ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

『没後20年 特別展 星野道夫の旅』展 鑑賞記録

過去の記録を再記録。2016年9月5日

----

 

最終日に駆け込みで行ってきた。

www.asahi.com

 

 

まとまらない感想をつらつらと。

 

カリブー、グリズリー、ムース...どれも星野さんに教えてもらった動物たち。

大きく引き伸ばされた写真には、わたしが写真集からは読み取れていなかったことがたくさん入っていた。

わたしはずっと動物を撮っていたのだと思っていたけど、どうもそうではなくて、風景とか光景を撮っていたのだな。

すべてのそこに在る命のこと。
刻々と変化し続ける光、眺め、有様。

 

海なのか陸なのか、山なのか川なのか、雪なのか雲なのか、彼ら(それら)なのか自分なのか...。
超絶な孤独の世界ではそんな境目はさして意味のないものなのかもしれない。

星野さんから受けた影響で一番大きいのは、やはり「遠くの自然と近くの自然」だろう。
このことはいつも胸にあった。
あれは「旅をする木」に書いてあったのだったか。

 

人が立ち入ることを拒むような広大で雄大な「遠くの自然」と、散歩の途中で道端の草花に目をとめるような「近くの自然」とがある。

だれでも遠くの自然を見ることができるわけじゃない、一生見ることが叶わないことのほうがたぶん多い。でも自分たちのような写真家が代わりに見てきて撮ってきてあなたに見せるから、あなたはその近くの自然からも、遠くの自然に思いを馳せることができるよ、つながっているからね...というようなことだったと理解している。

動物の親子(特に母子)を写したものも多いけれど、動物たちの営みから見えるものを人間の女性にも「母性本能が備わってる」かのように編集することや利用するような流れは好きではない。動物番組もいつも微妙...と思って見てる。もちろん星野さんがそれを意図して撮ったのかどうかはわからない。でも神格化もしたくないと思っている。自分が影響を受けた人のことは、余計に。

それでも、はじめて聞いた星野さんの声は、川底の石がごろりと動くような、静かで優しい音だった。

ほぼ日でも企画があるよう。2016/9/8(木)〜9/19(月・祝)

www.1101.com

 


f:id:hitotobi:20201114095927j:image f:id:hitotobi:20201114095937j:image