ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

読み聞かせ(3年生・11月)

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きょうは息子の小学校で読み聞かせ。

 

『おじさんのかさ』
友だちの家にあって、わたしと息子で一度読み聞かせてもらったときのうれしさが残る本。こっちから読んでほしいー!というリクエストがあり、うんうん、こっちから読むつもりだったよー。この人実はおじさんじゃないんじゃない?という声があがって思わずにやり。導入にぴったりの、ゆっくりと穏やかな高揚を感じられる。

 

『とらとほしがき』
韓国の昔話。干し柿って馴染みないかなーと思ったけど、このまちの子ならいけるんじゃないかと出してみた。「時々『アイゴー』っていう言葉がでてきます、その意味はね」と説明して入ったら自分もすごく躍動感をもって読めた。途中からのスピード感も楽しい。長い昔話を楽しめるようになったんだなぁ。

 

こどもたち、きょうも一緒にわくわくしてくれてありがとう!

 

「ディエゴ・リベラの時代展」を観てあーだこーだと語る会、ひらきました

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埼玉県立近代美術館で2017/10/21-2017/12/10開催中の、「ディエゴ・リベラの時代展」を観てあーだこーだと語る会をひらきました。

 

peatix.com

 

 

ラジオで録ったものを除くと、久しぶりの美術展であーだこーだの会でした。

やっぱりみんなで感想を話すのは楽しい!今回は人数をぎゅっと少なめにして、4人で実際に絵の前で話してみる時間を後半につくりました。流れはこんな感じ。


10:00-10:05 ブリーフィング(自己紹介、きょうの流れ説明)
10:05-10:10 各自チケット購入、トイレ、荷物をロッカーに預ける
10:10-11:30 各自鑑賞。作品シートや手帳などに鉛筆でメモを取りながら
11:30-12:15 「ピックアップ鑑賞(勝手に名前つけた)」気になった絵の前へ行って「どこが気になったか、どんな感想を持ったかスピーチ」+みんなであーだこーだ(参加者全員一人ずつ)
12:15-12:30 ロッカーから荷物を取る、ミュージアムショップで買い物、カフェへ移動
12:30-13:30 カフェでランチしながら続きをあーだこーだ


実物の作品の前で話すのは今回はじめてやってみたのですが、とてもよかったです。いつもは一旦美術館を出た後に、ポストカードやチラシや図録を前に話していましたが、本物がやっぱりいい。他の鑑賞者さんに配慮しながら、マナーを守って行いました。

モティーフ、技法、画材、画風の変遷、時代背景、ヨーロッパ・ロシア・アメリカ諸国との関わり、国の歴史...いろんな角度からじっくり話せて、それぞれが受け取ったものの話もして、ディエゴ・リベラの人生をみんなで旅しました。

最初の謝辞のコーナーで、メキシコのある機関の方が、「ディエゴ・リベラはメキシコの大命題」「我々メキシコ人が向き合うべき存在、アイデンティティの一部」と書いていたので、ここでわたしはすぐに「おお!そういう人だったんだ!」とスイッチが入りました。

19世紀後半からから20世紀半ば頃までのメキシコ美術の流れを、ディエゴの画業を軸に据えつつ、同時代の画家の作品を織り交ぜながら、展開されていくキュレーションには説得力がありました。「ディエゴの作品がたくさん見られる!」と期待しすぎて行くとちょっと違うけれど、むしろ単独で語られるよりも深く理解できたように思います。

ディエゴの画業の中でも、国の使命を背負わない、絵描き屋の仕事でもない、ただ自分自身の愛や欲や萌えを自由に大切に描いた作品に度々足が止まりました。自分でも意外な作品が気になって、ピックアップ鑑賞の時間にみんなを連れてきて話してみたら、なるほど!とわかること多し。3人がディエゴの絵を選んだのに、作品も年代も描いた対象もバラバラなのもよかったし、1人が同時代の作家の作品を挙げてくれてこの展覧会の全体像にふれることもできました。示し合わせたわけでもないのにこういうのが起こるのはすごい!

2人は絵を描く人(でも油絵とデザインなのと個性とで観方が全然違う)で、1人は宗教学の素養があり青い家に行かれたこともあるフリーダ・カーロ好き。それぞれの感性が交差してエキサイティングでした。

わたし含め、参加した方それぞれのもつ素地・素養が存分に発揮されながら、今この場でやり取りされる中で影響し合い、更新されていくものもお互いに感じられて、有意義だったという感触が残っている(皆さんにとってもそうであることを願う)。もっと時間をかけることもできるかもしれないけど、選択と集中、こういう鑑賞もいいのではないかしら。とはいえ、各自の鑑賞時間はもう少し長めにできればよかったかもなぁという反省も。

 

