ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

お知らせ

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  contact ▶︎▶︎f:id:hitotobi:20181205094108j:plain   


今後の予定

 

コラージュの会

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春分:2022年3月21日(月・祝)
夏至:2022年6月21日(火)
いずれも二十四節気で当日にひらきます。
日程が近づきましたら当ブログで告知、Peatixで募集します。

 

 

2022年2月5日(土)12:00-18:00

お座敷の一箱古本市に出店します
会場:Readin' Writin' BOOKSTORE
http://readinwritin.net/

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2022年2月13日(日)
きみトリプロジェクトとして、文学フリマ広島に出店します
日程:2022年2月13日(日)11:00-16:00
会場:広島県立広島産業会館
アクセス:路面電車5番線「南区役所前」下車 徒歩1分
https://bunfree.net/event/hiroshima04/

  

2020年12月30日 初の著書(共著)発売
【きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ】
Amazon他、全国書店にて発売中(電子書籍もあります)


きみトリプロジェクト展開中です。

kimitori.mystrikingly.com

  

 

鑑賞対話ファシリテーション(法人・団体向け)

・表現物の価値を広めたい、共有したい、遺したい業界団体や、
 教育や啓発を促したい、活動テーマをお持ちの法人や団体からのご依頼で、表現物の鑑賞対話の場を企画・設計・進行します。
・鑑賞会、上映会、読書会、勉強会などのイベントやワークショップにより、作品や題材を元に、鑑賞者同士が対話を通して学ぶ場をつくります。

https://seikofunanokawa.com/service-menu/kansho-taiwa-facilitation/

 

場づくりコンサルティング(個人向け)

・読書会、学ぶ会、上映会、シェア会、愛好会...などのイベントや講座。
・企画・設計・進行・宣伝のご相談のります。
・Zoom または 東京都内で対面
・30分¥5,500、60分 ¥11,000(税込)
・募集文の添削やフィードバック、ふりかえりの壁打ち相手にもどうぞ。

https://seikofunanokawa.com/service-menu/badukuri-consulting/

 

連載中
▼『場づくりを成功させるための5つの鍵』(寺子屋学)
https://terakoyagaku.net/group/bazukuri/

▼ noteでも書いたり話したりしています。

note.mu

  

contact ▶︎▶︎f:id:hitotobi:20181205094108j:plain   

 

展示『ちはやふる展』@松屋銀座 鑑賞記録

松屋銀座で『ちはやふる展』を観た記録。
 
 

東京→北九州→名古屋→神戸 と1年ちょっとかけて巡回する展示。
友達に誘ってもらって観てた。


生原稿、生イラスト、ネームノート……とにかく物量とそこに込められたエネルギーに圧倒される。華やかで軽やかで、美しかった!
もうすぐ本編の物語が終わっていく今だからこそ感じる思いも湧いてくる。


連載開始は2008年から。

あのとき、このとき、気づけば私もこの10年超、『ちはやふる』と歩んできたのだなと振り返ってしみじみしたり。

長く続けるということの力ももらった。

それから、どんな才能のある人も一人では為せない、成せないこと。

これまでの恋愛を描いた漫画では見たことがなかった、同じ領域を志す人との間に生まれる深い結びつきのこと。


友達と行ったので、あーだこーだ感想を話しながら回ったのも楽しかった。

その人は、2013年ごろにお子さんを連れてかるたCafe(という私が主宰していた百人一首のイベント)に来てくれた人で、気付けば長いお付き合いになっている。

当時小3だったお子さんは今高2に。時の流れよ〜!

 


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鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

 

2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社

映画『阿賀に生きる』@シネマ・チュプキ・タバタ 鑑賞記録

2021年12月、映画『阿賀に生きる』をシネマ・チュプキ・タバタさんで観た記録。

2022年で製作完成から30周年を迎える。

 

youtu.be

kasamafilm.com

 

ドキュメンタリー映画の有名な作品だそう。私は全然知らなかった。知らないことが多い。

新潟と福島の県境、阿賀野川流域の小さな集落に生きる人々の生き様が収められている。 1980年代後半〜90年代初頭と思えない風景。

映画のことが忘れられず、翌日は朝から2時間掃除に費やした。あの勤勉さよ。農作業や漁業など、重労働により酷使された身体。新潟水俣病の影響もあるのだろうか。もちろん高齢ということもあるだろうけれど。

刻まれた皺、動かなくなった手。

 

印象的だったのは、身体が覚えている技。

風を読むこと、舟を彫ること。

たまたま撮れたというだけではない、ドキュメンタリーのクルーが入り込んでいったことによって動き出した時間という感じがする。撮る者と撮られる者、お互いに影響し合ったという記録。

 

映画の中ではあんなに生き生きとしているのに、あの人たちのほとんどはもうこの世にいないということが不思議。

 

自分の祖父母のこと、自分が幼い頃に見ていた家や地域の風習なども思い出す。『True North, Akita』や映画『もち』を観たときにも強く浮き上がってきた、あの感じ。郷愁だけではない痛みや苦味、身体の感覚と共に。

vimeo.com

youtu.be

 

自然の中に暮らすのはタフだ。生き抜くためにはなんでも自分でやらなくてはいけないし、共同体で助け合わなくてはならない。それが強いセーフティネットにもなれば、息苦しくもなりえる。最期まで集落に居場所があるとも言える。

言葉がわからなくて、字幕があっても(文字起こし&テロップ)スッと入ってこない。みんぱくの映像資料コーナーで、どこか東アジアの地域の記録を観ているような気にときどきなった。でも日本だし、30年〜40年前の景色だ。

 

私が育ったのも山と水のある地域なので、直感的に理解できるものはあった。水質汚染というテーマには子どもの頃から敏感だった。「それが即飲み水になる」「生存を左右する」という感覚。だからこそ水を汚す公害は本当に罪が深い。

 

「14世紀から代々守ってきた田んぼ」、祈りながら耕し、風を読みながら舟を駆ってきた人たちの姿。その暮らしの間に差し込まれる訴訟。集落の人々の関係性はどう変化したのか、描かれていない様々なことに思いがゆく。戦後の近代化とは何だったのか。それは今どうなっているのか。

 

エンドロールの音楽が『悲情城市』を彷彿とさせる。1989年。同時代性を感じる。

 

 

翌日の夜ごはんはにしん蕎麦を食べた。
阿賀に生きる』や『明日をへぐる』で祖父母を思い出して急に食べたくなったのと、お正月の食材がお店に並び出して目についたので。

 

映画『MINAMATA -ミナマタ-」→『水俣曼荼羅』→『阿賀に生きる』 の順で観たという友達と、『水俣曼荼羅』を軸に3作品の感想をじっくり語った。

印象に残るシーンや人や言葉、映画のつくり、時代、政治、問題の本質、いち市民としてできることなどなど、縦横無尽に90分語った。

 

凄いドキュメンタリーがまだまだたくさんある。ほんとうにごく一部にしか出会っていないんだな。出会えたことが幸せ。

語りたくなる作品の鑑賞が続いている。


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新潟水俣病を知るための関連書籍。

 

阿賀の記憶、阿賀からの語り―語り部たちの新潟水俣病』関礼子ゼミナール/編(新泉社, 2016年)

 

 

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2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社

展示『奇想のモード』展 @東京都庭園美術館 鑑賞記録

東京都庭園美術館で『奇想のモード -装うことの狂気、またはシュルレアリスム』展を観た記録。

www.teien-art-museum.ne.jp

 

 

庭園美術館の展覧会は、建物の空間や歴史、ここの地場ごとテーマを味わいに来ているところがある。今回もまさにそんな感じ。

奇抜だけでなく、怖い、キモい、もあり。
一人じゃなくてよかった。

 

これが例えば国立民族学博物館で部族の伝統的な装飾品として展示されていればなんの違和感もないのに、ジュエリーやファッションの文脈で配置されると気持ち悪さが生まれるのはなぜだろう。

なんでこれを身につけるものや飾るものにするのか……と首をかしげるものも多い。けれど時代が違えばこれが常識になるわけで。私達の今も、いつかの時代から見れば「奇想」。同時代でも「ところ」が変わればそうかも。

 

結局、人間あんまり変わっていない。
好奇心と呼んでもいいわけだもんね、これらを。

ここからはどうなっていくのか。
好奇心、探求心、創作意欲と倫理や持続可能性をどう抱えていくのか。現代作家の作品などを見てみても思う。

 

たまたま前日に見た日曜美術館ピカソゲルニカ」とも符合する部分がある。

ピカソの時代、伝統的価値観や社会の構造を壊すために、文脈を切断し、配置を変え、違和感から世界を再構築を目指したムーブメント。そのあとにやってきたのは、世界のほうの崩壊だった。戦争で世界は崩壊した。そこからピカソは《ゲルニカ》という方法で再構築を試みた。

 

気温は低いながらも、春の気配がしていた。

ここに来ると季節を感じやすい。

ああ、そうか、ここに観にくるのは、展覧会に関心があるのもそうだけど、季節の移り変わりも楽しみにしているのだな。


f:id:hitotobi:20220121134846j:image

 

髪の毛のコーナーもなかなかの……。亡くなった人を偲んで髪をブローチに閉じ込めたり。自分が今髪を伸ばしているので、「髪にパワーが宿る」という信仰にはなにかリアリティがあった。

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www.museum.or.jp

 

 

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2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社

展示『新派SIMPA-アヴァンギャルドの水脈』& 朗読劇『黒蜥蜴-演劇博物館特別篇』@早稲田大学演劇博物館 鑑賞記録

早稲田大学演劇博物館で展示『新派SIMPA-アヴァンギャルドの水脈』&朗読劇『黒蜥蜴-演劇博物館特別篇』を観てきた記録。

www.waseda.jp

 

朗読劇の案内がFacebookのタイムラインに飛び込んできて、「おお、黒蜥蜴観たい!朗読劇大好き!」と思い、そのまま流れで申し込みをしたら、運よく当選した。

当日、「何時に行こうかな」と予定を考え始めたときにようやく、今回の公演が新派に関しての展示の関連企画だと知った。そしてその展示も同じ週末に終わってしまうとも気づいた。

これは展示を観ないと観劇の体験が半減する!と思い、そのままバッグを引っ掴んで家を出て、なんとか1時間ちょっと展示を観る時間を確保できた。

 

私は新派については何も知らない。

新派ってなんだっけ?と検索してようやく、「ああ、あの明治座とか新橋演舞場とか三越劇場でやってる、ポスタービジュアルが独特の、年配のお客さんが多そうな演劇か。あれは新派という劇団だったのか」レベルの知識のなさだ。

