ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

【たびたび更新】今後の予定

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爽やかな集中感 競技かるた体験会 @umiのいえ(横浜)11/21(水)

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知れば変わる!人物写真が得意になるスマホ写真講座 @江戸東京たてもの園 11/22(木)

portraitbysmartphone.peatix.com

 

 

リブトビ逆噴射トークライブ vol.3 : 子育て 12/8(金)

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✴︎連載中の記事 「場づくりの技術を身につけよう」

terakoyagaku.net

 

 

✴︎KLASSの講座についてお知らせhttp://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2018/10/31/120243

 

✴︎ひととびのサービスメニュー

 ★人が集まる場のひらきかたを学びたい、サポートしてほしい方→「個人セッション」「場づくりゼミ」

 ★読書会、百人一首、映画や展覧会の語る会などをせいこにしにきてほしい方→「出張開催」

 ★読書会、百人一首、映画や展覧会の語る会をせいこに教わりたい方→「つくり方講座」

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ちがう世界に身を置く、ちがうものに触れる、感覚を観察する(競技かるた体験会)

もうあさってですねぇ。Umiのいえでの競技かるた体験会。

coubic.com

 

 

前にもちょっと書きましたが、直前の気持ちをもう少し書こうかな。

 

Umiのいえで今回担当してくださるスタッフのさとみさん。「ちはやふる祭り」にもきてくださいました。

 

きのうはこんなご紹介をしてくださった。

先週の土曜、ポッキーの日の前日は、聖子さん主催の
「劇場版ちはやふる」を一気見する会に参加したのです~。

私、2年前、「劇場版ちはやふる上の句」をふらっと映画館で観たとき
オープニングの数分で、ドドドと涙が出た経験が。
画面に千代紙のような文様が微かに震えながら流れていく
イメージ映像を見ただけで。

もちろん、その後に続いてみずみずしく紡がれる、
かるたと青春の疾走感が本当に気持ちよくて何回か観ました。
快感のために観ましたな。。。。

あのイメージ映像はきっかけに過ぎないのですが、
監督の手腕がずば抜けていることを感じつつ、
この作品に込められている世界の奥深さにくらくらしたのでした。

ここには、なにかとんでもないものが埋まっている、、、、
そんな気持ちだけ持ち続けて二年。

聖子さんと、Umiのいえでのワークショップでお会いして
ちらっとちはやふるの話が出てきたので、
こんな企画まで発展しました。

感覚を研ぎ澄ませて、身体とつなげていく

(これは松田先生の「身体感覚講座」でずっとずっとやってきたことでもあり)

聖子さんは「精緻に感じ分けていく」「相互理解」ための言葉や理解の手段が多彩。とっても魅力。

競技かるたの体験会です。
ですけれど、何か違うものに触れる、観察する、
違う世界に自分の身を置いてみる会 でもあると思います。

楽しいとおもうよ!!!!!!

 

うれしいな。そうなんですよ、競技かるたの体験会なんだけど、ほんとうにやってみるとどんな感じがするんだろう?という確認をしていただけたらいいなぁと思っています。

 

もしこれをきっかけに競技かるたをはじめる人がいたら、それはそれでめっちゃアツいけどね(笑)。

 

 

こういうおもしろさか!こういう世界か!

Amazing!!!な感覚を共有したいのです。

夢中になって楽しんでもらいたい。

そして間違いなく、ぜったいに、これは楽しい。

 

 

 

競技かるたをやったことがない方、

百人一首の歌をほとんど覚えてない方・知らない方大歓迎です。

そういう方のためにやります。


そもそも、散らし取りや源平戦や坊主めくりはやったことがあっても、「ちはやふる」でやっている公式の競技かるたを体験する機会ってなかなかないと思います。

 

はじめての方向けにわかりやすさを大切にしています。


場所を覚えて→狙って→音を聴いて→相手より速く取る!→取れた!!!の爽快を味わっていただきたい。

 

大人同士が勝った負けたの真剣勝負を通して、自分の中の熱にふれる時間を心を込めてガイドします。お待ちしております!

 

お申し込みはこちら>>
https://coubic.com/uminoie/174356

 

 

 

ちなみに、、11/29(木)には台東区で現役競技者向けの練習会をやります。

9:00-17:00まで5本です。冬大会シーズンに向けて鍛えませんか?

お問い合わせはこちらへ!

