ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

〈レポート〉教育の当たり前を問い直そう!映画 “Most Likely to Succeed” を語る会 (Extra ver.)

2月7日こんな場をひらく予定だった。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

予定「だった」というのは、共催者が前夜に体調不良となったため、内容が変わった。

事前のお申し込みは13名あり、予告していた内容をわたし一人で進行して皆さんに良い体験を提供するのは難しいと判断し、一旦キャンセルした上で、形を変えて開催した。

そのため、このレポートは、(Extra ver.)ということで書く。
※MLTS:Most Likely To Succeedの略。HTH:High Tech Highの略

 

●こんな場

アメリカのドキュメンタリー映画 ”Most Likely to Succeed” (以下MLTSと略)を観た人と、教育を変えていくために動きたい人たち同士で感想を語る場です。
これからの日本の教育について立ち止まって考えたり、具体的なアクションの中身について話せる仲間に出会えることを目指しています。(告知より)

 

●こんな方がご参加。この日の立場と動機を一部ご紹介。

・教職員/保護者

大学教員としては、学生が受けてきた教育に疑問を感じることが多々ある。一方、今年から小学校に入学する子どもの親としては、日本の教育精度の中で学ぶ子どもをどうやってサポートしていくべきか、悩んでいるところ。
非常に考えるところが多かったドキュメンタリーなので、参加者の皆さんと意見交換を通じ、いろいろな角度から教育のあり方について考えたい。特に、映画で提示されている教育制度の問題点を踏まえて、今の日本社会で自分が何ができるのかを考えるヒントが得られたら。


・教育事業

美術館と小学校の連携事業で対話型美術鑑賞の授業のボランティアをしている。
学校の当たり前も、こうして外部との連携が進んでいくことで開かれ、鑑賞の授業を通して、子どもたちの生きる力をエンパワーする助けになればと願って、活動に携わっている。この機会に、教育・学校で当たり前となっていることや、どういう問題が現場にあるのか知って活動の参考にしたいと思っている。

 

・保護者

以前に観て感銘を受けた『MLTS』を捉え直したい。これからの自分と、自分の子供の学び方と生き方を考えたい。

 

・教職員

学校の存在そのものを問いながら、教員を続けてゆくビジョンと方法を参加者との対話の中で見い出したい。オンラインでの対話や人間関係の築き方についても、実際に参加する中で見い出したい。

 

●冒頭で皆さんと共有した「きょう目指していること」のは、次の3つ。

  • MLTSという作品を新しい視点でも観察してみる
  • MLTSと対話から生まれた、今の自分の葛藤と関心を言葉にしてみる
  • 傷つきがあれば、それを温かく見つめる、対話を通じて勇気を得る

葛藤や傷つきについて意外と思う方もいるかもしれないが、教育のテーマはかなりセンシティブだとわたしは思っている。大人は多かれ少なかれ、傷つきの経験をいまだ抱えている。

わたし自身、MLTSを観ながら、子の立場に立つと、「こんな教育を受けられていたら!」と思ったし、親の立場に立つと、「でも自分とは違う手段や選択を子に与える覚悟があるか」と揺れたし、教員の立場に立つと、「自分の仕事のやりがいとは何か見失いかけていたが、ここで得ることができた」という喜びに共感する。

ファシリテーターとしては、感情、emotionalな部分も大切にしてほしいと思った。

 

●対話のサポートツールの共有

事前に準備をしていて気づいたのは、このドキュメンタリーは情報量が非常に多いということ。

High Tech Highの教員、学校関係者、生徒、保護者、教育関係者、研究者など、大人数へのインタビューと、現場の画、解説用の画が入れ替わり立ち替わり入ってくる上、トピックも多い。

なかなか一度見ただけでは追いきれない、取りこぼしが多い。

その人の内に「沈殿」したものだけで語り合うことはできるが、局所的になるのは勿体ない。全体像も捉えながら話したい。なによりわたしがどんな話題が出たか、把握しておきたい。

そういったあれこれを考えて、資料を作成することにした。映画を頭からシークエンスごとに一つのスライドにまとめたレジュメをつくった。

一時停止しながら、エッセンスを抽出し、スライドを作成していく作業はなかなか大変で、前日深夜2時半までかかった。もっと早くに作業を始めていればよかったと後悔。

大変ではあったが、驚くほど名言の宝庫で、あとあと何度も見返したいものができたので、自分のためにも作ってよかったと思う。

 

