息子を出産した病院はカトリック系の病院だった。
カトリック系だから選んだのではなかったけれども、家から近いことと、病院の建築や中の雰囲気のやわらかさが、病める人間を迎え慈しみ休める場所として、とてもいい感じがしたからだ。
妊婦は病気ではないけれども、生き物として一時的に弱い部分、弱い立場を持つことになるという意味で、病める人と同じような場所にはいると思う。
妊娠中の母親学級は、シスターで看護師の方がしてくださった。
そこで聞いた話を今でもはっきりと覚えている。
可能なかぎり妊娠中に、母親との関係を整理しておきなさい。
もし妊娠中がむずかしければ、出産後に。
いつでも思い立ったときに。
あなたたちが母親になるにあたって、母親との関係を見直すことが出てくるのです。
困ったときはここに相談に来てください。何年経っていても大丈夫です。
それから、シスター自身の母親との関係を、自分の名前にまつわる小さなエピソードを起点に話された。きりりと姿勢を正して話されていた。おそらく何百回も話されている話を、何一つ落とすことなく。
そのときわたしは、「あの人なにゆうてはるんかな?」という感じでポカンとしながら聞いていたのだけれど、今ならとても大切なことを伝えてくださっていたとわかる。
大切な言い伝えだったのだ。語り部。
その内容もさることながら、そのように使命をもって生きている誰かにとって、大切なことを語り伝えたい人間として自分が扱われた記憶というのは、なかなか消えないものだと思う。
個人にとってどうという前に、もっと広く大きく、人間という種として受け継いでいかなければならないことを、正面から語るという態度。
それが、キリスト教という宗教に根ざしていたことを、ここ1〜2年の学びから、ようやく百分の一ぐらいは理解できるようになった。