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ヒトトビ〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する場づくりを通して考えることなど。

出店します!:4/30 不忍ブックストリート 一箱古本市

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昨年はじめて出店したので味をしめ、今年はなんと一箱古本市の元祖、不忍ブックストリートの一箱古本市に出店することになりました!

不忍の特徴は、書店、カフェ、ギャラリー、教会、ホテル、老人ホーム、文化財指定古民家などなど、地域のさまざまな建物の軒先をお借りして開かれるもので、言ってみればまちじゅうが会場になるという楽しいもの。(軒先をお借りできるので、雨天でも決行できるんですねぇ)

毎年秋にひらかれる芸工展にも通じますが、「まちじゅう」と「思ってもみなかった出会い」があるところが好きです。

 

 

わたしたちのお店の名前は、

トリとニワトリ

です。

 

2017年春:店主一覧 | 不忍ブックストリートにも載っております。

会場は、ギャラリーKINGYOさん 文京区千駄木2-49-10

同じ場所で出店する方々とは、はじめまして。どんなコラボレーションが生まれるんだろう。わくわく。

 

こんなコンセプトでやります。

大切にしている物語・暮らし・アートの本を、家の本棚から持ち寄ってお店開き。色とりどりの世界観が混じり合う本を介して、たくさんの方と小さな出会いの場をつくります。

 

 

 

まわりの店主さんたちは各地の古本市で腕をふるってきた猛者(?)ばかり。
どきどきしていますが、わたしたちなりの小さな場を楽しんでつくりたいと思います。

 

遊びにきてね!

 

 

 

前回出店した古本市の様子 ↓

 

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イベント・コミュニティ立ち上げの企画メモ①

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 わたしが教わったり発見して、役に立ってることの一部、雑多なメモ。

タイトルに①って書いたけど、この先あるか不明。あれば思いつきで。

 

 

◉ホームページまたはブログ

・あるのとないのでは大違い!

・Who we areの開示(一人でやっていても"We"の構えで)

・なぜはじめるか、なぜわたしたちか。

・会いたい人へ熱く声をかける。

・そのテーマと関係ある部分のプロフィールを明記。

・申し込みをホームページ以外のサイトで行なっていても設置する。

・人はそれを行なっているのが「何者か」「何のためか」「自分とどのぐらい関係があるか」を知りたい。

 


◉スピリットとボディを感じる名前

・ボディとは、場や集いの名前。
例)会、室、サロン、学校、部活、クラブ、サークル、祭、フェスティバル、セミナー、講座、屋、店、舎、会議、ラボ、etc...

・存在感、種類、規模、雰囲気を読み取れるか。

・名前は主宰者(団体)も、イベントやコミュニティもどちらも重要。

・読み仮名をふらないとわからないものは避ける。難読漢字、外国語。

・なによりも自分自身が愛着がもてるか。

・名前は初心にかえる一番の力を出すもの。

 


◉第◯回

・単発でなければ、継続していく意志を表明

・単発のつもりだったのに、2回目を企画することになったら、第2回。

 はじめをプレ(0回目)として第1回としてもいい。

・回数が重なるごとに、明記されている意味を感じてくる。主宰者も参加者も。

 

 

◉誰と何を

・「何を」から思いついても、「誰と」のほうが重要。

・対象者を絞り込む。一度やっても毎回見直す。

・誰とつながりを持ちたいか。

・他の項目との一貫性が見える。

・その場でなければ実現できない必然性が伝わる。

・1,000人に1人しか響かないものにこそ意味、価値があるので恐れず出してみる。

・そのアクティビティは本当に目指すものに近づいているか。

 

 

◉記録&アーカイブ

・毎回の活動記録を取り、写真とレポート文をブログ形式で投稿する。

・告知とはその単発の回だけが起こすものではない。

・開催日から3日以内(記憶の鮮明なうち)に一発目を書く。熱や勢いが大事。

・熟して出てくる考えや発見は、「わかってから」書こうとすると難しい。

・レポートを書く前提で場にいると、感度も上がる。

 

 

◉場の安全

・参加にあたって迷うこと、不安に思うこと、トラブルが想定、配慮されているか。

・主宰者が守れる範囲/参加者が判断するしかない範囲を明確にし宣言する。

 

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いろいろ軸が混ざってるけど、、、まぁいいや!

