映画『ダンシングホームレス』を観た。
https://thedancinghomeless.com/
tHe dancing Homeless 大文字のHが肝心。
新人Hソケリッサ!には個人的にずいぶんお世話になった。
映画についての感想を出す前に、これまでの思いを一旦置きたくなった。
ふぅ......。
さて、そんなわたしの映画『ダンシングホームレス』 の感想。
わたしは、能楽やクラシックバレエなどの型のある踊りや舞が好き。
一部の隙もない完璧な様式美の世界。
一方で、ソケリッサの踊りも好き。
その人の人生を湧き上がらせて身体を使い尽くす踊り。
その人でなければ表現できない唯一無二の踊り。
「身体はダンサーらしくないけど、見てると一生懸命やってるのが伝わってくる」
うん、やっぱり見ちゃうと思うんだよね。
目の前で死にものぐるいで何かを表現しようとしている人がいると。
自分の中に何かが喚起される。
どちらかが優れているわけでも劣っているわけでもない。
どちらも表現。
どちらも矛盾なくわたしの中にある、美の感覚。
ソケリッサを率いる(代表ダンサー?)アオキさんが言っていた、
型をやることで死んでしまう人もいれば、
型によって生きる人もいる。
ということなのだろうな、まさに。
四谷の練習室で一緒に踊らせてもらった、アオキさんや横内さんや小磯さんをスクリーンで見られるのは、うれしい。
本人の言葉で、こういう形で、人生が語られるのを聞けるのは貴重だ。
そうだったのか、そういう背景があったのか、そんな出来事があったのか。
うんうんうん、とただただ聴いていく。
当たり前だけど、ホームレスという名前の人はいないのだ。
お母さんやシングルマザーという名前の人がいないように。
三浦監督がまた、絶妙の存在感と立ち位置でおじさんたちといるところがおもしろい。
素朴な質問をぽんぽん投げていく。
でもそれは社会のルールとは違いますよね?
ホームレスになったことは後悔してない?
なんで英語しゃべれるんですか?
お金、なんで足りないの?
あ、わたしもそう思ったんですよ、でも聞きづらいよねということを、どんどん聞いていく。時間をかけて関係性をつくってきている。
最初は父親の話は勘弁してほしいと話していた男性も、だんだんと話してくれるようになった。「三浦さんはいいなぁ」というくだり、よかったなぁ。
人との出会いで、人生が変わっていく。
時代や、男の人であるということのしんどさなども、もしかしたらあるんだろうか。
おじさんたちは子ども時代に十分に父性を満たされなかったのかもしれない。
そして今アオキさんに出会って、満たされているのかもしれない。
父のイメージが、新しい父性の象徴であるアオキさんによって書き換えられているところなのかもしれない。
師匠であり、仲間であり、新しい世界を見せてくれる父。
そんなことも思った。
手持ちカメラの揺れや、都市の騒音に驚いた。
特に音のほうは、そうか、都市ってこんなにいろんな音がしているんだとあらためて思った。
以前、日比谷のミッドタウンの前でラジオの収録をしたときに、静かだと思ったけれど、録音したのを聞いてみると、パッと数えるだけで30こぐらいの種類の音がしていた。メンバーがビッグイシューを販売している場所や、寝床にしている場所などは、映画から聞こえていたように、いつもたくさんの大きな音がしているのだろうか。
さらに、思い出したのは、外にいるとそれだけで疲れるだろうなということ。子どもの運動会やキャンプやバザーや一箱古本市などで一日外にいるときに、いつもよりどっと疲れるあの感じが毎日続くのだろうか。
アオキさんが、「辛いことや嫌なことは無理をしてやらなくていい」と言っていたので、「わたしもうマジで無理」ってなる前に帰ろうと思っていた。
でもまぁ、結局ぜんぶ見ちゃった。
最後におさめられているパフォーマンス、『日々荒野』はどうしても観たかったのだ。
いろいろ読んだ中で、このレビューが一番心に残った。
【Review】『ダンシングホームレス』「世間の目」を越えた先の光景 text 柴垣萌子 | neoneo web
アオキが発する「社会のルールがいいですか」という言葉は、ただの反骨心から来る奇を狙った発言ではなく、重みと説得力、また冷静さが確かにともなっていた。
わたしも、そう感じた。
トレイラーで観るとそこだけが切り取られているから、挑発的に見えるんだけれど。流れの中にあると、アオキさんの誠実さと言行一致ぶりだけが受け取れる。
三浦監督とアオキさんの対談もよかった。
路上生活者が生み出す身体表現を映す「ダンシングホームレス」 振付のアオキ氏「新しい価値観を提供したい」 : 映画ニュース - 映画.com
公開がこのような時期にぶつかってしまって、ほんとうだったらやるはずだったイベントなども中止になり、不運なことだ。
でも、違う時期に、違う形で、日の目を見るはず。
たくさんの人に、ソケリッサの表現に出会ってほしいなぁ。
これを書いているのは2020年4月7日。
先ほど、東京など7都府県を対象に、法律に基づく「緊急事態宣言」が出た。
ミニシアターを救え!プロジェクトが発足。
外出自粛や緊急事態宣言による経済的補填を日本政府に求めるなどのキャンペーンがはじまった。この国における文化や芸術政策の問い直しを迫る動きになりそう。
イメージフォーラムに向かう途中で、ちょうどビッグイシューの販売員さんがいた。買いそびれていた号があったので、ちょうどよかった。そう、バックナンバーもお持ちなんですよ。
感染症の流行で都市部を歩く人が少なくなっていて、販売が困難になっているそう。
https://www.facebook.com/bigissue.jp/posts/2971029862920117
厳しいときだけれど、まずは命を大切に。
ジャッジをしない。感じるだけ。
そのときに生まれたことをただつなげていく。
わたしもわたしなりの祈り方で、できることをしていきます。
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