当日はこれら14枚のスライドを〈対話のサポートツール〉として提供した。

スライドタイトルのみ並べる。

  1. アメリカ教育の歴史 
  2. High Tech High設立の経緯
  3. High Tech Highのイントロダクション
  4. High Tech Highの授業(プロジェクト)
  5. 有識者の言葉
  6. High Tech High 能力、判断力
  7. High Tech Highプロジェクトの懸念
  8. 統一テストの弊害
  9. 暗記型テストの弊害
  10. 新しい教育と展示発表
  11. 教師の役割
  12. ふりかえり
  13. 総括
  14. アメリカの教育制度

他に、参考資料として、「アメリカの教育制度」の図表を共有した。(出典『海外の高校&大学へ行こう!2020年度版』(アルク)

 

このスライド資料をPDFにしてグーグルドライブで一時共有し、チャットにリンクを貼って、各自で見ていただく時間を10分ほどとった。

 

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●内容の確認をした後、対話の時間

気になった人や言葉やシーン、全体の印象などを自由に発言してもらった。
記録として残しておくと、長期にわたり役に立つ内容だと思うので、シェアしたい。


何が起こっているのか?
・今じゃなくてもいいことを大人が一生懸命やりすぎている。「今」で向き合えばいいのに。その子のニーズに応えられるか、見る余裕があるか、待てるか
・テストの弊害について、カリキュラム表の形で出されると、どうしても遅れることが怖くなってしまう。生徒も不安になる。この教育でいくと、大人になってからも結局カリキュラムと達成から逃れられない。いい思いをした人が先生になりがち、再生産される
・Vincentさん(数学の先生)のくだり、やるせない、HTHで学んだことをよかれと思って現場で試して、苦労してやったことが、このように捉えられるのか......。
・冒頭、小学校4年生の子が、親と先生との面談、「大人がうそをついているのに気づいた顔」にまずつかまれた。ハッとなった。学校のシステムの中にはまらなかったときに、「今我慢すればあとでいいことが待っている」と自分も言いかねない。
・「あなただって数学やったからバークレー大に入ったんでしょ」葛藤する親。自分は枠組みの中でやってきたのに、「子どもに枠組みを信じなくていい」と言える?

 

HTHの教員の関わりに何を見る?
・「生徒に一度も判断させないなら、判断力なんて育つわけがない」のくだり。周りの大人が望むことを子どもが察して決めてしまっている。判断を自由にさせる場も必要

・大人が用意して「こういう在り方がいい」とする圧迫的な環境。もうちょっとなんとかならないのか
・教員が考える完成図を押し付けない。「生徒にこうなってほしい」は
・後半に登場する生徒2人のうちの1人Brianに「ビジョナリーを失ってほしくない、きみがきみでなくなる」あのふりかえりの時間はよかった。

・一見自分本位的な行動をしてしまう子って、子どもたちの中で責められて、いじめられる可能性だってある。でもそうならないのは、先生が、その子の個性と人生をみているから。

・環境をつくる教員たちも、「未来に向けて模索し、失敗は次へのチャンス、必要なものと受け止められる」。つまり、「責任をとっておしまい」じゃない環境づくりが、教育の大事なところ。多様性、価値、ゴールはたくさんあると本人が思えるかどうかが鍵
・「自我を育てる」ができない、「みんな同じ」を求めるけれど、今できることは?
・合意形成、新しい価値をつくる、大人がまずやる。先生も幸せ、生徒も幸せがいい

 

教育変革は可能か?
・コロナ禍は、学校が根本的に変わるチャンス。お金がある人はどんどん行けちゃう。塾のオンライン授業だって受けられる、差が広がっていく(ように見える)。
・この映画は、「教育ってなんだった?」を問い直している。でも、いい兵隊→いい工員の図は、100年以上変わってない。

・大学現場で「ディスカッションスキル」と言うとき、とりあえずビジネスで使えるスキルとしての位置付け。ほんとうはもっと深い。大学も右往左往している。
QUALCOMMのニーズが発端となってHTHが生まれた。AI技術発展後の人材、教育はどうやって育てるかを模索して、クリエイティブな人が生まれる可能性を求めて学校を作ったような、大きなニーズ、IT産業が発展させるためにという文脈に乗せる?
・そもそもお金がついているところで人材教育をするしか道はない?

・受験勉強で扱っているのは、大したことがないのでは。中学校、高校に行かせずに高卒認定試験で大学に入るルートだってある。既存にはまらなくていい。

・学びが進んだHTHの生徒たちは自然と、「戦争を続けさせない社会をつくりたい」「今の社会を根本的に変えていかないといけない」という志向になるのではないか。(タリバン占領下のパキスタンでの女性の人権を演劇で発表していた)

 

人権と経済のねじれ構造

・戦争をなくすのは教育の力だが、一方で、国力を上げるという文脈だと競争が必要になる?