 

 

 

香港

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ことほぎラジオの第5話でもした話ですが、テキストでも残しておきます。ラジオってこれのこと→第5話 香港発>非日常経由>ポエム行き その1: ことほぎラジオ

 

・・・・・・・

 

息子と二人、友人を訪ねて行った香港。

息子は初めての、わたしは6年ぶりの海外。濃い4日間でした。

 

やっぱりこうしてときどき圧倒的に違う場所へ身体を運び、五感の全部をひらいてセンサーの感度を磨き続けることは大事だなーと思う。

 

それには日本の外に出るのは一番手っ取り早い。行ったことのない国やまちで、自分の見るもの聴くものによって、先入観をどんどん覆されていったり、ずっと苦しんでいた部分が取っ払われて自分の稼働域が広がったり、その土地に、自分にしかわからない特別の思いをもてる旅は幸せだ。

 

未知の環境の中に、楽しみや刺激と共に必ず存在する、不自由、不便、不衛生、不快等、不のつくもの・ことを身体で体験し、対峙する中で起こる葛藤、負の感情を味わいきることでしか、多様性をほんとうに理解することなどできない、というのが持論。

 

日本にいて、いかに自分が普段スポイルされているかを思う。気をつけているつもりでも、過剰適応している。本当はできるはずなのにやらなくて済むことによって無くしている力、眠らせている感覚が確かにある。

あるいは、自分が日頃、他者に対する要求や期待が大きすぎたり、他者からの要求や期待に限度やわきまえを超えて対応している可能性について検討したいと思った。

 

わたしのために他者や社会が存在しているわけではない。

わたしもまた、他者や社会のために存在しているわけではない。

 

みんながそれぞれに自分のやりたいことをやり、限定的な範囲の責任を取り、gainするためにアピールしても成り立つ社会があるのかもしれないと思った。

 

わたしはもっともっと繊細でもありたいし、したたかでタフでもありたい。

 

現地で暮らす友だちの生活実感を聞かせてもらいながら、いつも行く好きな場所を案内してもらえたのはよかった。そのエピソードごと味わった。聴かせてもらったたくさんのエピソードが胸に残っている。

 

去年の夏に親子合宿で知り合った友人たちとも再会し、みんなでまちや砂場や浜辺でたくさんの時間を過ごせたのはほんとうに楽しかった。

旅先で待っていてくれる人のいる幸福よ!!

 

香港に行くと元気になるってほんとうだった。

 


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ことほぎラジオ(Podcast) 第5話その1、配信しました

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4/11満月、ことほぎラジオ第5話、配信しました。

聴いてくださっている方、ありがとうございます。

おたよりをいただかなくても、アクセス解析というものがあるので、たくさんの方が聴いてくださっているのだなぁということがわかり、またそれもただの数字の束ではなく、その中にいろんな場所にいて、いろんなタイミングで聴いている、一人ひとりがいるんだなぁと思いながら、収録に臨んでいます。

 

今回のお届けは、5話のその1です。

その1ということは...つまり、その2もあるという...。

その2は半月、その3は新月にお届けします。

つまり、A面・B面みたいな構成を今回はやめてみてます。

 

何回かやってみて、「どうも型があるのかも?」と思って、じゃあ、と見えてきた型にのっとってやろうと思ったら、あっさりうまくいかなかった。

そもそも「番組をつくる」といっても完全に素人なわけで、構成された枠の中で予定調和的なものとアドリブ的なもののつなぎ目を見せないように芸として高めたプロの真似をしても、そりゃうまくいくわけない。そこを目指すのも違う。わたしたちのしたいことってなんだろうね、ということなどをたくさんやり取りして、リテイクして、編集会議をして、残ったのが今月の収録です。

収録も編集も、今までで一番のびのび楽しかった感じがあります。

 

香港と詩の話をしていますが、香港のあそこ行ってここ行って...ということは一切話していなくて、香港で何を考えたか、というようなことです。

詩の話は、相方のけいさんの、けいさんという人間の根幹みたいなところだなと思っていたので、とても聞きたかった話。その1よりもその2のほうがより深くその話をしてますので、どうぞ次週の配信もお楽しみになさってください。

 

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はじめから終わりが決まっていて、毎月1〜2回の「リリース」のために、チームのメンバーとアイディアと技術を出し合い、微調整を重ねながら、受け手からのレスポンスを見ながら、次を検討していくプロジェクト。わたしにはそのようなボランタリーな活動経験が今まで2回ほどあります。今回のラジオはそれらと似ているところもあるけど、まったく違うのは、自分の中からわいてくる純粋な表現をしているという点。

社会的な要請も特にない。課題解決のためにラジオをやっているわけではない。

課金もしていないので、これをやったからといってどこからも1円も入ってきません。

でもとにかくこの表現活動は楽しくて、「この一年何をしてた?」と聞かれたら、「ラジオ」としか言いようのない濃い時間を過ごしているなと、まだ4月ですけれど、思います。

