ひととび〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

本『写真でわかる世界の防犯』読書記録

小宮信夫著『写真でわかる世界の防犯』の読書記録。

 

この本を知ったのは、Radio Dialogueという番組で、ゲストの小川たまかさんが小宮信夫さんの「犯罪機会論」をチラッと紹介されていたことがきっかけ。

youtu.be

 

物理的、心理的に犯罪をしにくい環境をつくることで、犯罪を予防する、防止する、という文脈だった。

さっそく「犯罪機会論」を検索して、この本に行き当たった。

 

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犯罪機会論とは。

防犯対策の軸の一つで、「心理的・物理的に犯罪を行い難い環境を作り出し、犯罪の機会を減殺することに力点を置く」(p.2)

環境から犯罪を誘発しやすい要因を取り除いたり、起きにくい設計にする。素人ながらパッと思いついたのは、たとえば公園を取り囲む木々が鬱蒼としていて暗く、街路から公園内が見づらくなっていたら、伐採して見通しをよくすることかな。

 

とにかくこの本は、

入りにくく

見えやすい

この二つを覚えていれば、犯罪機会論の本質はつかんだと思っていいと思う。そのぐらい、どの事例でもとにかくこの二つが連呼される。

 

筆者が世界中を歩いて見つけたたくさんの事例が紹介されていく。

建物やランドスケープの設計一つで、犯罪件数がぐっと変わったマンション。

薬品の盗難防止のため、二つのドアを通らないと入れない病院の医薬品室。

暴行やストーカー被害を防ぐためにスタッフ用と一般客用で分けられた駐車場。

タクシーの運転席を仕切るパーティション

夜は暗く視認性が低いため、通行禁止にした街路。

進入路を限定したり、垣根に茎に鋭いとげのある植物を植えた住宅街。

広場や通路に面した大きな窓やバルコニー、多くの窓で見えやすくした団地。

 

物理的に、心理的に、犯罪の機会を減らす。

ここでたくさんの実例を見て行くだけでも、「危険な『景色』を見抜く」筋力がついてくるような気がする。

 

難しいのはたぶんこの二つ。

・犯罪の機会を減らしながら、コミュニケーションは断絶させない。
・コミュニケーションは確保しながら、プライバシーは重視する。

時には権利と権利がぶつかることもあるだろう。

健康や景観や利便性、まちの歴史など、考慮すべき要素は多岐にわたる。住民との対話の場も必要になるだろう。「誰のために、なんのために、どんな手段で」を共有していかないと、権利や手段の対立が起こる。

愛着や関心を生むツールやデザインであることも大事そうだ。

都市デザインとひとくちに言っても、関係者の立場は多岐に渡るし、関わる人数も多そうだ。いや、それとも犯罪機会論が浸透している地域であれば、そんなに難しいことではないのだろうか。

 

筆者は繰り返し、日本では犯罪機会論が全くと言っていいほど知られていないと述べる。だからこの本を書いたのだと。

犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。(中略)つまり動機があっても、犯行のコストやリスクが高くリターンが低ければ(=犯罪の機会がなければ)、犯罪は実行されないと考えるわけだ。海外では、犯罪原因論が犯罪者の更生を担当し、犯罪機会論が犯罪予防を担当している。ところが日本では犯罪機会論は全くと言っていいほど知られていない。(p.6)

日本で「犯罪機会論」があまり発想されてこなかった理由も、本書では少し触れられている。「日本は四方を海に囲まれている、建国以来一度も異民族に侵略されたことがない。だから経験値が低いのでは」と。ふーむ。

歴史の中で、同じ「島」の中での領地争いはあるにはあったが、外からの侵略よりも、内部の犯罪抑止を考えるほうが進んだからだろうか。今ふと新吉原遊廓を思い出したが、ああいうふうに「外に出さない」「内部で処理する」というような、内向きの思考に行ったのだろうか。

もちろん犯罪が起きるのは環境だけのせいではないので、犯罪原因論のように、動機の形成の中で現れる認知の歪みなどにも注目して、人に対してアプローチしていく必要がある。映画『プリズン・サークル』を思い出す。懲罰ではなく、回復や復帰の発想で。あるいは人間にはそれを起こす可能性があるという前提で、人の関わりの中で未然に防いでいくという発想だ。

 

環境にアプローチする話は、私の共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』の拙稿「いじめ予防のトリセツ」でも触れた。対談相手の弁護士さんの話では、環境へのアプローチは浸透が難しく時間がかかるというお話だった。

「誰かのせいにして責任をとらせる」「性根を叩き直す」ほうが簡単で楽に見えるのかもしれない。でももはやそういう時代ではない。一人ひとりの主体性や尊重の上、集団の知恵として防ぐ方法を学んでいくのが、学校という学びの場が率先してやっていくことなのではないかと思う。

