ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

ほんとうのKJ法に少しふれた話

KJ法 の「花火」技法で2019年を描いてみる会に参加した。

募集文はこんな感じ。


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KJ法って付箋や紙片に書いたキーワードをカテゴリ分けしていく手法のことでしょ?」って思っていたら、主催の由貴さんから、「わたしもそう思ってたんだけど違うんですよ、すごく対話的で深いらしいんですよ」と聞き、へーっと思ったのが去年の秋ぐらい。

 

そのときに、これを発案した川喜田二郎さんの著書も教えてもらった。

KJ法―渾沌をして語らしめる」

...あ!川喜田(K)二郎(J)!!!

タイトルにじわじわくるし、、しかもこの本580ページもあるよ。

ほんとうに上に書いたようなことなら、そんなにページ要らないわけで、、

これはなんかあるぞ!しかも伝道者から学べる機会はそうそうないぞ!

ということで、参加した。

 

 

もう少し参加にあたっての動機を書くと。

普段からメモ魔のわたしだが、まずメモをどこかにやってしまうのが悩みである。(これはKJ法でもどうにもならなそうだけど!)

メモを元手に何かをつくり出すときに、重要度や優先度に基づいて実行するのが苦手で、とっちらかってしまうことが多い。取りこぼしたものの中に大事なものが入ってるんじゃないかと気になってしまう。

付箋をつかったワークショップへのアレルギーもあった。付箋にキーワードを書いて分類されたときに、書いたことが自分から分離しすぎたり、意図をくんでもらえていない気がしたり、ネタとして使われただけ、など、どこか気持ちがついていかない感じがあったのが気になっていた。

 

 

 

ファシリテーターは、この道32年の宗形憲樹さん。

茨城のひたちというところからいらしているそう。(日立市ひたちなか市?どっちでもない町?今度聞いてみよう)

 

KJ法に関する宗形さんのエントリー

munaken.hatenablog.jp

 

 

参加してみての第一感想は、とにかく、すごくおもしろかった。

頭も感覚も身体も使うから、すごく好みだった。丁寧で温かで人間らしい手法だ。

 

わたしが他で日常的にやっていることとも関連があって、言わんとしていることは部分的にではあるけれど、理解できていたと思う。

例えば感覚を大切に配置する話は、競技かるた、コラージュ、写真、ポッドキャスト、片付けで大切にしていること。

言語化する話は、新月のリストでやっていること。

 

↓ なんか近いことをやっている気がする(ポッドキャスト収録のときに使った地図)

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宗形さんが用意してくださった資料が2cmぐらいもある分厚さで、特別な紙だったり、中身は詳細でしかもわかりやすい流れで、こうして一つひとつ丁寧に準備してきてくださったのだなぁということが伝わって、それだけでもう、うれしい。

 

さすがに長年培われてきただけあって、一つひとつに根拠があり、体系立っている。そういうものを順番に手渡される過程では、自分の中の既にある体系が、ぐぐーーっと手を伸ばしてつかみとろうとしているのを感じる。

 

わたしの好奇心がとても喜んでいる、という感じ。

 

 

 

その中でわたしが受け取ったことや印象や感想を備忘的に並べる。(間違ってることも多々あると思う!)

  • KJ法は「考えたいこと」をより広く深く考えるための発想法。KJ法でつくった図解は、自分なりの納得のいく答えを見つけたり、選択するために力をくれるものになる。「分類」はその要素の一部でしかない。まして、目的ではない。
  • 付箋は使わない。
    小さなタックシールを使う。貼るまでは動かしやすく、貼ってしまうとはがせない。時間帯が変わる、モードが変わることが、道具の変態によって意識的になる効果がありそうだ。
  • キーワードで書かない。文章にする。
    付箋を使わない、固定するシールを使うということと、キーワードではなく文章で書く、ということが、大いなる誤解だった!と思った。
  • 「考えたいこと」に至るための「問い」を立てる。この問いの立て方にもコツがありそうだ。答えを出しやすい、自分が答えを出そうと意欲的、協力的になれる問いなのだろう。

  • 問いに対する答えをひたすら出していく時間がある。ここはブレインストーミングなので、時間に制限をかけつつ、出尽くすまで出し、分類や評価はしない。

  • 出したものをピックアップする段階では、要らないものを捨てるのではなく、要るものを残す。このへんが実に片付けっぽい。

  • 関係性を見ながら進める。関係性であって、整理分類ではない。このあたりがもう少し経験を積みたいところ。

  •  表面的な言葉だけに引っ張られず、言わんとしていること、願いをすくいとる。言い換えや要約の力、聴く力が求められる。
  •  階層が上がっても、元のラベルに書いたエッセンスが失われないようにすくとってすくいとって、最後に結晶のような文章にする。細かく見たければ最下層まで戻れるし、最上層だけ見ても、なんのことか思い出せる。

  • 一人でもグループでも作れる。みんなで作っているときは、機会が等しく与えられている良さがある。他の人に伝わるように、みんなにとっていいものになるように文章をつくろうとする力がより働くのもいい。参加、貢献の実感がある。

  • 最終的にできるものは図解ではあるけれど、わりと言葉に偏ってはいるので、ここにもっとイメージが強くなるような象徴するイラスト、写真、などを貼りこんでいくともっと自分にとって特別なものになりそう。逆に今までやっているコラージュを最後見える言語にも落としていくといいかもしれないというアイディアもわいた。(今は発表で話してもらっているので、見える言語としては残っていない)

  • 後半の個人ワーク「わたしが2019年にやりたいこと」は、今一歩自分で納得するものができなかったので、あらためて作ってみたい。

  • 宗形さんが見せてくれた、タスクリストをKJ法で作ったものが楽しくて効果がありそうだった。あれにもこれにも使えるのではないか、といろいろ試してみたくなった。

  • 今年は仲間と本をつくるプロジェクトがあるので、そこでも生かしてみたい。クライアントの話を聴くときにも使ってみたい。

 

 

考えや思いは自分のものだけれど、自分の中にあるときにはそれと気づかないことも多い。こうして出して見えるようにして、味わって、またそれを食べて栄養にして、、自給自足な感じ。さらにこれをもって人に説明することもできるし、人と交流もつながりも生み出すことができる。

表現ツールのひとつ、という気もした。

 

 

熱意をもってひらいてくれる人がいるから学べ、仲間がいるから学べる。

講師の宗形さん、主催のお二人、参加者のみなさま、ありがとうございました!

 

 

主催の由貴さんのレポート。言語化、ありがとう。

blog.joyliving.org

 


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