 

わたしが考える/思う/感じる「楽しさ」ってこういうことなのですね。
やってることは一見楽しいことなんだけど、ノリで適当にやっているわけではない。そこには自分の全部をつかって(経験、知見、感性、言語とか)、真剣に目の前の相手と深いところでやり取りするものがある。

それは一連の踊りのようなもので、目の前にいる相手だけではなくて、その人を通した先にあるだれか・なにかだったり、たまたま居合わせた人にも受け取られる可能性があるもの。

 

" Take your pleasure seriously! " とチャールズ・イームズが言ってましたが、そういう感じです。


とりわけ、この場をつくるにあたって、有形無形にかかわらず「つくってきた」人と、妥協なく、しかしフラットな関係を保ちつつ、信頼を深めながらつくれるというのは、ほんとうに幸せなことだなぁと思います。

さらに一生懸命にやってできあがったものが、深刻で悲壮で息の詰まるようなものじゃなくて、名前のとおり「ことほぎ」のほうへ向かっているのはうれしいし、さらにリスナーさんがそれ以上のものを受け取ってくださっているのは、ほんとうにありがたいことだと思います。

 

全12回だから残りはあと7回。さてさて、どんなことが起こるんだろう。

ますます楽しみです。

 

 

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オペラ「椿姫」のライブビューイングを観てあーだこーだと感想を話す会、ひらきました(守人編)

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最近、人とじっくり話をする機会が多いので、それで満足してしまっているのか、単に今は話すほうが表現の手段として自分にフィットしているからなのか。しばらくまとまって書くことから遠ざかっていました。今これを書くのにも相当苦労をしています。

 

それでも記録を残したいので、すごくだらだらと長文になりますが、がんばって書きます。でも今回は主催してどうだったかという話なので、作品の内容についてはふれていません。この調子だと作品編まで書けないような気がします...(弱)。

 

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4/9(日)『オペラ「椿姫」を観てあーだこーだと感想を話す会』をひらき、久しぶりに守人をしました。

守人は、場を設計・準備し、呼びかけ、集まったみなさんをきれいな景色の見える場所に連れて行き、帰ってくるまでの一連のツアーを守る役割の人です。場をひらいてはいるけれど、ファシリテーターというのとも何か違うなと思い、ラジオで相方さんが呼んでくれた名前でちょっと名乗ってみています。

 

今回は、METライブビューイングを利用して、NYのメトロポリタン・オペラの公演映像を映画館で観ました。

METライブビューイングの特長は、

・生で観るのに比べて値段が安い(1作品3,600円)
・映画を観るような気軽さ
・複数のカメラで撮影されていて、引きも寄りもあるので、METの劇場の雰囲気から歌手の表情やよく見える、観どころがわかる
・映画館の大スクリーンと音響でPCやTVのモニターと比べ物にならない迫力
・日本語字幕付きで何を歌っているかもわかる
・幕間にバックステージや歌手のインタビュー付き(これはけっこう"無粋"なほうにも振れられるので微妙)

といったところ。

 

こうしてわたしのような初心者が気軽に普段着で映画館に観に来ることができて、ライブビューイングならではの体験を通じて「オペラっていいものだな」と思えて、またときどき観に来たい、なんなら生もぜひ観てみたいと思えるようになったら、オペラ界にとっても新たなファンの獲得になるし、観客にとっても人生の愉しみが増えて、お互いハッピーである。これは画期的で合理的なシステムだなぁと思います。

最近はオペラだけではなく、歌舞伎やバレエなどもライブビューイングや映画上映に力を入れているようだし、いろいろと時代に合わせて変わっているのだなぁと思います。もちろん生に比べれば迫力は全然違うので別物だとは思うけれど、なにが本物かをうるさく言うよりも、わたしは伝統のある芸術が、したたかに生き残ろうとすることを応援したい。(能は正直あまり向いていないと思うけど...)

 

わたしはオペラの知識は全くありません。一度だけ、2011年9月にボローニャ歌劇場の来日公演「カルメン」を誘われて観に行ったことがあります。このときは、舞台がスペインではなくキューバで、第2次世界大戦後のカストロ政権下という設定になっていました。あらすじは変わらないけれど、登場人物の設定や舞台装置やファッションが現代そのもので、その斬新すぎる演出に初心者としてはかなり引いてしまいました。でもどうもこの芸術は気になる、他の舞台芸術にはない何かを感じる、できればもっとオペラっぽいもので再挑戦したいと思い続けてきたのでした。

