ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

展示『奇想の国の麗人たち~絵で見る日本のあやしい話~』@弥生美術館 鑑賞記録

2020年の暮れ、文京区根津にある弥生美術館で、「奇想の国の麗人たち ~絵で見る日本のあやしい話~」展を観てきました。

bijutsutecho.com

 

youtu.be

f:id:hitotobi:20210224120036j:plain


スルーしていた展覧会だったのだけれど(ごめんなさい)、加藤美紀さんが出品されていると聞き、これは行かなくてはと駆けつけました。この頃は、「感染症の影響でまたいつ美術館が閉じられるかわからない、観られるうちに観ないと!」という気持ちが強かったです。
 

加藤美紀さん。友人の紹介で、11月に銀座の個展にうかがったところだった。

加藤さんの世界は、「美麗」のひと言。ため息しかない。

f:id:hitotobi:20210224104845j:plain

 

展覧会もとても興味深かった。

日本の昔話や伝説などの主題を絵画、挿画、着物、屏風などさまざまな形式で表現された展示。

古代から現代まで、いろんな時代の作品や物語が詰まっていて、ひととき、異次元に飛んだような不思議な時間を過ごした。

そうだった、そうだった、こういう日本独自の妖しの世界。異界。精霊、亡霊、生き霊、幽霊、魂、神、妖、妖怪......、ちょっと怖いけど見ちゃう、惹かれちゃう。

以下わたしの備忘として。

・「狐の嫁入り」「鳥や狐が人間に化けて嫁になる」という日本の昔話によくあるモチーフやパターンは、学問的には「異類婚姻譚」とカテゴライズされる。西洋の異類婚姻譚は、「人間が魔法で動物にされるが、その後魔法が解けて人間になり、結婚して幸せになる」というパターンが多いそう。この違いが気になる。

河合隼雄さんの『昔話と日本人の心』を読むと詳しいことがわかりそう。 


・昔話と伝説の違い。「昔々あるところに」で始まることが多く、年代、地域、固有名詞が不明なのが「物語」。それらがある程度特定できているのが「伝説」。

 

・「男性同性愛にまつわる話が古典文学の一角を占めているといっても過言ではない」「特に中世から近代初期にかけて」 へええ。確かに宗教で禁じられている地域では発展しない文化だ。井原西鶴の『男色大鑑(なんしょくおおかがみ)』(これ、国語の副教材『国語便覧』には出て来なそう......)。

この記事おもしろかった ボーイズラブが地味な古典を救った? 井原西鶴の奇書「男色大鑑」をBLとして読む|好書好日


八百万の神への信仰で価値観が多様化?ゆえに同性愛蔑視せず?とわたしのメモに書いてあるのは、展示のキャプションにそう書いてあったのか、わたしが妄想したのか。でもいずれにしても性に関して、明治維新以前はかなり「おおらか」だった、ということか。(それゆえの侵害もあり、おそらく両面)

・「異性装で神がかり的な力を持つ」「男女の両性具有で常人を超えるパワーを発揮する」と捉えていたのも興味深い。文学、演劇、舞踏などに出てくる。年末に観たフランソワ・シェニョー&ニノ・レノの舞踏『不確かなロマンス〜もう一人のオーランドー』などまさにそれを感じた。(「本当に力がある」かどうかは別として、そう特別に感じさせる、そう見せる舞台)

・人魚が↓こういうイメージなのは、江戸後期かららしい。それまでは人面魚、異形の物だった。

f:id:hitotobi:20210225110911j:plain

・小袖に物語を描くのはトーハクのkimono展でも見た気がするけれど、ユニーク。衣服に物語。人間っておもしろいことをする。

・現代の作家として、最先端に加藤さんの作品がフィーチャーされていて、この流れで観るとめちゃくちゃよい。

www.instagram.com

 

