『ユージン・スミス 水俣に捧げた写真家の1100日』山口由美/著(小学館)を読んだ記録。
2013年刊。映画『MINAMATA-ミナマタ-』の日本公開の8年前。
たぶん当時は関心は今ほど集まらなかったのではないかと想像する。逆に今ほどは関心が集まっていなかった頃だったから、このようにのびのびと書けたということはありそうだ。
この本の大きな特徴は、ユージン・スミスについて書くときに、アイリーン・美緒子・スミスに取材した記録を使わなかったということにある。
もともとは著者と、ユージンの水俣時代のアシスタントだった石川武志との出会いが先にあった。「アイリーンを通さない」ユージンと水俣のビジョンが既にあることは大きかったのではないか。
アイリーンが語らなかったことを追及したり、アイリーンが語ったことに対する批判を加えるためには、アイリーンに取材した素材を使わない判断になったことは結果よかったのではないか。読者としてもそういう手応えを感じる本。
石川を伴って水俣も訪れ、ユージンが最後に在席していた大学の資料庫にも当たっている。ユージン・スミスを中心に据えて描いた『MINAMATA-ミナマタ-』の副読本としてとてもよいと思ったし、もちろん水俣病の起こりから、訴訟や運動の進展、患者さんのことにも触れているので、ドキュメンタリー映画『水俣曼荼羅』も補完している。
著者が《入浴する智子と母》の「封印」について繰り返し扱っている点には感謝したい。これは読めてよかった。いち個人の感情であれば「封印止むなし」で止まっているところ、ジャーナリズムの観点を得ることで、また見え方が変わってくる。これから同様の課題はまた起こるはずだし、自分が被写体(的な立場)となることもあり得る。
立つ位置が変われば、見える景色も変わる。
現実は映画のプロットよりももっともっと、もっともっと複雑で、しかも時間が経てば変質していくものだ。
水俣病の歴史に分け入っていくと、どの角度からも人間が剥き出しにされていて、思わず息を飲むことが多い。
また一つ、ピースが埋まる感覚。
また一つ、人間について知る。
こちらを読めばまた違う風景がありそう。
『MINAMATA NOTE 1971-2012 私とユージン・スミスと水俣』石川武志/著(千倉書房, 2012年)
『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣 』石井妙子/著(文藝春秋, 2021年)
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