ひととび〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

本『サウジアラビア、オアシスに生きる女性たちの50年』読書記録

サウジアラビア、オアシスに生きる女性たちの50年 ー「みられる私」より「みる私」』を読んだ記録。

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2019年の同名の企画展の図録であり、一般書としても販売されている。これを読むと、展示を観に行きたかった、実物を目で観たかったな。

older.minpaku.ac.jp

 

まず表紙を見てあっと思った。この展示を思い出した。また仮面文化に会えた!

hitotobi.hatenadiary.jp

 

また、片倉もとこ氏に関しては、文化学園服飾博物館の展示でコレクションの一部を観たことがある。サウジアラビアでフィールドワークをしていた人として認識していた。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

サウジアラビア、オアシスに生きる女性たちの50年』展は、文化人類学者で国立民族学博物館の名誉教授だった故・片倉もとこが、サウジアラビア西部のワーディ・ファーティマ地域で行ったフィールドワークでの資料を元に、最新の追跡調査と比較しながら、この50年の同地での変遷を辿るという趣旨で構成されている。

日本社会におけるサウジ女性に対する偏ったイメージとしては、「黒いベールで顔まで覆い隠されることにより社会のなかで不自由に暮らしている女性」というものがある。それに対して片倉もとこは、ベールに覆われた女性たちとの出会いを通じて、女性たちは「見られる女」/「みられる私」ではなく、「見る女」/「みる私」としての私に関心があると気づいたという。その考察をよりどころに、サウジアラビアひいては広くイスラーム社会に対して抱きがちな固定的・一面的な理解を超えて、「ベールの内からみる」主体的に生きる女性の視点へと読者を誘いたい、と考えている。(「はじめに」編者・縄田浩志)

なんだろう、ここだけでもうグッときてしまうのは私だけだろうか。

まさに私は「中東のムスリムの女性のイメージ」を抱いていた。それがいとも軽やかに覆されていくのだ。女性たちがつける仮面は、ここでは「飾面」(地域の言葉では「ブルグア」)と言うようだ。(ここのブルグアは、真ん中部分に、縦方向にコインが10枚つけられているのが特徴)

飾面をつけて、黒いヴェール(アバーヤ)をかぶることで、容姿で判断されがちな女性が、中身で勝負するようになる。容姿が商品化されるのを防ぐことができる。もちろん実用性もあって、砂や強い日差しから顔面を守る効果もある。こちらからは相手(主に男性)をよく見ることができるが、相手から自分は匿名性が強い存在になる。そうすることで力の勾配のある社会構造の中で、対等性を持てる場面もある。

容姿で判断されることを、違いや差を「あること」として受け入れ、それを逆手にとって、やらされてるんじゃない、むしろこちらにとって有利な場面もあるのだという捉え方。

より容姿で価値判断されがちなジェンダー、女性として日本で暮らす私としては、なるほどと思うところもある。見方が変わった。

とはいえ、どうして女性の側だけが隠さなければならないのだとも思うし、そうやって一方的に「見る」という仕掛けをしてようやく対等になるというのも、やっぱりそれはそれでしんどいような気がする。宗教的にも性別は男女二元論なのだろうかというところも気になる。

ちなみに黒いヴェール(アバーヤ)の下は皆さんとても鮮やかな衣服を着ているらしく、女性同士の場ではその華やかさを楽しんでいるらしい。なんだか日本の平安時代にも通じるような、男女による空間の分割と、見せる/見せないの塩梅はおもしろい。

ここでまた「はじめに」の文を思い出すと、自由/不自由の感覚というのもあくまで異文化の立場からの感覚であり、現地の人たちにとってどうかというのはまた別の問題として考えなくてはいけない。

 

衣服の工夫でいえば、おもしろかったのは、

女性は男性よりも汗をかきにくく、かいた汗がながれおちる割合が男性よりも少ない。(中略)暑くなると女性は太ももの皮下の血液を増やして、汗をかかなくても、伝導や輻射で熱をすてることができる。そうなると、女性にとっては太ももの部分の衣服がゆったりしていて、太腿から出てくる熱を逃しやすいほうがつごうがよい。(p.052)

これは自分の身体のことを思い出してみてもよくわかる。暑い時、太もものあたりはとても熱を持ちやすいし、椅子に座っていたりすると、太ももの裏の汗の量は大変なことになっている。そうか、だからやはり夏場はスカートや、太ももの部分がゆったりしている衣服がよいのだな。そこに熱をこもらせないほうがよい。

特にここ20年ほど、温暖化の影響で夏場の暑さが驚異的になってきたので、衣食住は熱帯の人々に学ぶことが多い。ここでまた一つ知恵を得た。

もしかすると、頭や顔も布で覆ってしまって、肌の露出を少なくして、強い日差しから守ったほうがよいのかもしれない。日本でも仮面のようなものをつけたほうがいいのかな? 

