ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

お知らせ

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  contact ▶︎▶︎f:id:hitotobi:20181205094108j:plain   


募集中のイベント

▼2019年12月22日(土) 2019冬至のコラージュの会
https://collage2019toji.peatix.com/  (練馬)

▼2020年1月8日(水) 爽やかな集中感 競技かるた体験会
https://coubic.com/uminoie/174356 (横浜)

▼毎月シネマ・チュプキ・タバタで鑑賞後の感想を「ゆるっと話そう」実施中
http://chupki.jpn.org/ (田端)

 

鑑賞対話ファシリテーション(グループ・団体向け)

・表現物の価値を広めたい、共有したい、遺したい業界団体、
 教育や啓発を促したい、活動テーマをお持ちのNPO団体からのご依頼で、表現物の鑑賞対話の場を企画・設計・進行します。
・鑑賞会、上映会、読書会、勉強会などのイベントやワークショップにより、作品や題材を元に、鑑賞者同士が対話を通して学ぶ場をつくります。

https://seikofunanokawa.com/service-menu/kansho-taiwa-facilitation/

 

場づくりコンサルティング(個人セッション)

・読書会、学ぶ会、上映会、シェア会、愛好会...などのイベントや講座。
・企画・設計・進行・宣伝のご相談のります。
・Zoom または 東京都内で対面
・30分¥5,500、60分 ¥11,000(税込)
・募集文の添削やフィードバック、ふりかえりの壁打ち相手にもどうぞ。

https://seikofunanokawa.com/service-menu/badukuri-consulting/

 

連載中
▼『場づくりを成功させるための5つの鍵』(寺子屋学)
https://terakoyagaku.net/group/bazukuri/

▼ noteでも書いたり話したりしています。

note.mu

  

contact ▶︎▶︎f:id:hitotobi:20181205094108j:plain   

 

なぜ参加者同士が知り合えていないのか?

参加者一人ひとりにいろんな背景があって、いろんな経験をしていて、いろんな考えをもっているのだから、お互いのことがもっとわかるといいのに。

という悩みを、コンサルティグでも、場の中でもよく耳にします。

 

現状なぜできていないか?

それは、

主催者が、そうなるように意図して場をしつらえていないからです。

 

講座にせよ、ワークショップにせよ、イベントにせよ、
その場でマイクを握っている時間が一番長いのは、主催者や講師ではありませんか?
それでは参加者がお互いについて知りようがないのも当然です。

参加者が他の参加者のことを知るためには、一人ひとりに発言の機会があり、それを聴く、対話と交流の時間帯を設けることが必要です。

 

「質疑応答」は、質問に対して主催者が講師が答えるという個別のやり取りを参加者が観覧する形になります。これだけでは「交流」には足りません。

「懇親会」は、会話は生まれますが、テーマがないため、共通の話題を探す必要がでてきたり、コミュニケーションを図ること自体に気をとられがちで、自分の考えや本当の思いを安心して話し、動機やニーズまで降りる「対話」には不向きです。アピール上手、盛り上げ上手な人には有利ですが、声が小さい、考えを丁寧に落ち着いて話したい・聴きたい人には不利です。

 

ファシリテーターの役割の一部

・時間帯を区切る

・誰のための、何を体験する時間なのかを意図して内容を準備する

・その場の参加者の反応を大切に進行する

・参加者同士が話すときは、テーマを設定して対話を促す(ファシリテート)

 

その時間が重要だと思うのであれば、
他のアクティビティを削ってでも、全体の時間を見直してでも、
時間内に確保する必要があります。 

 

あなたは、

参加者が自分の話をする時間帯を計画していますか?

 

 

 

▼場づくりのヒントがあります。

terakoyagaku.net

 

▼個別の場づくりのご相談はこちらへどうぞ。

seikofunanokawa.com

 

▼イベントで、わたしの場づくりやファシリテーションを体感してください。

hitotobi.hatenadiary.jp

古楽の世界の入口:ヘンデル『リナルド』

先日、ヘンデルのオペラ『リナルド』を鑑賞してきました。

普段からオペラやバレエを一緒に楽しんでいる友だちが、「去年観てすごくよかったので」と案内をくれたのがきっかけです。チケットは北区民の友だちが取ってくれました。感謝、感謝。

ヘンデル作曲 オペラ《リナルド》 : 北区文化振興財団

 

実はここのところ、出版プロジェクトの原稿書きや、ホームページのリニューアルなどをしていて、気持ち的にいっぱいいっぱい...。

わたしはオペラはライブビューイングでは散々観てきたけれども、生で観たのは一度しかなく、それもたしか10年近く前。生で「オペラが観られる〜!」ということで、「行きます!」と即決してしまった。

が、わたしがヘンデルで知っているのは、せいぜい「水上の音楽」ぐらい。超有名曲。

しかも今回は「セミ・ステージ形式」という聞きなれない上演形式。

いろいろ??となっている間に、友人たちが予習サイトを繰り出してくれました。

「リナルド」~あらすじと問題点: ヘンデルと(戦慄の右脳改革)音楽箱

「リナルド」~聴きどころ♪: ヘンデルと(戦慄の右脳改革)音楽箱

Handel,George Frideric/Rinaldo/訳者より - オペラ対訳プロジェクト - アットウィキ

 

さらにコメントも。

楽団はみんな古楽器で、あまり見たことのない楽器も出てきます。
規模も小さくて、オーケストラボックスではなく、舞台に並んでました。
よくみるフルオーケストラに比べて音量も小さいので、声が本当によく立つんです。
もともとのオペラって、こういうふうに演ってたんだなぁ……という感じ。 

 

ふむふむ。
 

セミステージ形式というのは、
・通常のフルセットで上演するオペラに対しては、セットや衣装をかなり簡略化した舞台
・歌唱をメインに上演する演奏会に対しては、少しセットや衣装を設え演技も入れた舞台

ということらしい、と理解。

 

ぎりぎり「わたしを泣かせてください」も予習し、あ、これ知ってるわ!と思った...
ところまでを抑えていざ鑑賞!!

 

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感想としては、

まず、これまで観てきたオペラと全然違う体験でとてもおもしろかった!!

これまで観てきたのは、METやロイヤルオペラ。フルセットで、フルオーケストラ。
あらすじはシンプルでも感情の機微やそれを演じ歌い上げる歌手も超弩級

それに比べて、今回のリナルドはまずオーケストラが少人数。20人程度。
しかもピットに入っていなくて(ほんとだった!)、ステージの上に設けられた少し高くしてあるステージにいる。

楽器が一つひとつ珍しい。古楽器といえば、チェンバロハープシコード)とリュートしか知らなかったので、こんなにいろいろあるんだ!ということに驚いた。

音がなんというか、繊細で綺麗。

 

専任の指揮者はおらず、ヴァイオリン(たぶんヴァイオリンの祖先のヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)の方が指揮も務めておられる。不思議!

歌は、「わたしの番」「あなたの番」というふうにかけあいで進んでいく。

同じ歌詞を10回ぐらい繰り返す。

オペラも発展していくと、登場人物たちが、それぞれの内面で起こっている感情の動きを別々の歌詞で歌いながらも同じ旋律でハモる、という複雑な表現になっていくけれども、最初はただ気持ちを歌うというシンプルな衝動で始まっているのかもしれない。


ヘンデルのオペラとは
https://handel.at.webry.info/200812/article_10.html

 

そうか、これが「オペラ・セリア」! 