劇団新派 公式サイト

新派の歴史 | 新派について | 劇団新派 公式サイト

舞台や演劇の領域だけど、なんとなく自分とは関係のない存在として、今までつながりを感じていなかった。実は少し古臭いお芝居なのかなというイメージを抱いていた(ごめんなさい!)。

今回の展示はその新派に光を当てて、新派の興りから現代までの変遷を辿りながら、日本の演劇を再考するという画期的な内容だった。

 

展示は、ざっと観た印象では次の通り。

新派が生まれたのは明治。

当時は歌舞伎を旧派と位置付けて、さまざまな新しい演劇が興った、実にエネルギッシュな時代だった。

歌舞伎をルーツにしつつも、歌舞伎ではできなかった題材や作品を取り上げている。国内外問わず、小説の発刊のように次々と舞台を通じて世に紹介している。演技(台詞や動き)や美術や音響や視覚効果を探求した。風刺やニュースメディアとしても機能しており、その時その時に社会で起こる事件などを取り入れて舞台にしていた。女形と女性の俳優が共存しているのも面白い。さまざまな演劇集団が生まれては消え、戦後に幾つもの「座」や「派」が統合して、劇団新派としてスタートした。

新派・劇団の系図 | 新派について | 劇団新派 公式サイト

 

これは私の想像だが、舞台として上演されたことで、小説の形では読まなかった層にもその物語が広がったのではないだろうか。原作から映画化された作品を観て、そういう物語があることを知る。そこから原作も読んでみる、などは今でもよくある。広く知られるきっかけを新派が提供したかもしれない。

 

展示で特に取り上げられていたのが、川上音二郎

谷中霊園の中でも桜並木通りにあって、形がユニークなので視界に入っていた碑。川上音二郎って何をした人なのかなと思いながら、特に調べもせず、横を通っていた。ようやくつながった。


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エンパク3Fの常設展示室では、世界の演劇の歴史と日本の演劇の歴史が小さなスペースながら、パネルや解説文や資料の展示で濃度高く紹介されている。新派の紹介もあるので、2Fの展示と併せて観ると理解が深まる。

enpaku 早稲田大学演劇博物館 | カテゴリー | 常設展

こうして見てみると、能、歌舞伎、文楽と並んで、一つの塊として新派が生まれ、映画やミュージカルや外国から入ってきたさまざまな演劇の影響を受けながら、無数に分派していって今の演劇があるのかもしれない。

歌舞伎に対抗しながら生まれた新しい演劇が次の演劇を生み出していく。

もっと新しいものを!
もっと刺激的なものを!
もっと今の時代の人々が求めるものを!

そのエネルギーの源、塊を感じた。駆け足での鑑賞だったが、とても多くを受け取った感触がある。

 

となると、なぜ今の新派で朗読劇をやるのだろう?と疑問が湧いた。

ビジュアルで魅了してきた独特の舞台を封じている。音の世界で新派らしさを出すってどういうことなのだろう?朗読劇と言っても演出方法はさまざまなので、かなり立ち回りの多いタイプの多い朗読劇なのだろうか?など、あれこれ想像していた。

www.waseda.jp

 

実際の舞台は、4人の登場人物と講談師の5人。講談師は語り手であり、明智小五郎の友人との設定。途中で新聞記者の役なども担当する。

講談師に筋書きを語らせる演出、新派的な台詞回し、最小限の背景音や音楽など、ぱっと見は地味だが滲み出る新派らしさのようなものが出てくる。

今まで私が観てきた朗読劇は基本は椅子に座って、本を持って演じるところは同じだが、立ったり歩き回ったり、身体を動かす場面も大きい。セットを組んで、限られたスペースや小道具を使いながら派手な場面展開をするものもあったし、基本は立っていて、ダンスかと思うぐらい激しく身体を動かす朗読劇もあった。

それに比べると今回はほとんどが着席の状態で、身振りなども最小限。かなり抑えられた朗読劇だった。ラジオドラマのようでもあるので、収録されたものをネット上で聞いても面白いと思う。

ただ、もちろん生身の役者が演じているのを観るのが一番良い。衣裳の効果もあるし、仕草や細かい身体の使い方など、視覚的に入ってくる情報も大きい。シンプルな分、印象に残る。この時間を共有していることで生まれる集中や、自分の身体に響いてくる生々しい感覚、自分の脳内に立ち上がってくる情景など、生の舞台ならではだ。

 

朗読劇は視覚的な動きが少ない分、通常の舞台以上に音に耳を澄ませているので、遅れて入ってくる人の扉の開閉音や観客が立てる物音(いびきの音まで聞こえてきて、もうこれは論外)が気になった。撮影のスタッフさんが客席の真ん中通路を左右に移動するのもかなり鑑賞の妨げになっていたり、感染症対策の換気のために送風機能が使われているのか、場内が寒かったりと、なんだか気が散る環境だった。

中盤からはだんだん調子が出てきて(私が)、明智小五郎と黒蜥蜴の冴え渡る会話の応酬に魅了された。小さい頃、シャーロック・ホームズの朗読劇のカセットテープを図書館から借りてきて何回も聞いたのを思い出した。あのワクワク感が蘇る。

事前に配られていたパンフレットで、三島由紀夫版との違いが明記されていたので、それを見どころとして楽しみながら観られたのはよかった。

三島版は絢爛豪華で耽美な世界観で、黒蜥蜴の存在感が大きい。

齋藤版では喜多村緑郎河合雪之丞に当て書き(演劇や映画などで、その役を演じる俳優をあらかじめ決めておいてから脚本を書くこと)したことの効果もあり、明智と黒蜥蜴が同等に対等にクローズアップされているとのこと。

 

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舞台は1時間ほどで、アフタートークが45分。

エンパク助教の後藤隆基さんが話を振って、喜多村緑郎さん、河合雪之丞さん、演出の齋藤雅文さんが答えていくというやり取りで進んだ。

もともとの新派の齋藤版の『黒蜥蜴』は2017年に初演で、今回はそこを生かしつつも、朗読劇用に書き直しているとのこと。

朗読劇という形式は、観ている側からは音だけなのも豊かで想像力をたくましくして観られる、聴けるのが魅力だし、演じている側からは、台詞だけに集中できるので、丁寧に台詞を扱う必要が出てくる、「落とす台詞がない」。立って行う朗読劇と座って行う朗読劇もまた違う......という微妙なところを語られていた。

演出の面からは、『黒蜥蜴』と言えば、どうしても三島版のイメージが強い。江戸川乱歩という原作はあるものの、隅々まで三島由紀夫の存在が出る。今回は原作に立ち戻って、舞台も大阪に戻して、怪しげな人物が怪しげな動機で蠢いている昭和初期の民衆のバイタリティやエネルギーを表現したかった、などのお話が。

当て書きをしたことも大きく、「この役者がいなければできない、役者ありきで書ける、そういう出会いがあるのは脚本書きとして幸せ」とのこと。役者も幸せなことであろうな。

 

朗読劇は、身体的にも楽だし、特に今回のような60分の小品は、小回りがきいて上演もしやすいという話も出た。たしかに、新派の舞台を一本公演しようとすると大規模な準備が必要になるが、これなら最小限の力で公演できる。灯火を消さない方法の一つかもしれない。

最後に、一言ずつと振られて、「生の舞台を観にいく習慣を忘れないでほしい」「新派が持っている財産をつかって、作り続けることをあきらめない。機会を使って役者の力を埋没させないでいることが大事」「へこたれずになんか作っていく人たち。つくり続けるしかない、そういう性(さが)」などの言葉があり、こちらもとても励まされた。

実際、この2年の間の創作物はどれも特別な力を感じるものばかりだと、最近の鑑賞で感じている。短い時間で集中して作る道を見出したり、削ぎ落としてシンプルにしたり、新しい方法を編み出したり、「アナログ」な手法を試したり、持てる技術や知見をすべて注いで作ったり。

ピカソが《ゲルニカ》でやったことと同じかもしれない。崩壊した世界から再構成する力、エネルギー。

 

三島版は三島版で変わらず魅力なのだろうけれど、三島由紀夫美輪明宏坂東玉三郎のように、誰か一人の強い個性を持ったスーパースターが引っ張っていくのとは違ってきている。いろんな人がそれぞれに魅力を放っていて、全体として複雑な世界を描き出しているというほうが今の時代の感覚に合う。

生き生きとした人間の像を描くことで、その時代背景を見せ、今の時代とのつながりを感じさせる。それを今回の朗読劇では表してみせたのではないか。

娯楽小説もこうして新たに解釈され、演出し直され、様々な形式で、いろんな役者が演じていくことで、次第に古典になっていく。その過程を今目撃しているのだなと感じ、貴重な機会を得られたとありがたく思った。

 

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ポッドキャスト

喜多村緑郎さん、河合雪之丞さん、演出の齋藤雅文さん。

www.waseda.jp

 

▼企画展のもう一つの公演、『十三夜』。Youtubeで聴くことができる。

youtu.be

 

spice.eplus.jp

 

▼展覧会紹介記事

spice.eplus.jp

 

▼原作『黒蜥蜴』(春陽堂書店, 2015年)

 

▼関連記事

hitotobi.hatenadiary.jp

 

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

朗読劇と言えば、この舞台よかったな。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

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seikofunanokawa.com

 

初の著書(共著)発売中! 

映画『香川1区』@ポレポレ東中野 鑑賞記録

映画『香川1区』をポレポレ東中野で鑑賞した記録。

 

youtu.be

www.kagawa1ku.com

 

昨年の『なぜ君は総理大臣になれないのか』から約1年半。

hitotobi.hatenadiary.jp


小川淳也さんの活動を見てきた。ツイッターYoutubeや記事も読んだし、著書や、取材協力した和田さんの著書『時給はいつも最低賃金〜』や、『本当に君は総理大臣になれないのか』なども読んできた。

『なぜ君』で語る会もやらせてもらった。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

映画の続編を撮っていることは知っていたので、とにかく楽しみにしていた。

ここまででもう全然他人事とは思っていない感覚がある。

 

タイトルが出た日。

今回は、小川さんだけを撮っているわけではなく、「香川1区という選挙区に密着することで日本の政治を映していく」という監督の目指しているものが伝わってきて、より楽しみになった。

 

衆議院選挙が始まってからも毎日チェックしていた。小川さんの陣営以外もいろいろチェックしては、『なぜ君』のときに熱く感想を話た友達と情報交換をした。今起こっていることがあとで全部映画に回収されていくんだよな〜と思いながら。

その後立憲民主党の代表選もあり、12月24日の先行公開がますます楽しみになった。

 

www.nhk.or.jp

 

 

そして公開当日。興奮しすぎな私。

 

ハンカチ必携です!

