ひととび〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

本『コロナ時代の選挙漫遊記』読書記録

畠山理仁著『コロナ時代の選挙漫遊記』を読んだ記録。

 

「コロナ時代の〜」と冠されていることと、もう終わった選挙の話が多いので、通り過ぎたことの話は関心を持って聞けない読めないんじゃないかとか、ハイテンションなオタク話が鼻をついてうんざりするんじゃないかとかあれこれ危惧した。

しかしそんな心配は全く当たらなかった。

写真で見ておわかりのように、猛烈に付箋を貼り付けながら、真剣に読み、悩み、考えた。

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本書が伝えていることは一貫している。畠山さんの言葉を使いながら要約するとこういうことになるだろうか。(あくまで私の解釈です)

・「政治に無関心でいられても、政治と無関係ではいられない」という言葉があるように、政治は生命と財産に関わるものだ。自分のためにも早く政治に関心をもったほうがいい。

投票率が低いということは投票に行かない人がそれだけ多くいるということ。真面目に考えて「入れたい人がいないから」と自分の一票を捨ててきたのかもしれないが、全てを任せられる候補者は滅多に出てこない。多くの人が候補者の中から「よりマシな誰か」を選んで一票を投じている。

・選挙は有権者と候補者が触れ合うことで、政治家を育てていく大切な機会である。この機会を生かして、自分たちで候補者を育てる気がなければ、選挙はいつまで経っても「『よりマシな地獄』の選択」のままである。入れたい候補者がいないなら自分で立候補するしかない。それもしないのであれば、より入れたい候補者を自分で立てるとか、応援するとか、育てることをしなければならない。それができていないということの現れが今なのではないか。

・大手メディアにおける候補者の扱いが偏っている。報道の量や表現("事実上の一騎討ち"等)が得票数に影響を与える。投票先を選ぶのはあくまでも有権者なので、その際に多様な考え方に触れることで、有権者も候補者も成長し、成熟していく。メディアには編集権はあるが、判断のもとになる基礎情報を提供することも、そもそもメディアの大きな役割の一つではないか。逆に言えば、メディアが最初から差をつけなければ、有権者はよりフラットな視線で候補者を見るため、政党や組織の支援を受けない候補者にも戦える可能性は大きくなり、より「おもしろい」選挙になる。

・立候補に当たっては、名前や過去を晒し、誰から何を言われるかわからない、勇気が要る行動だ。供託金も工面しなければならないし、投票結果によっては返ってこない人もいる。そもそも選挙は候補者がいなければ成り立たない。その人にしかない立候補する動機がある。それを「泡沫候補」などと言い、バカにするなど論外だ。

・候補者が考えて出してきた政策が、他の候補者も見ていて、参考にしたり、それに対抗する政策を出してきて選挙期間中に発展していく可能性がある。また当選後に採用されて実行されていくアイディアもある。有権者としてもアイディアの宝庫、「政策見本市」として見てみるといい。よくない、間違っていると思う政策からも、なぜダメなのかを考えることから学べる点がある。

有権者がどんな態度で選挙を見るかどうかはともかく、「世の中には、法を犯すこともいとわず、なりふりかまわず本気で選挙をやっている人たちもいる。そこに自分が正しく参加しないと、世の中は大変なことになる」(p.142)投票するにせよしないにせよ、有権者のために働かない政治家を「選んで」しまった場合は、その責任は有権者が背負うことになる。そういう意思表示、そういう政治行動になる。そして、その「大変な世の中」では自分の生死も脅かされていく。そうなってからでは遅い。

・「選挙は投票して終わりではない。候補者も当選して終わりではない。有権者と政治家の間に適度な緊張関係があれば、政治はきちんと機能するはずだ。私はそれこそが正しい民主主義だと思っている」(p.156)政治に詳しくなくても、投票したということは、そこから政治に関わるきっかけを得たということになる。

 

中には今までに聞いてきたようなフレーズもあるが、実際の選挙取材をしている人の言葉で語られていくと、それがただのお題目ではなく、多くの時間と歩数(または走行距離)の積み重ねの中で考え抜かれた結論だということがよくわかる。

世の中いろんな人がいるんだな、ということが、フラットな目線で語られているので、こちらも素直に読める。たとえば選挙の宣伝カーなどは、今まで私は「うるさいな」と思うだけだったが、「忘れず投票にいけるからいい」と受け止めている人がいると知り、なるほどそういう考え方もあるのかと驚いた。候補者にもいろんな人がいるし、地域ごとの特色もある。

「なんだか自分って少数派なのかもしれない」とこの本を読みながら思った。そういう客観的な視点は大切だ。それが得られるのも選挙という機会なのかもしれない。

泡沫候補」として、多くのメディアが扱いを小さくしている候補者への見方も少しだけ変わった。「ふざけた候補者」「ヤバい候補者」と思うことが私は毎回あって、それで選挙が嫌になることはあるのも事実だ。

ただ、畠山さんが話を聞いてみると、それぞれに思いがあったり、個性があったりしてはいるということは理解できた。

「当選するわけはないけれど、自分が選挙に出ることで、市民の人がこのテーマで考えるきっかけになれば」「今の選挙のやり方じゃなくて、もっとみんなが選挙に関心をもつやり方がいい」という人もいたりする。

突飛なアイディアのようで、でもそれだって大事なことだよなと思うものもある。派手なパフォーマンスだとしても、それで今まで投票に行ったことのなかった人の第一歩につながったなら、すごいことだ。少なくとも私にはできないことだ。(でも行った結果、私がヤバいと思っている人が当選したら嫌だ。そう思うのも完全に自由。)

 