当日ならチケットにスタンプを押してもらえれば再入場可能なので、あーだこーだが終わった後にもう一度行かれた方もいて、みんなで話した後だからこそ発見したこともあったみたいで、よかったです。「行きたいと思いつつ、いろんな理由で躊躇していたところ、機会をもうけてくださっただけでもありがたい」とも言っていただけて、それもうれしかった。


あーだこーだの会やりませんかと声をかけてくれて、一緒に企画を進めていた相方さんが、お子さんの熱で急遽お休みになっちゃってとても残念でした。リベンジしたい。

 

*参考図書*

「メキシコの美の巨星たち その多彩でユニークな世界」野谷文昭編著(東京堂出版)

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聖書を学ぶ

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友人からきっかけをもらって、今年の夏から、とある勉強会で聖書を学んでいます。

教える人も教わる人もキリスト教の信者ではありません。客観的に、しかし他人事としてではなく、この宗教についてまっさらなところからはじめて学んでみる。解説書ではなく、聖書そのものをまず読んでみる。

未知のもの、既知と思い込んでいたものに対し、自ら問いを立て、その答えを様々な手法で見い出し、自分の辞書のページを増やし、自分を変化・成長させてみようとする試みです(と、わたしは勝手に解釈している)。

 

わたしが学ぶ動機は、二つ。

一つめは、美術や文学や芝居や音楽など、わたしの愛する芸術は、聖書の知識がないと本質を読み解けないものが多い。なんとか知識を深めてより広く深く受け取りたいから。

二つめは、歴史を見ても、今現在の世界情勢を見ても、キリスト教圏の人と接するにしても、聖書にルーツがあるのでは、という想像は働いても、自分の解釈を述べるまでに至っていないのが悔しいから。


今、2回の講義が終わったところですが、そのあたりのことが少しずつわかりかけてきており、大人になって自ら求めてする勉強はやっぱり楽しいな!と興奮しています。


さらに先日はスピンオフで「創世記」の読書会をやってみたい!と言い出しっぺになり、ファシリをやらせてもらい、7人であーだこーだと自由な感想を話す時間を持ちました。楽しかったなー!みんなで少しずつ持ち寄ってできた感じがあって、よかった。やっぱり読書会は楽しい。既に専門家から内容の講義は受けているので、それを踏まえつつ、読書会では自由な感想を膨らませたり掘り下げたりしていきました。やってみて、さらに理解が深まり、物語としての味わい深さや幅の広さを感じることができたと思います。

 

この勉強会では、勉強の方法を教えてもらえることもとてもありがたいです。原典にあたることが大切。解説書は易しいものからはじめる。小学生向けのものから。自分なりの楽しい続け方を模索すること。どんなささやかな問いも大きな疑問の解決につながる可能性を秘めている。その素朴さに専門家がハッとすることだってある。わからないことはどんどん専門家をつかまえて聞けばよく、わからないことを一緒に探求していく楽しみだってある...などなど、実際にやってみると意味がわかる。

 

次回から勉強会本体が【講義+感想共有】の流れにしていくことになったので、ますます楽しみです。大学のときにゼミがなかったから、ちょっとその気分を味わってみているのかもしれない。勉強会は来年の冬ぐらいまで連続講義形式で続くので、これからもこのメンバーで学べて、まだまだいろんな発見がある、この軸で読み解けるものが増えていく一方なのかと思うと、うれしくてたまりません。仲間と一緒にやる勉強って楽しいなぁー♪ 

 

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ことほぎラジオ最終話を配信しました

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ことほぎラジオ第12話を配信しました。

 

...と、その前にも第11話を配信していたのですが、こちらでお知らせするのを失念。。

doremium.seesaa.net

 

去年のちょうど今ごろにけいさんから「ポッドキャストやってみませんか?」というメールをいただいて、はじまったことほぎラジオ。

毎回いろんな場所へレコーダーを背負って録りに行き、何回も何時間もあーだこーだと議論を重ねながら、作って流し、作って流し、気づいてみれば12回。

芸工展でリアルの場もつくれ、前々からやりたいねと言っていた公開録音もでき、7人ものリスナーさんに見守っていただき、おたよりも送ってくださり、配信後もおたよりをいただき...。

どこへ辿り着くかわからない毎回の挑戦を、おもしろがりながら温かく見守ってくださったリスナーでありことほぎ研究員(勝手に任命!)の皆さんに感謝です。

 

その後のことほぎ研究室も、あれこれ楽しいことを考えています。

また近々お目にかかれそうです。ごきげんよう

 

 

▼blogから

doremium.seesaa.net

 

iTunesから

ことほぎラジオ

ことほぎラジオ

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  • アート
  • ¥0

 

火鉢を囲んで昔話

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先日、調布はつつじヶ丘にあるもえぎ家さんへうかがい、友人のeicoさんがひらいている「おとなの絵本クラブ」に参加してきました。