パンフレット入魂です!すごい読み応え。

当確のシーンでカメラのフラッシュが眩しいシーンがあります。

手ブレ画面苦手な人は注意。後ろめの席で、無理なところは目を伏せつつどうぞ。

 

初日初回、しかもポレポレ東中野という聖地。もちろん満席。

ちょっと特殊な熱気が雰囲気が会場に渦巻いていた。

 

翌日12/25

映画 #香川1区 画は当然いいが音もいい!奇跡的な音がいろいろ入ってる。あとから入れたんかと思うぐらい。もちろん作って入れた音もよかった。前作の #なぜ君 と比べるとコアは変わらないけど、複雑でもっとズンとくる。

#香川1区 リアルタイムで多くの人が目撃していたことを、単に中から撮って並べただけじゃなくて、その場で生成されるもの、持ち込まれる"ネタ"もあって、考察もあって……混沌に秩序を与える編集すごい。ラストの始末にしびれた。

初日初回は満席、久しぶりの劇場の熱気。予告はなく本編からはじまるのも良く。みんなで笑ったり泣いたりを共にした。その中に大島さん、前田さん、小川さんや明子さん、和田さんもいらして。エンドロールに入ってもう拍手が。熱い時間でした。映画いろいろ観てきたけど、こういう体験はじめてかも。

 

12/28

映画『香川1区』の感想を2時間しゃべり倒した!あー楽しかった!しかも私と同じくポレポレの初日初回を観てた方となので、余計に熱い!印象に残るシーン、最近観た作品との関連、自分の人生経験から思い出したこと、少し時間をおいて考えたこと。今日の有楽町の青空対話集会に行った話もシェアできた。

感想シェアの中で「身内が選挙に立候補するって言ったらどうします?」という問うてみた。国会議員を想定。「その身内との関係と、どの政党に所属するかによかって違うかも」とのこと。確かにパートナーか、親か(さすがにもうないけど)、きょうだいか、いとこかによって違うし、政党もでかいなーー

 

今あらためて映画をふりかえって

まずは映画の感想というよりも、この一年半考え続けてきたことになるが、並べるとこのようなことになる。

日常や人生に起こる目の前にある困り事に対して、それ自体を取り扱うことはとても重要だ。個人の努力や成長、人との出会い、支援する・されるの関係の中で解決されていくこともある。発展、進歩、学びもある。

けれど、個別の運、不運だけではないことも起きる。あるいは不運に見舞われたとしても、そのあとどう展開していくかは、その事象を引き起こしている大元の構造がどのようなものであるかで変わってくる。

本当は無関係の立場をとって、意識しなくても幸せに暮らせればいい。しかし、社会に生きているという現実に際しては、何らかのシステムに自分が組み込まれているということだ。自分が関わっている物事は、どんなシステムに組み込まれているのか、具体的に言えば、何の法制度の枠組みの中にあるかを知る。あるいはそれが生まれ続いてきた経緯を知ること。

社会に生きている人はいくつものシステムに取り巻かれて生きている。

それらのシステムにつながる根っこ、大元がある。

それがいかに巨大で強大であっても、それから目を離さないでいること。それに対して参加したり、意思表明したり、批判したりしていくことをしていかなくてはならない。

社会という大きな場づくりに、小さな力のない無名の個人として、どう関わっていくのかを意識しながら日々生活し、仕事をしていくこと。

 

映画『香川1区』は今の日本の姿だ。私を取り巻いているシステムだ。私に影響を与えているものだ。これを観てどう思うのだ、そうするのだ、と問うている。

何かが少しずつ変わっていっていることを様々な場面で感じている。自分も渦中にいる一人だと感じる。でもそれが何かは明確には言葉にならない。もっとずっと後になってわかるような類のことだと思う。

ここで自分がどのような向き合い方をするかで、後年「わかった」ときの感情が変わってくるだろうと思う。喜びか安堵か、悔しさか虚しさか。

できるだけ良いものであることを願って、きょうも砂粒を拾い集める。

混沌から救い上げたものに言葉を与えていく。

また、それを地道にやっている人たちと、時間や距離を超えて、つながってゆけたらと思う。

 

きょうから全国公開が始まる。多くの人とこのことを共有できるのがうれしい。

 

(追記:もうちょっと言うと、私は「意見の前にまず感想を。感想をフラットに言いあえる体験がないと意見も出てこない」ということで鑑賞対話の場を作っているけれど、感想だけに留まっていることも違うのではないかと思っている。感想の積み重ねによって自分の軸ができていき、それを意見として表明していく機会(場、関係)、行動にもつながっていってほしいし、そのための場もつくっている)

 


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▼充実のウェブサイト。事前知識なくても大丈夫。

香川1区とは? | 映画『香川1区』公式サイト

小川 vs.平井の記録 | 映画『香川1区』公式サイト

 

▼前夜祭スペシャトーク

映画を観てから観るとおもしろさ倍増。

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『選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記』和田靜香/著(左右社, 2021年)

映画とはまた違う景色。

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2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社

映画『憂鬱な楽園』『フラワーズ・オブ・シャンハイ』@早稲田松竹 鑑賞記録

同じ作品を2回目、3回目と観ることを鑑賞仲間のあいだで「おかわり」と呼び習わしている。ここ数年、おかわりの良さを感じることが多い。(もちろん新しい味を訪ねてどんどん食べていくのも相変わらず楽しいのだが)

10代の頃に、主に本や雑誌やラジオで、映画大好きで映画に詳しい大人たちが、「同じ作品を何度も観る」や「この監督の作品はこういうふうに作風が変化してる」など言ってるのを聞いて、全然ピンと来なかった。けれど、最近ようやくそのおもしろさがわかってきた。

若いときはこの世界に何があるかわからないから、とにかく少しずつたくさん観ることに関心が向いていたかも。量と質が一定程度蓄積できてくると、自然と自分の中で体系立てられていく。研究したくなる。地理と歴史と分野の交差性。それが楽しいので複数回観たり、変遷を追ったりする。

齢を重ねてくることのおもしろさ。

 

今回のおかわりは、侯孝賢監督の『憂鬱な楽園』と『フラワーズ・オブ・シャンハイ』。それぞれ3回目の鑑賞になる。

台湾映画祭で毎日K's cinemaに通っては映画を観まくっていた熱を思い出しながら、いそいそと出かけた。

wasedashochiku.co.jp


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『憂鬱な楽園』前回の感想

hitotobi.hatenadiary.jp

 

やっぱり好きすぎる『憂鬱な楽園』。
観るのは3回目だけど、劇場で観るのは初めて。もうぜんぶが好き。ダメな奴らしか出てこないのに、みんな好き。「侯孝賢の中でこれがベスト」という人がいるのもわかる。

前見たときと同じ感想になるが、侯孝賢が自分の好きなものを詰め込んでる感じがいい。チンピラ、舎弟、博打、詐欺、賄賂、メシ、電車、車、バイク、喧嘩、タバコ、ヤク、カラオケ……。


チンピラといっても、北野武の映画みたいにこちらがヒリヒリしたり、痛そうだったり、不条理に戸惑ったりは全然しない。ただ情けない。マニアックに笑える。

オープニングがまたカッコいい。タイトルクレジットは背景は真っ黒で、音だけがする。電車が走ってるんだなということはわかるけど、だんだん例の「地獄のダウナー読経」が聞こえてきて、なんだなんだ?!となる。

 

今はない台湾もたくさん映っているのかもしれない。

2018年に八王子で開催された『オネアミスの翼』の制作過程の展示も思い出した。

https://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2018/10/31/195654

「全く見たこともないものには観客は親近感を覚えない。知っているけれどちょっと違うもの。少しズラすことで没頭できる」というようなことが語られていた。台湾に惹かれるのってそのへんが大きい。自分のルーツにふれるところがあるんだろう。

 

これを観て、嘉義(ジャーイー)近くの山中をGoogleストリートビューで毎晩探検した。生えてるのがヤシの木だったりして、さすが南国の島。植生が日本とは全然違う。

嘉義はこんなところらしい。→台湾・嘉義って実は日本と関係が深いって知ってた?押さえておきたい観光地紹介 | TABIPPO.NET

 

KOOKAÏ、軍國、ホストクラブで100万元、水吐き、トウキョウとキョウト、コーラある、犬、洗車......マーホァは、『吹けば飛ぶよな男だが』の緑魔子を彷彿とさせる。

今回も好きなカットやシーンをチェックし、新たに発見した。


35mmフィルムでの上映なのも、今となっては贅沢。字幕の入り方もフィルム時代だなぁ。

 

 


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前回の感想

hitotobi.hatenadiary.jp

 

これも侯孝賢作品の中で大好きな一作。
好きすぎて、好きすぎて。


遊郭なのに、性行為は気配すら描かれず、ひたすらご飯食べて、酒のんで、タバコ吸って(この所作が美しい)、アヘン吸って、おしぼりで拭いて、じゃんけん飲みして……。

衣装と室内装飾に目が喜び、音楽であの世界に沈められる。

ランプの光。水タバコの種火。
暗転が目を閉じて開くような、ずっと夢を見ているような心地。
ずっと音楽が流れているように感じていたが、意外に無音の時間も多かった。
通底音として脳内を流れ続けるようにうまくプログラムされているのかもしれない。

華やかさや夢見心地だけではなく、妓楼の掟のシビアさや、個別の事情や社会背景や心の揺れ動きが、非常に繊細に描かれている。

男たちはいったいどういう身分の人たちなのか、「広州に栄転」とはどういう仕事なのか。

同じ「男」でも料理や、おしぼりの準備、掃除、門衛など、下働きの人たちとの対比。

単なる客のはずなのに男によって人生が左右されてしまう、砂上の楼閣にいる女たち。金によって人の人生を好きにする権利を持っているかのよう。

遊びにくるところのはずなのに、重い。

客が来ているのに内輪の話をする。行けばいつも「ごはんは食べた?」と食事が出てくる。ここは男たちの居場所のようにも見える。遊郭というよりも女の「家庭」や「職場」に入り込んで、無責任に居心地よく過ごすこともできる。

 