「ほんの数分程度の接触でも実際に候補予定者本人に会うと、かなりの情報が手に入る」(p.61)ということも書かれていたが、これは本当にそうだなと思った。

前回の衆院選のときに、私も街頭演説に行ってみたりしたが、ポスターやSNSの感じではわからないことが実物に会うとダイレクトに受け取れた。直接話をできた候補者もいた。

これは次回の参院選のときもできるだけやってみたいと思う。選挙事務所に行ってみるとか、ボランティアをやってみるとか、何か今関心の熱いうちにしかやらないようなことをやってみるのもいいかもしれない、なども思っている。

自分が入れたくなるほうな候補者が立候補しやすくなるにはどうすればいいのか、一旦議員になったあとにも続けやすくする制度とはなど、アイディアが湧いてくるかもしれない。

 

選挙の手続きが維持されてきたことに関して言うと、未曾有の感染症に襲われたときにでさえも、「選挙は行われなければならない、なぜならそれほど重要なものだから」ということも、この本での各選挙のレポートからヒシヒシと伝わってきた。こういう実感は、記憶がまだあるうちにきっちりと自分の身に染み込ませておいたほうがいい。そういう点からも今この本を読めてよかったと思う。

2020年の東京都議会議員選挙で、投票に関する特例措置があったのも私は知らなかった。("新型コロナウィルス感染症で宿泊・自宅療養等をしている人のうち、一定の要件に該当する人は「特例郵便等投票」ができるようになった。" p.261)

記録としても、後年振り返った時に必ず生きるであろうから、出版しておくことにはとても大きな意味がある。ありがたい。

 

私なりに政治について考えてきた3年を経て、深い反省と共に今思うのは、教えてもらえなかったとか、わかりにくいとか不満を言う前に、自由を制限されたり剥奪されたりしている政権下にいる市民のことを少しでも思い出せば、いい大人の自分は甘えている場合じゃない、ということだ。

自分じゃなくても誰かがやってくれるだろうとか、今までも別に大丈夫だし、今もなんとかなってるからこの先もまぁ大丈夫じゃないかとか。そうやって甘えている間に、時代はどんどん変わっていって、それこそ気づけば自分自身の生死に直結していくかもしれない。あるいは自分より若い人たちが犠牲になって亡くなってしまうかもしれない。

今の選挙のやり方で決していいわけじゃない。不正もある、偏りも大きい。だからそれも変えていかなくてはいけないということを正当な手続きに則りながら(正当な手続きとして機能させ続けながら)、自分の切実さを引き受けてくれる代弁者を立てながら、やっていくしかない。変化はゆっくりで、後退しているんじゃないかとさえ思うことも多い。けれども、高い理想を追いかけるというよりも、今より悪くならないようにしていく、ぐらいの軽さでも、

今のところこの国で選挙の手続きは機能していて、コロナ下でも粛々と行われてきたわけだし、知る権利も学ぶ権利も制限されてはいない。こういう本を買うのでも借りるのでも、ともかく入手して読む自由がある。それは決して当たり前のことではない。

だからそれができて、少しでも考えられて、動ける人は、やっぱり社会に対して率先して働きかけていったほうがいいんじゃないのかなと思う。「選挙漫遊記、読んだよ」とかでもよいし、何か小さいことから自分のできる範囲で。

そもそも私には生活や人生で困ってきたこと、困っていることが山盛りにあり、それはどれも政治とつながっている。自分自身の内面を見つめ、周りの人に助けを求め、それとの向き合い方を模索するのも大事なことで、それはそれでやっていく。ただ、矢印がそちらだけを見ていて、外側からの影響を見ないでいると容易に自己責任論に陥るし、他者にも強要しがち。個々の努力の問題ではないことも実際多い。

政治によって動かされている構造、システムがあること。少なくとも政治の影響を受けて生きていること。
この事実を無視しない。監視し、参加する。
それが社会の中で生きるということだと、私は思う。今のところ。

 

どうでもいい話だが、私は畠山「理仁」さんを「リヒト」と読むのだと思い込んでいて、リヒト=Licht(ドイツ語で「光」)とはなんと素敵なお名前!と勝手に思っていた。

正しくは「みちよし」さんです。すみません。

名前の読みやすさ、わかりやすさは投票に影響するから、畠山さんが何かに立候補したら、表記は「畠山みちよし」になるんだろうな。

また、名前が漢字表記であり、「読み方」と「読ませ方」が混在する文字であることなど、こういう日本独自の事情なども、考えはじめると選挙は面白い。

そういえば、同姓同名の候補者を立ててくる、信じられないような戦術も本書で知って驚いた。それは面白いというよりやっぱりえげつないが。

 

 

畠山さんはツイッターでも一貫して、「選挙の楽しさ、立候補の意味、参加することの大切さ」(p.261)「選挙というイベントに参加する人を増やす」(p.302)を日々伝えている。

 

こちらも気になる著書。『黙殺 報じられない "無頼派独立候補”たちの戦い』(2019年)

www.shueisha.co.jp

 

畠山さんの記事。沖縄「黙殺」ー県知事選、そして辺野古県民投票を現地取材したジャーナリストの報告(2019年4月7日)

www.gqjapan.jp

 

こちらも参院選前にぜひ。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

はじめて選挙活動を体験した一市民から見えた実情。選挙のこれ、おかしいんじゃない?と思っていいし、言っていいんだと思える。やっぱり何事にも多様な視点は必要。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

もっと政治を具体的に考えたい人におすすめ。

『YOUTHQUAKE: U30世代がつくる政治と社会の教科書』(よはく舎, 2021年)

 

*追記* 2022.6.24

こんな方もいる。

www3.nhk.or.jp

note.com

 

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共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年