もえぎ家は4人の作り手によって運営されている古民家。

書く人、描く人、料る人、温(ぬく)める人が、古くから受け継がれているものの中にある智恵を見直して、今の暮らしに心地よく取り入れる、営む場を守っています。

そんなもえぎ家の場の良さを生かすべく、今回の大人の絵本クラブは、「昔話と火鉢deランチの会」と題して、昔話を読み合って、語り合ってみようということになったそうです。


eicoさんとは6年前からのお付き合いなのですが、2年ほど前に「絵本のブッククラブの立ち上げたい」というご相談をいただいて、また今回も昔話の本を取り上げるにあたってもご相談いただいて、僭越ながらアドバイスめいたことをさせてもらったという経緯がありました。

どんな場なんだろうとわくわくしながら行ってみたら、想像をはるかに超えた心地よい空間がわたしを待っていました。

もともとeicoさんの好きと好きじゃない、したいとしたくないのハッキリしたところが好きなんだけど、それを人に押し付けるでもなく、完璧主義に陥るでもない、絶妙な加減が心地よかったです。

 

 

この日は「日本の昔話」という福音館書店のシリーズで、超短編の昔話がたくさん入った本から、「ねずみのもちつき」「さんまいのおふだ」「サトリ」の三篇を取り上げ、一人ずつ朗読しました。

その後、読んでみた感想、聴いてみた感想を自由に話しました。

 

 

わたしは家でも小学校でも、ときどき大人にも絵本の読み聞かせをやっているのだけど、絵のないお話を朗読したり、人に朗読してもらったりというのは、ほんとうに久しぶり。

自分の中に浮かんでくるビジュアルイメージの瑞々しさに驚きました。

短いもので3ページ、長いものでも10ページ程度のお話は、寝る前にこどもに読んでやるととてもよさそうです。

昔話は描写が細かくないにもかかわらず、その場面が浮かんでしまう不思議があります。つじつまの合わなさも多分に含みながら、しかしそれゆえに安心して入り込める力があります。

「むかしむかし」ではじまり、「とっぴんぱらりのぷぅ」の始末によって、どんなに入り込んでも「これは物語なんだよ、だから安心して聞けるよ」と教えてくれている。

 

ゲストで、元福音館書店の編集者・田中秀治さんがいらしていて、専門家ならではの視点をいただけたのも、とてもよかったです。地域による違いや、心理学からのアプローチ、小沢俊夫さんや河合秀雄さんなどの関連本も紹介してくださり、どれも興味深かった。わたしが大好きな「かがくのとも」「こどものとも」の創刊に携わられた方でもあり、愛が伝えられたのもうれしかった。

 

みんなで読み解いていく中で、「理屈では説明のつかない現象や、処理しきれない感情を、現実と並行して走っている昔話の世界(パラレルワールド)に託すことで昇華させてきたのではないか」という話題も出て、ここでもまた物語やファンタジーの存在について考えました。

 

 

ちょうど最近にじいろたまごさんと、「朗読からわいたイメージを絵に描いてみる会をやりたいね」と話していたので、とても参考になり、タイムリーでした。


絵本クラブのあとは、みんなでわいわいきりたんぽ鍋。

火鉢であぶったきりたんぽ、白子ポン酢、ぶりかま。

料る人(HARAMIRAIさん)や場を整える人たちの一つ一つのお仕事が丁寧で、すごくおいしかった。

 

幸せな初冬の一日でした。

 

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以前の運営メンバー・描く人megumi aratameさん。ウェブサイトに並ぶお仕事の数々もため息が出る。

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爪という小さな宇宙に描く人・たまリバネイルさん。

この日ご本人がされていたネイルもキュートだった。古民家でネイルっていい。

tamarivernail.amebaownd.com

 

 

温める人、かな子さんのタイマッサージ。

女性にうれしいユーファイの施術も受けられる。

yurunoba.com

 

 

eicoさん、もえぎ家の皆さん、ありがとうございました。

 

 

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秋のスケッチ遠足

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造形+自然の教室にじいろたまごさんによる秋のスケッチ遠足に行ってきました。ここには、春のスケッチ遠足、晩夏の虫取りと来ていて、きょうが三回目。初冬の川縁。色も光も音も来るたびに違っていて、こどもが見つけるものも違っていて、自然遊びやはり楽しい。お天気にも恵まれて、ありがたかったです。

わたしは水面に映る秋色の葉っぱを生らした木にグッときた感じを描きたかったのに、どう捉えていいかわからず、色も見えなくてイライラして、途中ですっごくやめて帰りたくなった。

なぜか息子にも伝染して、二人で描けない描けない悲観的になっているのに対して、先生があれやこれや親身にアドバイスくれてるんだけど、全然入ってこなくて、でも堪えてなんとかやりきろうと苦しみながら描いて、終わって最後にちゃんと見てみたら描きたかったものが描けてて、うわーなんだこれ!と思った。