経営者からも都合のよいように使われるし、暴力もふるわれる。
「遊女を死ぬほどぶつ連中」「この上海で女将が善人なら商売にならない」

そこからの「自立」「独立」は、自分も経営者として同じ商いをすることか、妓楼にお金を払って身請けしてもらって妾になることかしかない。「正妻になれない」というエピソードが出てくる。長くできる仕事ではないから、早いうちに道を決めていくことが彼女たちの生存戦略になる。「新しい働き口」も同じ妓楼の中だったときの衝撃。当時の女性にとっての「仕事」とは。

建物のある側では身請けの契約、反対側では独立の契約。

花たちの宿命を象徴する場面。

そのどちらでもない者の象徴としての沈小紅。彼女の今後がどうなるのか、余韻を残していく。

 

冒頭の宴会のシーンで、「洪さん」が持っている扇子に「恵風和暢」と書かれていた。二、三度こちらに見せるように開かれる。

調べてみたら、「恵風和暢」は「けいふう わちょう」と読むそう。

書家として有名な王羲之の「蘭亭序」からとられた四字熟語で、意味は、「恵みの風が吹き、のどかでなごやかにすること」。

西暦353年(東晋)3月3日(新暦4月14日)、王羲之が名勝・蘭亭で宴を催したときに、参加者が詠んだ詩を集めたものが「蘭亭記」で、その序文「蘭亭序」を王羲之が書いた。それが書の有名な作品となっているそう。

ja.wikipedia.org

蘭亭序と絵画:その1 - 気になるアート.com

新しいことを知った!今度「蘭亭序」を見かけることがあったら、「恵風和暢」の文字を探すのが楽しみだ。そのときこの映画のことも思い出すだろう。

 

映画館を出てから、「女性同士の感情の細かい機微が描かれているのは理解できるけど、なんでそうなるのか全然わからなかった!」と言っていて、素直な感想でいいなと思った。でもきっとそこが掘っていくとおもしろいところでもあるよ〜

 

『フラワーズ・オブ・シャンハイ』は、張愛玲が1960年代に英訳した清時代の小説『海上花列伝』にインスピレーションを受けて作られている。張愛玲という人物がポイントになっているらしい。なかなか波乱万丈の人生で、映画にもなっているらしい。→https://movies.yahoo.co.jp/movie/25362/

彼女の著作が新訳で読めるので、このあたりから探っていくのもおもしろそう。
『傾城の恋/封鎖』張愛玲(光文社, 2018)

 
 

今回の二本立ての共通項は、高捷(ジャック・カオ)と伊能静か?

『憂鬱な楽園』を先に観て、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』にかれらの姿を見つけるのも楽しい。

 

侯孝賢作品で再鑑賞したいのは以下の4本。

『戯夢人生』

『好男好女』

『百年恋歌』

『ミレニアム・マンボ』

どこかで観られますように。

 

 

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映画『いまはむかし 父・ジャワ・幻のフィルム』@シネマ・チュプキ・タバタ 鑑賞記録

2021年10月、映画『いまはむかし』をシネマ・チュプキ・タバタにて鑑賞した記録。

youtu.be

 

▼公式作品紹介ページ

isefilm-movie.jimdofree.com

 

※映画の内容に深く触れています。未見の方はご注意ください。

 

ドキュメンタリーの背景。

1942年3月1日、日本軍はジャワに上陸した。ヨーロッパ列強国からアジアを解放するという名目だった。「文化戦線」という宣伝班が設けられ、日本映画社という法人がつくられた。現地にスタジオを作り、3年半にわたって、130本の国策映画やプロパガンダ映像を作った。その一人が伊勢真一の父である伊勢長之助だった。

 

太平洋戦争期に何があったのかをあらためて追っているここ数年。
かつてこの国にあったこと、この国の人がしたこと。

広島、沖縄、台湾、香港、韓国、マレーシア、東京......これまで映画や本、舞台を通じて観てきた数多の物語がさらにつながり、知れば知るほど、それらは私の中で強い躍動を持っている。

 

今回はジャワ。現在のインドネシア

 

芸術や文化が戦争に利用される。

映画、絵画、人形劇、紙芝居、

節約と貯金の歌を女性や子どもたちが歌う。

千早小学校という名前の「国民小学校」、隣組、今も君が代をすらすらと歌う人たち、日本語でスピーチする子どもの映像、タイトルバックはワーグナーの「ワルキューレの騎行」、皇居の方角へ最敬礼、「海行かば」、「教練」と「行進」、『防衛義勇軍』、「バカヤロー」......。

「私にとって日本語はビンタの言葉」

 

台湾のことをずっと考えていた。

台湾は日本がはじめて統治下に置いた地域だった。(「植民地支配」と言ってもいいのだろうか。)そこで得た、南国特有の気候への対応や衛生、医療などの知見、皇民化教育のインストールを今度はジャワで生かしたのだろう。マラリア撲滅の教育映画、文化映画はそういうところから生まれてきたのではないか。

言葉を奪う、文化を奪う。しかし一方でそれは人々の命を救う役にも立っていた。アニメーションや演出など、技術を駆使して、最先端の表現を取り入れて制作した様が見て取れる。

労務者(ロームシャ)」として働かせる。インドネシアだけでなくアジア各地へ送られた。(『戦場のメリークリスマス』で俘虜を土木作業に借り出すシーンを思い出す)

自分の父親が作った国策映画をまさに観ていた人たちに会う。

「400万人近いインドネシアの人たちが戦争で命を落とした」

監督、どんな気持ちなのだろう。私にもずっと苦い思いが込み上げてくる。複雑だ。複雑さしかない。

 

しかし、やはり間違いないのは、

「アジアに対してすごいことをしちゃった、取り返しようもないことをした」

という認識の上に立つこと。まずはここから始めなくてはならない。タブーにしない。この映画は、歴史修正主義に抗うものとしても貴重な存在となる。

 

「知っているけれど、聞かせられない。話したくない」

語れなかった人たちがいること、その人たちもたしかに生きたこと。

 

あの頃何があったのか。
どのような流れで起きたのか。
人によってどのように違って見えていたのか。
それは「今」にどのように連なっているのか。

自分がどのような歴史の上に立っているのかを少しずつ知る。
感じる、考える時間。
膨大な時間の集積の一端。

葛藤も大きい。引き裂かれるような思いがわく。この感覚が非常に重要。

子どもの頃からずっと考えていることだし、『いまはむかし』の中で伊勢真一さんもつぶやいておられることだけれど、自分がその時代に生きていたとして、果たして他の選択が取り得たのだろうか……。そこだよな。

 

映画を観ていて感じたのは、ただただ映画を撮りたかった若者が、挑戦しようと夢を抱いて国を出た、末端はそんな素朴でピュアな思いだったのではないか。台湾統治時代も、若い建築家や技術者が新天地を求めて日本を出た。チャンスを生かそうとした。そういう思いを利用された。

今から見たら「加担」とも言えるけれど、自分が所属し生を預けている共同体がその方向に一色だとしたら、それは「加担」というより「翻弄」かもしれない。

得られる情報に制限やバイアスがかかっていたら、誰しも群衆にならざるを得ないのではないか......。

かといって、日本人たちも無傷ではなかった。

「カメラマンだけで56人が亡くなっている」

 

自分が「群衆」化することも非常に怖い。抵抗すること、権力の抑止も重要とわかっている。過去の時代の人たちの生き様や遺したもの、つながりをもつ人たちの記憶、新たに掘り起こされた諸研究を手がかりに考え続けていきたい。日々の行動と共に。

「より大きな絵の中ではその考えは正しくない」

「私たちがこのフィルムを保存しているのは、歴史的資料として未来の人々のため。次の世代が学べるように」

 

伊勢長之助さんは、1949年(昭和24年)冬に上映されたニュース映画「世紀の判決」を作った。戦争放棄憲法第9条について言及した。あれは作り手の総括でもあったのではないか、と監督。制作にかかわった人たちの実際の思いはどのようなものだったのだろうか。

東京裁判では、植民地支配や性犯罪については扱われなかった。その二つはいまだに明確に振りかえられないまま、渡す手はきているのに、手を伸ばせないでいる。受け取らず背を向ける人たちも多い。

 

大きな体験ほど語るのに時間がかかる。
当人が語れないこともある。
亡くなって初めて残された人たちが語れることもある。

記録が残っている、物が語る。
今からでも、いつからでも探しに行って、記憶を継いでいくことはできる。
自分の「ルーツ」を知ろうとしたときに、いつでもそこがはじまり。

そこから、始められる。

それをこの映画が教えてくれている。

「オランダでフィルムが完璧な状態で残っていた。ぐずぐずせずに作れと言われた気がした」とアフタートークで監督もおっしゃっていた。しかるべきタイミングがあるのかもしれない。

「自分の父がかかわったことに対して明確な立場がとれないできている。しかし、わかったからつくれるというわけではない。むしろ知りたいから作った。今の自分はこういうふうにしか言えない、作れない」

「自分で個人的に見ているだけではなくて、人に観てもらうことで考え続けようとしている」

見つめることにも葛藤が生じる。考え続けていく監督の姿を忘れない。
その背中を一番見つめている二人の子どもたち。

 

実は私も、いてもたってもいられず、上の世代の人たちの聴きとりのプロジェクトを始めた。まずは自宅の隣の家の88歳のおばあちゃんの戦時中の体験を聴いた。現在冊子にすべくデザイナーと作業をしているところだ。次は自分の親に話を聴こうと思う。

親の人生を聴く、親を知ろうとすることから時代が見える。最も身近な存在が最も多くを教えてくれるのではないか。

個人に凝縮された時代を聴き取る気持ちで。



英題は
"Now Is the Past -My Father, Java & the Phantom Film"

www.idfa.nl


11月にアムステルダムドキュメンタリー映画祭に招待され、上映されたそうだ。
オランダ支配下のジャワに侵攻し、オランダにも大きな傷を与えた出来事の記録、そして子孫(たち)の葛藤。現地ではどのように受け止められたのだろうか。

伊勢監督のこの記事を読んでいただくのが一番良い!私のぐだぐだした感想よりも!

note.com



記録と記憶。

記憶と記録。

 


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www.yomiuri.co.jp

 

www.jiji.com

 

www.nhk.or.jp

 

日本的なるもの」のフィクション性について- ホー・ツーニェン《旅館アポリア》 能勢陽子 (豊田市美術館 研究紀要 No.12 2019)※PDF

https://www.museum.toyota.aichi.jp/wp-content/uploads/2020/06/12_02_bulletin.pdf

 

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展示「たけくらべ」入門 @台東区立一葉記念館 鑑賞記録

台東区一葉記念館で「たけくらべ」入門展を観た記録。

www.taitocity.net

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鑑賞メモ(展示解説より)