・「産業界のニーズによって人材を派遣して国力を上げる」と「学問と人権、市民社会に参加する者として教育を進める」のふたつがねじれ構造にある
アメリカは権利意識も根づき、人種のるつぼでもある。人権に向き合う、個人を尊重する土壌は日本に比べてある?
・日本は産業界の要請が強すぎる。言うことを聞いてくれる人をほしがる。和を乱さない、個より集団の優先。『わかりあえないことから』平田オリザ著にヒントがある。市民教育の重要性。
・ “空気を読んだ中での”ディスカッションでは、経済界の人材育成がHTHが生まれるレベルまで行ってない
・成功するには知識より能力

 

MLTSの表象、描かれていないもの

・そもそも成功しなきゃいけないの?
・エリート、上位層の子どもたちがもっと産業界の役に立つ産業改革を目指すと、中位から下位は蚊帳の外になる?
HTHの半分が貧困層というが、この教育についていけるのは上位の子の可能性ある?描かれていない部分だが、インタビューに出てくる親が大学進学を意識している様子から推測。教育に関心があって、関心が強い=階級的に上?選抜は「公平」「バランスを考慮」とはいえ、親が入学を検討する時点でバイアスがある。
・ハンディキャップの子は?
・シャイな子と自分で言っていた子も、日本と比べたら全然シャイじゃない......。

 

フィードバックする力、フィードバックを受容する力
批判する、フィードバックを受容する能力。批判的なものの見方をしなくちゃいけない。とはいえ、批判の仕方が下手。「攻撃」と勘違いしがち。深まらずに気分だけ害するのはもったいない
・攻撃・非難してしまうこと、それによって生まれる痛みが、「変わっていくための通過時期」だといい
・原語では批判=フィードバック、評価=アセスメント。ニュアンス違う
・大学になってはじめて批判的に見ること「問いをつくる、問いを立てる」に直面
・高校生のプロジェクト学習に関わったとき、「なんで自分たちで問いを立てなければいけないんですか?」と質問あり。「身近なところから問いを見つけると世界が豊かに」と当たり障りなく回答。「こういう能力が今必要」って言われてもという戸惑い。

 

大人から変わっていく

・家の中、社会の中で育てると言われても、大人に余裕がない現状。子どもが質問すると親が怒る。答えるのが難しい問い、素朴な疑問や不思議に大人が子どもに丁寧に向き合えない。先送りにする対応しがち(あとでね)。「不思議」と感じる気持ちを摘んでいるかも
・中学生は受験勉強をやらされ、高校生になってやっとプロジェクト学習できるようになっても「へ?」という反応になるのは当然。
・「なんだろう?」と内在的に問いを立てる習慣がない子に、教科書は何ができる?

大人の「言うこと」ではなく、「姿勢、ふるまい、態度」を見ている。笑って流すのを学んできているから、わきまえてしまう。それは大人がしていること
・「あなたそれどういう意味?どういう意図?」と聞ける社会にようやくなってきた。習慣がないから最初は難しいが、言えなかったことを一つひとつ口にしていく。それでしか次に進まない、変わらない
・我々大人がどう癒されていくか。小さいことでも疑問を口にすることから
・大人が集まって話すのも第一歩(この場!)
・困っている、悩んでいる、いろんな立場の人がいる姿を見せていく、自分がもがく
・ 国、世界にゆとりがない今、コントロールできるところからしようとすると、子どもにしわ寄せがいく。
・大人が環境を整える、姿勢を見せる

 

気づく、小さくやる、やめる

・「〜べき」が多い社会。「規範に従え」の意味合いがある。「〜べき」は英訳しがたい日本語だそう。should=better ideaぐらいの意味。

・「〜したい」の主体が後回しな文化。外側から制約、内側からの願望の板挟み。まず自分に向けて、「〜べき」から解放されよう
・「ゆとりがない」と思わされてるかも。実はゆとりはつくれるし、あるかも。忙しいと思い込んでいたけれど、時間はふんだんに、出会える世界はいっぱいあった。ほんものにも出会える。
・「本当に〜しなきゃいけないの?」と問う。自分に、人に。

・気づいたわたしが「ゆとりがないと思わされてるだけなんじゃない?」「そうじゃないんじゃない」と思うだけでも、だいぶ違う

 