先生が終わってからのふりかえりで「お風呂に入って後悔することがないのと同じで、やったら絶対いい結果が待ってるってわかっているのが絵を描くこと。わたしはそれを伝えてるのかも」と言っていたことも印象深かった。

帰り道につらつら考えていたのは、あの途中で嫌になってやめて帰りたくなる感じは、競技かるたをやりはじめて一年ぐらいまで思ってたのと似てるということ。でも一年過ぎたあたり、確かかるたCafeを終うって決めたあたりから急に、途中で嫌にならなくなった。

いや、正確に言うと嫌になる気分と折り合いがつけられるようになった、かな。たぶん、嫌な気分になっても、終わったら何かを引っ付かんでいることが、やる前からわかっていたり、何が見えるか知りたくてきょうもやろうと決めているのかなと思う。つまり「ある程度の量辛抱強くやることが必要」ってことかもしれず、これ、わたしにとってけっこう大事な話かもしれない。

それから、やはりおもしろく不思議なのは、同じ場所にいるのに、全然違うものが表れてくるという人の違い。切り取る景色にしても、色にしても筆にしても、たくさーんある構成要素の中でそれを選んだのかぁっていうところ。

この日の朝たまたまこの講座を見つけて、近所だ!と思って参加したという女性は、中学生まで部活で絵を描いていて、スケッチも何十年ぶりかとおっしゃっていた。一人ではなかなか描きに来られないんだけど、こんなふうにみんなと一緒ならって。

それもこれも全部、場を守っている人がいるから安心して自由になれるの、ありがたいし、ひらく人の喜びからつくられてる場ってやっぱ居心地がいい。なにより途中で嫌になることがあるのも織り込み済みっていうところが、さすが先生だなぁと思った。

最後に講評の時間があって、楽しかったところ、苦労したところを描いた人が話して、先生や他の参加者さんからもフィードバックがもらえるのがやっぱりありがたくて、労われるとか報われるとか伝わった感じがしてうれしい。

写真も撮ってみたのだけど、目で見たのとも絵で描いたのとも違ったものになっていて、そういうのもおもしろかった。

 

今週末は人体クロッキー!こちらも楽しみ!!

 
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本の縁日にありがとう

千駄木の養源寺でひらかれていた「しのばずくんの本の縁日」に出かけました。

 

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青空の下で本を選ぶ、本を通じて会話が生まれる、好きが言える、この本を届けてくれてありがとうが伝えられる。

伝えられた人たちもとてもうれしそうで。

いろんな幸せがここにありました。

 

本というクラシックな形式で、まだまだ無限に人間は楽しめるよ。

なくなったりなんかしない。

 

読書家でなくても、いろんな本に出会えるのは楽しいし、フードトラックも出ていて飲んだり食べたりもできて、音楽ライブも心地よくて、うっとりした時間が流れていたなぁ。

 

美しい秋の日。

 

 

古本と新刊の両方が出てるのもよかったな。

かつて生まれた本を今の独自の切り口で見せる人たちと、時代が求める本を今まさに生んでいる人たちと。こういう人たちが作ってるんだなぁ、届けてくれてるんだなぁと、お話して見えてくるあれこれ。

 

おすすめも愛にあふれてるし、実際いい本がいっぱい出てて、散財しちゃった。

でもわたし、小さい頃から本はなんぼでも買っていいことになってるから、いいの。

 

 

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エルマガジン社さんで本を買ったら、「うち文庫本出してないんですけど、文庫カバー作りたかったので作ったのでどうぞ」と。

そういうの大好きですよ。

Meets Regional好きだし、滋賀の本を作ってくださってありがとうございますとお伝えできてよかった。

 

 

本屋さんが元気なまちに住んでてよかったなー。本屋さんだけじゃないか。

魚屋さん、肉屋さん、八百屋さん、お菓子屋さん、お総菜屋さん、パン屋さん、お寿司屋さん、飲み屋さん、床屋さん、金物屋さん、荒物屋さん、お風呂屋さん、宿屋さん、薬屋さん、畳屋さん、石材屋さん、履き物屋さん、、数えきれない。。

 

売り買いの原点、仕事の原点に暮らしの中で自然にふれられること。

わたし自身幸せだし、こどもにその環境を提供できていることが、完全に自己の満足だけど、わたしを支えてくれていると思う。

 

まちとまちの人に尽きせぬ感謝がある。

 

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芸工展2017に出展しました

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ことほぎ研究室として出展した芸工展。やっぱり今年もすごく楽しかったです!