とはいえ、ほとんど未経験なので、何を基準に選べばいいのか。どの演目、どの演者、どの劇場、どの席で観ると一番いいのか、どこに注目すればいいのかなどが全然わからない状態でした。たぶん入門本を読めば書いてあるだろうし、頼めば誰か一緒に行ってくれたかもしれないけれど、なにかそういうものではない、自分の望む出会い方をしたかったのです。つまり、オペラと親しくつながっている人を中心にした、人々との交流の中から出会いたい、という気持ちがありました。

 

そんなことも忘れていたのですが、ちょうど1年前にわたしの読書会に来てくださって知り合ったえとうゆかこさんが、ふとしたきっかけから一緒に場をひらいてくれることになりました。ゆかこさんはクラシック音楽やオペラが好きでよく劇場に足を運ばれているとのことで、今回ナビゲーションをお願いしました。歌手としてジャズやラテンを中心に歌う方でもあります。

 

今回はごく親しい友人のみを誘うクローズドな会でしたが、そういうときもわたしは場を設計をし、告知文を書くことにしています。式を執り行うときに、あらためて招待状を送るように、大切なものを交換する場では、親しい人だからこそお互いに真剣さと心地よい緊張感をもってあらためて出会いたいと思うからです。

 

ゆかこさんと打ち合わせで特に力を入れてすり合わせたのは、

①どんな人にきてほしいか
②今回の閾値の設定

でした。

 

「オペラ未経験者や初心者を歓迎します。未知の世界の扉を開いてみたい、古典芸術を味わいたい、またはみんなで話せるならチャレンジしたい、と思ってくれる方」としました。

そして、普段から芸術に触れたときに、理解できるかどうかではなく、自分が何を感じるかを大切にする人。対象と自分との関係や、自分にとっての意味などを心に持ってしまう人。一人で浸ってあえて言語化しないという鑑賞の仕方もありだけれども、ここは話すことを通じて体験を深めていきたい場なので、「その言葉にしづらい感じをなんとか言葉にしてみたい」、「他の人の感じ方を聞いてみたい」という方が向いている。

という話をしました。

 

事前の予習をお願いしました。ここでの閾値は、参加条件という意味ではなく、心が動くという反応を引き起こすためにかける最小限の力(負荷)という意味で使っています。初見でも何かを感じとることはできる。でもせっかく初めてオペラを観るならこれを抑えておいてほしい。その有無で得られる体験が変わるかもしれないので、大切なこととして組み込みました。

具体的には、あらすじなどの作品の紹介や、演出のポイントなどをゆかこさんのブログ経由で伝えてもらい、歌や音楽の聞きどころについて事前に5分ほどの動画を数本観てもらいました。

aktennotiz.jugem.jp

 

演劇と思ってみればそれは目で見るものだけど、演出によって見た目は全然違うし、なによりオペラは音楽の芸術だから、聞き覚えのあるフレーズが出てくると、その世界への入り込みがとてもスムーズになるのだ、とのゆかこさんの説明は、観終わってとても実感しました。

実際に予習があったおかげで、動画の演出や歌い方や演技との比較もできたし、ついでに自動再生された他のオペラを観たり聞いたりして、期待が高まるという効果もありました。

 

今回の「椿姫」は2時間45分という尺もとてもよかったと思います。最初から最後まで集中が途切れず観られた。他の作品は4時間近くだったし、素人的には知らない演目が多かった。有名な「ロメオとジュリエット」でも比較的短いとはいえ、3時間30分。でも今回こうして一度体験したので、今後はきっと大丈夫でしょう。

 

終了後に近くのイタリアンレストランに場所を移して、1時間半あーだこーだと感想を話す予定が、2時間ちょっと話し込んでしまいました。そのぐらい楽しくて、椿姫とオペラからほとんど離れなかったのに、話が尽きなかったのはよかったです。感性鋭く、言葉にすることに意欲的な友人たちと、豊かで深い経験をされてきたゆかこさんのおかげです。

 

わたしにとっては、月1開催のかるたを除くと、守人をするのは1ヶ月以上ぶりで、新鮮な経験でした。また来月あたりからぼちぼち活動を再開していきたいと思いますが、今回は内輪の会でも公募の場でも活かせることがたくさんあったと思います。とりわけ、誰と組むか、何を抑えるかということについての自分の直感は、かなりいい感じに尖って来たように思います。

 

古典を楽しむ場については、まだまだ自分にやりたい欲がありそうです。

今回のオペラの場をつくっていて思い出したのは、本を読んだり美術作品を見ているときに、古典の演目を知らないと理解できない表現や説明に出会うことが多くて、でもそのまま放置してきた後悔でした。今回の「椿姫」のようにその芸術独自の世界に入り込んで、自分に取り込んでいくことができれば、ぐっと見える世界が広がるように思いました。