初期のオペラってこんなふうにサロンで、オーケストラというよりも「楽団」で、演者ともかけあいしながら、おしゃべりの延長のような和やかさだったんだろうなぁ、と、宮廷の雰囲気を感じながら、ヘンデルの気持ちのよい音楽に心地よくなりながら、一楽章はうつらうつらしたりもして、リラックスして聴いていました。

寝不足ではないのに寝てしまうというのは、つまりそれほどに直前まで緊張していたということなので、いいことなのだ、と先日呼吸法を教えてくれた友だちが言っていたので、罪悪感もなし。

セミステージ形式だからこそできる舞台装置や美術、演出のおもしろさも知りました。 

ダンサーの存在も非常に重要だった。

 

話の流れで、「わたしを泣かせてください」は、"Lascia ch'io pianga" つまり「わたしを泣かせたままにして放っておいてください」ということかと納得。「わたしにひどいことをして傷つけて泣かせてください」かと、大いなる誤解をしていた。。日本語だとわからないな。

 

あらすじは、、予習サイトにもあったように、えーなんでなんで?という感じで、特に設定自体には大きな意味も、展開に深みもなく、笑える感じでよかったです。

そもそも、ヒーローがカウンターテナーっていうところが衝撃!

音色や音域の問題だけではなく、演技、演出やもともとの作品のせい?なのか??ぜんぜん凛々しく見えなくて、なんか、、棒立ち??どうして女性たちが彼にうっとりしていくのか、上司が大役を任せるのかぜんぜんわからないぞーと思いながら観ていた。

当時は、どういう意味があったんだろう、あれはあんなふうに解釈されたんじゃないか、など、歴史や宗教や他の芸術なども出しながら、あとで感想を話したのも楽しかったな。

  

 

客層は、東京文化会館とかオーチャードホールなどに頻繁に足を運ぶようなクラシックマニアな方々と違って、お手頃だから来てみた!とか、毎年恒例の市民の音楽祭だから!という気軽な雰囲気がありました。ただ、気軽さもあるので、1幕はちょっと携帯を鳴らしちゃったり、荷物をガサガサしたり、しゃべったりとざわついていたり、上演がはじまって30分ぐらいの中途半端なところでも案内してもらえたり、といういう面もあった。

わたしは1階席、友だちは2階席だったので、その印象の違いなども終わってからシェアしてみると、けっこう違う体験をしていたということがわかっておもしろかったです。

通常だれかと音楽や演劇を観に行く時って、並びで席をとるものだけれど、こうやってバラバラに座ってみると、同じ舞台でも空間の感じ方、見え方、聞こえ方、周りの客層、などが違う。

 

 

バロックって約束がたくさんある制限のある楽曲だからなのか(?)演歌っぽいとか、フォークロアな感じもする。そうして捉えてみると、高尚で遠いものではなくなる。

ヘンデルの『メサイア』『ヨシュア』のコンサートも生でいつか聴いてみたくなりました。

 

 

ちょっと辛かったのは、ミラーの多用。

わたしは感覚過敏な性質があって、眩しいものや回転するものが苦手。
ミラー(鏡)は、割れた鏡の破片(写生の時に使う画板ぐらいの大きさ)を剣や盾、鏡などいろいろな見立てに使うのだけれど、それがライトに当たって反射する度に眩しくて目が痛くなって辛かった。

途中で出てくる船も、たぶんミラーと同じような反射する素材でできているのか、舞台の右から左へゆっくりと進んで行く間に、ずっと不規則に反射し、その光が目に刺さるのが辛く、目をハンカチで覆うようなことが何度かありました。

ミラーボールに至っては、ミラーだし回転だし、ああもう.......という。
ちなみにわたしは高いところも怖いので、今年からは1階席限定で観ることに決めてます。

特性と付き合いながら生きるのは、豊かな面もあり、めんどうくさい面もあります。

 

 

 

終わってみて、ツイッターで感想などを拾っていたら、「リナルド」を3幕すべて、しかもオペラで観られるって、しかも古楽器で観られるのは貴重な機会だったらしいです。たとえばこんなことを書いていらっしゃる方も ↓

オペラファン必見!北とぴあ国際音楽祭のヘンデル「オペラ《リナルド》」全曲https://bit.ly/34xgjKI

 


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もらったパンフレットには、普段のクラシックのコンサートは見かけないチラシがたくさん入っている。日本ヘンデル協会、チェンバロリサイタル、古楽器四重奏とか。

以前ラジオでも話した旧東京音楽学校奏楽堂のコンサートのお知らせなども発見。

 

名前がわからなかった楽器たち、ここに載っていました。古楽器は装飾が美しい。楽器自体が宝物。

www.uenogakuen.ac.jp

 

 

今の時代から見ると、古楽は未完全にも見えるし、エッセンシャルな部分にも見える。

発展、展開、成熟していくこともおもしろいけれど、起源、起こり、ルーツを訪ねていくのもまたとてもおもしろい。そちらのほうが未来っぽいこともある。

 

この世界には、小さな世界がたくさんたくさんある。
それぞれの世界には住人がいて、愛でて整備して膨らまして豊かに耕している。

今回は、そんな古楽の世界の入口に立った気持ち。

 

一つひとつの世界はすぐ隣にあるんだけど、橋が架かってないと渡れない。

 橋を架けてくれてありがとうございます。

 

*追記*

書いてみて気づいたけど、カウンターテナーがヒーローってまさに今の時代じゃね? わたしもMAN BOX(男らしさのカテゴリ分けとバイアスの強化)の影響受けてる!

メジャーなオペラにない新しさが、今の時代に必要とされてる。フォークロアやトライバルのムーブメントもきている今、古楽オペラ要注目です!

 

 

 

●●●●●●

 

鑑賞対話ファシリテーター、場づくりコンサルタント、感想パフォーマー。関係性、対話、表現。温故知新。鑑賞の力を生きる力に。作り手・届け手と受け手とのあいだに橋を架け、一人ひとりの豊かな鑑賞体験を促進する場をデザインします。

 

募集中のイベントなど。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

 

書籍『平城京のごみ図鑑』

東京国立博物館正倉院展を観に行って、考えたことをnoteで話したので、最近は気持ちが飛鳥・奈良にも飛んでいました。

note.com

 

そんな折、また図書館でおもしろい本を見つけてしまいました!

 

 

これはほんとーうに、めちゃめちゃおもしろいです!!強くおすすめしたい!

サブタイトルに「見るだけで楽しめる!」とありますが、まるで展覧会に来ている気分になります。編集やレイアウトやデザインが素晴らしいのだなぁ。「えーナニコレ!?」と思ったら解説をじっくり読むと、さらに知りたいことが詳しく、研究成果に基づいて書いてあります。ワクワクしてきて、どんどんページをめくりたくなる感じ。

 

 

ごみの話を考えるときは、だいたいが現代、今、自分たちの暮らしの中のこと、分別やリサイクル、環境問題です。せいぜい水平に地理をずらして、他国の状況や地球環境として考えることはあっても、時間の軸をずらして、1300年前のごみを考えたのは、わたしははじめてです。貝塚で少しかすったことはありましたが。

「ごみを見ていると、暮らしが見えてくる」

ほんとうだ。

昔も今も、何を食べ、何を着て、だれとどんな家に住み、どんな仕事をし、どんな人間関係をつくり、何を楽しみに、何を美と貴び、生きてきたのか。

ごみが教えてくれます。

 

 

1300年前、奈良の平城京ではごみ処理という概念がなかった。捨てているだけ。
捨て方は3種類で、「穴に埋める」「水に流す」「井戸に捨てる」。


捨てられたものは、誰がどう見てもごみというような削りカスや木屑のようなものから、これ以上使えないぐらいになった履物、食べ物の廃棄部分(つまり生ごみ)、建物に使う飾りなどまで様々です。

中でもわたしの目を引いたのは、似顔絵などの落書きっぽいものが描かれた木簡や土器。今年、日本の素朴絵展に行ったときに、ゆるくてかわいい絵をたくさん見たけれど、もっと古いものがあったのかー!この時期から始まっていたのかー!と驚嘆。絵師の下書きのようなものから、ふつーの人のただの落書きまで、さまざま。いつの時代も、人間のあそび心や表現欲求って変わらないんだな。これは、アルタミラ洞窟などの壁画から受ける心の震えと同じ!

