ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

映画『台北暮色』(台湾巨匠傑作選)鑑賞記録

新宿K's Cinemaで上映中の台湾巨匠傑作選2021侯孝賢監督40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集を追っている。

10本目は侯孝賢プロデュース、黃熙(ホアン・シー)監督
台北暮色』2017年制作。
原題:強尼.凱克、英語題:Missing Johnny

 

概要・あらすじ:

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ひたすら心地よいアンビエントな映画であった。映像と音楽とがマッチしていた。

とはいえ、雰囲気だけで中身がないわけではもちろんない。ただ、あらすじを頭に入れて観る類の映画ではないということ。

台北のまちのいろんな場所が出てくる。それらは時間、天気により表情を変える。登場人物たちが移動してくれるから、今の台北らしさがたっぷりと味わえる。わたしは人生で都市で暮らしている時間のほうが長いから、生活する人から見た都市の景色に惹かれる。なんとなく東京と似ているや違うところを探してしまう。近代的な建築と昔ながらの下町の雰囲気と伝統的な廟(神社のようなもの?)のミックス。

大都会だけれど緑が多くて、南方らしく俄雨が多い。雨上がりのしっとりとした緑に目が潤う。

音もよい。環境音、生活音。雨音や草木のざわめき、廟で流れている祈の音曲から、スマホの着信音や通知音、表通りを走る車の音まで、どれも愛おしい。



人間それぞれに過去があるし、事情もある。少し突けば漏れ出てくる困り事だって、秘密だってある。高速道路を走る車のように、淀みない流れの中にいるのが前提みたいになっているところでも、何かわからない理由で滞ったりするものだ。こんなはずじゃなかったと思う。でも完全に止まることは、生きている限りはない。また走り出せる、流れ出す。誰かとの出会いがきっかけになって。無意識下でお互いがお互いに、何かしらの影響を与え合って。

映画に出てくる誰もが不在の人を抱えている。亡くなった人、会えなくなった人、いるのにいない人。飛んでいった鳥、ジョニー宛にかかってくる電話(ジョニーを探している人)。
動かせる状況もあれば、そうでないものもある。
それでもこの世界にはきょうも夕暮れが訪れる。等しく。どこで生きていても。

家族の話でもあった。三世代でうまく暮らしている家族もあれば、世代間のギャップが大きくて難しくなっている家族(家父長制、性別役割分業が旧世代)、ひとり親、離婚、別居、などなど。人間関係は変化している。

特に冒頭で車がエンコしてしまうなんでも修理人のフォンの高校時代の恩師の父子関係はいびつだ。世代の価値観の違いが如実に現れている。

また恋人や「友人」との関係性も若い世代の中でも少しずつ変化していっている。主人公シューの恋人(と思われる)の男性はシューに対し、「髪が長いから切れ」「おれがお前のことを一番理解している」「掃除は後でやれ」などと命令口調で、束縛傾向がある。そしてシューも何か依存している部分が感じられる。ほんとうは自力でできるのに、できることをいっぱい持っているのに、踏み出せないでいる何か。何か限界にきていると感じている。

シューとフォンは明確に友人という描き方ではないが、なんとなく一緒にいることができる。自立していて、お互いに入り込みすぎず、話を聴きあったり、気遣いあったり自然にできる。

 

シュー役のリマ・ジタンの鍛え抜かれた身体が美しくて、ファッショングラビアが動いているみたいで、ついつい目で追ってしまう。ジョギングのシーンもあるので、「あーやっぱり鍛えてらっしゃるのよね」と納得する。ここまで健やかで逞しいと気持ちがいい。これまた目が喜ぶ。

新聞や雑誌の切り抜きから気になる文章(読者投稿専門?)を音読して、レコーダーに録って、自分で聞くのを趣味にしているリーもよかった。彼は、「忘れっぽい」のではなく、おそらくある種の特性があるのだが、それを母親が受け入れられていないように見える。母親にはおそらく大きな喪失がある。そしてそれを埋め合わせるようにリーに執着する。夫と息子(リーの兄)か。

それもはっきりとは語られない、「ほのめかされているが追求しなくても、まぁいいか、わからなくても」ともやもやせずに観られるのは、都市生活者的な感覚だなと思う。他人がどうでもあまり気にならない。いろんな人がいるしね、という感覚で描かれている。

 

始まりと終わりがつながって円環のようになっているのは、高速道路の環状線のようだった。雨の日が印象深いのは、侯孝賢の世界の遺伝だろうか。(と、すぐにこういうふうに比較されるのは監督はうんざりかもしれないけれど)


おもしろかったのは、80年代から現代まで、9作の台湾映画を見続けてきて初めて、「タバコは身体に悪い」という話が劇中で起こったこと。「わたしも昔は知らなかったのよ」とまるで登場人物がわたしに説明してくれているようだった。

プロデューサー侯孝賢。侯が父の友人だったため、撮影現場に出入りするようになり、映画の世界へ入ったという。今後の作品が楽しみだ。

 

 

 

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