同じようなことが数年前に能やシェイクスピア作品で起こって、古典の古典たるゆえんを自分なりに理解したという経験があるので、このように進んでゆけばいいのだな、という確信があります。

それは「教養としてそれぐらい知っておかないと恥ずかしい」というようなことではなく、純粋に自分の興味関心から来るものです。大人になったらいつか自然に知るようになるのかなと思ってきたけど、どうやら自分で掴みにいかない限り知ることはできないということと、自分の望む出会い方は自分で機会をつくりださなければ滅多には訪れないということも理解しました。

 

またその出会いを自分一人で行うのではなく、誰かと旅する場をつくるという手段をとるのがわたしはより楽しいと思っています。わたしに知識がないことでも守人はできるし、ナビゲーターが別にいれば、場をひらくことができる。

 

今後の探求が楽しみです。

(やっぱりだらだらまとまりませんでした...。書くのって話すのより大変だ...!)

 

 

www.shochiku.co.jp

 

 

 

 

 

 

ピナ・バウシュ「カーネーション」を観てきたメモ

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2017/3/19 彩の国さいたま芸術劇場ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団の「カーネーション」を観てきたメモ、走り書き。

 

 

わずか90分の長い夢。

 

ダンスと演劇の融合。ダンサー自身のエピソードを基に、コラージュ的に構成するクリエイション。わたしたちも一輪ずつのカーネーションとして、舞台のこちら側をつくる重要な存在。

 

自分の中にあらゆる感情が起こった。絶えず方向を変える感情の渦に呑まれ続けた。3年前のKontakthofの時のようなダンサーへの自己の投影の余地は感じられず、ダンサーからの問いを聞くのみ。

 

あなたはここで何を見たいの?
愛の何を探しているの?

 

次に何が起こるか予測もつかないのに、最後に見る光景、数千本のカーネーションの結末はわかっている。その間の出来事にひたすらに目を凝らせ、と。

 

花を愛で、花を踏み、花を損う。ひとつの儀式、祭りのような。生の踊りとはこのようである、ということなのか。

 

ダンサーの一人から祝福を受けた。わたしの中の何かを呼び覚まそうとするかのような力強い抱擁…。

 

劇場を出てすぐに、「わからなかった。みんな拍手なんかしてわかっていると思えない。有名だから観に来ただけだ」ともらす男性二人連れがいた。怒り、苛立ち、戸惑い…ぜんぶあの中にあったよ。もしかしてほしいのはそれだったのかな。わからないと全身で憤りたかったのでは。決して安くはないチケット。何らかの期待があったんだろうな。そこを見に行けるといいね、と共感を送った。

 

わかろうとすると、わからない。なんで自分はこんなものを見ているのだろうとなったとき、感じ取るだけでいい。怖くないよ。でも怖いときはひらかなくてもいい。自分次第。

 

定番の演目であっても、その国、地域、時代に合わせて上演時にローカライズされているんだろう。そのときに演じるダンサーによっても微調整されているとも思う。今、そこでしか見られない、生の舞台はやはりダイナミック。

 

古株のメンバーの顔を見つけてホッとする。でも時間は流れているから、ピナを直接知らない人のほうが増えていって、これからどんどん変化していくんだろう。一観客としては、ピナとヴッパタール舞踊団のDNAが受け継がれていくこと、また舞台を観られる日が来ることを切に願う。

 

Trailer>>

youtu.be

 



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ことほぎラジオ(Podcast)第4話、配信しました

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3/12、Podcast「ことほぎラジオ」の第4話を配信しました。

 

月に一度、満月の日に配信しています。
徐々に膨らむ月を見上げながら、「そろそろ配信かなー」と思い出してくださる方もいて、うれしい。

 

今回はわたしの友人をゲストにお招きして3人で話しています。去年の11月から2人で3回収録して編集して配信してという道のりを経て、「なんとなくこんな感じ?」というのをつかんだ次のチャレンジ。「おお、こんなことが起きたか...」という仕上がりになっています。毎回いろんなことが起こるし、配信すると発見がある。わたしの中で、相方のけいさんの中で、聴いてくれた方一人ひとりの中で。

 

我々が製作し展示した作品に、人は何を見てくださるのだろう。

 

全世界にインターネットを通じて配信され、どこでだれがいつ聴くかわからないラジオ(Podcast)というしつらえだからこそ、リアルの聴き手とネットの向こうのリスナーという人々で共につくる場だからこそ、生まれてくるこの語り合い。

  

ぜひ聴いてみてください。

 

 

*ブログから

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