 

当時は紙がまだなくて、何か書く・描くといったら、木簡。メモにも手紙にも台帳にもなる。「腹痛で休みます」の欠勤届け、「立ち小便禁止」の看板、「漬物贈ります」のカードも、機密情報も個人情報も満載の木簡が、「ごみ」になって文化財扱いになるおもしろさ!

 

 

今生きていることと、これから先のことだけ見ていると、狭くなってしまうとき、限界を感じるとき、そもそもがわからなくなるとき、歴史を過去へ辿っていくことで、ひらけていくことがあります。

ある経緯の、ある流れの上に立っている自分、自分たちを知ることができる。

ああ、この展覧会も行ってみたかったなぁ。。

 

 

 

そんな発掘調査や研究をしているのが、この本の監修をしている、奈良文化財研究所(略して奈文研)。https://www.nabunken.go.jp/

一番有名なところでは、「平城宮跡資料館」「キトラ古墳壁画保存管理施設」が、奈文研の管轄。活動エリアは奈良だけでなく、国を超えた共同研究や研修を行ったりもしているそうです。

MOJIZO 木簡・くずし字解読システム https://mojizo.nabunken.go.jp/
なんてのがある!手元に今解読対象になりそうなものがないけれど、困ったとき絶対思い出して使おうと思います。

 

 

この本のすばらしさは、「ごみ」という視点のおもしろさや、たのしくわかりやすい本の仕立てももちろんですが、本とその元になった2015年の企画展『平城京"ごみ"ずかん』の企画経緯とコンセプトにあります。

 

来館者に小・中学生が多い状況を踏まえて、平城宮跡資料館では2013年より年に一度、子供がじっくり楽しめるような展示を企画してきた。(略)コンセプトの根底にあるのは、子どもたちが出土品の背景を想像しながら出土品を観覧できる切り口である。出土品に関する情報や研究成果を一方向的に伝達する展示方式ではなく、子供たちが自身の知識や経験に引き寄せる見方ができたり、想像をふくらませて楽しめる余地を残すような展示方式を意識した。(略)本書では、展示のコンセプトを引き継ぎつつ、大人の方も存分に楽しんで頂けるような内容・構成とした。(略)本書によって、平城京の暮らしを教科書上の事象から、より身近な、共感できるものとして感じて頂けたら幸いである。(p6-7, はじめに)

 

おわりに、の文章もとてもよいので、長いのですが引用します。

会場アンケートからは、子供のみならず大人の方々にも楽しんで頂けた様子がうかがばれた。会場を見ても同様の印象で、子供と一緒に来館した大人の方が熱中して体験メニューに取り組み、ギャラリートークでも大人のリピーターが目立っていた。これは企画展の開催前には予想していなかった事態であった。

子供向け展示は決して子供だましではなく、実は大人向けの展示を作るよりも難しい面がある。展示で伝えたいのは、奈良文化財研究所の研究成果にもとづく内容であり、ともすると、一般の方には難解な内容も含む。それを、いかにわかりやすく伝えるかに、毎回心を砕いてきた。

わかりやすさにも色々あるとは思うが、単に用語を平易な言葉に言い換えるだけでなく、続きをもっと見たくなり、記憶に残るような、興味を引くわかりやすさを会場中にちりばめることも大切と考えてきた。この試みは、大人の来館者にとっても効果があったということになろう。

もしかすると、来館者層を限定することなく、老若男女が楽しめるわかりやすさを追求すべきなのかもしれない。(p124-125 おわりに)

 

 

来館者を観察する、自分たちの使命や情熱の自覚、実際に手渡すものは来館者にとって何をもたらせるか、橋を架けられているのかの認知、の姿勢は重要です。

これが場づくり。

 

何人動員できるかという数値目標や、大手代理店や施工業者を使って見栄えのする空間をつくることとは違うベクトルの。そもそも。

誰のための場か、何のための場か。

 

今年に入って美術館や博物館などが開催する一般向けの場に何度か参加して、学びの場づくりの観点から、強い問題意識・危機意識を持っていたところだったので、このように実践している館があること、人がいることに希望を感じました。

わたしもまたこの循環に関わる専門職として、言語化してゆかねばならない、しよう、と勇気をいただきました。

 

 

対話にふさわしい対象(作品や場所や資料)を見つけることも、その対象と鑑賞者との間に橋をかけることも、鑑賞対話ファシリテーターの職能です。どうぞご活用ください。

 

 

書籍『学級担任のための外国人児童生徒サポートマニュアル』

別の調べもののために図書館に行ったときに、こんな本を見つけました。

著者は、大阪教育大学で教鞭をとっておられる、臼井智美さん。
学校経営学、外国人児童生徒教育、教師教育学を専門にされてきた方とのこと。

 

今年、日本語の指導が必要なのに支援を受けられていない外国籍の児童の数が1万人以上もいるというニュースに衝撃を受けました。(https://mainichi.jp/articles/20190504/k00/00m/040/098000c 途中から有料記事)

 

わたし自身は、この件に関して強い当事者性はないのですが(たとえば日本国籍でないとか、教師であるとか、身内にいるとか)、ただ、これから外国人労働者を受け入れようという国の舵取りがある中で、この社会の受け入れ態勢の脆弱さを見聞きする機会はたびたびあります。

学校や人間関係の中で孤立することによって、殺人事件にまで発展した経験をこの社会は持っているから、切実かつ喫緊の課題であることはいつもわたしの念頭にあります。

 

わたしの当事者性としては、こちらの記事でも書いたようなことが当たります。

terakoyagaku.net

 

わたしの仕事は、誰がどのような背景や要素を持っていても、安心安全健やかな場をつくることが使命です。

また鑑賞の対象・表現作品が持つテーマは様々です。読み間違いをなるべく減ずるためにも、幅広い知識の収集活動が必須です。

人間に起こりうること、人生で遭遇する可能性があること、世界や社会で起きている問題、特にマイノリティ性については感度高く、常に広く多様に知ろうと努めています。

 

そんな動機もあって、この本が目に留まりました。

 

「はじめに」の書き出し

日本語でのコミュニケーションが難しい外国人児童生徒は、どのくらい在籍していると思いますか?実は、現在では全国の公立小・中学校の約25%の学校に在籍しています。もちろん、学校によって在籍数も違いますし、地域によって国籍や言語の多様性も異なりますが、それにしても予想以上に多く在籍していると思ったのではないでしょうか。

いやほんとうに「予想以上に」でした。自分の子の学校のことしかわからないので、その感覚でいうと、さすがに25%まではいかないかな...という印象です。自分の子とその周辺の印象、というバイアスがかかりやすいのは、気をつけなければならないことです。

 

実際の現場の受け入れ体制がどのようになっているのか、知る術もないと思っていたのですが、こんなにもしっかりとまとまっていて、わかりやすい本があるということに希望を感じました。

もちろん現場で実際に何が行われているのか、今のわたしには見えていませんし、実行できていないからこそ1万人以上もの児童が無支援の状態になっているわけですが、「どうすればいいかはもう十分にわかっていて、まとまっていて言語化されて、共有されている(できる状態にある)」ということがまずわかったことが収穫でした。

それも「配慮しましょう」というぼんやりした濁すような言い回しではなく「誰がいつ何をすればいいか」「それがうまくいかないときは次に何をするのか」が明確に記されているところ。まさにタイトル通りマニュアルです。

「学級担任のための 」というタイトルで、受け入れ体制の準備、保護者との信頼関係のつくり方、学級づくり、授業づくり、進路指導の進め方が細かく解説してくれていますが、学級担任が一人で抱え込むのではなく、学校の内外で複数の専門職と連携しながら、この地域社会に受け入れ体制を作っていこうということも書かれています。
(そのスタッフが足りないということが現状の課題なのでしょうか?自治体の予算?両方?)