道成寺をモチーフにした作品は、生で見ると迫力です。他にも道成寺安珍清姫)をモチーフにした作品は数多くあって、展開もする。(上田秋成の『雨月物語』から溝口健二の映画『雨月物語』への発展など)古典からのインスピレーションはやはり無限。人の数だけ生まれる。

 ・画家で気になったのは、橘小夢という方。はじめて知ったけど、鳥肌が立つような感覚。エロティックで、性と死にギリギリ近接するような。ジョルジュ・バルビエも彷彿とさせる。(もしやバルビエ〜橘小夢→魔夜峰央?!)乱歩の挿絵なども描いていたとか。やはりね。

弥生美術館との関係も深いらしい。https://www.museum.or.jp/report/624
こちらの記事もよかった。幻の画家「橘小夢」の原画が恵比寿にあった

 

 

怪奇幻想とは荒唐無稽な妄想ではなく、混迷を深める時期、表層的には理解し難いもの、深層に触れようとすることから生まれる表現なのだと思う。

今のような時代にこそ必要。しかも展覧会や読書は、安全に近づける方法として良い。

陽の当たらないところで脈々と息づいているもの、わたしの中でとぐろを巻いている奴に「肉を喰わしたった!」というような充実を覚えた展示だった。行けてよかった。

 

弥生美術館では展示に関連して、インスタグラムでこんな番組も配信してくださっていた。アーカイブで観られます。

大人のためのちょっとあぶない日本昔話 

1. 魚女房 
https://www.instagram.com/tv/CIKqFFFgpbh/?utm_source=ig_web_copy_link

2. 鬼が笑う
https://www.instagram.com/tv/CIurc3yj9Pd/?utm_source=ig_web_copy_link

3. 魂が入れ替わる話
https://www.instagram.com/tv/CJ2yEEhjJV_/?utm_source=ig_web_copy_link

4. ギャラリートーク
https://www.instagram.com/tv/CKa26SIjwEl/?utm_source=ig_web_copy_link

 

 

図録は美術館の他、ネットでも購入できる。

ものすごく脱線するけれど、たまたま今読んでいるコミック『ふしぎの国のバード』の世界とも通じるものがある。(明治11年頃の、西洋化しはじめたのは都市の一部だけで、日本のほとんどの場所は、日本政府でさえ把握していない土地。医療もまだ行き渡っておらず、迷信や呪いが力を持っていた時代。)

イザベラ・バード日本紀行』のコミカライズ。

20年ぐらい前に宮本常一の『イザベラ・バードの日本奥地紀行を読む』を読んでおもしろかったので、コミックになって感激している。

 

 

併設の竹久夢二美術館では、「夢二が愛した日本 ― 桜さく国のボヘミアン ―」を開催していた。時間がなくて駆け足だったけれど、次回来るときはもっとじっくり観てみたい。洋行時のスケッチや、風景画にハッとするものがあったので。

これまでは、「華奢な女の人が好きで、恋多き人で、洒脱でちょっと駄目なところがモテるタイプの人で、可愛い図案も描いていた人」ぐらいのざっくりとしたイメージだった。人として、作品として、あまり向き合ってきたことがなかったかも。

f:id:hitotobi:20210224115920j:plain

 

予習すべく、こちらを購入。

次回(今まさにやっているところか)の展覧会もとても良さそう。

f:id:hitotobi:20210225100607p:plain


 

 

久しぶりの弥生美術館は、2018年の一条ゆかり展以来。東大の裏の閑静な住宅街にある。湯島で降りて、不忍池旧岩崎邸庭園横山大観記念館→弥生美術館と巡ってきてもすてきですよ。

f:id:hitotobi:20210224120055j:plain

 

もうすぐこちらも始まります。

東京国立近代美術館 あやしい絵展

ayashiie2021.jp

 

 

__________________________________

鑑賞対話イベントをひらいて、作品、施設、コミュニティのファンや仲間をふやしませんか?ファシリテーターのお仕事依頼,場づくり相談を承っております。

seikofunanokawa.com


初の著書(共著)発売中!