・『たけくらべ』のはじまり「大門」「見返り柳」は、当時は誰もが知る吉原を象徴する語。

・『たけくらべ』の世界は、単に地理的に隣接する場所というだけではなく、人々の職業、服装、言葉遣い、大人ぶった子どもたちの様子、年中行事など、他の地域と異なる、吉原界隈の独特の雰囲気を醸し出している。子どもたちの日常、それぞれが背負う宿命がある。

・『たけくらべ』には未定稿が存在する。題名も『ひなどり』となっていた。伊勢物語の筒井筒からとった『たけくらべ』だったのはよいインスピレーションだったのでは。

「たけくらべ」未定稿 | 台東区立一葉記念館

・一葉が愛用していた原稿用紙は御御影堂製。池之端黒門町

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・『文藝倶楽部』「閨秀小説」に「十三夜」「やみ夜」掲載。女性作家特集というのもこの時代にしては画期的と言えるのか、対等でないと言うのか、刊行の意図はどういうものだったのだろう。

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・生前の唯一の単著は、意外にも手紙の例文集。こういう仕事もしていたのか。萩の舎で歌の講師もしていた。自分の才能を余すところなく発揮して生きていた。世が世なら作家で大学教授だろうか。発行は1896年5月。肺結核で倒れた頃。

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・一葉が亡くなって1ヶ月半で全集が出ている。博文館の支配人兼編集者・大橋乙羽による仕事。日本で最初の編集者と言われる。神奈川近代文学館の展示では、一葉への原稿催促の手紙が展示されていたが、夫婦で一葉の生活を支えようとはしていた。大橋がいなければ、『大つごもり』から亡くなるまでの刊行ラッシュ「奇蹟の14ヶ月」もなかったのか。逆に売れるということが彼女に無理を強いていた面と両方があったろうか。

全集刊行の半年後、斉藤緑雨によって『校訂 一葉全集』も刊行される。スピーディ!

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一葉の十三回忌に発刊された『一葉全集 前編』で日記が掲載された。こちらも博文館からの刊行。先に校訂全集を編集した斉藤緑雨がくにから依頼を受けていたが、鷗外からの反対意見や、緑雨自身が結核で逝去したため、一葉と親しくしていた馬場孤蝶が編集を担当した。写真は後編。確かに亡くなって間もなく、関係者も多いものを、しかも本人は捨ててほしいと遺言していたものを刊行するのもどうなのかと思うが、ここで刊行されていなければ、歴史の中に埋没したかもしれず......難しいね。

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妹のくにによる手記。向田邦子と和子の姉妹を思い出す。

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・萩の舎で親しくなった生涯の友人・伊東夏子との手紙のやり取り。一葉は本名・奈津から転じた「夏子」と名乗っていた時期もあって、お互いを違う呼び名を使っていたらしい。同い年の仲良しの気心の知れた感じや、若い二人の明るさが伝わってくる。伊藤夏子のほうは家柄のよいお嬢様だったが、学友として敬愛しあっていた。萩の舎から一葉の葬式に参列したのは夏子と田中みの子のみとのこと。

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・昭和に子ども向けの伝記や伝記漫画などで多く紹介される。

いわさきちひろ画の『たけくらべ』(1971年)読みたい。

・『一葉舟』青江舜二郎・久保田万太郎共作の舞台。一葉を主人公にして、日記や『にごりえ』『たけくらべ』を組み合わせた物語に仕立てている。観てみたい。(ネットで調べると青江と久保田の間にいさかいがあった?)

・『にごり江』の舞台模型。舞台美術科の朝倉摂による。朝倉摂朝倉文夫の子。台東区つながり!!

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・宝塚でも公演された。昭和18年(1943年)9月に初演。

美空ひばりが『たけくらべ』の主演。昭和30年(1955年)美空ひばり、かわいい。

 

たまたま一緒のタイミングで入館した4人グループの人たちが、まるで親戚のお嬢さんの話をするように一葉のことを熱っぽく語っていて、印象深かった。

時代を超えて愛され、共感を呼ぶ人。

 

 

一葉愛用品。兄・虎之助作 薩摩焼の紅入れ。かわいい。彼女が薬指で紅をさしていた様子を想像してみる。

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一葉愛用品。虎之助作の薩摩焼の一輪挿し

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今年開館60年記念とのことで、当時のポスターや開館までの経緯がわかる資料が展示されていた。記念イヤーのわりにひっそりとした企画展示だった。感染症などもあるからか。せっかくなのでもっといろんな人にこの館の存在を知ってもらいたいな......。

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記念館の向かいの公園

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記念館正面

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展示「樋口一葉展 ーわが詩は人のいのちとなりぬべき」@神奈川近代文学館 鑑賞記録

2021年11月、県立神奈川近代文学館で展示「樋口一葉展 ーわが詩は人のいのちとなりぬべき」を観てきた記録。

www.kanabun.or.jp

 

以前書いた長いブログ記事。2019年に台東区一葉記念館を鑑賞したときの記録。

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今回の神奈川近文の展示は、この記事を読んでくれた友達と行ってきた。ありがとう。
朝11時に現地に着いて、展示を見て、ごはんを食べて、ギャラリートークを聞いて、15時まで滞在した。みっちり4時間。
やはり文学館というミュージアムは物量が多く、テキストの情報量も多いので、どうしても時間がかかる。

特にここの文学館は展示スペースも広いので、中島敦の企画展のときは大変だった。逆に言えば見応えがあるということ。

hitotobi.hatenadiary.jp

 


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鑑賞の記録をつらつらと。

 

2021年は一葉の没後125年にあたる。
1872年生まれ、1896没。24歳6ヶ月。

展覧会の挨拶文から:
「家族制度や女性差別、貧困などのなかで苦闘し続けた一葉の人生、そして作中人物が背負っている闇は、現代社会にも通じる問題を孕んでいます。」

こういうことを文学館のような公的な機関がハッキリと打ち出すようになったことに時代の変化を感じる。

 

会場に入って、まず観た(と思う)掛け軸。

「我れは人の世に病苦と失望とをなぐさめんために生まれ来つる詩のかみの子なり」

これまで見たことのない強い決意。使命感。筆で生きていくんだ、立っていくんだという覚悟。そう自分に言い聞かせなければやっていけなかったのかもしれない。

没落の自覚の上に、底辺で生きる人への眼差しを持ち、己の表現をどこまでも追求した。女性が作家になるどころか、経済的に自立することも難しかった時代に、これをやったということがすごい。

森鷗外の評「此人にまことの詩人という称ををおくることを惜しまざるを得ない」と呼応する。

 

『うもれ木』は、東京図書館に通い、兄の虎之助を取材して書いた作品。東京図書館帝国図書館の前身。この資料(PDF)に詳しい。東京図書館のほうはわからないが、帝国図書館は、婦人閲覧室を設けていた時期があるらしい。つまり、男女が同室にいることが一般でなかった時代ということか。

帝国図書館樋口一葉については、中島京子さんの『夢見る帝国図書館』でも触れられている。p.94「夢見る帝国図書館・6 樋口一葉と恋する図書館 上野赤レンガ書庫の時代」

 

本郷の丸山福山町にある一葉が生涯を閉じた家は、森田草平が一時期暮らしていたこともあったそう。森田草平夏目漱石の門下で、若かりし平塚らいてうと心中未遂事件を起こした人。(それを小説に書いたというのがやっぱりすごい)

このウェブサイト、散歩日記かと思って読み始めたら、すごい記事だった。先日観たばかりの『にごりえ』にも触れられている。
http://j-gentlemanslounge.com/traveling/37058

 

hitotobi.hatenadiary.jp

 

今回新たに知って一番驚いたのが、一葉が書き直しをしていたこと。つまり草稿や未定稿がたくさんある。筆で直して直して直した原稿を見ていると、芸術として高めよう、自分の納得のいく作品を作ろうという、一葉の気概や誇りが見える。この人のこういうところが好きだ。

 

泉鏡花は出版社の博文館に勤めていたことがあった。博文館の社員として一葉を訪ねたことがあったそう。

 

出版社の春陽堂・大橋乙羽からの原稿の催促の手紙なども展示されている。字が大きくてちょっと怖い。1896年3月。(同じ年の11月に一葉は亡くなっている)

 

一葉の妹・くにがこれだけの遺品を大切に状態良く保管していたということにまず何よりも驚く。本当は日記の類は「自分が死んだら捨ててほしい」と一葉は言っていたのだが、きっちり取ってくれていた。日記を出版することは鷗外は反対していたそうだ。

 

ありがとうございます。くにはその後結婚し文房具店を営みながら、6男5女を育てた、とある。子沢山......!


一葉は同時代の作家が女性を主人公に据えて書いた作品に、自分の作品でもって、「女、そんなんとちゃうわ!」って言っていたような気もする。成就しない恋、様々な人間関係を描いて、何を表現しようとしたのか。

 

一葉の困窮ぶりについてはよく分かったのだけど、「何が彼女を貧困状態にさせていたか」について、もっと踏み込んで知りたい。そもそも精魂込めて書いた報酬が原稿料のみというシステムに問題はなかったのか。その報酬額も妥当だったのか。(今で言うとライターってことだよね?)

