんな感じ。


10:00-10:05 ブリーフィング(自己紹介、きょうの流れ説明)
10:05-10:10 各自チケット購入、トイレ、荷物をロッカーに預ける
10:10-11:30 各自鑑賞。作品シートや手帳などに鉛筆でメモを取りながら
11:30-12:15 「ピックアップ鑑賞(勝手に名前つけた)」気になった絵の前へ行って「どこが気になったか、どんな感想を持ったかスピーチ」+みんなであーだこーだ(参加者全員一人ずつ)
12:15-12:30 ロッカーから荷物を取る、ミュージアムショップで買い物、カフェへ移動
12:30-13:30 カフェでランチしながら続きをあーだこーだ


実物の作品の前で話すのは今回はじめてやってみたのですが、とてもよかったです。いつもは一旦美術館を出た後に、ポストカードやチラシや図録を前に話していましたが、本物がやっぱりいい。他の鑑賞者さんに配慮しながら、マナーを守って行いました。

モティーフ、技法、画材、画風の変遷、時代背景、ヨーロッパ・ロシア・アメリカ諸国との関わり、国の歴史...いろんな角度からじっくり話せて、それぞれが受け取ったものの話もして、ディエゴ・リベラの人生をみんなで旅しました。

最初の謝辞のコーナーで、メキシコのある機関の方が、「ディエゴ・リベラはメキシコの大命題」「我々メキシコ人が向き合うべき存在、アイデンティティの一部」と書いていたので、ここでわたしはすぐに「おお!そういう人だったんだ!」とスイッチが入りました。

19世紀後半からから20世紀半ば頃までのメキシコ美術の流れを、ディエゴの画業を軸に据えつつ、同時代の画家の作品を織り交ぜながら、展開されていくキュレーションには説得力がありました。「ディエゴの作品がたくさん見られる!」と期待しすぎて行くとちょっと違うけれど、むしろ単独で語られるよりも深く理解できたように思います。

ディエゴの画業の中でも、国の使命を背負わない、絵描き屋の仕事でもない、ただ自分自身の愛や欲や萌えを自由に大切に描いた作品に度々足が止まりました。自分でも意外な作品が気になって、ピックアップ鑑賞の時間にみんなを連れてきて話してみたら、なるほど!とわかること多し。3人がディエゴの絵を選んだのに、作品も年代も描いた対象もバラバラなのもよかったし、1人が同時代の作家の作品を挙げてくれてこの展覧会の全体像にふれることもできました。示し合わせたわけでもないのにこういうのが起こるのはすごい!

2人は絵を描く人(でも油絵とデザインなのと個性とで観方が全然違う)で、1人は宗教学の素養があり青い家に行かれたこともあるフリーダ・カーロ好き。それぞれの感性が交差してエキサイティングでした。

わたし含め、参加した方それぞれのもつ素地・素養が存分に発揮されながら、今この場でやり取りされる中で影響し合い、更新されていくものもお互いに感じられて、有意義だったという感触が残っている(皆さんにとってもそうであることを願う)。もっと時間をかけることもできるかもしれないけど、選択と集中、こういう鑑賞もいいのではないかしら。とはいえ、各自の鑑賞時間はもう少し長めにできればよかったかもなぁという反省も。

 

当日ならチケットにスタンプを押してもらえれば再入場可能なので、あーだこーだが終わった後にもう一度行かれた方もいて、みんなで話した後だからこそ発見したこともあったみたいで、よかったです。「行きたいと思いつつ、いろんな理由で躊躇していたところ、機会をもうけてくださっただけでもありがたい」とも言っていただけて、それもうれしかった。


あーだこーだの会やりませんかと声をかけてくれて、一緒に企画を進めていた相方さんが、お子さんの熱で急遽お休みになっちゃってとても残念でした。リベンジしたい。

 

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聖書を学ぶ

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友人からきっかけをもらって、今年の夏から、とある勉強会で聖書を学んでいます。

教える人も教わる人もキリスト教の信者ではありません。客観的に、しかし他人事としてではなく、この宗教についてまっさらなところからはじめて学んでみる。解説書ではなく、聖書そのものをまず読んでみる。

未知のもの、既知と思い込んでいたものに対し、自ら問いを立て、その答えを様々な手法で見い出し、自分の辞書のページを増やし、自分を変化・成長させてみようとする試みです(と、わたしは勝手に解釈している)。

 

わたしが学ぶ動機は、二つ。

一つめは、美術や文学や芝居や音楽など、わたしの愛する芸術は、聖書の知識がないと本質を読み解けないものが多い。なんとか知識を深めてより広く深く受け取りたいから。

二つめは、歴史を見ても、今現在の世界情勢を見ても、キリスト教圏の人と接するにしても、聖書にルーツがあるのでは、という想像は働いても、自分の解釈を述べるまでに至っていないのが悔しいから。


