ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

東京国立博物館『きものKIMONO』展 鑑賞記録

2020年7月14日。

東京国立博物館で開催の『きものKIMONO』展を観てきた。

kimonoten2020.exhibit.jp

 

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当初4月〜6月の開催予定だったのが、感染症流行の影響で延期され、なんとか6月〜8月に開催となった展覧会。中止にならずにほんとうによかった。

この一つ前の百済観音と法隆寺壁画展は中止になって、残念だったので。

 

もともと行くつもりではあったけれど、展覧会の紹介記事を書いてらっしゃる青い日記帳のTakさんがベタ褒めだったので、ますます期待高まる!

特別展「きもの KIMONO」 | 青い日記帳

わたしにしては珍しく、先に図録を買って、パラパラ見ながら、開催を楽しみにしていた。

 

午後まるまるこの展覧会のために空けておいてよかった!というぐらい、充実の展覧会だった。どんなに駆け足で見る人でも、これは2時間はかかったんじゃないか。物量がすごいし、一点一点の作りが細かく、見がいがあるので自然と時間かかる。

一周目で驚き、二周目で再確認、三周目で新たな発見。という具合で、休み休み、3時間ぐらい観ていた気がする。

織りやデザインや刺繍、保守、継承。ここにあるものが人間の手作業の集積だと思うと、ひたすら圧倒された。

 

来館者は着物ファッションの方が多く、そちらもチラチラ見ているとほんとうに時間が……!

 

 

一点一点、誰が、どのような目的で誂えたか、どこに趣向を凝らしているか、時代背景などを解説も手がかりにして、自分独自の問いを立てながら観ていく。

オーディオガイドも借りると、展示の流れをつかみやすくなるし、俯瞰しつつ、目の前の一点に集中して鑑賞もできる、その助けをしてくれると、あらためて発見。

自分独自の問いとは、

・それがを着ているときの空間や場の支配のされ方がある。誰がどんな場でどんな力を示すために着たか。

・衣服とは何かの感覚が、今の時代と比べてどう同じか、どう違うか。階級社会における衣服、衣裳とは。

・去年から注目してきたトライバルやフォークロアの視点から観てみると、「わたしたちの民族衣装」はどのように見えるか。

 


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この展覧会で学んだこととして、大きく2つ。

1.  当たり前のように存在するものだった着物に、民族の歴史や文化を見ることができた。着物といえば、着付け、TPO、着こなし、(ざっくりした)日本文化らしさ、、などの文脈でしかふれたことがなかった。歴史として通覧する、自分たちの民族文化(トライバル、フォークロア)を客観的に見るよい機会だった。身近すぎるがゆえに、

 

2. 当たり前のように着物、着物と呼んでいるものは、「小袖」であり、室町時代の後期までは貴族階級の下着に相当するものだった、ということ。これだけ抑えることで、今後見聞きすること、ものの見方が変わってくる、ぐらいの感覚があった。

平安時代の貴族の衣服から、鎌倉、室町、安土桃山、江戸時代の着物、明治、大正、昭和の戦前、現代の着物、、と変化があるのはわかっているが、自分の知識は静止画で、「その間」はスキップしているような感じがあった。そこが今回の展示で段階的に流れるように、ストーリー性をもって埋めてもらえた。「小袖」へのフォーカスもその一つ。1.にも関連するが、「着物には変遷があり、それはこのような変遷である」と知れたことは、とても大きい。

 

その他の感想あれこれ。

・知っておいてよかったのは、吉祥文様の意味。2、3抑えておくだけでも、見え方が違う。

昨年、文化学園服飾博物館で購入した文様図鑑が鑑賞の役に立った。縁起や魔除けの文様は、入れるのは世界中で見られる風習。写真で見ていたものを実物でしかも大量に確認できた喜びがあった。ほんと良い本です!

 

・絵画と並べる展示スタイルもおもしろかった。美人画や浮世絵は、現代で言うファッション雑誌のようなものだった、という話が、この流れで示されることで、より体感的に理解できた。また、実物の着物を見てからすぐ、絵や屏風を眺めると、生き生きとしてくる、動きがある。これは新しい体験!

 

・着物をキャンバスに見立て、さまざまな表現を追求していてきた先人たちの姿が見えてきた。着る側も、好きな意匠、好きな絵画を纏える喜びが爆発している。物語を着ているようなものも。着物ってすごい。しかもこれ、掛けてあるときと着たときでまた印象が変わるでしょうね。片っ端から着てみたくなる。

 

・この展示にいくだいぶ前、着物に詳しい友人が、「民族それぞれの老いに合う装いがある。着物もやはり、日本の人の老いに合う装いではないか」と言っていたことが、忘れがたい。

 

・江戸時代に町人に贅沢禁止令が出て、金箔や金糸を使えなくなったときに、見た目は地味そうだけれど、すごく手間がかかる染めの製法を編み出したという、その執念が好き。豪奢から簡素へ、全体から裾へ、余白の詩情へ。どれも「わかる」感じがある。その延長上にある現代の自分の感性も、同時に眺めつつ。

 

・火消しの半纏や、遊郭の花魁のものなどは、だんだんヒーロー感やヤンキー感が出てくる。どう見えるかや、演じたいものは何か。

 


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展覧会自体もよかったけれど、図録も本として最高に美しい。
着物の写真集とはまた違う、やはり図録ならではの、構成と流れと配置がある。

これは一生モノだと思います。心に滋養と潤いだけでなく、今後「きもの」について参照する機会があったときに、何度でも役に立ちそう。

今からでも買って後悔なし。トーハクの売店で販売中ですよ〜

→通販サイトで見たら売り切れてました。売店にはあるかもしれないけど、未確認。ごめんなさい!

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民族のアイデンティティを表すものとしての着物。

言語(文字、言葉、会話)、食、音楽などと並んで、衣服、やはり大きいのだな。

 

受け取ったものがなかなかに大きくて、記録の手が全く動かず。秋が深まる頃にようやく書けた。

 

 

▼ロビーに展示されていた複製品。衣紋掛けで平面であるときと、着て立体になっているときと、印象が変わる。それが衣装、衣裳。


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▼この夏気に入っていたコーディネイトのひとつ


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▼夏らしく、とても湿気を含んで見える。今年は雨の日が多かった。


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