ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

展示『リバーシブルな未来/宮崎学《イマドキの野生動物》/山城知佳子《リフレーミング》』@東京都写真美術館 鑑賞記録

久しぶりに東京都写真美術館に行ってきた。目的は映画『父を探して』を観ることだったので(鑑賞記録はこちら)、他の展示はやや駆け足での鑑賞になったが、それぞれに思うことがあったので、ひと言ずつ記録しておく。

 


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Reversible Destiny

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4027.html

時間の感覚を揺さぶられる。起こってしまった後、生まれてしまった後、知ってしまった後の事件、事故、物事、事象などの証としての写真。不可逆に変化し続ける世界で、それをどう見るのかを促してくる。いつ起こったのか、何のことなのか、どれも意味深く何かを訴えているが、私にはそれを読み取るだけの力がないため、居心地はあまりよくない。

 

 

山城知佳子《リフレーミング

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4023.html

チケット購入のときに、「映像作品がありますがよろしいですか?」と聞かれて、「いいです」とつい答えてしまったが、どういう種類の映像なのか、なぜ確認するのかを尋ねればよかったと思った。大きなモニターに動きが大きく早い映像、大きな音など、生理的に受け付けなかった。観たかったのだけれど、表現や展示の形式が合わず、残念だった。

そんな中でも印象の強い作品は、《あなたの声は私の喉を通った》。

戦争中の痛切な記憶を語った男性の語りに、山城の声で同じ語りが重なる。語る山城の顔におじいさんの顔が重なり、映り込みながら語りは進む。話の中身は凄惨で、私が聞いていた箇所は、自決の崖(suicide cliff)の話だった。語りながら、山城の目からは涙が流れ、洟も垂れていく。

解説には、山城が「戦争体験」をいかに継承することができるかというテーマに取り組んでおり、「声」や「語り」を通した継承のありかたについて、考察を重ねていること。「いかに他者の経験を理解し体感することが可能か、あるいはそれがいかに困難か、を顕わにした」とある。

戦争体験者の話や、語り部の話を聞くことはとても貴重な機会だが、行った、知った、感情が動いたという経験だけで果たして継承につながるのだろうかということや、何を継承するのかということについて考えていた。個人の記憶の中に留まっていてよいのだろうかということ。

忘れたくないこと、遺したいこと、共有したいことがあれば、対話の場をつくるところまでがセットなのではないかと、主に作品を鑑賞して対話する場をつくってきたが、何か足りない気がしていて、昨年、語りを聞いて、記録することに挑戦してみた。今年はそれを形にして残してみたいと思う。

たとえば、映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』の中で、夜間中学に通う年配の方々と一緒に沖縄戦の経験を元にしたミュージカルを作り上演するというシーンがあった。たとえばあのようなことも一つ可能性のあることだと思う。

自分の身体を通過させること、身体を使って知ること。

《あなたの声は私の喉を通った》は、一度観たら忘れられない作品で、非常にインスピレーションが湧く。思い出すことも多い。

文字起こしをしているとき、最近音声入力をするのが早くて、AIの反応が悪い時は、耳で聴きながら、流れてくる語りを自分で発声して入力していく。そういうとき、自分がその人として語っているような一体感を覚える。あの作業とすごく似ている。演じるというか、憑依するというか。人は人の話を実はちゃんと聴いていなくて、自分の言葉で勝手に要約して解釈してしまうことが多い。聴くのは難しい。そういう解釈を挟まずに、言葉が言葉のままに入ってくるような経験が擬似的にできる作品。

 

 

宮崎学《イマドキの野生動物》

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4025.html

動物写真でも見てほっこりしようと思って入ったら、想像していたのと全然違う世界が広がっていた。

特に驚いたのが「死」がテーマのコーナー。1月に発見された雪に埋もれたニホンジカの死体が、他の動物や鳥に食べられ、微生物に分解され、骨も残らなくなった5月ごろを経て、鳥の巣材になった体毛もなくなった8月までを撮った12枚の写真。うじまみれになったタヌキの死体。まるで九相図。

rekihaku.pref.hyogo.lg.jp

 

動物が死んだ動物を食べる。死が他の命を育んでいく。

人間は誕生のきれいないところを見て、美味しいところだけ感謝しているけれど、ほんとうはそうやって生きている。もしかしたら人間同士もそんなところがあるのかもしれない。そして命の終わりかけや、終わったあとのところは、目を背けがち。

「アニマル黙示録」のコーナーにも同じことは言える。人間の出したゴミや廃墟、野山を壊して占有した土地にも動物は入り込んで生きている。人間の勝手な都合で動物は「自然」と呼ばれたり「害獣」と呼ばれたりしているんだよな、など思い出す。

 

▼展覧会と同じながれで、日曜美術館で特集があった。とてもよかったので、オンデマンドで観られる方はぜひ。

www.nhk.jp

 

東京都写真美術館ニュース別冊「ニァイズ」128号:宮崎学(PDF)

https://topmuseum.jp/contents/extra/nya-eyes_pdf/2021_08.pdf

 

 

 

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鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

 2020年に著書(共著)を出版しました。

『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社