 

 

 

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人を表現者にしてしまう〜リブトビトークライブvol.2

土曜日のリブトビトークライブvol.2 ゴルゴ事件、無事にひらきました。

liveandbeauty2.peatix.com

 

 

横浜の会場に来てくださった方、オンラインでご視聴くださった方、時間も空間も超えたところで一緒にいてくださって、ありがとうございました。

当日も後日も、鑑賞してくださった感想やファンレター(!)に、その方にしかできない表現を見て、何倍にも幸福を味わっています。

これはPerforming Artsなので、ほんとうにお好きに鑑賞してください。

こちらもそのつもりで演っています。

 

 

またこれからの1ヵ月でいろんなことが起こっていくのだろうな。わくわく...^^

 

ゴルゴ事件に関連していえば...。

ちょうどきのう夢を見ました。ごく身近な人が出てきて、怖れや不安の感情からくる高圧的態度と言動をとったために、わたしは反射的に言葉で突き飛ばして斬りつけました。あーまたゴルゴになっちゃった(と夢の中で)。その話題に対して、いまだに癒えていないわたし自身の傷があることを知り、わたしへたっぷりと共感を送りました。ちほさんが言ってた「夢が見せてくれる」ってこんな感じかぁと。

 

 

今回も一部競技かるたの話をしたのですが、わたしは競技かるたが一人ではできないところが好きです。必ず人を必要とする。真剣にぶつかってくれる相手がいるからこそ、自分の感情を見つめることができる、自分への信頼を高めることができる、至れる場所がある。

わたしもそのように人を必要として生き、美を感じ、生きる希望に火をつける非日常の空間や時間を生み出すことを、今生での魂のおしごととしてやっていきます。

 

今回もちほさんと、そのような表現の場がつくれて幸せです。まとまらない、意味のわからない、説明できないものを慈しみ、愛で、楽しんでいきましょうね。

 

会場を貸してくださったkosha33/ライフデザインラボさま、ゆかさん、ありがとうございました!

 

・・・

▼動画はこちらのアーカイブでご鑑賞いただけます。

zoom(ちほ側カメラ)
https://bit.ly/2qRrtrz

Facebook(せいこ側カメラ)
https://bit.ly/2TmPGD3

 

投げ銭は引き続き謹んで承っております。
http://ptix.at/huQO7u

 

▼リブトビ最終回は12月16日(日)田町にてひらきます。
テーマは「子育て」または「子育てっていうか」
ぜひお立ち会いくださいませ。

ptix.at

 

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シスターから聞いた話

息子を出産した病院はカトリック系の病院だった。

カトリック系だから選んだのではなかったけれども、家から近いことと、病院の建築や中の雰囲気のやわらかさが、病める人間を迎え慈しみ休める場所として、とてもいい感じがしたからだ。

妊婦は病気ではないけれども、生き物として一時的に弱い部分、弱い立場を持つことになるという意味で、病める人と同じような場所にはいると思う。

 

 

妊娠中の母親学級は、シスターで看護師の方がしてくださった。

そこで聞いた話を今でもはっきりと覚えている。

 

可能なかぎり妊娠中に、母親との関係を整理しておきなさい。

もし妊娠中がむずかしければ、出産後に。

いつでも思い立ったときに。

あなたたちが母親になるにあたって、母親との関係を見直すことが出てくるのです。

困ったときはここに相談に来てください。何年経っていても大丈夫です。

 

それから、シスター自身の母親との関係を、自分の名前にまつわる小さなエピソードを起点に話された。きりりと姿勢を正して話されていた。おそらく何百回も話されている話を、何一つ落とすことなく。

そのときわたしは、「あの人なにゆうてはるんかな?」という感じでポカンとしながら聞いていたのだけれど、今ならとても大切なことを伝えてくださっていたとわかる。

 

大切な言い伝えだったのだ。語り部

その内容もさることながら、そのように使命をもって生きている誰かにとって、大切なことを語り伝えたい人間として自分が扱われた記憶というのは、なかなか消えないものだと思う。

 

個人にとってどうという前に、もっと広く大きく、人間という種として受け継いでいかなければならないことを、正面から語るという態度。

 

それが、キリスト教という宗教に根ざしていたことを、ここ1〜2年の学びから、ようやく百分の一ぐらいは理解できるようになった。

 


