ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

本『侯孝賢(ホウ・シャオシェン)と私の台湾ニューシネマ』読書記録

『侯孝賢(ホウ・シャオシェン)と私の台湾ニューシネマ』

朱天文/著、樋口裕子、小坂史子/編・訳(竹書房, 2021年)

台湾の侯孝賢監督作品の脚本家であり、作家の朱天文(チュー・ティエンウェン)氏が過去に発表したエッセイや講演、対談を集めて翻訳した本。

朱さんは、台湾における1980年代の映画のムーブメント「台湾ニューシネマ」を作った最重要人物の一人でもある。2021年4月、映画特集『台湾巨匠傑作選2021 侯孝賢監督デビュー40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集』に間に合う形で出版された。

 

 

久しぶりに幸せな読書をした。一気に読むのがもったいなくて、少しずつ読み進めた。

10代後半に出会った台湾ニューシネマ。また今回短期間に集中して『台湾巨匠傑作選』から11本、台湾ニューシネマ関連のドキュメンタリーも含めて観ているので、朱天文さんが何のことを言っているのか、一つひとつよく理解できる。できている自分が誇らしい。

 

映画製作における何がわたしたち観客をこれほどまでに惹きつけているのか、何年も、何十年も忘れられない体験にしているのか。朱さんの文章により、解明されていく。映画の鑑賞体験がさらに深まるだけでなく、自分も作品の創作の一部に参加できたような気持ちにもなる。 

今から振り返って過去のある時点のことを語っているのではなく、過去に書かれたもの、話されたことが並べられているので、当時の時代の空気を吸える。作品を複数観てきたあと、まだ手触りが思い出せるうちに、聞けるのが、今のわたしにはありがたい。しかも、今の時代の感覚が反映されている翻訳で、朱さんの人柄もよく伝わる、自然に「耳に」入ってくる文章となっていて、翻訳本としても素晴らしい。

 

侯孝賢組の脚本家という立場から描かれる、スタッフや制作メンバーの姿。

p.59(1984年)より引用

たしかに、侯孝賢が私たちに自信を与えてくれるのは、彼がいつも男らしくて明るいからだ。宗教家の悲壮な心情で芸術の殿堂に向かって巡礼するのではなく、また革命家のように孤独で熱狂的に、この二年来の台湾ニューシネマを推し進めることに身を捧げているのでもない。映画業界全体が複雑で無力な環境にあって、つらい顔も見せず、世を憤らず、ただ元気いっぱいに自分がしたいことをしている。しばしば躓きもするが、彼はすぐに起き上がり、いつもまた嬉しそうに歩き出すのだ。

p.136(1995年)より引用

侯孝賢の性分とモチベーションは、決して批判には向かわない。諷刺や冷笑も彼のスタイルではない。彼は憐むのではなく、"同情"ーー情を持って同じように感じるのだ。善悪を呑み込み世間に寄り添えば、彼はうまく撮れる。

他に、録音技師の杜篤之(ドゥ・ドゥージ)のために3回分が割かれているところなど、彼の情熱への愛が感じられ、特に読み応えがあった。オリヴィエ・アサイヤス監督の『HHH:侯孝賢』を観てから読むとまたいっそう読み手自身から、杜への愛が湧いてしまう。

また制作過程で監督他、それぞれのプロが語っていた言葉、作品を読み解く上での重要なヒントでもあり、すべての映画の鑑賞に知を与える言葉が記録されており、貴重な証言集ともなっている。

 

朱天文さんの映画論。

p.71(1986年)より引用

映画も自己表現であるにもかかわらず、映画作家の数は少ない。あまりにも少ない。既存の映画産業システムは永遠に映画製作の主流であるが、もしそれぞれの時期に枠から外れた人たちが、決まりきったレールに沿って製作することを嫌い、主流に反逆する人たちが現れるとしたら、システムは硬化したり腐敗したりせず、彼らは新鮮な水を供給する源となり得る。

p.77(1986年)より引用

『童年往事 時の流れ』の撮影に至って、映画とは光と影、そして画面なのだと、私はやっと気づいた。同時に発見したのが、映画は創作であって、製造するものではないということだ。そして創作というのは、あくまでも独力で成し遂げるものでしかない。そうなると、映画がその他の創作と絶対的に異なる特質と言えば、それは映像である。そこにこそ、映画の位置付け、映画が他のものと代え難い地位が存在する。