 

 

「ああ、そうか〜」「そういうの必要だよな〜」という思いで読んだところがいくつもあります。たとえば、

 

・「母語・母文化指導は、外国人児童生徒が、日本語や日本文化の中で生活するうちに忘れてしまいがちな母語や母国の文化を忘れないようにするため...(略)学校の外で行われることが多いです。外国人児童生徒にとっては、母語や母文化を共有する友達と出会える貴重な機会にもなっています」「母語・母文化に誇りをもち愛着を感じられるように」

・保護者への連絡文書も翻訳する。8言語分用意しているところも。(そうか、、英語があればいいというものでもないのか、、)

・文化や宗教上の留意点の聞き取り。「ときには文化的相違による誤解やトラブルが生じたりします。異文化を理由とするいじめなどの誘発をぼうしするためにも(略)例えば宗教上の理由から食べられない食材がある、校則に抵触しそうな服装やアクセサリーの着用を希望する、頭をなでたり肩をたたいたりといった身体的接触に対して日本とは異なる解釈をする、などです」

・「日本では、昼食は教室などで同級生と一緒にとることを説明します。給食であれ、お弁当であれ、このような習慣のある国は少ないので、外国人保護者にはまったくわからないと考えたほうがよいでしょう。そのため、給食の場合は教育活動の一環で行なっており、バランスよく栄養を摂取することや友達と食事を楽しむことなど、給食の目的を説明します」

・「学校と家庭との役割分担の線引きを明確にしている国は少なくありません。そのような国で育った保護者からすると、家庭訪問や個人面談の意義や重要性がピンとこないばかりか、むしろいちいち家庭に相談してくる学校に不信感さえ抱きかねないのです」

・「出身国だからといって、必ずしも国の文化に詳しいわけではありません。にもかかわらず、外国人だからという理由で、詳しい説明ができるという期待を向けられる。このことは非常に大きなプレッシャーとなります」

・「学級の中での異文化理解とは、目の前にいる外国人の同級生が『なぜ、自分たちと違うところがあるのか』、そしてそれを『先生がなぜ注意しないのか』その理由を知り納得するところから始まります」

 

......などなど。


この本のどこを読んでも、なるほどーーーーーと嘆息することばかりです。

 

こうして一つひとつ洗い出していくと、もはや空気のように水のように存在している「わたしたちの文化」というものの輪郭がはっきりとしてきます。
それはおもしろいなぁとまず思いました。そして息苦しさの理由を示唆されているようでもあるなとも。日本の特殊さ、その地域の特殊さに気づかされることが、現場ではさらにたくさんありそうです。

「丁寧に説明する」というフレーズが何度も出てくるけれど、そこがほんとうに難しいところなのだろうなと思わされます。

 

支援と対話によって、異文化を理解する寛容性を育んでいけますように。
子どもにとっても大人にとっても。

 

 

学校の先生にはもちろんすぐに役立つ本ですが、そうでない方にもぜひ。

報道で外国籍の児童のことを見聞きしたときに理解がしやすくなりますし、心を痛めモヤモヤするだけではなく、「何が問題なのか」「何ができるか」を考えるとっかかりになるので、おすすめです。

 

対話にふさわしい対象(作品や資料や場所)を見つけることも、その対象と鑑賞者との間に橋をかけることも、鑑賞対話ファシリテーターの職能です。どうぞご活用ください。

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書籍『都会で着こなす世界の民族衣装』

先日noteでこんな話を配信しました。(しゃべってます)

note.com

 

なんと、配信したらやっぱり展開した!これぞ学びの真骨頂。

 

こんな本のことがTwitterで流れてきたのです。

 

民族衣装好きとしてはこれは...!と飛びつき、さっそく取り寄せて読んでみました。

タイトルの通り、「世界の民族衣装を現代のファッションにとりいれて、コーディネートしてみました...」というページももちろんあって素敵なのですが、思っていたよりも、一つひとつの国や地域の特色、衣装の説明が詳しい!これはとてもうれしい!

杉野学園衣裳博物館で観たものに関係あることがざくざく載っていました。

 

たとえば、

美しく派手なデザインほど人間を守る力が強い
主にヨーロッパでは悪魔は袖口や首元から入ってくると信じられ、その侵入を防ぐのが美しいレースとされていました。

とか、

かつて民族衣装は農民の正装でしたが、神聖ローマ帝国滅亡後に農民は農奴とされ、ぜいたく禁止により派手な仕立てや色調の衣装を着ることが禁じられました。そんな暗い歴史から解放されたの、1746年のこと。

とか。

 

ルーマニアトランシルヴァニア地方の、ビーズがびっしりとほどこされたベストもあるし、ブルガリアの衣装も!実物をじっくり見てきて、動画でも話した後だから、なんだか他人のような気がしません。

杉野でブルガリアルーマニアの歴史や文化を丁寧に解説するボードがあったからこそ、鑑賞がしやすく、今この本につながって、さらに深い関心をもって読むことができるのはうれしい。

 

この本を読んだ方はぜひ杉野学園の博物館にも行っていただきたいし、博物館に行った方はこの本を読んでいただきたいなぁ。

 

博物館に行けなくても、本も読まなくても、民族衣装に興味がなくても、

鑑賞や表現は、こうやって展開してゆく楽しい「遊び」だということが、何かしら伝わるといいなぁと思っています。

 

おまけ。こちらの本もすてきでした。

 

 

*追記*

民族衣装見てると楽しいけど、男女、既婚未婚、寡婦、階級…などでラベルが貼られることが、とてもしんどく思える。美しい、かわいいだけじゃない歴史の面も見ていきたい。

 

 

対話にふさわしい対象(作品や資料や場所)を見つけることも、その対象と鑑賞者との間に橋をかけることも、鑑賞対話ファシリテーターの職能です。どうぞご活用ください。

書籍『女性アスリートの教科書』

漫画『生理ちゃん』の読書会をひらくにあたって、資料として入手した本ですが、こちら、とても良い本です。おすすめ。

 

日本体育大学の教授で、女性のための効率的なコンディショニング法やトレーニングプログラムの開発や研究に取り組む方が著者。
・全編カラーで読みやすい。イラストやデータも満載ながら、レイアウトが丁寧で、必要なこと、大切なことが何かがパンッと伝わってくる。

・保健体育の副読本にしてほしいくらい良い!

・アスリートはもちろん、今はスポーツに取り組んでいない女性も、知っておいたほうが満載。月経が起こる仕組み、月経痛が起こる理由、トラブル時の受診の目やすなども載っている。食事や栄養も写真や一日のスケジュールを示すなどわかりやすい。これから月経が来る女子をもつ保護者にも有用。
・スポーツに取り組む若年者をディレクションしたりサポートする立場の大人が正しい知識を持つことの重要性が伝わってくる。

・スポーツと月経対策やコンディショニング法は知りたかった人たくさんいるのでは。

・女性の身体が男性よりも不利なことばかりではなく、強みについても触れている。

・チームメイトに女性がいる男性も、知っておいたほうがよい。根本的に身体が違うこと。どういうメンタルとモチベーションの傾向があるのか。同じようにできること、できないことは何か。女性に特有なために配慮が必要なことは何か。話し合うための共有の土台づくりとしても最適。

・「男性と女性の体は、根本的に違う」「女性が男性化しても強くなるわけではない」「女性アスリートはあくまで女性。男性アスリートのミニチュアではありません」といったところは、スポーツ観戦者の立場からも、女性アスリートへ向ける眼差しにも点検するべきことがありそう。

・「スポーツの世界はまだまだ男性社会」「スポーツ指導者における女性の割合が小さい」「上の立つ人に女性が少ないということは、トレーニング方法や大会運営など、多くのものが男性目線になってしまう可能性が高い」「月経への配慮のなさ、妊娠・出産を経て競技に復帰することの壁」なども、女性の活躍のためでもあるが、どんな性も共にスポーツの振興を支えていくために大切なことだとあらためて感じる。