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アドルフ・ヴェルフリ展に行ったことの短い記録

昨年の春のことだけれど、下書きに入ったままで進まないので、いまさらだけれど行ったことの記録のつもりで投稿する。

 

東京ステーションギャラリー『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』

http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201704_adolfwolfli.html

 

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かつて滋賀県立近代美美術館の「abcコレクション展(アール・ブリュット)」で出会って以来、気になっていたアーティストの一人。

 

隣で見てたおばちゃんが「これは描けないわぁ〜」と言ってて、「おお、これを描いてみる!?」と思いつきさえしなかったのが自分でもおもしろくて、少し模写してみた。が、受け取るだけで精一杯で、どう線をとればいいかわからなくて、ほとんど無理だった。

 

 

見出されたといえば「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」だし、

発表を意図せず人知れずといえば「ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で」だし、

そこから「アドルフ・ヴェルフリ」へ。

ボナールに傾倒したNYのナビと言われた「ソール・ライター」を見ていると、「オルセーのナビ派展」へつながる。

企画展同士が時期的につながるのは偶然だろうか。

それとも日本のアートシーンの傾向?

 

 


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ダーガーとヴェルフリが違うのは、人との交流があったということかな。

愛されてもいる。
ものっすごい閉塞感もあるのですが、ものっすごい開放感もあり。全部同じように見えて、全部が違う感じにもくらくらして。変な気分で会場をあとにした。

 

 

"Brotkunst"=Bread Artという言葉がでてきた。「日々の糧を得るための作品」という解説だったが、こういう単語があるのか、ヴェルフリがそう呼んでいたのか定かではない。Googleで引いてみたけれど、パンをつかったアートしか出てこなかった...。

 

 

 

こんな投稿も見かけたりした。

 

 

ときどきチラッとのぞきに行きたくなってしまう作品。チャーミング!

 

 

アレッシィのキッチンペーパーホルダーの話

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アレッシィのキッチンペーパーホルダーをもう20年近く愛用している。

買ったのはなぜかドイツ。セールをしていて目に留まり、一目惚れしてして日本に持って帰った。

しかしいざ家にあったペーパーをセットしようとすると芯の径が合わない。いろんなスーパーで見かける度に径を確認して買うのだが、なかなか合わない。仕方がないので途中まで挿してどうにか使うなど、見た目にいまいちながら、10年以上だましだましやっていた。

 

ある日、友だちがコストコにドライブがてら買い物に行かないかと誘ってくれた。行ってみたら、もうこれしかない!というぐらいぴったりのペーパーが見つかった。コストコ行くならこれ買うといいよ、と友だちもおすすめしていた商品。大量に買って分けた。

 

そうだよ、海外製のを探せばよかったんじゃないか!とそのときにようやく気づいた。今思うと、ちょっと考えれば探しようもあったのに、全然思い至らなかった。

 

コストコで買ったストックがなくなってからは、Amazonでメーカーで検索すると普通にヒットした。今日日、かさばるものをわざわざ買いに行かなくても家まで届けてくれる。ありがたい。なんだったんだろう、あの日々は...あたしあほか...とも思うけれども、快適である今に目を向けると、それがないと困窮するほどではないけれども、なにか具合がわるかったところがぴったりする喜びって、暮らしや家の事の醍醐味だなとしみじみと思うのだった。

 

またある日は、ふと思いついてつくった鶏団子スープがとてもおいしかったときに、冷蔵庫やストッカーにある食材を余すところなく使って、使える期限内のいいタイミングで食べられて、ひらめいておいしいものがつくれたときに、ああ、うれしいなぁと思った。そういう日の晩ごはんは、何かが伝わるのか、息子ももりもり食べてくれてさらにうれしい。

 

基本面倒くさがりだし、相変わらず片付けてもすぐものが増えるし、料理もたいしてうまくならないけれど、今年一年さまざまに取り組んできて、観察や調律の習慣はついてきたように思う。

 

うまくいかないのは、見なかったことにするからで、怖れや恥をかかえつつも、目を開いて(ほんとうに大きく開ける)見てみたら、日々の痕跡はいろんなことを教えてくれている。

 

その日気になっていることをひとつでもやれると流れがよくなる気がする。

たとえば、

おとといは自転車のタイヤに空気を入れた。

きのうは靴下の穴を繕った。

きょうは朝顔の種をとる。

 