p.120(1995年)より引用

長回しによる画面処理とは、画面の奥行き、人の動きのアレンジなどにより、その場の環境と人物に自ら語ってもらうことである。ワンシーンからもたらされる情報は重層的で一つだけの定義とは限らず、ときに曖昧で、実は観る側の参加と選択に委ねられた情報でもある。

p.126(1995年)より引用

「ニューシネマには文化があるけど、楽しくない」とはそのとおりだ。ただ事実を指摘するならば、台湾国産映画がダメになったことが先にあり、ニューシネマの誕生はそのあとである。したがってニューシネマが台湾の映画マーケットをダメにしたわけではないく、ニューシネマは砂利を手探りで確かめながら川を渡り、可能性を探り当て、それがたまたま商業的な成功を見せたので、映画マーケットの動きを導いたのだ。台湾ニューシネマは誕生したが、それはあくまでも手工業路線であり、今後少なくともその精神は残るだろうが、映画市場の栄枯盛衰を左右する力などあるはずがない。

p.206(1999年)より引用

侯孝賢は非常にパワフルな創作者ですから、私の務めはその広大な創作行為の律動を言葉でとらえることです。

 

この短い(いや、多いか......。)引用箇所だけ読んでも、朱天文さんの感性と洞察、表現力にぐいぐいと引き付けられるはずだ。

これだけのものを書く人に対して、「女流作家」だの「美しい才女」だの「ミューズ」だのと、(宣伝の都合上か何か知らないが)書かれてしまうことが、わたしは悔しい。

脚本家は、陰の立役者や内助の功ではなく、共同製作者である。プロフェッショナルである。しかも朱さんは、脚本家としても作家としても独立した評価を受けている人なのだから、そのような言葉は要らない。そのフレーズを書いた人としては親しみを持たせているのだろうが、この本においては特に、対等性と敬意の表現のほうが適当ではないかと思う。

ミラーリングしてみればすぐにわかる。もし朱さんが男性であれば、こんなふうな言葉まとわりついてこないだろう。

 

ジェンダーの観点から言えば、この本を読んで小さな違和感もクリアになった。 

わたしは侯孝賢作品が好きだと言いつつ、ある時期までの作品に女性のリアリティが感じられないことがずっと気になっていた。主人公が男性であることも関係していると思うが、あくまでこれは男性の視点から描いた物語なのだろうな、と全体からも細部からも感じていた。

台湾ニューシネマ自体が、男性の監督や制作スタッフの人間関係も後押しして生まれて行ったものだから、どうしても男子校(Boy Club)的な雰囲気はある。当時の時代を感じるというのは、こういったところからもだ。

この点に関しては、p.206のフランス『カイエ・デュ・シネマ』誌によるインタビュー『侯孝賢の映画と女性像』で朱天文さんは正面から語ってくれている。

『好男好女』と『フラワーズ・オブ・シャンハイ』で、私が提案した女性像がおそらく決定的な役割を果たしたのではないでしょうか。特に『フラワーズ』においては、侯孝賢は私を通して女性を撮っていたはずです。自分の過去の何本かの作品では、女性は存在していないか、片隅に置かれているにすぎなかったと今では彼も気づいている。今の彼は以前よりずっと女性について理解していると思います。

 

このインタビューは、よくぞ当時企画してくださった!よくぞ保存し収録してくださった!と拍手したくなる内容なので、侯孝賢作品が好きな方には、ぜひ本で全文を読んでいただきたい。

 

装丁もとてもよい。まず表紙の写真。若き日の侯孝賢と朱天文。そこに現れている気迫は、男女の仲を邪推して冷やかそうとする下衆なわたしを慌てて引っ込めさせる力がある。ここにあるのは、恋愛的な親密さではなく、真剣勝負だ。そしてこの写真を撮っているのが、これまた若き日のエドワード・ヤンというところが泣ける。

背景に使われている緑。台湾グリーンとでも言いたいような、ニューシネマの映像でよく見かける独特の緑。目に心地よい。そこに幾何学模様がパターンになって入っている。これは『冬冬の夏休み』で、1階の食堂の窓の格子がこんなふうだったと記憶しているが、どうだろうか。

手に取るとほどよい重みを感じる。紙の色と厚みとフォント。ページをめくる度に、発見の声が漏れるわたしを安定的に支えてくれる。

 

観る予定ではなかった、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』と『珈琲時光』もこの本を読んで、特集上映中にやはり観ねばという気持ちになった。

劇場に通う残りの日々が楽しみだ。

 

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