今、2回の講義が終わったところですが、そのあたりのことが少しずつわかりかけてきており、大人になって自ら求めてする勉強はやっぱり楽しいな!と興奮しています。


さらに先日はスピンオフで「創世記」の読書会をやってみたい!と言い出しっぺになり、ファシリをやらせてもらい、7人であーだこーだと自由な感想を話す時間を持ちました。楽しかったなー!みんなで少しずつ持ち寄ってできた感じがあって、よかった。やっぱり読書会は楽しい。既に専門家から内容の講義は受けているので、それを踏まえつつ、読書会では自由な感想を膨らませたり掘り下げたりしていきました。やってみて、さらに理解が深まり、物語としての味わい深さや幅の広さを感じることができたと思います。

 

この勉強会では、勉強の方法を教えてもらえることもとてもありがたいです。原典にあたることが大切。解説書は易しいものからはじめる。小学生向けのものから。自分なりの楽しい続け方を模索すること。どんなささやかな問いも大きな疑問の解決につながる可能性を秘めている。その素朴さに専門家がハッとすることだってある。わからないことはどんどん専門家をつかまえて聞けばよく、わからないことを一緒に探求していく楽しみだってある...などなど、実際にやってみると意味がわかる。

 

次回から勉強会本体が【講義+感想共有】の流れにしていくことになったので、ますます楽しみです。大学のときにゼミがなかったから、ちょっとその気分を味わってみているのかもしれない。勉強会は来年の冬ぐらいまで連続講義形式で続くので、これからもこのメンバーで学べて、まだまだいろんな発見がある、この軸で読み解けるものが増えていく一方なのかと思うと、うれしくてたまりません。仲間と一緒にやる勉強って楽しいなぁー♪ 

 

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ことほぎラジオ最終話を配信しました

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ことほぎラジオ第12話を配信しました。

 

...と、その前にも第11話を配信していたのですが、こちらでお知らせするのを失念。。

doremium.seesaa.net

 

去年のちょうど今ごろにけいさんから「ポッドキャストやってみませんか?」というメールをいただいて、はじまったことほぎラジオ。

毎回いろんな場所へレコーダーを背負って録りに行き、何回も何時間もあーだこーだと議論を重ねながら、作って流し、作って流し、気づいてみれば12回。

芸工展でリアルの場もつくれ、前々からやりたいねと言っていた公開録音もでき、7人ものリスナーさんに見守っていただき、おたよりも送ってくださり、配信後もおたよりをいただき...。

どこへ辿り着くかわからない毎回の挑戦を、おもしろがりながら温かく見守ってくださったリスナーでありことほぎ研究員(勝手に任命!)の皆さんに感謝です。

 

その後のことほぎ研究室も、あれこれ楽しいことを考えています。

また近々お目にかかれそうです。ごきげんよう

 

 

▼blogから

doremium.seesaa.net

 

iTunesから

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火鉢を囲んで昔話

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先日、調布はつつじヶ丘にあるもえぎ家さんへうかがい、友人のeicoさんがひらいている「おとなの絵本クラブ」に参加してきました。


もえぎ家は4人の作り手によって運営されている古民家。書く人、描く人、料る人、温(ぬく)める人が、古くから受け継がれているものの中にある智恵を見直して、今の暮らしに心地よく取り入れる、営む場を守っています。そんなもえぎ家の場の良さを生かすべく、今回の大人の絵本クラブは、「昔話と火鉢deランチの会」と題して、昔話を読み合って、語り合ってみようということになったそうです。


eicoさんとは6年前からのお付き合いなのですが、2年ほど前に「絵本のブッククラブの立ち上げたい」というご相談をいただいて、また今回も昔話の本を取り上げるにあたってもご相談いただいて、僭越ながらアドバイスめいたことをさせてもらってきたので、どんな場なんだろうとわくわくしながら行ってみたら、想像をはるかに超えた心地よい空間がわたしを待っていました。

eicoさんの好きと好きじゃない、したいとしたくないのハッキリしたところが好きなんだけど、それを人に押し付けるでもなく、完璧主義に陥るでもない、絶妙な加減が心地よかった。

 

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この日は「日本の昔話5 ねずみのもちつきという超短編の昔話がたくさん入った本から、「ねずみのもちつき」「さんまいのおふだ」「サトリ」の三篇を取り上げ、一人ずつ朗読して、読んでみた感想、聴いてみた感想を自由に話しました。

わたしは絵本の読み聞かせを家でも小学校でも、ときどき大人にもやっているのだけど、絵のないお話を朗読したり、人に朗読してもらったりというのは久しぶりで、自分の中に浮かんでくるビジュアルイメージの瑞々しさに驚きました。短いもので3ページ。長いものでも10ページ程度のお話は、寝る前にこどもに読んでやるととてもよさそうです。