HTHに見る場づくりのコツ 

・個別最適化を目指す場
・生徒間の関係作りはどうしていたのか。この方法だと学生と先生のつながりが強くなりそう。>自分(先生)がいなくなって、生徒同士にやらせるなど工夫していた。
・ゲストスピーカーと個々の「質疑応答」ではない場づくり
・「コミュニティ」が鍵。前に発言した人を受けながら発言する>自分が思ってることを他の人が言ってくれる感覚がある>安心して自分の意見が言える>見えてる未来が一緒の感覚

 

●本日参加しての感想、今後に向けての思い
・一緒に授業をつくりあげていく姿勢を少しずつ見せたい
・同じことを思っている人はたくさんいる、自分がやっていることが間違いではないと思えた
・未来の子どもたちに少しでもよい社会を渡したい。子どもの力を信じる!
・自分が疑問に思ったことは建設的に批判する、道が見えた
・一つひとつ声をあげていくことの大切さを会って話してみるとわかる。わきあがってくるものを顔を見ながら話せてよかった
・人をどうとらえた上で教育が設計されているか注視したい
・「日本から出ればいい」ではなく、自らが自らの社会を変える側になる
・思想ではなく行動になっているところに合流していきたい

 ●ファシリテーターのふりかえり

わたし個人の中に印象深く残っている話題は、「映画で語られていないこと。全体としては、資本主義経済を否定しているわけではない。その社会は続行する前提で作られてはいる」「学びの権利や人権と、国家の経済成長は、同時に語ることが難しいことがある。しかしやり方はあると思う。少なくとも100年前と同じではなく、変わらなくては」のあたり。

丹念に観ることで、語り合うことで、「語られていないこと」が見えてくる。批判的な鑑賞とはこういうものだな、とあらためて思う。

皆さんの言葉を聞いていると、High Tech Highの目指していること、意図、精神のようなものを深く読み取って、その上で、今自分がかかわっている人や現場で何ができるかや、大きな主語に対しても、個人としてどう批判的(Critical)に主体的に関わっていくかを考えておられているように感じた。一人ひとり立場が違い、いる場所も違う(海外からつないでくださっている方もいた)からこその、展開だったと思う。

対話の中でも出てきたが、成功(Success)という言葉に違和感をわたしも抱いた。制作者の意図とは違うかもしれないが、わたしとしては、「人が成長しやすい、伸びやすい」と言う意味で、「一番有力な成功方法(Most Likely To Succeed)」と言っているのではと解釈している。

この映画で編集され描かれていることも、High Tech Highの取り組みも、すべての人に当てはまる教育ではないという自覚と前提の上、行われている。エンディングでは、他の教育機関や現場での取り組みも紹介されている。

知らないだけで、オルタナティブな手段はたくさんある。それこそ、「これだけが唯一の道って本当?他にもあるんじゃない?」という姿勢で、アンテナを広げていきたい。

2020年以降の世界を予測したような内容でもあり、これからも何度も見直したい映画。そしてこのレポートもまた戻ってこられるものになっているとうれしい。

 

子どものためだけでなくわたし自身が、学びの選択肢はもっともっと増えてほしいと切に願うし、この社会の構成員である一市民として、これからも学びの選択肢を増やすことに貢献していきたい。

社会が大きく動いている今、過去と未来を見つめながら、異なる立場や意見を持ち寄って対話する場は、ますます必要とされている。

その際に、作品を通して対話し学ぶやり方がある。
作品を通して、集いをつくり、機会をつくり、関係をつくる。

わたし個人は、このようなやり方で学びの選択肢を広げ、鑑賞対話の場づくりの価値を伝えていきたい。

 

最後になりましたが、突然のイベント中止となり、あの形で準備や調整をして楽しみにしてくださった方にはほんとうに申し訳ありませんでした。

形を変えたシェアの場に来てくださった皆様、ありがとうございました。

 

教育はエンジニアリングよりガーデニングにずっと近い。あなたが庭師なら、植物に育てとは命令しない。植物は自分で育つ。

自分に力を与えるもの。好きで仕方のないこと。
押さえつけても湧き上がってくる。

---Sir Ken Robinson from "Most Likely To Succeed"

 

 

vimeo.com

 

経済産業省の研究会資料
FutureEduTokyo主宰/MLTSアンバサダー 竹中詠美さんのプレゼン資料 (PDF)

https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/mirainokyositu/pdf/002_03_00.pdf

 

 

今後の予定

イヴァン・イリッチの『脱学校の社会』を1章ずつ読んでいく読書会を予定しています。詳細が決まったらこのブログまたはpeatixにてお知らせします。

 

 

 

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