映画『海角七号 君想う、国境の南』を観た記録。
2008年台湾公開、2010年日本公開。
公開当時、台湾映画史上最大のヒットを記録するなど社会現象となり、第45回台湾金馬奨で主要6部門を制覇。低迷していた台湾映画界を窮地から救った作品としても有名。
が、2010年前後は映画自体あまり見ておらず、話題になっていたことも知らなかった。去年、台湾映画に再会してあれこれ見ているうちに、こんな映画があったのかと知ったぐらい。
第一印象は、懐かしさと恥ずかしさのようなもの。日本の80年代〜90年代のドラマや、カラオケBOXの背景映像のような撮り方で、突っ込みどころも多い。
前半はけっこうコミカル。おっさんたちのドタバタや、変顔で笑いを取る芸もなんだか久しぶりに見た。後半は舞台の本番に向けて深刻になっていく。準備が進んでいないとか、ハプニングとか、恋愛のあれこれも出てくる。
ドラマとしては古典的だが、台湾にしかない事情や背景にあるかつて生き別れになった二人の物語などがだんだん食い込んできて、メリハリがあって飽きない。「海角七号」にまつわるエピソードの肝心なところはそれでいいのかというのが最大のツッコミだったかも。
よかったのは、全編に音楽が溢れているところ。いろいろなジャンルの音楽が聞ける。そして若者の反骨エネルギーを感じる。「その気になればなんだってできる」「諦めずに頑張ればチャンスがある」「夢の舞台に立つ」となかなか今思えないかもなーと。今の日本が疲れすぎているのか、いや私ももちろんそう。
中孝介がミュージシャン・中孝介本人として出演して、その本物さや実存感が、映画全体をリフトアップしていて良い。
日台の俳優、ミュージシャンを起用し、日本語、北京語、台湾華語も?、台湾語、英語が入り乱れる。手紙の朗読が日本語で入る。客家人や先住民族の人も入っているので、かれらの言葉ももしかしたらちょっとずつ違うかもしれない。なんともマルチリンガル、マルチレイショナルな映画。
これは吹替版も配信で出ているのだけど、絶対に字幕版で見るべき作品。
同じ人物でも、たとえば主人公の友子は日本人で日本語ネイティブ、台湾で仕事をしていて、北京語で話す。けれど腹が立ったときなど感情ダダ漏れになるときは日本語が出る。郵便配達員の茂(ボー)爺さんは、普段は台湾語だが、日本統治下時代の台湾で日本語教育を受けたので、友子に日本語で話しかける場面がある。
という具合に、言語の切り替えにも一つひとつ意味があるので、ぜひ字幕版で見てほしい。台湾語は、それとわかるように、字幕の最初に「・」の印が出るので北京語(または台湾華語?)との違いがわかる。
母語、公用語、かつての公用語。それらが意味するものは一個人の人生遍歴でもあるし、歴史の流れと大きな関係がある。映画のテーマそのものだ。それぞれの歴史と事情を抱えて今ここに一緒にいる、という事実。
しかしそのことを深刻に受け止めるのではなく、時に笑い、時にときめきながら、楽しくエンタメとして見られるところがよい。
もちろんこの映画で日本と台湾とのかつての関係を初めて知った人がいたら、ここをきっかけに調べていくこともできる。
『海角七号』を機に台湾映画の潮目が変わったという話。
観客が戻ってきた!――台湾映画復興運動/6月 2012
2009年と言えばリーマンショックの直後で世界中が沈んでいる時期のはずだが、映画の世界は明るい。その頃台湾はどんな時期だったのだろう。
この本やっぱり読んでみよう。
『台湾を知るための72章』(明石書店, 2022年)
台湾語の使用頻度が増えているという話。
主演の田中千絵。並々ならぬ覚悟で臨んだ仕事だとか。劇中の友子のキャラクターと重なる。売れないモデル役というのがなかなかキツい設定。
2017年の最新作まで常連に。過去に遡って、彼女の物語を追っていくとまた感慨深い。
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共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年)