昔話は描写が細かくないにもかかわらず、その場面が浮かんでしまう不思議があります。つじつまの合わなさも多分に含みながら、しかしそれゆえに安心して入り込める力があります。しかも「むかしむかし」ではじまり「とっぴんぱらりのぷぅ」などの始末によって、入り込んでも「これは物語なんだよ。だから安心して聞けるよ」と教えてくれている。

福音館書店の編集者・田中秀治さんがゲストでいらしていて、専門家ならではの視点をいただけてよかったです。地域による違いや、心理学からのアプローチ、小沢俊夫さんや河合秀雄さんなどの関連本も紹介してくださり、どれも興味深かったです。「かがくのとも」「こどものとも」の創刊に携わられた方で、このシリーズ大好きなので、愛が伝えられたのもうれしかったです。

読み解いていく中で、理屈では説明のつかない現象や、処理しきれない感情を、現実と並行して走っている昔話の世界(パラレルワールド)に託すことで昇華させてきたのではないか、という話題も出て、ここでもまた物語やファンタジーの存在について考えました。

 

 

ちょうど最近にじいろたまごさんと、「朗読からわいたイメージを絵に描いてみる会をやりたいね」と話していたので、とても参考になり、タイムリーでした。


絵本クラブのあとは、みんなでわいわいきりたんぽ鍋。火鉢であぶったきりたんぽ、白子ポン酢、ぶりかま。料る人(HARAMIRAIさん)や場を整える人たちの一つ一つのお仕事が丁寧で、すごくおいしかった。幸せな初冬の一日でした。

 

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以前の運営メンバー・描く人megumi aratameさん。ウェブサイトに並ぶお仕事の数々もため息が出る。

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爪という小さな宇宙に描く人・たまリバネイルさん。この日ご本人がされていたネイルもキュートだった。古民家でネイルっていい。

tamarivernail.amebaownd.com

 

 

温める人、かな子さんのタイマッサージ。女性にうれしいユーファイの施術も受けられる。

yurunoba.com

 

eicoさん、もえぎ家の皆さん、ありがとうございました。

 

 

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秋のスケッチ遠足

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造形+自然の教室にじいろたまごさんによる秋のスケッチ遠足に行ってきました。ここには、春のスケッチ遠足、晩夏の虫取りと来ていて、きょうが三回目。初冬の川縁。色も光も音も来るたびに違っていて、こどもが見つけるものも違っていて、自然遊びやはり楽しい。お天気にも恵まれて、ありがたかったです。

わたしは水面に映る秋色の葉っぱを生らした木にグッときた感じを描きたかったのに、どう捉えていいかわからず、色も見えなくてイライラして、途中ですっごくやめて帰りたくなった。

なぜか息子にも伝染して、二人で描けない描けない悲観的になっているのに対して、先生があれやこれや親身にアドバイスくれてるんだけど、全然入ってこなくて、でも堪えてなんとかやりきろうと苦しみながら描いて、終わって最後にちゃんと見てみたら描きたかったものが描けてて、うわーなんだこれ!と思った。

先生が終わってからのふりかえりで「お風呂に入って後悔することがないのと同じで、やったら絶対いい結果が待ってるってわかっているのが絵を描くこと。わたしはそれを伝えてるのかも」と言っていたことも印象深かった。

帰り道につらつら考えていたのは、あの途中で嫌になってやめて帰りたくなる感じは、競技かるたをやりはじめて一年ぐらいまで思ってたのと似てるということ。でも一年過ぎたあたり、確かかるたCafeを終うって決めたあたりから急に、途中で嫌にならなくなった。

いや、正確に言うと嫌になる気分と折り合いがつけられるようになった、かな。たぶん、嫌な気分になっても、終わったら何かを引っ付かんでいることが、やる前からわかっていたり、何が見えるか知りたくてきょうもやろうと決めているのかなと思う。つまり「ある程度の量辛抱強くやることが必要」ってことかもしれず、これ、わたしにとってけっこう大事な話かもしれない。

それから、やはりおもしろく不思議なのは、同じ場所にいるのに、全然違うものが表れてくるという人の違い。切り取る景色にしても、色にしても筆にしても、たくさーんある構成要素の中でそれを選んだのかぁっていうところ。

この日の朝たまたまこの講座を見つけて、近所だ!と思って参加したという女性は、中学生まで部活で絵を描いていて、スケッチも何十年ぶりかとおっしゃっていた。一人ではなかなか描きに来られないんだけど、こんなふうにみんなと一緒ならって。

それもこれも全部、場を守っている人がいるから安心して自由になれるの、ありがたいし、ひらく人の喜びからつくられてる場ってやっぱ居心地がいい。なにより途中で嫌になることがあるのも織り込み済みっていうところが、さすが先生だなぁと思った。

最後に講評の時間があって、楽しかったところ、苦労したところを描いた人が話して、先生や他の参加者さんからもフィードバックがもらえるのがやっぱりありがたくて、労われるとか報われるとか伝わった感じがしてうれしい。

写真も撮ってみたのだけど、目で見たのとも絵で描いたのとも違ったものになっていて、そういうのもおもしろかった。

 

今週末は人体クロッキー!こちらも楽しみ!!

