ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

それが当たり前の世界の住人と擦れ合うこと(第九その後)

きょうは12月27日。

今ぐらいの時期は実家に帰省することもあり、いつも何かと落ち着かない。

仕舞われていく。

こちらとあちらのあいだにいて、歩みを進めながら、道をふりかえって見ている。

 

 

2018年は何かと出会い直すことの多い年だった。

 

自転車を修理して4年ぶりに乗ったり、

止まっていた時計をオーバーホールに出して、また相棒として活躍してもらったり、

9年ぶりに再会した人と友だちになったり、

ほんとうにあれこれとめまぐるしかった。

 

この記事でも書いたけれど、そんな日々を過ごしているあいだに、時間の感覚がすっかり変わってしまった。有限の身体を持ちながら、この先一体どんな景色が見えてくるんだろうか。

選ばされること、人生がわたしにさせてくること。

 

 

第九にも出会い直した。

予習会をひらいて、本番を聴きに行って、その感想をみんなでまたオンライン上の場で共有して。その後も年末という時期的なものもあって、第九周りの話題が尽きず。

たいへん!たいへん!満足である!!

 

 

日々音楽に携わっている友人たちにとっても、今回の場はとても新鮮だったと聞いた。「あちら側」からの景色を見せてもらえたことがうれしかった。

 

例えば音楽が空気のように有ることは、音楽を「お役目」としていない人にとっては、当たり前ではない。

お役目をなんと表現してよいかわからないけれど、好きというかなんというか、考える前にやっているし、ずっとやって生きているし、もうお役目としか言いようがない。

たとえばわたしにとって、鑑賞の場をつくったり、場の守人を務めることはもはや好きかどうかという軸ではなく、お役目だ。選ばれてしまった。

 

お役目に携わるのは日常であり、それが優先されている。

それを中心に暮らしも構成されている。

 

 

あちら側の人は、当たり前のことを少しひらいているだけでも、それがお役目でない人にとっては、新鮮な驚きや感動を与えることができる。

 

わたしたちは一人ひとり、同じ時間の中に生きながら、全く違う世界、違う景色を見ている。違うお役目を生きている。

それをときどきこうして、感覚・感想と知識・経験が集まる場をつくり、場に集うことによって、見せ合い、擦れ合うことができる。

優劣や正誤の判定ではなく、ただ、対象への愛と関心から行う。

 

そこでは、自分が携わっているお役目を確認できる。

自分がよい影響を与えている人の姿を直に見ることができる。

その唯一さや意味や価値について考えることは、これからのお役目を歩む人生をさらに豊かにすることだろう。

 

こちら側・あちら側にいながら、行き来しながら、「鑑賞」をひらき、深めていく場。

この世に無限にある分野、ジャンルが待っている。

 

おもしろい。もっともっとつくっていきたい。

 

《追記》

そういえば以前、山の上で星空観望会に参加したとき、星の先生が、「 一番好きな星座はなんですか?」と聞かれて、びっくりしたように、「考えたことないし、 今考えてみてもわからない」って答えてたのが印象的だった。

星を読む、聴くんだから、星座のことも好きで好きでたまらないんだろうと思っていた。

星空になにを見てるんだろう?

 

2年前のわたしは「そういう感じはわからないなぁ」と思っていたけれど、今はその感覚が理解できる。お役目になるとか、それを生きるというのは、たとえばこういうことなのか。

 

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