 

 

よい本(資料)を見つける力も、その本と鑑賞者の間に橋をかけるのも、鑑賞対話ファシリテーターの職能です。どうぞご活用ください。

seikofunanokawa.com

 

書籍『ぼくはクロード・モネ』

モネの「睡蓮」を鑑賞するとき、どんな機会があるだろうか。

美術のムーブメントとして、関連する画家の他の作品と並べて同時代性を感じることもできる。たとえば印象派展として。

 

ある実業家が寄贈したコレクションの展覧会で、その目利きぶりや好みの共通性やコレクションの意図や願いを他のコレクション作品と並べて感じることができる。たとえばフィラデルフィア美術館展として。


または、同じ作家の作品を頻繁に観るようになったときに、その画家個人の人生におけるその一枚の絵としても捉えることができる。たとえばクロード・モネ展として。

 

いずれの場合も、ある作品とそれを作った画家に最初に興味をもったときに、手にとってみたい一冊がこちらだ。展覧会により親しみをもって関われる。形状は絵本だが、子ども向けに限定されているわけではない。


「ぼく」という一人称でクロード・モネ本人が自分の画業を物語る形をとっている。
生まれてから亡くなるまで、家族や画家仲間などの人間関係が紹介され、時代の変化と共に画風も変化していく流れや、その時期を代表する作品などを、本人が説明していってくれる。

 

ちょうどこちらの本を読んだところで、人はなぜ物語を求めるのか、人間が物語だと認識する要素は何か、何が物語る価値があると認識されるのか、などを考えていた。

 

モネの絵本のように、「一人称を主語に、本人が人生を時系列で語っており、さらに有名な出来事や事物をつなぎながら、因果関係や起承転結を交えながら語っている」と認識したときに、人は耳を傾けるべき物語だと判断するのかもしれない。

 

もちろん史実に基づいて、それらをつなぐために、作家の気持ちや上京については想像を交えているところも多々ある(あります、と本でもことわり書きがある)。しかし、ここでは、事実かどうかよりも、「理解できること」を優先する場合、その正誤は重要でなくなるところがおもしろい。

物語として聞くことで、逆に「語られなかったこと」への想像も膨らむ。

 

挿画は絵本画家の個性を発揮しながらも、モネの作品を再創作してくれているのだが、これもまた物語る作業と似ていておもしろい。再話だ。
再話によって、ディテールは省かれるが、モネが「何をどのように表現したところが秀逸だったのか」ということがにわかに立ち現れてくる。

 

詳細な説明ではなく、簡略化する。物語るために必要な分だけを抽出することで、

関心を向けられる、理解できる、扱えるようになる。

物語のもたらす効果は大きい。

 

巻末も充実している。
「作品ギャラリー」人生の節目になった作品の図版が数点掲載されており、
「作品をたどる」小さな図版で年代を追って変化していく画風・画法がみられる。
「地図」「友人とキーワード」「年譜」など、展覧会の図版ほどの情報量はないが、必要な分量だけがあって、シンプルで読みやすい。

 

 「画家ものがたり絵本」としては、もう一冊フェルメールゴッホも出ているようだ。ぜひ他の作家の話も読んでみたい。

 

「20世紀美術史の基礎知識」から次の関心へ

11月30日、国際子ども図書館の講演会に行ってきました。
 
「20世紀美術史の基礎知識」
https://www.kodomo.go.jp/event/event/event2019-16.html

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国際子ども図書館で開催中の『絵本に見るアートの100年 -ダダからニュー・ペインティングまで』という展示会の開催イベントです。展示会自体が東京都美術館とのコラボレーション企画ということで、美術館の学芸員さんが2名登壇されての講演会でした。

 

上野公園の中には文化施設はたくさんあるけれど、そういえばコラボレーションって少ない。子ども図書館の館長さんからの挨拶で、「これまで上野動物園東京国立博物館東京文化会館とは一緒に企画をしてきたけれど、東京都美術館とは初めて」とおっしゃってました。

鑑賞者や来場者に「上野公園にはいろんな文化施設があるので、自分の足でぜひ訪ね歩いてね」とアピールするのも良い。けれども、館の方々自身がコラボレーションする場をつくるというのが一番存在をお知らせするのも、人を対流させるのが早い、こともある。AとBとの間にどんな関連があるのかを、図解したり何回も説明するより、実際にAとBが一緒になっている「場」に身を投じてもらう。

これからどんどんやっていただきたいです!

 

 

さて、わたしが今回この講演会に行ったのは、子ども図書館の展示会に行って、チラシをもらって知ったのがきっかけです。展示会の感想は▼こちらの動画で話しました。
note.com

 

このとき持ち帰った宿題。
『ダダからニュー・ペインティングまで』というサブタイトルの通り、美術のムーブメントに沿った展示になっていて、詳しい解説のパネル展示もあったのだけれど、それらを読み解けるような自分の中に体系立った「20世紀美術の基礎知識」がないということでした。

もしもこの講演会で学芸員さんが解説して「つないで」くれるならありがたい。

しかも対象が「中学生以上」となっていたので、わかりやすく説明してもらえるのでは?!とも期待しました。

 

 

当日の演題は2つあり、

1. 20世紀美術史の基礎知識

2. 上野アーティストプロジェクト2019『子どものまなざし』について

 

1. は、個々の美術の運動やムーブメントと関連する展示品の解説を中心としたスライドでの講義。

2. は、『子どものまなざし』の担当学芸員さんによる企画の趣旨や、各アーティストの紹介、見所などをスライドで解説。

でした。

 

 

●講演の感想

・21世紀に入って来年で20年経ち、今ようやく前世紀をふりかえりに適した時期になってきていると感じていた。去年から今年にかけて、19世紀末から20世紀初頭のあたりと現代との変化・変遷を感じる展覧会や場が多かったので、今回の展示や講演でもさらにその実感を得られたのはよかった。

・個々の美術のムーブメントは起きて消滅するわけではなく、その後のムーブメントへ既成のものとして引き継がれ、採り入れられ、あるいは別の地域で新たに興す火種になるというような話(意訳)は聞けてよかった。「19XX年代に○○主義が盛んになる」だけを暗記事項のようにのみ捉えるのは違うということ。

・わたしは「個々の」美術運動についての基礎知識はあったのだということに気づいた。展示会をじっくり観てきた後だったので、それをもう一度口頭で説明されたような感じがあって、正直、真新しさはなかった。個々をつないで体系立てることは、自力でやるしかないのか?

・「20世紀初頭には印刷物を通じて、国内にいながらヨーロッパの最新の美術動向を掴めるようになった」という説明に、当時の人が感じていた「同時代性」の感じが、今の自分の海外のものを採り入れている実感と相まって、想像がしやすかった。

・せっかく学芸員さんの解説であれば、「アーティスト(画家、作家、美術家)にとって、絵本とはどのような表現の場だったのか。国や時代や時期によってアーティストによっての扱い方の違い」などを知りたかった。

・「一人のアーティストの中でも作風や表現形式が異なっていくのが20世紀美術の特徴」というような話があったのは興味深かった。

・現在の東京都美術館の前身は、東京府美術館で、1926年に開館。日本で初めての公立美術館だったということは知らなかった。日本で公立美術館が誕生してから、まだ100年経っていないのだ...!という驚き。今ちょうど、黒田清輝横山大観岡倉天心あたりの美術運動について調べ始めたところだったので、覚えておきたい事項。

 

 

●進められた自分の考え・体系の歩み

・20世紀は人類史において短期間で劇的な変化の起こった世紀だった。それまでの正しさを壊しては再び創り、壊しては再び創るという運動が、美術以外にもあらゆる分野や階層で起こった。 

