ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

モンフィーユ、夏

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立秋を過ぎて、まだまだ暑いけれど涼しさも出てきて、夏がいつの間にか半ばを過ぎたことを肌で知る。

年々、気温も湿度も高くなり、かつて訪れた東南アジアの国々や沖縄の気候を思い出す。きょうは金子光晴の「マレー蘭印紀行」や「どくろ杯」の気分。湿度の高さも、雨の降り方も、人々の装いも、もはや南国の東京。それでもジャカルタと香港に暮らしてきた友だちからすれば、「こんなのはまだまだ」らしいが。

 

友だちが音読する永井宏の「モンフィーユ」を聞きながら歩いていたら、「おはようございます」と声をかけられてびっくりした。近所で雑貨とカフェのお店を営む夏子さんだった。

お店以外で夏子さんと会うとき、わたしはだいたい一人で歩いていて、そして一人のときわたしはだいたいのめり込んで考え事や心の旅をしているので、夏子さんが思い浮かべるわたしは、きっと鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているんじゃないかと想像する。

 

考え事をしているときの人というのは、すごく機嫌が悪いように見えるので、子どもの頃からなんでも考え込むことの多かったわたしは、あまりフレンドリーな人とは思われてきていなかっただろう。話すとけっこう朗らかだと思うんだけど。

 

友だちのとつとつとした優しい声を通して、アロハ柄の傘、枯らしてしまった植木鉢、17歳の老犬、夏の雨が降るハワイ…などを浮かべていたら、ふいに涙が出た。

ああ、そうか、今わたし、いたわりとねぎらいと、居てくれること、祝福がほしかったんだな。

 

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