防犯教育の考え方も少しずつ変わってきてはいるが、相変わらず「不審者」という言葉が使われる。「おかしな奴は外見でわかる」という言説もまだまだ根強く、「危険な『人』を見抜く」ことに重点を置かれやすい。あるいは、個人の防犯行動にすべてがかかっているかのように言われることもある。結果、その「行動が間違っていた」人の責任に帰されやすい。また「不審者の見た目」に偏見が伴いやすいことで、重大な人権侵害が起こることもある。こういうことは笑い話や「ネタ」になりやすいので、より注意が必要だ。

 

犯罪機会論のように、環境へのアプローチが重要なのは、社会にはいろいろなルーツや習慣や常識で生きている人間がいるし、もちろん犯罪の機会を窺っている人間もいるので、その社会のルールを浸透させようとする意識改革だけでは限界がある。

だから、ゾーニング(すみわけ)など、インターフェイスから変える発想はとても大切になる。そのときに自然と身体の使い方が変わるようなデザインであればあるほど良い。

 

この本を読む前だが、「景色を解読して危険を予測する」を自分なりに発揮した経験を思い出した。

近隣の歩道橋の柵の塗り直し工事があったときのこと。外から階段部分が見えないように全て覆われていて、明らかに犯罪を誘発しそうな見た目になっていた。その近辺は、歩道橋を通らないと反対側のエリアには移動しづらいような導線設計になっている。

しかもそこは昼でも薄暗く、夜になるともっと暗くなる。街灯はあるとは言え、やはり暗い。大人であれば、工事期間中は迂回するようなことも考えられるが、面倒臭いときはそのまま通ってしまうだろうし、小学生の通学路にも指定されているので、子どもたちは避けられない。

私は地元の議員さんに連絡して、なんとか対応できないかと要望を伝えたところ、現場を見て「確かに危ない」と判断してくださって、工事担当の会社に申し入れてくださった。

結果、点滅式の帯のライトを設置したり、人が通過するときに点灯するライトをつけてくれたりはした。しかし囲いを取ることはできないとのことだったので、私は工事が終わるまで何か犯罪がないか、気が気ではなかった。実際には特に事件の情報は入ってこなかったが、期間中、誰も怖い思いをしていなければよいのだが。

 

こんなふうに犯罪機会論を詳しく知らなくても、その視点を持つと、自分の暮らす町や、利用した公共施設や、日々働く職場を安全で安心な場所にするために、自分が貢献できることが増える。逆に、こういう些細な住民の防犯への関心が薄くなっていると、誰の管理責任でもない場所が荒れてくる。ゴミ投棄や壁の落書きなど、目に見える環境が荒れてくると、犯罪が起こりやすくなる。

人間はかなり環境に心理的に左右される生き物だという前提で、組み立てていくことも大事だと、場づくりの仕事をしていて思う。

 

犯罪機会論を現場に導入するにあたっては、暴力を受けやすい立場、たとえば女性や子どもの「なんか怖い」という声に真摯に耳を傾けることも重要ではないかと常々思う。

「暴力を受けにくい立場」、特に男性だけで考えていても、おそらくピンとこないことも多く、想像が及ばないために危険性が矮小化されやすいこともあると思う。私の実体験だが、怖いと言っても「何が?」「大丈夫だよ。怖がりだな」などと返されることもしばしばだ。

恐怖を感じる場面ではフリーズする(頭が真っ白になって体が動かなくなる)という身体反応についても、環境を作る側、保守する側は理解しておいたほうがいい。防犯ブザーを鳴らすとか、走って逃げるとか、大声で叫ぶとか思考判断が必要なことはどんなに屈強な大男でも難しい。まして子どもや女性にマンツーマンで対応させようとしても無理なのだ。

 

最後にもう一点。

本書は、現代の防犯事例を載せているだけではなく、人類が積み重ねてきた防犯デザインの歴史を古今東西、世界92カ国の名所、名跡を訪ねて紹介しているところがこの本のユニークなところだ。

有名なところでいえば、山の稜線を利用して見晴らしをよくした万里の長城、巨大な像を狭い出入り口のルクソール神殿などがある。

城、宮殿、城壁、道、橋、砦・要塞、塔門、要塞化された住居など、地形を利用したり、時に大規模な工事を行いながら、人々は長い歴史の中で工夫を重ねてきた。

世界各地の名所を訪れているような感覚もあり、こういう遺跡があるのかと初めて知るところもある。図版満載の全ページカラーの本なので、まるで旅行ガイドブックだ。知っている名所も防犯デザインという軸で眺め直すので、見方が変わっておもしろい。

学校の科目でいえば、地理や世界史の領域とも重なる。都をどこに置くか、中心となる城をどのような設計にするか。そうか、あれは「防犯」とも言えるのか。

 

書いても書いても感想が尽きない。

いろいろな楽しみ方や役立て方ができる本なので、ぜひ読んでみてほしい。

 

小宮氏の寄稿記事。

「落書きや放置自転車の発する「秩序感の薄さ」が犯罪を誘発する」(2022.4.14 Newsweek日本版)

www.newsweekjapan.jp

 

小宮信夫の犯罪学の部屋

www.nobuokomiya.com

 

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共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年