 

 

暮らしの営み方や生き方は人それぞれだと思うけれど、わたしは家の事を他人にまるっきり明け渡したくないし、自分で手入れできる範囲にしておく鍛錬を日々積み重ねたいし、最期まで棲家(すみか)の手入れをしながら生きたいと思う。

 

日常の手触りを感じながら生きる。

 

その中には買うこともあるし、人に頼むこともある、捨てることもある。それをイライラしたままにせず、ちょっと立ち止まって自分で考えて決める。

 

 

 

好きとか、かわいいとか、きれいとか、おいしいとかが、家の中にいられる「スペース」をわたしは大切に優先したい。それを無視しては、やはり希望をもって生きられないから。

 

そのように手入れされた厚みのある土台から、よいものをつくりたい。

 

という宣言をあらためてここに。

 

 

ムンク展がよかった話

東京都美術館で開催中のムンク展に行ってきました。

【公式】ムンク展ー共鳴する魂の叫び


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じっくり観てたら3時間もかかってしまった!出る頃にはとっぷりと日も暮れて、さっきまで観ていた作品のように。

 

絵っていくらでも観ていられるので、つい時間を忘れてしまいますが、特に今回は予習して行ったので「これがあそこにのっていた作品の実物だ!」といちいち喜びながらだったので、より見応えがあって、時間をかけてみていました。スタイリングの会をやってから、色をより丁寧に観るようになったのもあります。いい影響!

 

今回は、批判的に多様な視点を持って、とても自由にのびのびと観られた!という感触をこれまでになく強く持ったことが、わたしにとって新鮮でした。

 

 

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事前情報がないほうが自由でしょ、と思っていたのです。でも、ある程度の鑑賞筋(肉)がついていて学習欲もある人は、このぐらいしたほうがいい体験ができるんだ、いやむしろ、このぐらいしないとお金を払って時間を使っているんだから勿体ないんだということがわかりました。より自由になれる。

 

わたしの場合は、ですけど。

 

特に個展では、自分にとってのその画家のイメージを覆す、壊す、というのが一番楽しいのだから、気分、共感、同調、自分との関係だけで観ているのも楽しかったけど、もうそこはとうに過ぎたらしい。わたしの鑑賞史もようやくここまで来られました。ふー。

 

「観ておいたほうがいい」という衝動を手放し、「観たい」という強い感覚のあるものを丁寧に観る、ということを今年は心がけてきたのですが、こんなふうに一つを深掘りし、心ゆくまで味わうと、全部を観なくても不思議と他もよりよく理解できるようです。展覧会以外のことでもこんなふうなんだろうな、きっと。ジャンル全部を網羅的に知っていることはそれはそれで大きな価値ですが、わたしはあまりそこへの意欲がないみたい。

 



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正直すぎたり、チャーミングだったり、大人になりきれなかったり、しぶとかったり、あざとかったりとおもろい人でした。ムンクのいろいろな面が見えた。

「狂気が芸術をつくる」という芸術家のイメージづくりを生涯をかけてやってみせたのかもしれないとも感じました。

 

どんどん試してみる。

自分の感情の動きを徹底的に見つめてみる。

それを人に見せる。

表現技法への飽くなき追求。

 

膨大な日記やメモや習作や油彩・水彩の作品群がオスロ美術館にあるそうですが、最終的にできた作品だけではなく、過程であったり、自分の生き様すべてを芸術にする意欲が、好ましく感じられるような展覧会でした。それは先日のデュシャン展でも感じた類の共感。学芸員さんが書かれたキャプションにも、随所に「ムンクへの好感」が滲み出ていてよかった。

 

「ああー、もう絶望だ」「怖い...迫り来る何かに、どうしていいかわからない」というときに、「そうだ、わたしの心境は今ちょうどこんなふうだよ」を表してくれる「叫び」の存在に、だれでももしかしたらそっと日常の中で救われていることがあるのかもしれない。

 

世紀末の不安と憧憬がないまぜになった心象風景のようなものは、ホドラーを彷彿とさせます。活動時期も合っているので、影響し合うこともあったのでは(仮説)。要調査。

 

 

やや混んでたので、いつもの模写をしていたら、いろんな人が覗いていったり、物販のレジのお姉さんに「上手ですね〜」と言われたりしてどきどきしました。それもまた楽しかった!

 


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