・既存のものを否定し、新たに創造することは19世紀までも繰り返し起こってきたが、近代化・産業化、王政から国民国家に転換する流れの中でそれが加速し、また日本を含めほぼ世界各地に行き渡った世紀だった。科学技術の発展も伴って、今、21世紀にふりかえってみれば、短期間のうちにまったく新しい概念や手法が採り入れられることもあった。激動の世紀だったと言える。

・20世紀の特徴の一つ。抽象と具体、潜在と顕在が繰り返し現れるように見える。

・展示会のパネルにあった「20世紀は、美術にとって新たな表現を求め、多彩な運動が繰り広げられた革新と創造の時代でした」をもっと掘り下げて知りたかった。

・具体的なムーブメントの特徴や、それに関わる人...それ自体を情報的に知りたいというよりは、文脈を観たい。つながりと流れで捉えたい。
 -各々が垂直軸(時間・歴史)、水平軸(地理)の両面からどのような関連があって、そもそもそれらはどのように世界や社会の影響を受けて成立したのか。
   -政治経済・自然科学・科学技術・産業・宗教など他の分野との連動があるのか。
   -20世紀と19世紀まででどのような抜本的な世界の様相の変化があり、その中で美術というのはどのような軌跡を辿っているのか。
体系的に俯瞰・概観し、大きなうねりや流れとして、20世紀美術のダイナミズムを捉えたいと思った。そこからまた個々のムーブメントやアーティストに戻って確認していくような学びをこの先採り入れたい。

・あらためて思ったのは日本で「美術史」と言ったときに、(西洋)が隠れている。あくまでもメインストリームであったヨーロッパとアメリカ、そしてその影響を受けた日本の美術の歴史しか言っていないということ。これは常に念頭に置きたい。これはこちらの番組でも話したことだけれども。

・同じ事項を美術史の軸で切ることもできるし、民族史や文化人類学としても切ることができるように、スケールを自在に持ちながら、調べながら鑑賞を楽しんでいきたい。

・20世紀美術史を語るための、「急速な近代化の中の美術」を語れるキーワードがあるのではないかと考えた。例えば狭いところでいえば、19世紀後半の印象派であれば、「写真、チューブ入り絵の具、蒸気機関車」というような。20世紀を語る上で絶対に外せないものが「戦争」だろう。それから「通信」「宇宙」「映像」。他に何があるだろうか。

 

 

 

......などなど考えてきたところで、この書評を見つけました。

honz.jp

 

そうだ、わたしが知りたかったのはまさにこういうことだった!!と解り、歓喜しました。

自分の関心にスマッシュヒットする文献や資料が見つけられたときの興奮といったら、他に代え難いものがあります。読んだのは書評だけで書籍の中身は読んでいないけれど、さっそく図書館に予約を入れました。

 

 

 

他にも、例えばこういうものによって20世紀の100年を感じてみることもできます。

www.nhk.or.jp

 

 

手元にある美術や世界史関連の参考書も、もう一度読み返してみています。
一度自分の中に問いを立てたから、ここからまた体系の枝が伸びていきそうです。

 

西洋美術史を鑑賞するときは必ず目を通す一冊
▲2つめの現代アートの本の中に20世紀美術を概観した項目が4ページほどあり、わかりやすかった。
▲チャート美術史は、図解で理解したい人におすすめ。各ムーブメントの関連がわかりやすい。また、ムーブメントの特徴も視覚的にとらえやすい。字数が少ないので端的に吸収できる。

   

▲世界史の図録は、当時の世界や社会情勢と芸術の関係を常に触れてくれている。

西谷修さんの著書は10ページ読んだだけで、その濃さに慄いてしまう。じっくり読みたい。わたしの好きな100分de名著のゲストの先生でもあったし、今年観た映画『太陽の塔』でも登場されていた。

 

探しているうちにこんなページも見つけたり。

43mono.com

 

 

講演会をきっかけに、これまでとこれからが一気につながりました。

またこの過程をホームページの記事で言語化しました。

seikofunanokawa.com

 

 

 

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講演会のおまけとして、『子どもへのまなざし』展の無料招待券をいただいたので、その足で東京都美術館に行ってみました。
土曜日で夜間開館。しかもコートールド美術館展も開催中。
空いているようだったけれど、それを尻目に(ゼータクだ...!)『子どもへのまなざし』展だけを観ました。

 

同時代性ということで言えば、まさにこれらは現代アートなのだな、と思いながら観ていました。
同時代の作家の作品を観るのは好きです。今生きている人の、最新の言葉や表現に会うことができるから。そこに同じ時代を生きている、生きてきた人同士の共感があるから。

もし対面で会えることがあれば、個人対個人として、直接聞いてみることだってできる。その可能性があるというのは、うれしいことです。
過去の巨匠の作品を観るのとはまた違う感覚があります。

 

それゆえに、この前で、鑑賞者同士が感想を語る、対話の場をひらくことができたら、どんなにか豊かなことだろうと思いました。
知識や見所や見方を教わる一方ではなく、ファシリテーターに全体重を預けて一対一のやり取りで進むのではなく、フラットに全員の持ち寄りで成立する鑑賞対話の場。

パーソナルな情感の表現が観て取れる作品が多かったので、話やすかろうとも思います。

 

同時開催の松本力の「記しを憶う」もよかったです。

ほの暗い展示室で、椅子に腰を下ろしてヘッドホンから流れるVOQの音楽を聴きながら、アニメーション映像を観ている時間。

たゆたう感覚...気持ちよかったです。

 

もともと東京都美術館のABCギャラリーは、建築空間が好きなので、何をやっていても観に行きたい気持ちでいます。吹き抜けの広々した感じと、まさに日本のかまぼこ型のヴォールト(天井)とそれと同じカーブを描く回廊のアーチ。

 

 

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▼2020年1月8日(水) 爽やかな集中感 競技かるた体験会
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《レポート》映画『蜜蜂と遠雷』を語る会、ひらきました

ひらいてからだいぶ時間が経っていて、「レポート」っぽいものは書けないのですが、でもやはりとても良い体験だったので、綴っておきたい。

 

こんなふうに参加者を募りました。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

ひらいてよかった。とてもよい時間でした。

Zoomでひらいたこともあり、午後のひとときをご自宅でくつろいだ気分でご参加いただけたようで、よかったです。

Zoomで鑑賞対話の場をひらくときには、Face to Faceの場とは違った良さやコツがあるので、またいずれまとめたいと思います。

 

 

 

4名にお集まりいただきました。

原作も読んでいる方ばかりだったので、原作を読んでいない方への配慮も全く不要で、映画と原作が混ざりながら90分+放課後30分=最大120分、めいっぱい語り合いました。

ピアノを習ったことがある、演奏経験がある方ばかりでもあったので、音楽と小説の贈り物を感受、祝福する時間でした。

 

「実写化」されたときのキャラクターのイメージや描き方の話からはじめたのですが、まずもう楽しかった。自分のイメージを絵に描いていた方もおられました。イラストレーターさんなので本職でもあり、すばらしかった。小説からここまで立ち上げられたらすごいなぁ。

 

 

それ以外の話題は、当日のメモを手がかりにしようと見直してみましたが、残念ながらあまり思い出せず。。^^;

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そもそもわたしは場で「どんな話題が出たか」よりも、「どのような熱中があったか」「どのような景色をみんなで見たのか・本質に至れたか」のほうに関心があるので、一つひとつの話はあとから思い出せないことが多いです。

もちろんその時間の中では覚えています。いつ誰がどんな話をしたのかを握りながら進めていますが、場が閉じられるとあとは霧散して、感触しか残っていないということが多いです。

あいだの時間は一生懸命聴いたり話したり、とにかく徹底的に場にいる、ということを大切にしています。だからこそ深い対話ができると思っています。記録しながら進行もできなくはないですが、どうしても場にいて聴くことが手薄になる感じがあるのです。

