小説『サード・キッチン』の読書会をひらきました。
『サード・キッチン』白尾悠/著(河出書房新社)
こんなお知らせを出しました。
thirdkitchenbooktalk.peatix.com
そう、なんと著者さんをお招きしてのスペシャルな読書会だったのです。
著者さんのお話だけを聴くトークイベントではなく、参加したみなさんも話すし、白尾さんもお話される、読書会です。(こんな読書会もつくれますよ〜)
自然な流れの中で、白尾さんへの質問はしていただいてよいのですが、なるべく感想のほうを多めに話しましょう、と冒頭のガイダンスでお伝えしました。
また、この本のテーマの一つでもある、Diversity & Inclusionについても共有しました。
・誰でも、見た目ではわからないこと、知らない面、人生の経験があることに配慮する
・舞台が違う国だと、どうしても主語が大きくなりがち(日本人は〜、アメリカ人は〜、若い人は〜)。とはいえ場合によっては類型化も必要。いつもより少し意識的に使ってみては。
・わたしを主語に。日本語では主語を言わなくても通じることもあるけれど、誤解も生みやすい。あえて主語を明確にしてみるのもいいかも。
......といった形でこの場ではやってみたいです、と。
今回集ってくださったのは、読書会への参加をきっかけに本を読んでくださった方ばかり。
・まとまって本を読む時間がないので、読み切れるか心配だったけれど、一気に読んでしまった!
・電車で読み始めたら、すぐにこれは細切れではダメだ、じっくり読まないといけない本だ!とすぐわかった
・なかなか人と出会ったりじっくり話をする機会がないので、こういう場はうれしい
など、読書を楽しんだこと、読書会で話すのを楽しみにしながら過ごしてこられたことがわかりました。ありがたい!
さて、ここまで話せば、あとはもう2時間弱、ひらすらに楽しいトークの時間です。
まずは主人公・尚美が、いる場所や出会う人が変わっていくにつれて、世界の見え方が変わっていき、感情もめまぐるしく動いていく様に、ドキドキしながら読み進めた、というご感想から。
そう、まさにこの主人公の心情や、周りの人との関係性の繊細な描写が、白尾作品の魅力の一つだとわたしは思います。さらに読者を物語に連れていく推進力は、根底にある骨太の思想から生まれていると感じます。
登場人物の中では特に、尚美と深いつながりにある「久子さん」に光が当たりました。白尾さんにとっては、「感想をもらう中では、あまり久子さんについては聞いたことがなかった」とのこと。これは感想を交わし合いながら発展していく、読書会ならではの現象かもしれないですね。
たまたま久子さんと同じ静岡出身だったり、静岡で働いていた経験のある方がいたのも、リアリティを与えてくれました。どんな思いで生きてきた人なのか、このような行動ができる芯の強さ、時代や世代の影響などについて感想が出ました。
白尾さんご自身のアメリカでの留学経験も反映されている小説ですが、その経験のシェアからも驚くことは多かったです。この経験をいつか形にしたかったと温めてこられたという話もうかがいました。
「アメリカの大学の雰囲気、学生が自治を認められている感じ、市民の一人として認められていて、自立しているところに、日本との違いを感じた」という方もいました。
「差別」「偏見」についての話題もじっくりと話すことができました。これらはやはりこの本を読み進める上で外せないテーマです。
知らないだけで、気づいていないだけで、別の立場からみれば差別になっていることも多いのでは、外から日本または自分を俯瞰してみる経験が大切なのでは、それをどこで経験するのか?などの話が出ました。
その一方で、「同じ属性で一緒にいる安心さもあるよね」という実感の話もありました。どこからが差別や偏見になり、どこまではOKなのか。考え続けたいテーマです
小説の中では、「セーフスペース(安心安全な場)」をめぐる学生同士のやり取りが描かれますが、「白黒はっきりさせない、答えを出さない物語の運び方に唸った」という感想もありました。ここを始めとして、物語を通じた全体として、良い悪いを断じない姿勢があるからこそ、読み手が深くテーマを考えることができているように思います。
参加された方からも、ご自身の海外在住の経験や、日本での留学生と接する中での違いや多様さ、歴史認識等についてのシェアがありました。他の方にとっても、「ああいうふうに発言したのはよかったのか」「あのとき相手はどんなふうに感じていたのだろうか」などの語りを聞くことで、様々な立場に仮に身を置いてみる経験ができました。
「この登場人物の中で誰が好き?」という質問があり、お一人ずつ答えていただきました。この質問はとてもありがたかった!
「ニコルやアンドレアとわたしも友だちになりたい!」「ジョシュはキツいこと言っているように見えるけれど、実は尚美のような留学生が初めてのケースだったので、接するのに戸惑っていたのでは」など、人物それぞれの魅力や存在が立ち上がります。
良い人悪い人、敵味方はない。こちらの立場が変われば見え方もまた変わることを、この話題でも感じることができました。
本を読んだことで、既に皆さんの中で、一人ひとりの登場人物が生きて、まるで身近にいて、よく知っている人のように感じられています。そこにさらに、「この人はこんな魅力がある」と話してもらえたことで、好き嫌いを超えて、ますます生き生きと存在するようになっていくのがわかりました。
「表紙・裏表紙がとても良い」という声多数。暖かそうで、美味しそうで、明るい気持ちになる、思わず手に取りたくなる、など。カバーを取ってもかわいいのです。凝っている!