リスナーさんはもちろん、友だち、ご近所さん、芸工展を回っている人、通りすがりの人などなど、たくさんの人と一緒に過ごせました。時間がないんだけどなんとか来た!って顔を出してくれた方もうれしかった。いろんな話を聞かせてくださってありがとうございます。

 

「この時間はずっとここにいるから、出入り自由でフラッと遊びにきたら、なんらかおもてなしするし、あそぼうね。ただ見てるだけでもいいし、お茶飲んで本読んでるだけでもいいよ」っていう場が作れるのは、わたしにとってはうれしいことです。普段は「この日の何時から何時まで、事前申し込み」という短く固定した場を運営することが多いので、だれでも来てよくて、その日一日のどこかとか幅を持たせられるのはいいし、一晩寝て翌日もあるのも、きのうできなかったことがきょうできるとか、わからなかったことがきょうわかるとかがあって、よいのです。

お店で働いたこともあるから、あの喜びをまた味わいたいっていうのがある。そしてもちろん構えて続けることの大変さも知っている。その両方を追体験するのが、一箱古本市だったり、芸工展だったりするのかな。これもひとつのわたしにとっての「必須微量なんとか」なのかもしれない。

ひとつの場が生まれては人が入れ替わり、次の場がはじまるのが、自然と数珠つなぎのように起こるのが楽しく心地よく。香隣舎という場所の力や、ここが芸工展の本部で実行委員の皆さんが一緒に守ってくださっていることなどもあって、安心であたたかな場になれていたかなと思います。ここは去年と同じだけれども、今年は二人で出たことで広がりが全然違っていた。人とつくるほうが、やはりぜったいに遠くまでいけるのだ。

 

25回となる芸工展のコンセプトとして変わらずある、"表現したいことのある人が、まちの資源をつかって、日常の延長としておすそわけするように出展する"というところが、わたしはとても好きです。わたしたちのお店も、掬ってみればいつもそこにあるものを形にしたらこうなった。いつもこんな感じで生きていきたいなと思うもの。

 

雨降る寒い中、足を運んでくださった方、ご関心を寄せてくださった方、ご協力くださった方、ありがとうございました。

そして何より一緒に場をつくってくれた、ことほぎ研究室の相方・けいさんに心からの感謝とその偉大な才能に敬意を。拍手&握手。

 

芸工展は10月末まで谷中・根津・千駄木・上野桜木・池之端・日暮里エリアで開催しています。どうやら長雨の期間も終わったようですので、ぜひぜひお出かけください!

 

▼出展者情報はこちらから▼

geikoten.f-set.jp

 

 

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「性食考」の発刊記念イベント

本屋B&Bにて、赤坂憲雄さんの「性食考」の発刊記念イベント。

カバー絵を描かれた鴻池朋子さんのファンすぎて、今年は3回もご本人が登場するイベントに行ってるのだけど、きょうは真ん前の席で、距離にして1メートル!かぶりつきで見て聞いてた。

 

赤坂さんの穏やかだけど常に戸惑い揺らぐような話ぶりに、切れ味鋭く容赦なく突っ込む鴻池さんのトークライブ。

よかった。

自分に関係ある話すぎて痺れたと共に、敬愛するアーティストの生の存在や言葉に、まだまだ逃げててなんもやってない自分が顕わになって、情けなくもあり、奮起もし、という変な精神状態で帰宅の途についた。

 

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季節のおたより

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以前バッグを購入したショップからシーズン毎に届くカタログの中にいつもノベルティグッズが入っている。物も材質も様々。今回は箸置きだった。

お手紙も添えられていて、

「ご挨拶と、日頃の感謝の気持ちを込めてお届けさせて頂きます。そして、出来る限り続けて行きたいコト。カタログと一緒に、ノベルティープレゼント」…とのこと。

顧客への気持ち、継続してよいものを作っていこうとする覚悟をこのように表す。これを作るのにもお金がかかるわけだから、きっと一緒に経営する仲間でたくさん話し合って誓われたんだろうと想像する。

バッグ以外にも、ウェアやジュエリーなどにも展開して、きっとこれからも変わりつづけていくけれど、この初心を忘れないようにと。届いても届かなくても、わたしたちは可能な限りこのようにありますと。

そしてこれが包まれていた小さな袋に、ショップのロゴのゴム印を押してシールを貼る作業をした人がいる。先日参加した場で、メール便の封入が作業所の仕事のひとつにあると聞いたので、もしかするとこの箸置きもそのような方々の手を経ているのかもしれない。

 

また別に、ここ何年も洋服を購入させていただいている方とふとした投稿をきっかけにTwitter上でやり取りすることができた。その方の作る服がとても好きだという気持ちを伝えられたこと、さらに名前から住所録をめくってくださって、お互いの「いつもありがとうございます」の気持ちを伝えられたことがうれしかった。

 

ものを作る方々との、年月を越えた温かな交流を感じた、秋晴れの日曜日の朝。

 

 