客観的な記録を取ろうとするなら、やはり記録専門に場にいる人が必要になります。どういう順番で誰が何を言ったのか、メモをとり、写真をとる人。

 

記録もファシリテーションも一人でやれてしまう人もいますが、わたしのようなファシリテーターもいますということで、両立できない!と悩んでいる方は、どうぞご安心ください。

 

 

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この日一番わたしが心動かされたのは、会の終わりのほうで対話が熟してきたときに、生まれ共有したことでした。

それは、小説と映画と二つの表現形式で、世界観を構築してもらえたことで見えてきたもの。

クラシックと呼ばれる音楽の持つ本質や盤石さがあり、それを皆で尊ぶ時間を過ごしたという感触です。

 

パンフレットにも掲載されていた小説家の恩田陸さんのインタビューの中にある言葉、

すべての音楽がBGM化されてしまった。
「能動的に音楽を聴く」ということがなくなりつつある。

 

そして、監督・脚本・編集の石川慶さんの言葉、

亜夜の最後の演奏シーンで、自分はずっと昔からクラシックファンだった!と興奮して、聴き終わってほしい。それだけです。

これらの作り手の切実な思いを場で受け取り、味わえたことが、今もとてもうれしい。 

小説の中に出てくる印象的なフレーズの一つ、「音楽を連れ出す」をみんなでやったのだろうと思います。

 

皆で語ったことで、一人ひとりの登場人物が生きて居るようになる。

そしてその人物たちが人生を賭して求めているものに触れる。

物語を通して、それを表現した作り手の思いをわたしたちにも「それ」へのアクセスが可能になる。
「それ」から流れ込んでくるものによって、わたしたちは一人ひとりこの先も生かされていく...。

 

そのような体験でした。

 

一人ひとりで読む、観るときにもそれは受け取っているのだろうけれど、とりきられた場で取り扱うことによって、他者の経験からより自覚させてもらえる、他者の立会いの元、確かな感触を得る、ということが起こります。

鑑賞対話の場ならではの体験です。

 

こうしてみんなで語り合ったあとに、もう一度映画を観ると、また味わいが深くなるだろうなぁと思います。願わくば、また映画館のスクリーンで、よい音響で観たいものです。

 

 

途中途中で、作品や音楽関連する書籍なども、紹介しあいました。

一見情報のようなのだけれど、物語も音楽も愛している方々が見つけて、鑑賞して培ってきたものの豊かさ、この文脈の中だからこそ出てきたもの。それにふれられることもまた、場における喜びのひとつです。

 

●原作本

 

●映画『蜜蜂と遠雷』のコンクール課題曲が収められたもの。8枚もCDが入っています。こうしてじっくり聴いていると、ピアノって打楽器だったんだなぁと思い出します。このアルバムの他に、実際に映画で使われた、ピアニストたちの演奏CDが演者ごとに販売されています。

 

 

恩田陸さんによるスピンオフ短編集『祝祭と予感』。

 

●コミック版『蜜蜂と遠雷』。小説、映画ときて、コミック。様々な表現形式で描く世界。 

 

●この動画ご紹介いただきました♪若さと音楽の歓び溢れる♪

 

●『ピアノの森

www.nhk.or.jp

 

羊と鋼の森

hitsuji-hagane-movie.com

 

最後に、 

これから映画『蜜蜂と遠雷』をご覧になる方におすすめの3点。

  1. 原作を読んでから観たほうが、受け取れるものが多くなります。
  2. キーになっている音楽は何回か聴いていくと、受け取れるものが多くなります。
  3. パンフレットが入手できるようなら、ぜひ鑑賞後にお求めください。とても丁寧に作られています。

 

ご参加くださった皆さま、ご関心をお寄せくださった皆さま、

ありがとうございました!

 

 

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参加者4名から100名程度まで。

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Face to Face

過去の記録から。2017年11月

________________________

 

東京都美術館×東京藝術大学の協働プロジェクト『とびらプロジェクト』のオープンレクチャーに行ってきた。

 

こちらのページにPDFとムービーで当日の様子が見られます。すごい!

tobira-project.info

 

わたしは今回とにかく、べてるの向谷地さんに生でお会いしてみたくて。
活字や映像や伝聞でわかったような気になっていたけど、やはり生身のその人に会うのはいいなぁと思った。チャーミングさとか存在の確かさを感じられる。

西村さんとも、一年半ぶりにお話できてよかった。ことほぎラジオを聴いてくださってるみたいでとてもうれしい。何か思うところがあるんだろうな、というファシリだった。勝手に共感するところがあったので、そのことについて近々お話する機会があるといいなと思っている。というか、思ってるだけじゃなくて、自分でお誘いしなきゃだめですね、こういうのは!

内容としては新しい発見というよりも、ここ数年様々な場で見聞きし経験してきたことが集合していて、「そうそう、そうですよね」とうなずくことが多かったかな。「"病"を得る、回復する」ということにおける様々な反応や感情や内面や関係性の変化は、自分自身にも起こった・起こっていることとして非常によく理解できる。こう書くと美しい話っぽいけど、でもほんと、悪いことやダメなこととは言いきれない。

とびらプロジェクトに2014年に応募して面接で落ちたときに、「あー、これは自分でやれっていう神のお告げかな」と爽やかに納得してたつもりだったんだけど、実はどろどろと根に持っていたらしく、そのときの「なんでー!」っていう感じを思い出した。でもきのうの場に出てみて、あ、なんかわたしのやりたいことと似てるっぽいけど決定的に違うかもと思えて、今度こそほんとうに晴れ晴れとしたのでした。

終わってから友だちとあれやこれや語り尽くして、途中から息子も合流して、楽しい日曜日でした。

 


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深呼吸が教えてくれること

先日、友人のまゆみさんがひらいている深呼吸のワークショップに参加した。

mayuminaba.hatenablog.com

 

すごくよかった。参加してよかった。

 

わたしはいろいろ疑問や仮説を持っていったので、受け取るものがたくさんだった。

 

今回は特に、競技かるたの大会シーズンに向けて対戦の場でとりいれられること、日常に取り入れられること、などを知りたくて参加した。

 

競技かるたを始めてわりと早い段階で、「呼吸の仕方もけっこう大事では?」と考えるようになった。それについて指導者に質問をしたこともあるのだけれど、なかなか聞きたい答えは得られないできた。

練習量の多い人は、練習の中で自然と身に付いていくものなんだろう。
でもわたしは練習量が限られているので、少ない練習の中でいかに意図的にやるか、発見するかということが重要。その一つが呼吸だった。

 

わかったこと。例えば。

最近かるたをしていると、一本めにすごく眠くなってくることがあって、どうしてなのかと困っていた。よく寝ているはずなのにとか、やる気がないのか、とか。

それをまゆみさんに話すと、「それは身体としてはリラックスしていてよい状態ということ、直前までとても緊張しているということなんだ」とのことだった。
確かに眠くなっているときは、試合は劣勢なのだけれど、呼吸は深くなって、身体はリラックスしている。

 

なるほどー!そういうことだったのか!

 

そうであれば眠くなったときにも自分を責めずに済むし、ああ、今リラックスしているんだな、いい傾向だなとわかる。リラックスしたところで、ようやくいい感じで集中できるということなのだ。そこで、習った深呼吸を試してみられる。

もちろん基礎的な体力の問題もあるので、何本も取って限界にくると、どうしても疲れて眠くはなる。でも、少なくともこの1試合目の眠気の理由がわかり、それへの対応もわかると、俄然前向きに取り組めるようになった。

これは非常にありがたい!!

 

 

わたしの場合は、たとえばこういう発見があったのだけれど、べつに特に知りたいことがなくても、ただ身を委ねているだけでとても気持ちいいのでおすすめ。

・いつも何かに追われていて、気づくと息をしていないかも!

