ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

齋藤陽道写真展『絶対』鑑賞記録

齋藤陽道 写真展『絶対』を観てきた。

https://www.mitsukoshi.mistore.jp/nihombashi/shops/art/art/shopnews_list/shopnews0401.html

 

齋藤さんが主演のドキュメンタリー映画『うたのはじまり』を観て、こんな感想を書いた。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

映画を観ながら、どんな写真を撮る方なんだろうと思っていた。

もちろん映像には写っているし、書店に行けば写真集もあるのだけど、最初にちゃんと見るなら、生のプリント作品がいいという思いがあった。

 

とはいえ、『絶対』か......。

あまりに真っ直ぐすぎるタイトルと、被写体をど真ん中に据えた作風に、怯む。
本物の作品を前にしたら、どんなことを感じるのか、少し怖い気がした。
普段は抑えている感情が出てきそうな予感がした。

 

ご本人も在廊されているとのことだったので、お話もしてみたい。
でも少し緊張もある。
でもこれは行かないと後悔するとも思い、ぐずぐず、おどおどしながら最終日に滑り込んだ。

 

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会場に入った途端、無数の光が目に飛び込んでくる。青とオレンジ。

すべてが逆光の作品。

後ろにバックライトを入れてるんじゃないかと思うほどの眩しさ。

日輪、光輪、プリズムの虹。

被写体の輪郭が光り、柔らかな表情は、神々しいほど。

 

こういう写真は今まで見たことがない。

 

此岸と彼岸のあわいに立っているような感覚。吉本ばななの『ムーンライト・シャドウ』を思い出す。

最近、亡き人たちを近くに感じることが多かったので、『義祖父』の前に立ったときに、ずいぶん前に亡くなった祖父を思い出してしまい、何か考える前にもう涙が溢れていた。

ああ、やっぱりな。感情がひっぱり出されるような写真。

 

  

この世界に覚えがある気がするのは、わたしもここに行ったことがあるからだろうか。心で行ったことがあるのか。

あるいは、わたしの目も、わたしが知覚していないだけで、実は普段からこんな瞬間をとらえてくれているということだろうか。

こんな美しい瞬間を無意識に捉えて、取り出せなくても脳裏に留めおいているのか。

そうだったらいいな。

 

 

原美術館の最後の展覧会から、ずっと光を追いかけてきて、ここに来たようでもある。hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

 

『母子』という作品の前に立ったときには、この作品を盲の人と観てみたい、という気持ちがむくむくと湧いた。あいだに"通訳"を交えず、わたしとあなたの一対一と、この作品と。何が行き交うだろうか。

以前、映画の感想を語る会で、視覚障害のある方々とお話したのが、とても楽しかった。あのときのことを思い出して。

 

 

  

プリントを購入する財力はないけれど、とてもすてきな本があったので、そちらを連れて帰った。サインもいただいた。お話もできた。やっぱり行ってよかった。

生身のその人に会えるというのは、かけがえのないことなのだ。
そう、今や貴重なのだった、会うということは。

 

筆談で、「太陽の方にカメラを向けて撮ったら目痛くないですか?」と聞いたら、

「もちろん痛いです。でも順光だと、撮られる人が眩しさを我慢させる。その違和感があって、撮る側が引き受けようと思って、こういう撮り方をするようになりました」

というようなお答えをいただいた。

なるほど。確かに眩しくて嫌だなと思ったことがある。

 

でも「目はお大事にしてください」と、お節介ながら。

 

 

連れて帰った本はナナロク社さんらしい装丁と綴じ。

紙もフォントも本文デザインも、そして写真も文章も、全てが美しい本。

 

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nanarokusha.shop

 

 

 

作品はすべて撮影可とのことだったけれど、何も写らないような、体験が目減りするような気がして、やめておいた。記録しなくても、一点一点思い出せるほどよく観たしね。

 

ステイトメントだけ撮影させていただいた。

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残念ながら足を運べなかった方には、ぜひこちらを。

【齋藤陽道写真展】インタビューコラム

https://www.mitsukoshi.mistore.jp/nihombashi/column_list_all/art/column02.html

 

この本も読んでみたい。

 

 

 

わたしはここのところ、どれもこれもが、自分の実感に合わないで苛立っていた。

窮屈さを感じていた。

たとえどんなに滑らかに話されても、「ああ、そんな今までと同じ感じじゃなくて、もっと違う言葉があって、そんなに簡単に済ませないで」という思いが湧く。

たとえどんなに上手に聴いてもらっても、「ああ、そうじゃなくてですね、その言葉じゃなくて......」とばかり出てくる。

簡単に要約しないで。まだ話の途中、その言葉は使ってない、言い換えないで。

 

自分の中にある奥の奥まで突き詰めて、写せるように、作れるように、伝えられるように、諦めずに表現していかなくちゃ。

 

齋藤さんの写真展を経て、そんなことを思った。

ありがとうございました。

 

 

引き続き光を集めます。

 

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おまけ。

「発色現像方式印画」ってどんな技法だろう?と調べたら、あっという間に東京都写真美術館のサイトが出てきた。

(PDF)https://topmuseum.jp/contents/images/explanation/explanation.pdf

 

3年前のソール・ライター展で出品されていたのも、発色現像方式印画だった。

https://casabrutus.com/art/45112/2