芸工展2017に今年も出展します

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去年「ヒトトビ」で出展した芸工展に、今年はことほぎ研究室で出展いたしまーす。

皆さまのお越しをお待ちしております。

 

* * *

 

私たち「ことほぎ研究室」では、自分たちの好きなことを書いたり作ったり話したり聴いたりすることを通して、この世のさまざまな事象をいかにことほぐことができるのか、日夜研究を重ねています。

ふだんはポッドキャスト「ことほぎラジオ」でその過程をご報告していますが、今回は谷中・根津・千駄木周辺を舞台に開催される「芸工展」にて、かわいいグッズとトークで、これまでの研究の成果を皆さまにお届けいたします。
秋のお散歩がてら、ぜひゆるりといらしてください。

 

【日  時】2017年10月14日(土)・15日(日)10:30-17:00
【会  場】香隣舎(こうりんしゃ)
      台東区谷中7-17-6
      芸工展本部のあるところ
      朝倉彫塑館の並び、築地塀の近くにある、明治の商家の趣を残す谷中らしい建物です。

【アクセス】JR日暮里駅北口徒歩5分 または
      東京メトロ千代田線千駄木駅徒歩10分

 

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【お品書き(予定)】※ご予約は不要です
  ・棒人間グッズ
   →棒人間イラストマグネット&まつわる文章
  ・コーヒー屋さん
   →桂さんがコーヒー屋さんになります
  ・ことほぎトーク
   →リクエストに応じ15分ぐらいのトークを1人or2人でします
   -かるたの話
   -文楽の話
   -詩の話
   -切手の話
   -?の話
  ・名画の模写
   →来てくれた人も名画を棒人間で描いてみよう!
  ・音読
   →お手持ちの本orこちらにある本を音読して差し上げます。
  ・古本屋さん
   →選りすぐりの古本を販売します。
  ・星のランプ
   →桂さんデザインのランプの販売
  ・公開録音
   →ことほぎラジオの公開録音、できたらいいなぁ...
  
その他いろいろ......
  ご希望に応じ、またはタイミングでなんかしらやってます。


芸工展とは...(公式HPより:http://geikoten.f-set.jp/2017/

第25回 芸工展2017
会  期:10月1日~31日 の毎日
会  場:谷中・根津・千駄木・上野桜木・池之端・日暮里界隈
アクセス:JR日暮里駅、JR上野駅、JR西日暮里駅
地下鉄千代田線、千駄木駅根津駅
特設 H P:http://geikoten.f-set.jp/2017/

「まちじゅうが展覧会場」のキーワードを掲げた谷中芸工展(現在は芸工展)は、平成5年(1993年)に産声をあげました。毎年10月、2週間にわたり、谷中・根津・千駄木・日暮里・上野桜木・池之端界隈を舞台に開催されています。

芸工展はまちに暮らす人々の日常の創作活動や表現を大切に紹介し、まち内外の多くの人がまちの魅力を語り合う場を、また「日常の延長としての表現」を通して、まちの様々な人が互いの生活を理解し、認識を深めていく交流の場を目指しています。

芸工展の参加者は、筆や彫金、せんべい、鼈甲といったこのまちに根付く職人の技の他、まちに点在するギャラリーでのジャンルを問わない展示やアーティストのアトリエの公開、路地や街角でのワークショップ、また自宅の一室で行う展示などの自主企画からなります。十数店の参加者とはじめた芸工展は、現在100近い企画数までに拡がり、訪れる人々にとってまちの未知なる魅力を発見する場となっています。

 

 

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映画「沈没家族」を観た

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Pia Film Festival(PFF)のPFFアワード2017作品の一本、「沈没家族」というドキュメンタリー映画を観てきた。

映画周辺の仕事をしたい!と漠然とした気持ちだけで上京し、映画ビジネスを学び、映画製作にもほんのちょびっとかかわるという経験をしてきたわたしにとって、PFF作品を観に行くというのは、旧友に会いに行くような心持ちだった。上京当時はアルバイトもしていたが、とにかくほぼ毎日映画を観ていた。

今回の会場である、京橋にある東京国立近代美術館フィルムセンターは入場料も安く、一日に複数本上映されているということで(たしか入れ替えもなかった?)、入り浸っていた映画館の一つだったので、懐かしさひとしおだった。一昨年、息子と夏休みに活弁を聴きにきたりもしたのだけど、やはり20年前の記憶のほうが鮮明だ。

 

この日は、ことほぎラジオ第4話にゲストで来てくれた友人の高橋ライチさんと一緒に観に行った。彼女はかつての「沈没家族」の重要な構成員の一人で、この映画にも娘さんと出演している。