政府による社会保障のようなものはあったのか。人々は困窮に陥ったらどんな選択があり得たのか。この時代の女性はどう生きていたのか。

一葉を知ると、知りたいことが増える。

 

 

当日のギャラリートークメモ

・2021年は没後125年、2022年は生誕150年の記念イヤー

・文京区の一葉の自宅には文人が訪れ、ちょっとしたサロンになっていた。(漱石や鷗外など、男性の文豪だけがサロンをしていたわけではなかった)

・雑誌『都の花』1892年12月4日に『うもれ木』が掲載される。

・神田の龍閑町に駄菓子の問屋があり、一葉は台東区下谷龍泉寺町からここまで菓子、玩具などを仕入れに来ていた。
千代田区町名由来板:大和町(やまとちょう)に説明あり。
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/bunka/bunka/chome/yurai/yamato.html

・浅草の荒物問屋にも買い付けに行っていた。

・当時の台帳が残っているのが貴重。おきあがりこぼし、小鈴、南京豆、センス、犬張り子、麻などの記載も見られる。夏祭りの時期にはお祭りで売れそうなものを仕入れたりと工夫している。

・8月に開店して、軌道に乗ってきたので、10月に上野の東京図書館で読書や執筆にも時間を割けるようになってきていると日記にある。

・『たけくらべ』の草稿は、最初『ひなどり』というタイトルだった。荒物屋を通じて出会う子どもたちをモデルにしている。

 

 

「文学は糊口の為になすべき物ならず」と当日のメモにあり。おそらくこれは「文学では生計を立てることができない」という意味ではなく、「文学は芸術だから糊口をしのぐ手段であってはならない」ということだと思う。
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神奈川新聞
一葉初心者に概要がつかみやすい記事。おすすめ。

www.kanaloco.jp

www.kanaloco.jp

 

『一葉に逢いたくて―桧細工、針穴写真で甦る樋口一葉の世界』(河出書房新社, 2007年)

当日会場で販売していて、残部数僅少とのことで、つい購入してしまった。下谷竜泉寺町時代の長屋の三浦宏さんによる再現模型を、針穴写真家の田所美惠子さんが撮り、作家の森まゆみさんが文章を添えている、贅沢なコラボレーション。


樋口一葉 たけくらべ/夏目漱石 /森鴎外 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集13) 』(河出書房新社, 2015年)

たけくらべ』を川上未映子が現代語訳している。夏目漱石三四郎』、森鷗外『青年』この3編のとりあわせはイイ。

 

早稲田文学」増刊女性号(筑摩書房, 2017年)

川上未映子による『大つごもり』の現代語訳が掲載されている。これがとても良い。このためだけに購入してもよいくらい。

執筆者と作品一覧
http://www.bungaku.net/wasebun/magazine/wasebun2017women.html


 

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港の見える丘公園

横浜観光サイト
https://www.welcome.city.yokohama.jp/spot/details.php?bbid=182

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港の見える丘公園に向かう途中の坂道にある横浜地方気象台。「氣」!

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2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社

 

映画『戦場のメリークリスマス』鑑賞記録

2021年8月、映画『戦場のメリークリスマス』を観た記録。

シネマ・チュプキ・タバタにて。

youtu.be

 

公式ウェブサイト

oshima2021.com

 

2023年に大島渚作品が国立映画アーカイブに所蔵されるため、民間劇場での最後の大規模ロードショーになると聞き、また4K修復版の美しい映像と音で見られることも期待して、観に行った。

今回のリバイバル上映は、他にも経緯があったらしい。子で映画監督の大島新さんが答えているインタビュー記事がある。

cinemore.jp

 

もう一つ観たかった理由は、音声ガイドをシネマ・チュプキ・タバタの代表・平塚千穂子さんが担当されているから。

確かスクリプトもガイドの吹き込みも以前(5年以上前に)作ったものを上映で使っていたと聞いた。(確かそうだったと思う。今度確認します)

別件でお会いした時に、「伝説の映画で、コアなファンも多いこの作品に音声ガイドを付けるのは物凄いプレッシャーだったけれども、当時の私として魂を込めたし、特にラストシーンの描写は今観ても納得がある」「当時の私が最も集中してストイックに音声ガイドを作った作品」とおっしゃっていた。これは音声ガイド付きで観ねばなるまい。

 

最初に観たのは2015年で、みんなで映画を観た感想を話す《Film Picnic》という集まりで取り上げた。

その時のレポート。どこにも出していなかったので、こちらに記録として載せておく。

 

[Film Picnic vol.5を開催しました]

おやつを食べながら、映像を観た感想をあーだこーだと言い合う会。
円になって座って食べたり飲んだりしながらわいわいしている感じがピクニックっぽいので、こう名付けました。

今回の「戦場のメリークリスマス」は、音楽こそ有名だけど、実は観たことがなかったという人がわたしを含め多かったのと、今の時代だからこそ戦争を考えたいというのと、戦争という題材は、みんなで観たほうが立体的に捉えることができるんじゃないかと思ってチョイスしました。

見終わったあとは正直ぐったりしてしまった。意味のないことの連続(でも作中では必要だ、正しいと信じられている)が辛かった。登場人物のだれかに感情移入して、その世界を一緒に旅する映画ではなくて。でも一晩時間が経って思い返してみると、ああいう人がギリギリのところで生きていた小さな物語が無数にあったのだろうなと、不思議とあたたかな気持ちになっています。

時代、暴力、組織、生死、友愛、ボーダー...13人の参加者それぞれの受け取り方があって、自分に引き寄せてどっぷりと感じる人もいれば、俯瞰して分析を加えて観る人もいれば、ゆっくりと消化中の人もいて、どの感想にも刺激をもらいました。

一人で観ることでは得られない体験があるから、やっぱりみんなで観るっていいとあらためて。

 

このときの他の方の感想をたぐってみると、「観ているときは暴力的でつらいが、思い返すとはかなくて繊細な印象が残る」と書き残して下さっていた方がいた。

本当にそんな感じだなと、映画を観てから5ヶ月経って思う。

 

で、感想。

今回もやはり「その美学全然わからん……。」とまず思った。

ヨノイの美学も、セリアーズの美学も、全然わからない。

男だけの世界。

わからないのは、私が映画の世界に全く存在しない性別だからなのか?それとも時代が違うからなのか?

今回は特にセリアーズの弟とのエピソードに胸が痛くなった。

繰り返し歌われるRun through the night〜♪  天使のような声が耳に残る。

そういえばこの寄宿制?の学校も男子校だ。

 

デヴィッド・ボウイ坂本龍一トム・コンティ北野武ジョニー大倉内田裕也内藤剛志

キラッキラである。美しい男たちの饗宴である。大島渚は51歳。実績を積み、社会を揺るがせ、国際的にも評価を受け、新たな表現に貪欲だ。

このエネルギーを浴びるだけでももちろん最高の気分にはなれる。

加えてあの音楽。単体でも印象に残るし、うちの子ですら知っている曲。

映画の中で「ああ、ここで入れてくるのか!」と確認したのちには、たまたま入ったカフェで流れているだけで、グワっとあの世界に連れていかれる。

 

思いの外、英語の分量が多い。英語と日本語を行き来するのが心地良い。

 

カメラワークも野心的。ここから撮るのか!ここを撮るのか!というシーン。特にラスト。

 

「その美学わからん」問題は、その後に観たドキュメンタリー映画『三島VS東大全共闘』がヒントになった。

こちらのブログにも感想を書いたが、映画中に出てくる「個人の運命と国家の運命が一蓮托生になるという陶酔感」「天皇と自己を一体化させることに価値あるを見出す」というフレーズをヨノイの行動に重ねるとピタリと符合する。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

セリアーズは弟への罪の意識を負っていた。三島由紀夫は死にたがっていた。

セリアーズのヨノイへのキスは、単純にセクシャリティの自覚や揺れというふうにも見えるし、虐めた側、加害者の側への赦しのようでもある。

三島が結成した楯の会。三島が昭和天皇からもらった時計を大事にしていたこと。ヨノイの吸う菊の御紋の恩師たばこ。

セリアーズとヨノイと三島。何か彼らの間には通じるところがある。

……というところで止まっていて、ここから先はあまり進んでいない。映画評論の分野ではとっくに分析されていそう。でも一足飛びにそこに行きたいわけではない。今は「また出会えたら」という程度で留めておく。

 

そういえば、『ドライブ・マイ・カー』の著名人《コメント》で、

映画評論家の森直人さんが「あらゆる意味で『戦メリ』(大島渚)を感じる。筆者はこういう闘い方が大好きだ。」と寄せていた。なるほど。「多声性」「緊張」はわかる。

全文は公式サイトへ。

 

 

原作があったのを知らなかった。絶版になっているが、図書館には所蔵されていた。

『影の獄にて』ヴァン・デル・ポスト L./著 (新思索社, 2006年)

www.hanmoto.com

 

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パンフレットには、大島新さんと坂本美雨さんの対談。それぞれの親の話をしている。

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半分が『戦場のメリークリスマス』で、半分が『愛のコリーダ

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〈お知らせ〉1/29(土) 第27回 オンラインでゆるっと話そう『まちの本屋』w/ シネマ・チュプキ・タバタ

ほぼ毎月開催の〈ゆるっと話そう〉

第27回は『まちの本屋』です。

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映画館のシネマ・チュプキ・タバタさんとコラボでひらく、映画を観た感想をシェアする会です。ファシリテーター(私)が進行します。

私はお客さんとして著者として、まちの本屋さんにはいつもお世話になっているので、いろんな店主さんの顔を思い浮かべながら観ていました。
人によって注目ポイントが全然違うと思うので、皆さんの感想の持ち寄りが楽しみです。
 

初めての方、ウェルカム!
他の劇場、配信で観た方、ウェルカム!
これから観る方はぜひチュプキさんで。

ご参加お待ちしています。

 

▼詳細・お申し込み

chupki.jpn.org

 

 

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seikofunanokawa.com

 

初の著書(共著)発売中! 

映画『トニー滝谷』鑑賞記録

2021年の8月終わり(または9月はじめごろ)にネット配信で映画『トニー滝谷』を観た記録。

 

2005年、市川準監督。これを撮った3年後に亡くなっている。

youtu.be

 

ドライブ・マイ・カー』を観た友達が、「妻を亡くした喪失感といえば、同じ村上春樹を原作とした映画『トニー滝谷』を思い出す。大好きな映画」と言っていたので、観てみたくなった。

ちょうど新型コロナウィルス予防ワクチンの接種のあとで、寝込んで何もできないときだったので、短い映画を見るにはちょうどよかった。

 


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観てみた感想。

深い喪失と孤独。それでもつながりを求める人間の弱々しく震える手の愛おしさ。

冒頭の砂で船をつくるトニー少年、そのそばを通り過ぎる省三郎......遠くで鳴る汽笛......この世界に流れ続けるピアノの音(ダンスにも似合いそうな)。

表情を見えるか見えないかのギリギリの角度から捉えるのも徹底している。完璧な角度。完璧なタイミングで吹いてくる風。ローアングルで水平移動するカメラワーク。

最小限の登場人物、西島秀俊のナレーション、坂本龍一の音楽、音とナレーションと声が一体となって、どれが欠けても成立しない。

贅沢な76分だった。

 

透明感や温度や湿度の低さ、現実味のなさ、死の匂い......などにはハマスホイの絵画を感じた。「美しい服」と言ってるけど、美しく見えない。亡霊っぽい。クローゼットは「ホーンテッドマンション」。

そこに「つながり」を感じるのは矛盾しているようだけれど、映画はやはり人間が演じるから、そこに感情が流れる。流れていないと観ていられない。その感情を「つながり」と解釈したくなったのかもしれない。

原作の『トニー滝谷』はかなりドライだから、そのまま映像にするとたぶんつらい。観客としてどう映画とコミュニケーションすればよいのかわからない。そこを映画的な手法で膨らませて、観やすくしてある。さらに細い希望も感じられるように。

原作には原作の良さがあり、映画には映画の良さがある。どちらもそう思える仕上がりになっていることが素晴らしいと思う。

 

宮沢りえさんが可愛い。とくに「B子」のチャーミングさと言ったら!