 
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芸工展2017に出展しました

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ことほぎ研究室として出展した芸工展。やっぱり今年もすごく楽しかったです!

リスナーさんはもちろん、友だち、ご近所さん、芸工展を回っている人、通りすがりの人などなど、たくさんの人と一緒に過ごせました。時間がないんだけどなんとか来た!って顔を出してくれた方もうれしかった。いろんな話を聞かせてくださってありがとうございます。

 

「この時間はずっとここにいるから、出入り自由でフラッと遊びにきたら、なんらかおもてなしするし、あそぼうね。ただ見てるだけでもいいし、お茶飲んで本読んでるだけでもいいよ」っていう場が作れるのは、わたしにとってはうれしいことです。普段は「この日の何時から何時まで、事前申し込み」という短く固定した場を運営することが多いので、だれでも来てよくて、その日一日のどこかとか幅を持たせられるのはいいし、一晩寝て翌日もあるのも、きのうできなかったことがきょうできるとか、わからなかったことがきょうわかるとかがあって、よいのです。

お店で働いたこともあるから、あの喜びをまた味わいたいっていうのがある。そしてもちろん構えて続けることの大変さも知っている。その両方を追体験するのが、一箱古本市だったり、芸工展だったりするのかな。これもひとつのわたしにとっての「必須微量なんとか」なのかもしれない。

ひとつの場が生まれては人が入れ替わり、次の場がはじまるのが、自然と数珠つなぎのように起こるのが楽しく心地よく。香隣舎という場所の力や、ここが芸工展の本部で実行委員の皆さんが一緒に守ってくださっていることなどもあって、安心であたたかな場になれていたかなと思います。ここは去年と同じだけれども、今年は二人で出たことで広がりが全然違っていた。人とつくるほうが、やはりぜったいに遠くまでいけるのだ。

 

25回となる芸工展のコンセプトとして変わらずある、"表現したいことのある人が、まちの資源をつかって、日常の延長としておすそわけするように出展する"というところが、わたしはとても好きです。わたしたちのお店も、掬ってみればいつもそこにあるものを形にしたらこうなった。いつもこんな感じで生きていきたいなと思うもの。

 

雨降る寒い中、足を運んでくださった方、ご関心を寄せてくださった方、ご協力くださった方、ありがとうございました。

そして何より一緒に場をつくってくれた、ことほぎ研究室の相方・けいさんに心からの感謝とその偉大な才能に敬意を。拍手&握手。

 

芸工展は10月末まで谷中・根津・千駄木・上野桜木・池之端・日暮里エリアで開催しています。どうやら長雨の期間も終わったようですので、ぜひぜひお出かけください!

 

▼出展者情報はこちらから▼

geikoten.f-set.jp

 

 

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季節のおたより

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以前バッグを購入したショップからシーズン毎に届くカタログの中にいつもノベルティグッズが入っている。物も材質も様々。今回は箸置きだった。

お手紙も添えられていて、

「ご挨拶と、日頃の感謝の気持ちを込めてお届けさせて頂きます。そして、出来る限り続けて行きたいコト。カタログと一緒に、ノベルティープレゼント」…とのこと。

顧客への気持ち、継続してよいものを作っていこうとする覚悟をこのように表す。これを作るのにもお金がかかるわけだから、きっと一緒に経営する仲間でたくさん話し合って誓われたんだろうと想像する。

バッグ以外にも、ウェアやジュエリーなどにも展開して、きっとこれからも変わりつづけていくけれど、この初心を忘れないようにと。届いても届かなくても、わたしたちは可能な限りこのようにありますと。

そしてこれが包まれていた小さな袋に、ショップのロゴのゴム印を押してシールを貼る作業をした人がいる。先日参加した場で、メール便の封入が作業所の仕事のひとつにあると聞いたので、もしかするとこの箸置きもそのような方々の手を経ているのかもしれない。

 

また別に、ここ何年も洋服を購入させていただいている方とふとした投稿をきっかけにTwitter上でやり取りすることができた。その方の作る服がとても好きだという気持ちを伝えられたこと、さらに名前から住所録をめくってくださって、お互いの「いつもありがとうございます」の気持ちを伝えられたことがうれしかった。

 

ものを作る方々との、年月を越えた温かな交流を感じた、秋晴れの日曜日の朝。

 

 

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