沈没家族については、彼女から折に触れて聞いていたし、別件でインタビューをしたときに詳しく聞いた。Wikipediaにだって載っている。なので、実際の映像を観て、「ああ、話には聞いていたけれどこれが…!」という感慨深い思いだったし、映ってる人が隣にいて、それが友人でもある、なんてことも生まれて初めてなので、その自分の中の混乱ぶりがおもしろかった。混乱といえば、PFFやフィルムセンターに行くことがわたしにとって20年前の出来事と重なるのに、映画の中でも20年前へ遡及していて、時間の感覚がおかしくなって一人でふらふらしていた。

映画は、監督の加納土さんが当時の関係者たちにインタビューをする形で入っていく。しかし次第に、土さんにとって、母にとって、父にとって、沈没家族とは、あの時代はなんだったのか、自分にとって家族とは何かに迫ってゆこうとする意思が形をとりはじめる辺りの濃度が高く、ぐっと引き込まれた。それはつまり「なぜこれを映画にするのか」という問いへの彼の答えでもあった。生い立ちを訪ねるドキュメンタリー映画はテーマとしても手法としても珍しくはない。膨大な記録の中から、何を残し何を捨てるのか、自分が張本人の物語だけに難しいし苦しい局面もあろうかと推察する。なぜ記録するか、なぜ他人に見せるかも含め...。

沈没家族が行なっていた共同保育を、何かの思想や反社会的な活動と観る人もいるのかもしれないが、きっかけや動機はなんであれ、子どもの育ちに見知らぬ大人が大勢で本気で考えている姿を見て、わたしはなんともあたたかな気持ちになった。育む、かかわる、手をかける、共にいる、心をつかう、愛を伝える…...。形態の奇抜さもありつつ、それだけにとどまらない魅力がある。ネタでもなくイデオロギーでもない、一つの個人的な家族の物語。この映画を起点に立ち現れてくる何かは、これからの「家族」関係の変化や土さんがこれからつくるであろう家族の存在も予感させ、物語ははじまったばかり、という希望に満ちている。(実際、彼はまだ20代前半なのだし)

羨ましいような理解し難いような。笑えるような泣きたいような。記憶と関係を結び直しながら今も生きる「家族たち」に愛おしさがわく。当時と今とそのあいだの時間をしみじみと感じられる映画だ。

 

わたしはこの映画を関係者から直に話を聴くことから入っているので、すごく知っているようであり、でも関係者ではなく、でも初見の観客でもない、という不思議な立ち位置にいる。内容的にも「人の手を借りながら子どもを育てていく」というところで、個人的に目を逸らせない部分をもった映画だ。単一の属性で切って共通することなんてほんの少しと思っているし、穂子さんとわたしは人間が違うし、状況も環境も違うのだけど、映画の中で彼女の話してることやその様子は、共感して余りある。対する立場の「山くん」にも思うところがある。他人の話なのにまるで自分のことのように感じられてしまった。そうなると、わたしにとっての家族についてもやはり考えざるを得ない。それはしんどくもあり、あたたかくもある物語だ。

 

この映画や映画に出てくる人たちに全く関係したことのない他の人は、ここに何を観るのだろう。とても興味深い。ぜひとも感想を聴きあってみたいと思う。

 

「沈没家族」は京都国際学生映画祭2017にも入選したそうで、11月25日(土)〜12月1日(金)まで京都シネマ(COCON烏丸3F)で上映されるとのこと。関西の方、ぜひ!!

 

 

▼最後にみんなで撮ってもらった写真。終了後に加納土監督と沈没家族メンバーの藤枝奈己絵さんともお話できてよかった。

 

 

▼ライチさんのブログ(沈没家族に関係するもの一部)

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なんでもかんでも楽しい日

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きのう悲しい日のことを書いたけど、きょうは二人とも打って変わってなんでもかんでも楽しい日だった。きょうは湿度が高く蒸し暑くて、わたしはほとんど息がし辛く、耳もなんかおかしかったし、移動も多かったけど、ちょいちょい嬉しいことがあったのだ。

 

息子のほうも迎えに行ったらもう準備万端で、図書館寄っていくよ!と駆けていき、なぞなぞの本をたくさん借りた。今はクイズ係さんなんだそう。

 

魚屋さんのトラックに遭遇し、にいちゃんおすすめのタコ足とたらこを買う。こないだ教えてもらったレシピで作ったたらこスパゲティがお気に召したよう。あしたの晩はたらスパで、その上に炙ったタコを載せてほしいって。

 

美術教室へ行って、息子が工作してる間、わたしも絵を描いたり、先生や他の生徒さんとしゃべりながら待つ。この美術教室ほんと好き。

 

美術教室の後に寄る約束をしているいつものお店で、さっき借りた本でなぞなぞを出し合う。わたしも10日ぶりにちょこっとお酒を飲んで良い気分。

 

