ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

〈読書記録〉『百まいのドレス』

ある日図書館に行ったら、見覚えのある表紙が目に入った。

『百まいのドレス』

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たしかこれって『百まいのきもの』じゃなかったっけと思って手に取った。訳者の石井桃子さんのあとがきによると、『百まいのきもの』は「岩波の子どもの本」のシリーズから1954年に出版されて、今回『百まいのドレス』とタイトルも変えて訳し直したらしい。元はそんなに古いものだったのか。

古い古いと言いつつ、わたしは1970年代の生まれなので、今から振り返ると、読んでいた当時はそこまで刊行からそこまで経っていなかったとも言える。いや、どうなんだろう、今の感覚だと一昨年でも古いみたいなこと言われるから、今が速すぎるのか。なんかよくわからなくなってきた。

そしてまた100歳になった石井桃子さんが50年以上の月日を超えて、再びこの本の訳に手を入れることになったというところもすごい。

このあとがきには、岩波の子どもの本シリーズ立ち上げの経緯や、石井さんの仕事人生のことが書かれていて、今読むといろいろな点から「そうだったのかーー」と驚く。

『百まいのきもの』で覚えているのは、表紙の絵が顔のない人が壁に持たれるように佇んでいて、周りを「きもの」が浮いているように見えたこと。背景が白かったので余計に寒々しい感じがしていて、描かれた人は消え入りそうになっていた。赤と水色に近い青の色のコントラストや、色鉛筆と水彩のような柔らかいけれども頼りないようなタッチをよく覚えている。(新版は薄いクリーム色になっていて、温かみを感じる)

内容はよく覚えていない。思い出そうとすると何かものすごく寂しい感情が立ち上がってくる。だから何度も読んだ記憶はなくて、一度読んでインパクトが強くて、それ以来手が伸びなかった本だった気がする。

今回あらためて読んでみたら、アメリカの田舎町で学校に通っているポーランド移民の女の子が、同級生の女の子たちにいじめられる話だった。ガーン。しかもかなり残酷ないじめ方をされるにもかかわらず、いじめられた子がけっこう簡単に許してしまっているところとか、いじめていた子も自分たちのいいように解釈している。なんでーと、今の自分としてはなんか納得がいかない。先生もなんかなーーとモヤモヤする。時代なんだろうな。先生の役割も違えば、大人と子ども、先生と生徒の関係性もだいぶ違っただろうし。

でも、いじめている子と仲が良い子が、こんなことしていいんだろうか、わたしはいやだな、とだんだん気づいていって、いじめている子との関係がどうであれ、自分は謝らないといけないと決意するところは、おおおとなる。

そうだ、ペギーがわるいと思っても、思わなくても、とにかく、あたしはなんとかしなくちゃ、とマデラインは思いました。

なんかさー、そう、そこだよねぇ。

当時のわたしは小さかったけれど、そういう複雑な感情もなんとなくわかっていて、それでこの本の表紙を見るたびに胸がぎゅうっとなっていたんだろう。

主人公の子のワンダ・ペトロンスキーという名前がおかしいと言われているちゃんとした理由まではわからなかったなぁ。カタカナの名前は全部同じに見えたし、国という概念もはっきりとはしていなかった。ましてポーランドからアメリカに移民してきた人たちの置かれた状況という社会的な背景については、まったく知らなかったし、説明されていたとしてもすぐ忘れただろう。一つだけ、貧富の差ということについてはわかっていたと思う。当時は貧富の差に関する物語がたくさんあったから。

今回、日本語の題名が『百まいのドレス』になっていて、原題が"THE HUNDRED DRESSES"なのでその通りだし、今の感覚からすると「きもの」って古臭い感じがするから変えたんだろうなぁ。でも当時はべつに古いとか気にしていなかった。「きもの」は和服のことを指すのではなく、着るもののことだとわかっていた。父方の祖母がよく「きもの」と言っていたと思う。単に着るものの意味で。あるいは普段着よりも少し洒落た服のことだったかもしれない。あの頃、電車も「汽車」と言っていたので、よくきょうだいで笑ったものだ。ちなみに滋賀県の出身なので、わたしも琵琶湖を「うみ」と読んでいた。あれは琵琶湖が広くて海のようだと言っていたわけではなかった。漢字の「海」とも違う、たくさんの水があるところを「うみ」と呼んでいたような気がする。

先日、西日暮里BOOK APARTMENTで店番をしていたときにお客さんとこの本の話になって、自分が小さいころ読んでいた本が、新訳として生まれ変わってまた次の小さい人たちに受け継がれているのを知るのはうれしいことですよね、と意気投合した。

一冊の本が人生に与えてくれる豊かさはかけがえがない。

『百まいのドレス』エレナー・エスティス作, 石井桃子訳, ルイス・スロボドキン絵(岩波書店, 2006年)