ジョギング用のマスクで、目元から首まですっぽりと覆うようなタイプは、かなりこの中近東の人々の衣服に近いような気がする。

 

ベドウィン・ジュエリーと呼ばれる装身具は、古代から護符やステイタスの象徴として身に付けられ、珍しい石やガラスと彫りの技術などが組み合わさった職人技で作られていたが、今は天然物が入手しづらくなったものは、プラスチックで代替されている。

 

こういう民族衣装ばかり見ていると、現代生活とは程遠い砂漠のベドウィン族の暮らしを想像してしまうが、今現在の姿もうつされる。(p.148 ワーディ・ファーティマ社会開発センターの影響と役割)

片倉もとこがかつてフィールドワークに携わっていたワーディ・ファーティア地区でも、水道が整備されてからは、人々はわざわざ遠くまで水を汲みにいくこともなくなり、定住している。行政が整備され、学校(初等教育中等教育)、大学、職業訓練センターもある。病院もある。サッカー場、体育館、プールなどもある。

女性の手作りの品を売るコーナーも設け、女性たちの社会進出をサポートする場としても機能しているとのこと。

 

そういえば、サウジアラビアは、2018年に初めて女性の自動車運転が許可されたという国。

www.bbc.com

こういうのもあった。男性「保護者」。

www.bbc.com

 

東京外大の仮面展でもそうだったし、本書でもページを割いて説明されていたが、女性が写真に出ることは相当難しいことのようだ。

仮面展のときは、展覧会ポスターのみ撮影可で、それ以外の展示物を写真にとってインターネットなどに載ってしまうと彼女たちに大きなリスクがかかるので絶対に撮らないようにと表示があった。それは彼女たち自身が決められるというよりも、家父長や社会を主にコントロールしている男性によって決められているのだろうか。

当地の「女性が顔を見せること/見せないこと」の意味について、あるいは女性の生き方についてもっと知りたいと思った。

本書に書かれていた片倉もとこのエピソードとして印象深かったのは、最初はカメラやメモも持たず、まずは関係性をつくることを大事にしたという。また、女性だけの場にいるときに、どれだけ記録したいという衝動がわいても、あえてそうしなかったこともあったと。

女性だけの集まりの中で観察者としていきなりカメラを向けることは、信頼を得ている片倉さんならやろうと思えばできなくなかっただろうけれど、女性たちが自分を開放し、楽しんでいるその場を大事にしたかったそうだ。深い愛が感じられる。

 

この本を開いたとき、私は文化人類学的な好奇心をいっぱいにしていたのだが、次第に、現実にそこで生きている人たちの姿を、私もできるだけ偏見なく、そのままに受け止めたいと思うようになった。また地域ごと、世代ごとの細かな違いにも目を配りたい。大雑把にはつかみつつ、決めきらない、留保しておく。今は違うかもしれない、個別には違うかもしれない。

そして、それこそがまさに今回の企画の趣旨だし、国立民族学博物館の目指しているところではないかとも思う。

また、50年の変化は大きい。失われていく文化も多くある。先日、同じく国立民族学博物館で観たモンゴルの100年を比較する展示でも、100年の、特にここ50年の変化の大きさを感じた。地球規模で今何が起こっているのか。大きな流れの中で、一個人はどう生きるか。他の人間とどう関わって生きるのか。

観ることが考えを進めてくれる。

 

▼参考資料

・『月刊みんぱく』紙面がPDFで読める。(なんて太っ腹な!)

https://older.minpaku.ac.jp/museum/showcase/bookbite/gekkan/201906

 

・片倉もとこ記念沙漠文化財団。学校での講演活動なども行っている模様。

moko-f.com

 

・仮面展のときも、若い世代は「ファッションとして楽しんでいる」とか、「伝統を大事にしたい」という動機でつけているという説明もあった。

www.tokyo-np.co.jp

 

今後もサウジアラビアの女性に関するニュースや資料にアンテナが立っていきそう。

過去のフィールドワークや先行研究をしている人がいたからこそ、今との比較が可能になるし、変化の度合いもわかる。やはり片倉さんの偉業は大きい。

 

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共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年