帰り道、「6時間授業だとうれしいんだよ。だって隣の子といっぱいしゃべれるから」と息子。自分から話しておいて、即座に猛烈に照れている姿がかわいいなぁとにやにやしながら、うんうんと聴く。こういうとき親から茶化されるのがわたしは大嫌いだったので、息子の話をただ聴いて一緒に喜ぶ。

 

概ねこういう日々。ときどき雨。

 

どうにも悲しくなる日

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息子とは概ね楽しく仲良く日々を暮らしているのだけれど、どうにも二人とも悲しくなってしまう日がたまにあって、そういう日は迎えに行って目が合うと、もう怒りを発しているのでだいたいわかる。

 

きょうもちょうどそんな日で、待ってましたと言わんばかりに、次から次から、あれが嫌だこれが嫌だ、もうやめたい、どうにかしてくれ、などなど詰めよってくる。とはいえわたしに何か提案や解決をしてほしいわけでも、本当にそのことが嫌なわけでも、たぶんない。

 

ああ、寂しくて我慢することがあったり、言いたいことが伝えられずにもどかしかったり、悔しかったり、恥をかいたりしたんだろうかなぁ、と想像しながら、いつ、なにが、だれがと問いかけてみたり、あえてそれには触れずに肩を抱いてみたり背中をさすってみたり、あれこれしてみるけれど、どれも気に入らないようで、怒りはますますエスカレートする。

 

わたしはわたしでたくさん心をつかって疲れていたので、あまり大きく反応はせず、歩幅を合わせてゆっくりと歩くしかできない。こういうときにこどもの気分をパッと変えて笑わせられるお母さんやお父さんはすごい。わたしはそういうのが苦手だ。こどもが表現しているとおりの感情をただ受けとるしかできない。それ以外の気の利いた何かをまったく思いつくことができない。

 

わぁわぁ泣いたり怒ったりする息子に相づちを打ちながら、わたしの一日の終わりにときどきこんな時間があることを、ごく親しい人でさえもほとんど知らないのだよな、とぼんやり思った。いやいや、実はあの彼女も彼もこんな一日の終わりを過ごしている可能性だってあるのかもしれないけれどね...。

 

息子が怒りながらも「きょうごはんなに?」と聞いてくるので、「お、これはきょうはそれほどひどくないぞ」と内心思いながら「カレーだよ」と答える。

 

そうしていると、保育園の帰りとおぼしき自転車に乗った親子とすれ違った。お母さんが後ろに乗せたこどもに笑いながら話しかけていた。すると息子が急に静かな声ではらはらと涙を流しながら、「自分が悲しいときに楽しそうに笑ってる人を見たら、もっと悲しくなって泣いてしまう。そんな自分がいやなんだよ」と言った。

 

瞬間、わたしの目からも涙がこぼれた。「あーそれね、うん、ある。すごいわかる、わかるわー」と泣きながら言った。息子はちょっとびっくりしたような顔をしたが、黙ってわたしの手をつないできた。

 

家に着くと洗濯物を取り込みはじめる。いつもは声をかけないとやってくれないのに、きょうは自分から黙々とやっている。何か今自分にできて、すぐにわたしの助けになることを考えて実行してくれたんだなと思い、あたたかい気持ちになった。ありがとうと声をかけて、わたしは食事の支度をする。

 

息子がこども時代にちゃんとこどもでいられるように、一番近くの大人から愛され守られ大切にされていることを疑いもしないように、そういう日々を営めたらと願う。

 

わたしはわたしで、息子の前であっても泣きもすれば怒りもし、矛盾だらけでときどき一貫していて、葛藤しながら模索し続ける、親であり、一人の人間でいようと思う。わたしがわたしの人生を生き、この世界とあたたかいつながりを持ちながら、息子を育てていく。

 

二人でちょっと悲しくなる日は、大切なことを思い出す日でもある。

 

ことほぎラジオ第10話、配信しました

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12回完結のことほぎラジオ、ついに二桁になりました。おおお......。

 

今回は、けいさん、せいこが夏に出かけたそれぞれの旅のおみやげ話です。

音だけですが、晩夏の山本亭(葛飾区柴又)もなかなか趣があります。

リスナーさんが立会ってくださっていたのも新しい試みでした。その大きな存在により、いつもより集中して、じっくり考えて聴いて話した気がします。


収録・配信したことによってわかることがいつも生まれますが、今回は、旅に出る、身体を運ぶ、関わる、時間を生み出す、時間を共にする、体験する、記憶する、思い出す、物語る、創作する、鑑賞する......などについての考察がさらに深まったように思います。

 

聴いてくださる方には何が聴こえている、見えているんだろう。

聴いていると家事が捗るとか、遠くに行った気になったとか、何かいいこと、新鮮なことがあるといいなぁと願っています。

 

おたよりは、Blogのトップページ右上の、天使たちがお手紙を持っているアイコンをクリックして、フォームからお送りください。チャンスはあと第11回、第12回ですよ!!

 

 


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