これが映画として保存されていることがありがたい。

A子はまさに「服を着るために生まれてきた人」になっている。違和感なくどちらも等分に演じ分けられている。

 

最も惹かれた部分に最も苦しめられるというのが、人間の性というか業というか。

つらい話ではある。

けれども、こういう圧倒的に美しく純化された喪失を観ることが、生身でもがきながら生きている人間の力になることもある。

 

2020年に出た村上春樹の『猫を棄てる 父親について語るとき』も読んで、勝手に重ねているからか、トニー滝谷の父・省三郎に対する思いがドライなものには見えない。彼らにしかわからない関係や、間に流れる何かを想像してしまう。

 

 

▼パンフレットより

映画を観るって、想像力を働かせたり、いろいろな感情を持ち帰ったりする豊かなものなんだと思うんです。全部説明してくれるようなテレビ的な映画って貧しい。自分が、そう言うものの尖兵みたいなところにいるから余計に、そう感じるんです。

時代や監督がTVCM畑の人という感じは、撮り方やモチーフの並べ方などの技術、醸し出す雰囲気があるけれど、監督自身は、映画であることをとても大切にされていたことがうかがえる。

 

▼関連記事。

cinemore.jp

 

▼『トニー滝谷』のメイキング映画があるらしい。Amazon Primeでも観られる(2022.1現在)原っぱにステージ組んで撮影されたというあたりが写っているそう。

youtu.be

 

映画を観て、メルカリでパンフレットを取り寄せ、原作本を譲り受けて読んで、さらに手元にあった『英語で読む村上春樹』のテキストシリーズの残りを買い揃えて、一気に読んだ。ちょっと『トニー滝谷』熱に浮かされたというか、今振り返るとなんだか変な時期だった。


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村上春樹ライブラリーで発見した翻訳書。様々な国で、様々な解釈の『トニー滝谷』胸いっぱい。左上から時計回りにカタルーニャ語、ドイツ語、フランス語、英語。

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hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

そんなことを思った『トニー滝谷』鑑賞のあとの『ドライブ・マイ・カー』は、想像以上に、大変よかった。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

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〈レポート〉12/23 『MINAMATA -ミナマタ-』でゆるっと話そう w/ シネマ・チュプキ・タバタ

2021年11月29日、シネマ・チュプキ・タバタさんと、映画感想シェアの会〈ゆるっと話そう〉を開催しました。(ゆるっと話そうとは:こちら

 

第26回 ゆるっと話そう: 『MINAMATA -ミナマタ-』

水俣病の被害を世界に知らしめた写真家ユージン・スミスを主人公に、ユージンと妻・アイリーンが1975年に発表した写真集「MINAMATA」の背景を映画化。ユージンと住民との交流や、住民と原因企業との闘いに肉薄するドラマです。
 
▼ オフィシャルサイト
 
▼ イベント告知ページ
 
▼当日の参加者
今年9月の公開時にすぐ観たという方が多く、時間は経っているけれど話したいとご参加くださいました。
お一人、沖縄在住の方で、「東京出張に合わせてチュプキさんで観る予定だったが、出張がなくなってしまった。観ていないけれど参加できるか」とお問い合わせがありました。中身について詳細に語る場であることは了解の上、ご参加いただきました。
もちろんキャンセルも承れますが、せっかくなら参加していただきたいと思いました。観た人だけで盛り上がることのないよう配慮もしますし、気軽に質問もできますし、他の方の感想を聴いて「もっと観たくなった」という気持ちになっていただけたらと思ったのです。
実際、この方が話してくださったことは、既に鑑賞を済ませた皆さんの映画体験を広げたり、深めたりしてくれる結果となったので、大変ありがたかったです。(11月に六本木のフジフイルム スクウェアでユージン・スミスの写真展を観て、映画も観たいと思われたそう)
 
 
▼進め方
いつも冒頭に進め方や話し方の共有、映画のおさらいをしてから感想シェアに入るのですが、今回はそれに加え、ファシリテーターとしての思いについて話しました。
「これは劇映画である。史実と異なる点が多いが、その相違を挙げていくのではなく、作り手がこの作品を通じて伝えたいメッセージを汲むことから始めたい。ただし水俣病は事実であり、今も苦しむ患者さんやご家族、ご遺族、関係者が多いという前提で対話を重ねたい」 
このことに皆さんが賛同してくださって、ありがたかったです。
いつものようにスライドで簡単に映画をふりかえったあと、メインルームで感想をシェアしていきました。今頭に浮かんだ些細なことから話していただいて、「他に印象的だったところは?」「今話されたことについて話したいことがあれば」などの言葉で促しながら、場を進めていきました。
 

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▼出た話題

※映画の内容に触れていますので、未見の方はご注意ください。

映画全体の印象、映画からの発見

水俣病といえば、中学生のときに知って、「入浴する智子と母」の写真の印象が強い。当時は知らなかった、親子の関わりや患者さんや家族の暮らしなど、写真の奥をこの映画を通して覗けた。

水俣病の細かいところは全然知らなかった。この映画がきっかけになってその後ドキュメンタリー映画水俣曼荼羅』も観た。ジョニー・デップのような有名な人が見つけて世界に知らせてくれた意義が大きい。

・エンドロールで、環境汚染の問題が列挙されていくのが強く残っている。途上国、先進国かかわらずという点も。身近なところ、世界のどこにでも起こっている。

・東京にいると気づきにくい地域の問題がある。新潟水俣病もそうだし、フクシマや沖縄のことなど、報道でこぼれ落ちていたり、見過ごしてしまうことも、映画をきっかけに知ることができるのはありがたい。

・そこにいてただシャッターを押せばいいわけじゃない。主観を通して伝える「魂のジャーナリズム」があると知った。

ユージン・スミスがヒーローとして描かれていないところがよかった。弱い、向き合えない、逃げる、お酒を飲んで暴れる。

・懇切丁寧に描いてわかったような気にさせる、満足させるのではなく、知りたくさせるところがいい。伝えたいことの本質が届く。

 

印象に残ったシーン、人、展開

・ニューヨークと水俣を行き来する描き方。写真雑誌が世論を形成していた時代のニューヨークの雰囲気や、ユージンの自宅のスタジオ、酒、タバコの匂いまでしてきそう。

・ユージンとアイリーンの関係の変化がもう少し丁寧に描いていてもよかったのでは。二人が恋愛関係になるのが唐突で驚いた。

・シャッターを押したときの自分の気持ちを思い出しながら現像作業を行う場面に、「魂を焼き付ける」「魂の領域の仕事」「魂と魂が響き合う」という言葉がふと浮かんだ。

・病院に潜入し、動揺しているアイリーンに、「感情で撮るんじゃない、何が伝えたいか切り取るんだ」とユージンが諭すシーン。撮る側も生半可でやっているとあぶないということと、これがジャーナリズムということかと少し分かった。

・入浴している写真は自然に撮ったのかなと思っていたので、演出する(こういうふうに見せたいと思って撮る)と知って驚いた。わかったことで失望もしないが。

 

製作、興行

・ユージンが写真を教える少年・シゲルを演じた俳優さんが印象に残った。(青木柚さん、注目の俳優さんだそう→参考記事

・1ヶ月上映しているが満席や満席に近い人が多い。若い人、高校生や大学生ぐらいの人たちも多い。

・ハリウッドでエンタメとして脚色されているけれども、だからこそ観ようとする人が出てくることは意味がある。ジョニー・デップの主観で観たメッセージとして受け取っている。

 

思い出したこと、自分とのつながり、考察

・父が写真が趣味で、自宅の庭に暗室を持っていた。あの現像液に含まれる酢酸の匂いが映画館でしてきて、観る前から深いところとつながっていたのかと驚いた。

・九州で生まれ、熊本に住んでいたこともあり、水俣に行ったこともある。いつも近くに感じていた。水俣水俣病とセットで語られて勝手に刷り込まれていることも多いとも思う。過去のこととして終わらせるのでもなく、今も水俣で生きている人たちのことも両方思いたい。

・自分だったらこの圧倒的な被害の状況を見て、どうできたかと考えてしまった。

・漁師だった人たちで魚が獲れないために、山に上がってみかん栽培に転向せざるを得なかったが、農薬を使うことで身体を壊してしまった。メチル水銀で海を追われたのに、また毒をつかってみかんを作るのはおかしいのではと、農薬をやめた人たちの話を思い出した。(→参考記事

・なぜ悪いことをして謝れないのか、大事なことを掬い取ってあげられないのか、悔しい。

水俣と聞いて思い出すのはやはり石牟礼道子さんの『苦海浄土』。患者の語りを扱っている。言葉が失われている患者の声を「聴き」書きしている。それは彼女から見えている真実。ソ連で復員した女性兵士の言葉を聞き書きしたアレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』にも通じる。小さい声を聴く人たちがいる。

・テストで問題を解くための暗記事項ではなく、命の重さの認識や想像力まで伝えるのが教育だと思う。それがないとあの原因企業の社長さんが生まれてしまうのだろうか。

・責任逃れや心を遮断できてしまうんだということを映画は理屈じゃないところで伝えてくる。「魂」というワードが出てきたが、「なぜいけないか」「なぜするか」は魂が泣いたり、喜んだりするからだと思う。その理屈じゃないもの、芸術をエンタメとしてうまく表現できているのだと思う。

 

ふりかえり

-史実と異なる点について一つひとつ列挙する見方をしている人が多く、そうではない感想の話をしたかったので、史実との違いは念頭に起きつつ、映画のメッセージや中身を味わうことができてよかった。満たされた。

-思い出したことも話せたし、人の話も聞けてよかった。

-作品に敬意が払われている場でよかった。

-皆さんのお話を聞いていて、高度経済成長の中で犠牲になっていたことがあった。今の新自由主義と労働力のことにも重なる。

-2022年は魂のお仕事をしたいと思った。

-シェアすることで広がりを感じる。やはり〈ゆるっと話そう〉は、いい!

