ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

〈読書記録〉『祖母の手帖』

祖母の手帖 ミレーナ・アグス(著/文),他 - 新潮社

祖母の手帖(原題:Mal di pietre)
ミレーナ・アグス/著, 中嶋浩郎/訳(新潮社, 2012年)絶版

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「イタリア文学」で「家族」がテーマの持ち寄り読書会で他の方が紹介されていた本。

「どういう本と言っていいのかも、自分がどこに惹かれたのかもうまく説明できないけれど、とにかく不思議な話」と言っていたのが気になった。新潮社クレストブックスは良い翻訳本を出していて好きなシリーズだし、144ページと短い。図書館で借りてパッと読んでみた。

なるほど確かに説明しづらい。説明しようとすると物語の核心に触れてしまいそうな危うさもある。登場人物の名前は示されておらず、終始「祖母、祖父、パパ、ママ、娘、息子、妻、夫」などの属柄で語られるので、誰にとっての誰なのか、話者は誰なのか、時間軸も場所も軽々と飛んでいくので、今いつの時代の話をしているのか、振り回され続ける。事実と妄想が混ざり合うような混沌とした世界。それでも全くわからないというわけではないし、辛抱強く付き合っていくと構造が見えてくるような気がするので、それを頼りに進む。そもそも人の記憶や主観ってこんなふうに曖昧かもしれないなとも思う。

祖母の物語は第二次世界大戦の戦中から戦後の時期を描いていることもあって、さまざまな差別や格差が見えてくる。当時は一つの評価が下されていたことも、現代にスライドさせてみるとまた違ったものになるのかもしれないと想像させる。サルデーニャも含むイタリアの近現代史を知っていれば、もっと理解が深いかもしれない。これはまた学びたいトピック。

この本を読んでみようと思った理由は、舞台がサルデーニャだったこともある。わたしは20歳の頃、大学生だったときにサルデーニャを友達と数日間旅行したことがある。カリアリ、オルゴーゾロ、ヌオーロ、チビタベッキアなどの地名は懐かしく、当時触れた自然環境や村々の様子などを思い浮かべながら読んだ。イタリア本土もそれほど多くの都市を巡ったわけではないので、島に渡っても「サルデーニャらしさ」というものは明確にはわからなかったが、バスで移動していたこともあって、想像していたよりもずっと大きい島であることと、地域ごとの特色があることは肌で感じた。それから、「イタリア」と聞くといつもわたしの中ではサルデーニャが思い起こされ、"決してひとくくりにはできない"という感覚が立ち上がるのは、大切な財産だと思っている。若いときにこのような旅ができたのは幸運だった。

著者はジェノバで生まれたが、両親がサルデーニャ出身とのこと。このルーツから強い影響を受けているようだ。

訳者は、同じ新潮社クレストブックスでジュンパ・ラヒリの『べつの言葉で』『わたしのいるところ』を翻訳している中嶋浩郎さん。最新刊『思い出すこと』がちょうど昨日(2023/8/23)に発売になったところ。読むのが楽しみ。

2016年にフランス、ベルギー資本で映画化もされていたらしい。日本のタイトルは『愛を綴る女』でパッとしない。概要を見るところ「官能」が全面に押し出されている宣伝になっていて(中身もそうかもしれない)非常に残念。この小説の複雑な魅力が台無し。