装画:原倫子さん、装幀:アルビレオさん @albireoinc
お仕事
— 原 倫子 (@TomokoHara2) 2020年11月5日
白尾悠さん著『サード・キッチン』装画を担当しました。
素敵な装幀はアルビレオさんです。
舞台は1998年アメリカですが、現在を生きる私達が読むべき小説だと思います。
本日発売、沢山の人に届きますよう!https://t.co/Us5J93pmhR pic.twitter.com/QYLgKnQUCP
他にも友達関係、言語、ごはん、文体や表現など、様々な話題が、あとからあとから湧いてきて、いくらでも話せそうでした。
作中に登場するSheryl Crowの"Everyday Is A Winding Road"のリリースは1996年。
Spice Girlsの"Wannabe"も1996年リリース。1998年当時大学生だったわたしとしては、とにかく懐かしい!
わたしの『サード・キッチン』はこんな状態に......。
これだけ付箋立てていると、どこがなんだかさっぱりわからないですが、語りたいところがいっぱいでした。とにかく語りたくなる小説なのです。
当日をふりかえってみて。
やはり『サード・キッチン』は素晴らしい物語だということを皆さんと確認できたことがうれしかったです。そして著者と読者がフラットに、温かく交流できる場がつくれたということもうれしかったです。
感想を著者に直接伝える、それを受け取る、という交流。
小説はいい。本はいい。感想を交わし合う場はいい。
同じ物語を旅している、でも見ている景色は少しずつ違う。
そのどちらも感じられるから、語れば語るほど、物語が厚みを増す。
自分にとって特別な物語になっていく。
個々の読書体験が場に持ち込まれて、より豊かに膨らんで広がって深まって、登場人物たちやコミュニティや舞台になった大学が、自分の中でほんとうに存在するようになる。
「学ぶことも、働くことも、移動することも、大きく変化している今、この希望の物語を語り合うことで、生きるエネルギーを融通し合えることを願っています」と告知文に書きましたが、それ以上の体験でした。
変化は人との関係の中で起こる。
どんなに世界が変わっても、きっとそう。
分断を恐れず、人と関わり続けていこう、と思いました。
後日いただいたご感想、『やさしくて、気持ちを込めてお話ができる、素敵な場でした。 まるで、サードキッチンのような』。
これ以上ないという言葉!光栄です。
ご参加くださった皆様、白尾悠さん、
「参加できないけれど買って読んだよ」とご連絡くださった皆様、
ありがとうございました!
参加された方へは、白尾さんからのカードのプレゼントをお送りしました。
物語のモデルになった白尾さんの母校の校内にある施設が描かれています。お手元にあるのが残り数枚とのことだったので、ほんとうに貴重です!(写真は白尾さんよりご提供)
このブログで興味を持ってくださった方のために、ツイッターで見つけたご感想と、関連記事も貼っておきます。(ダメ押し気味に!)10代の人たちにも読んでもらいたいなぁ。
「サード・キッチン」はマイノリティにとってセーフ・スペースでもあるけど、様々な国の出身者が集うだけに色々なテーマ(経済格差・世界情勢への無知・差別・ジェンダー・性的少数者・戦争責任 etc...)にハードに晒される尚美。読者も尚美と共にこれらのテーマに向き合い考えることになる。
— AsiaeNne (@AsiaeNne) 2021年1月16日
白尾悠「サード・キッチン」読了。留学先でうまく話せず強い疎外感を感じていたナオミが、たどり着いたコミュニティで美味しい食事と温かさに充たされる場面に強くひきこまれた。類型的な状況でも心情描写が細やかで、ありふれている感がない。一気に最後まで読んでしまった。
— アキ (@leisai) 2020年11月23日
「サード・キッチン(白尾 悠)」
— 珈琲と煙 (@wR0EzfIB3rT4goe) 2020年12月12日
感涙!
…と帯に書いてあったけども、
感涙より何より、めちゃくちゃ考えさせられた。
今まで誰かと喋っても、私は自分の気持ちを本当に表現出来てたのか
私の言葉で相手がどう受け取るか、本当に考えていたのか#読了
#Bookstand https://t.co/mHRbbfaAfb
白尾悠さんの『サード・キッチン』、うなぎの骨せんべいみたいに骨太で、芳ばしくて、豊かで、噛みごたえがあっておいしかった。答えがその場で出なくても、ずっと考え続けなければならない、その苦しさを共に耐えてくれる小説です。ぜひ、ぜひ。
— 彩瀬まる (@maru_ayase) 2021年1月6日
▼白尾さんへのインタビュー
▼書評
この読書会をひらくにあたって、いろんな準備をしましたが、背景や扱うテーマについて、本を何冊か読みました。こちらの記事に紹介していますので、併せてご覧ください。
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