・眠りにつくのに時間がかかる、寝ても睡眠内容がよくなくて日中眠い

・頭痛肩こりがひどい

とかの方にいいかも。

もちろん医療行為ではないし、これですべてが解決するわけではないけれども、自分で意図的に身体に働きかけられることあるよ、という話。

 

何より、自分の身体を身近に感じられるのは、うれしい。
「わたし」と「わたしの身体」がひとつながりになる感覚。

 

 

 

ポーズを3つに限定してじっくりこれでもかというぐらい、身体がわかるまで体感させてもらえるので、定着する。

いっこをサラッととか、症例別にたくさん教えてくれる場や、緊張感があってついていくのに必死という場で教わったことは、残念ながら流れてしまって、日常で再現できないことが多かったんだなぁ、ということもわかる。

 

呼吸シェアリストという人に教える資格をとったということなので、その指導法にもいろんな理論が詰め込まれているんだろう。
それに、まゆみさん自身の資質と学びが加わって、「手渡されている」という実感がある。

 

いろんなことを学んで専門にしている友だちのおかげで、わたしは健やかです。

ありがとう。

 

 

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映画『シーモアさんと大人の人生入門』鑑賞記録

過去の鑑賞記録から。2016年10月___________________________

 

 

映画「シーモアさんと、大人の人生入門」を観た。

www.uplink.co.jp

 

途中途中、涙がはらはらと流れた。左隣の友人も泣いていた。右隣の人も泣いてた。「泣ける映画です!」とかじゃないんだけど、たぶんそれぞれの理由でこみあげてくるものがある。

 

わたしはなんだか許された気がした。音楽とか映画とか演技とか、芸術の言葉で、美を愛し究めようとする人々の言葉や存在により。

 

音楽をそれほど真剣にやっていたわけではない。けれど、ああ、この歳になって、こんなにも親しく愛おしく感じるとは。
わたし、本当はピアノが好きだったのかな。
ピアノの音をずっと聴いていたら小さい頃のことが思い出された。

 

美に対する感情的反応こそが、人間を人間たらしめている。それはぜったいに奪われてはならないし、人からも奪ってはならない。

DVD出たら買おう。
イーサン・ホーク、あなたいい仕事してるよ!

 

*追記*

その後、DVDを購入した。作業のBGC(バックグラウンドシネマ)として最適。

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市民オーケストラという世界

noteで配信している『ひととびラジオ』で「打楽器のいい話」を一緒にしてくれた、ゆきこさんの所属する、葛飾フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会が12/8(日)にあります。

katsuphil.org

 

クラシックのコンサートに行き慣れてないけど、あるいは、しばらく行っていなかったけれど、何かきっかけがあればなーと思っていた方。
「打楽器のゆきこさん」を目当てに行ってみるのとかどうですか。
打楽器は見つけやすいですし(最上段)。

 

ゆきこさん登場の回を貼っときますね。

note.com

note.com

 


ゆきこさん、めっちゃカッコいいんで、ご都合つく方はぜひ。

クラシックの生の音はもちろんよいし、
市民オケで生きる人たちの存在、
市民に愛される地元ホールや、市民オケの世界に触れられるのも、とてもいいのです。

 

もし未経験の方がいらしたら、そこにぜひ橋をかけたいなぁと思っています。

「これ」でしか体験できないことがある。必ずある。

 

 

当日の定演の曲は、

ドヴォルザーク交響詩「真昼の魔女」
マーラー:歌曲集「さすらう若人の歌
ラフマニノフ交響曲第3番

わたしもちょうど予習をはじめたところです。

 

Youtubeで繰り返し聴いて、好きな楽章を見つけたり、曲の成り立ちを知ったり、予習していくとまた楽しいです。

終わってから、連れの方と感想を交わし合う時間を作るのもよいですね、雑談に流れないように時間を決めてしっかりキープ。

「よかったねー」の先にいく、自分にとっての対象の存在をしっかり感じきるのが鑑賞対話。

 

どなたかに橋がかかりますように^^

 

 

 

去年の第九ふむふむ予習会、楽しかったなぁ。その後の発見もありがたかった。

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▼2020年1月8日(水) 爽やかな集中感 競技かるた体験会
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鑑賞対話ファシリテーション(グループ・団体向け)

・表現物の価値を広めたい、共有したい、遺したい業界団体、
 教育や啓発を促したい、活動テーマをお持ちのNPO団体からのご依頼で、表現物の鑑賞対話の場を企画・設計・進行します。
・鑑賞会、上映会、読書会、勉強会などのイベントやワークショップにより、作品や題材を元に、鑑賞者同士が対話を通して学ぶ場をつくります。

https://seikofunanokawa.com/service-menu/kansho-taiwa-facilitation/

 

場づくりコンサルティング(個人セッション)

・読書会、学ぶ会、上映会、シェア会、愛好会...などのイベントや講座。
・企画・設計・進行・宣伝のご相談のります。
・Zoom または 東京都内で対面
・30分¥5,500、60分 ¥11,000(税込)
・募集文の添削やフィードバック、ふりかえりの壁打ち相手にもどうぞ。

https://seikofunanokawa.com/service-menu/badukuri-consulting/

世界のブックデザイン@印刷博物館(2013年)

鑑賞の記録として。過去に書いたものから。2013年11月。

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世界のブックデザイン@印刷博物館に行ってきました。

印刷博物館:P&Pギャラリー > 世界のブックデザイン2012-13



開催初日に行ったのは、初めて。
さすがに並べ立てで、本がきれいです。
日本、ドイツ、オランダ、スイス、
オーストリア、ベルギー、カナダ、中国の8カ国で
それぞれ開催されたコンクールの入賞作品と、
毎年ドイツで開催される国際コンクールの入賞作品から、
約200点が展示されています。

「美しい本」というだけあって、一冊一冊がものすごく個性的。
実物を手にとって、
サイズ、素材、紙質、色、フォント、言語、写真、
レイアウトなどなどを細部まで指で触れてみて味わって、
さらに解説も読んで...
というのを一冊ずつやっていたら、
まるで一人ひとりとじっくりと対話しているような気持ち

個性の強い200人といっぺんに話すのはさすがに疲れて
2/3ぐらいと話したところでストップして、
また出直すことにしました。


私は読書も好きだし、本というモノ自体も好き。
「美しい本を所有したい!」という気持ちもある。

ゆえに、「本というモノはなくならないであろうな」
とあらためて思いました。
紙はなくなるかもしれないけど、
本はなんらかの形で生き続けると思う。

ミュージシャンが生で演奏するのを聴きたい人がいるよう
本もまた、生のモノに触れていたい人がいます。

だからこそ、これからはもう、
美しい本しか存在しなくなるのではないか。
もっともっと美しさが追求されていくのではないか。
美しくない書籍や情報は、電子書籍やネット上に存在していればよく、
これからは、資源ゴミやリサイクルに出されていたよりも
もっと簡単に読み流され捨てられ、消去されていく。

じゃあ、その「本の美しさ」って何?
と思ったら、この展覧会へぜひ。
今、評価されているいくつかの美しさの基準が見えると思います。
それは、来年になったらまたもっと進化していることでしょう。

しかもこの展覧会、無料!

私もまた足を運ぼうと思います。
 
 
 
 

 

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映画、本、舞台、展覧会...等、
鑑賞対話ファシリテーションのお仕事を承っております。お気軽にお問い合わせください。

 

Information

募集中のイベント
▼2019年12月22日(土) 2019冬至のコラージュの会
https://collage2019toji.peatix.com/  (練馬)

▼2019年12月27日(金) 映画『ディリリとパリの時間旅行』でゆるっと話そう 
http://chupki.jpn.org/archives/4982  (田端)

▼2020年1月8日(水) 爽やかな集中感 競技かるた体験会
https://coubic.com/uminoie/174356 (横浜)

 

鑑賞対話ファシリテーション(グループ・団体向け)

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