 

 

 

▼ファシリテーターのふりかえり

印象深い場面や人物、感じ考えたことを一人、二人と言葉にするうちに、皆さんが次々と思い出されていました。忘れていたのではなく、大事な場所にしまっていたというという感じでした。

印象深いシーン、言葉、描き方、ユージン・スミスという人物、写真・写真家・ジャーナリズムとは、映画から想起・喚起されたこと、映画から受けとったもの、作品が与える影響、希望、願い、関心、関連するテーマ、客層や反応......いろんな話題が出つつも、一つ一つの発言が凝縮されたエネルギーを持っていることに驚きました。

観てから時間が経っていることも関係していたのでしょうか。日常の中でいろんな出来事、物事とつながった末に出てきた言葉という感じがしました。

映画そのものについてもしっかり話したという実感もあり、水俣病にも迫り、人間社会についての洞察にも至る、壮大な旅でした。

 

後日いただいたアンケートでは、「場の冒頭で『劇映画なので史実とは異なるが、表現をリスペクトして話そう〉と呼びかけたのがよかった」「登場人物のまとめが役に立った」「観点が人によって異なり、同じものを観ても抱く印象が違うことが、当たり前ながら新鮮だった」というご感想をいただきました。

また、「この映画を観て、水俣病や公害について興味を持った。感想を話し合ったことで引き続き勉強しようと思った」と書いてくださった方もいらっしゃいました。

私も今回の場を機に、自分のペースで少しずつ学んでいこうと思います。

 

ご参加くださった皆様、ご関心をお寄せくださった皆様、チュプキさん、ありがとうございました。

シネマ・チュプキ・タバタさんとのコラボ〈ゆるっと話そう〉は、ほぼ毎月開催です。次回をお楽しみに!

 

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▼参考資料

『写真集 水俣』(三一書房 1980年)
※絶版。古書店または図書館で探して見てください。

 

『MINAMATA』(株式会社クレヴィス 2021年)
※『写真集 水俣』の復刻刊です。ただの写真がたくさん並んでいるものではなかったです。1970年代の空気が伝わってくる。当時の目で見てみることができます。やはり実物に触れると違います。

 

ユージン・スミス 水俣に捧げた写真家の1100日』山口由美(小学館, 2013年)

 

『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣石井妙子文藝春秋, 2021年)

 

水俣病を知っていますか』高峰武(岩波書店, 2015年)

 

苦海浄土 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)』石牟礼道子河出書房新社, 2011年)

NHKの100分de名著でも取り上げられました。ウェブページはこちら。オンデマンド視聴はこちら

 

映画

原一男監督 映画『水俣曼荼羅
http://docudocu.jp/minamata/

 

土本典昭監督ドキュメンタリー作品
http://www.cine.co.jp/list/3_29.html

 

 

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展示『写真の中の鷗外 人生を刻む顔』@森鷗外記念館 鑑賞記録

森鷗外記念館で企画展『写真の中の鷗外 人生を刻む顔』を観てきた記録。

moriogai-kinenkan.jp

 

森鷗外と言えば、口ひげをたくわえ、威厳に満ちた姿で、いかにも文豪というイメージ。

けれど、今回の展示で見た写真は、ほとんどが軍服姿。文豪でもあるけれど、陸軍省の軍医として60年の人生のうち36年勤めている。その間によくあれだけの量の小説を書き、翻訳書を出し、美術関連の役もこなしたものだと驚く。本当に優秀な人だったのだな。

昇進するにつれてどんどん貫禄は増していく。顔の変遷が見どころとして挙げられていたが、若い頃からあまり表情が変わらない人という印象。こうして見てみると意外ととらえどころのない人という感じ。毛量はわりと早い時期(30代前半あたりから)に落ちていくのが並べてみるとわかるくらい。

今ひとつ表情は読みとりづらいのと、集合写真なのに目線がカメラを向いていなかったりして、どこか明後日の方向をぼんやり見て思索にふけっているようにも見える。鷗外に限らず、今でいう「記念撮影」とだいぶ趣が異なる。当時はそういう写真の写り方が一般的なのだろうか。

それより軍服がどんどん変化していくほうが気になる。階級ごとのバリエーションなのか、軍隊の組織改変が頻繁でどんどんモデルチェンジしているのか。

 

今回の個人的見どころの一つに、カラー化した写真のパネル展示がある。カラーになるとモノクロのときに抱いていたイメージががらりと変わって、人間としての存在感が全面に出てくる。自分と同じ人間という感覚が生まれる。今の技術ってほんとすごい。

 

今回知って驚いたのは、10歳でもう東大医学部を目指して西周の家に寄宿してドイツ語の塾(進文学社)に通っていたとか、11歳のときに2歳年齢を偽って予科に入ったとか、当時講義はすべてドイツ語だ行われていたとか、19歳で東大医学部を卒業したとか……という話だ。


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↑この写真も展示されてます。

 

その後、父親の診療所を手伝ったのち、陸軍省に入り、22歳で陸軍衛生制度調査のためドイツ留学を命じられ、26歳まで当地で学ぶ。以後、衛生学が鷗外の専門になる。

津和野藩の代々典医である森家の長男でもあったから、生まれたときから将来が決まっていたとはいえ、あまりにも優秀なために国を背負うことにもなる。

特権階級とはいえ、これはこれで選べない人生なのだよなと思うと、ちょっと『あのこは貴族』を思い出したりもする。

 

すごいのは軍医として昇進していくだけでなく、文学でも才能を発揮するだけでなく、美術の分野での貢献も大きいこと。留学中に美術の知見を得て、帰国後に東京美術学校慶應義塾大学部で美術解剖学、美学、西洋美術史を講義したと、展示にある。文展の審査員、帝国美術院の初代院長、帝国博物館総長兼図書館長にも就任。記念館に訪れるたびに毎回驚く。

 

写真が全体的に小さいので、お持ちの方は双眼鏡、単眼鏡があるとよいです。

 

 

その他鑑賞メモ

・森家が津和野から東京に来たのは、廃藩置県という社会背景。津和野藩主の亀井家が上京して、典医だった父・静男もついていった。

1884年明治17年)22歳のときに渡独。8月23日に横浜を出て、香港、サイゴンシンガポールコロンボ、アデン(イエメン)、スエズマルセイユ、パリを経由して10月11日にベルリンに到着。ものすごい長旅。

・帰国後、最初の結婚で上野花園町に暮らす。今の台東区池之端。昨年閉館した「鷗外荘 水月」の場所。

・文芸仲間3人で雑誌『めさまし草』を創刊。鷗外、幸田露伴、斉藤緑雨による合評形式の文芸評論「三人冗語」が人気。(気の合う仲間との雑誌づくり、楽しそうだ)ここで樋口一葉を取り上げる。

一葉記念館で見た展示では......一葉の死後、妹のくにが一葉の日記の発刊について博文館の編集者(日本初の編集者)の馬場孤蝶に相談し、馬場が緑雨に相談。緑雨は鷗外と露伴に相談。鷗外は日記として差し支えある部分は削除してはどうかと提案したが、緑雨が結核で亡くなり、企画が頓挫。その後再度馬場が企画を立て直し、露伴が協力して十三回忌記念出版として『一葉全集』の中に日記が入った。鷗外は日記の刊行に反対していたため、参加せず。(つながるつながる。ここで鷗外はどういう意図だったんだろう。個人の日記で、捨ててくれと言い遺して逝ったものをそうそう簡単に世に出すのはどうなんだろうという考えだったんだろうか)

・鷗外は仕事を為事(為す事)と言ったそう。「絶えずごつごつと為事」。はい!!

・鷗外が学んだ東京大学医学部校舎は、小石川植物園に移築保存されている。植物園には何度も行っているけど、鷗外が学んでいた校舎とは知らなかった!

www.um.u-tokyo.ac.jp

・いつ見てもおもしろいのは、森一族の家系図。現在当主は十七世十四代の憲二さん。他にも鷗外が曽祖父、高祖父という方、たくさんいらっしゃるのでしょうね。

・東大医学部時代は、ドイツ人講師のベルツをして、「その物言いから動作までドイツ人そつくり」と言わしめたそう。10歳から学んでいるドイツ語力と家柄の良さで身に付けた立ち居振る舞いから、22歳で留学しても現地でも全く問題なく溶け込んでいった様子を想像してしまう。実際はどうだったんだろう。

・鷗外のポートレイトも撮っていた江崎礼二は「早撮りの名手」だったそう。こちらのページに詳細があった。写真館のおじさんが政治家、銀行の頭取、凌雲閣の社長にまでなっているのもすごい。

www.library.pref.gifu.lg.jp

・当時親しい友人との間でポートレイト写真の贈り合いがあったよう。これはどういうものなんだろう。ちょっとおもしろい風習で、もう少し知りたい。

・鷗外のドイツでの師でもあるコッホが明治41年に来日したときに、北里柴三郎に頼まれて、歌舞伎の筋書き5本文をまとめてドイツ語に翻訳するのと一晩で徹夜でやったエピソードなども紹介されていた。急な依頼だったんでしょうか。コッホと北里柴三郎の関係は知っていたけれど、コッホと北里柴三郎森鷗外の関係が見えるのはおもしろいなと思った。

それぞれ独立して知っていたことが、思いがけずつながる感じ。だからミュージアムってやっぱりおもしろい。



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ついに年間パスポートを買った。
企画展ごとに通ってきてるので、そろそろいいよね、と思い。(誰に)

まずは併設のモリキネカフェが割引になるのと、文京区内の他の施設も割引になるのがうれしい。弥生美術館、東洋文庫、旧安田楠雄邸庭園など。

今年は鷗外生誕160年、没後100年の記念イヤーなので、記念館も文京区も力入れてます。

ショップでは鷗外にまつわる本特集をやっていて、どれもすごくおもしろそう。特に「『舞姫』の太田豊太郎は本当にクズなのか?」を考えるのに良さそうな本が何冊かあって惹かれた。

 

そういえば昨年は、日本文学と学校教科書の関係について、こんな件があった。

mainichi.jp

 

この文脈で「『舞姫』なんか教科書に載せる価値はない」という意見をたまたま見かけた。どう考えたらいいのか、まだ知らないことのほうが多いし、なんとも言えないのだけど、「扱い方次第では」とは思った。

舞姫』が書かれたのは、ドイツから帰国して2年後の1890年、鷗外30歳の頃。作家のキャリアを考えれば初期の作。少なくとも『舞姫』だけで鷗外文学をジャッジしないほうがいいということは声を大にして言いたい......。

 

フェミニズムの文脈では、こちらの斎藤美奈子さんの『妊娠小説』がやはり何十年経っても印象深い。



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 2020年12月著書(共著)を出版しました。
『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社