ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

鑑賞中に寝ないためには

劇場やホールに舞台、音楽、映画などの鑑賞をしに行って、わたし最近あんまり寝ないなぁということに、ふと気づきました。

いや、別に寝てしまってもいいと思います。緊張がほぐれてリラックスできたということだし、眠りに誘われる要素が、その作品や公演に含まれていたのかもしれないし。

 

でも、「せっかく観に行っているのに、寝てしまうのが残念」という方もおられるかもしれないので、なぜあまり寝なくなったのか考えてみました。

 

  • 作品選びの勘がついた
    おもしろい、観たい、わたしはこれが好き、興味関心がある、と思える作品を選んでいる。

  • 仮説を立てている
    作品選びにもつながりますが、「なぜ観たいのか?」に対する問いを思い描く。チケットを購入するまで、あるいは、購入してから当日までに。こういうものを観るのかな、だとしたらわたしはこういうことを感じそうだな。こういう体験になりそうだ、など。それが覆される前提で仮説を立てます。

  • 予習して「ここをよく観よう!」と決めている
    公演のサイトや関連書籍や動画で見所や背景を調べる。演劇なら原作を読む、能なら詞章を声に出して読む、オペラならあらすじだけでなく、アリアを聴いてみるなど。

  • メモを取りながら観ている
    わたしの場合、基本的に、あとで人と感想を話したり、ブログ記事を書くつもりで観ているので、何を観たか、どういう体験だったか、観る前とあとでわたしの中で何が変わったか、想定していたのとどこがどう違ったか、などの素材になるようなことを暗がりでメモしていることが多いです。

  • 心身の調子を整えている
    前夜に早く寝て睡眠たっぷり。当日は空腹すぎず満腹すぎずの状態。気になる用事や返信はなるべく片を付けておく。

  • 当日は予定を詰めない
    できれば前後は余裕をもってゆったり過ごす。

  • 友人と一緒に観に行くなどして、後で"感想戦"をする約束をしておく


……といったあたりでしょうか。

これらは、寝ないためにしていることではないですが、あえて挙げてみると、という感じです。

書いてみて気付きましたが、結局は、様々な種類の作品や形式をたくさん観ることで慣れただけ、というところが多分にありますね。わたしにとっては日常なんですね。

「寝る」イコール、舞台で起こっていることを脳が処理しきれなくなっている状態や、環境に適応できない結果だとすれば、やはり慣れと対応策を考えることに尽きるのかと思います。(もちろん何も対策しないという選択もアリです)

 

 

美的発達段階との関連もあります。

以前、「美的発達段階と鑑賞」という記事をホームページに載せました。

seikofunanokawa.com

 

長いので要約すると、

人間に成長段階があるように、技芸ごとに熟達していくための段階があるように、「鑑賞」という行為においても人それぞれに段階がある。A.ハウゼンの提唱した美的発達段階と呼ばれるもの。第1〜第5段階がある。
鑑賞の場を提供する者は、鑑賞者の対象を定める際に美的発達段階も考慮して場を設計する必要がある。(それぞれの人の知識や経験などの蓄積度合いに合った鑑賞の仕方がある)

というような話です。

 

ブログでもよく「予習をしてから観た」と書いてますが、わたしにとってはそのほうが受け取るものが多くなり、鑑賞体験が深まるからです。仕事の一環でもあるからです。

そこまでではない、「趣味」であったり、観ることや館に足を運ぶこと自体がまれという方は、予習などせずに、まずはトライしやすい形式の公演に行ってみることをおすすめします。

まずは観てみて、「すごい!」「きれい!」「好き!(嫌い!)」などの感覚を楽しむ。

寝てしまってもいい。通しで観られなくてもいい。自分を責めない。
そこで何かしら記憶に残ることがあれば、それを大切にする。小さな感想を口にしてみる。

ここをすっ飛ばしていきなり知識やデータを入れても、自分が観る実感から離れてしまい、楽しくなくなって、鑑賞にアレルギーを起こしかねません。

 

逆に、ある程度、量を観てきた人や、自分の好奇心の方向がはっきりしてきた人は、自分の関心を少し意識して自覚してみるとよいです。自分で美的発達段階をあえて、貪欲に上げていくようにする。何も考えずに気楽に観るより、何を事前に入れておけばもっと楽しめるか考え、たとえば上に挙げたような準備をして、自分で負荷をかけていくほうが、楽しくなっていきます。

より作品を味わい、価値を受け取り、学びを深めることができます。

誰かと一緒に行って違う視点や感性をシェアしてもらうこと、自分からシェアして貢献することもぜひ試してもらいたいです。

 

わたしは場をつくって対話・表現を繰り返してきたことで、自分の美的発達段階も上がってきたなと感じています。もちろん段階をあげることが目的ではないですし、第4、第5段階のほうが第1段階より「偉い」ということではありません。鑑賞の発達には段階はありますが、各階層同士に優劣はないし、発達していかなければならないものでもありません。

ですが、より広く深く多く世界とのアクセスが増えることは、生きる上での力になります。

 

 

いろいろ書いて脱線しましたが、鑑賞の筋力を鍛えれば、寝にくくなるし、寝なそうな行動をしていくんじゃないか?という話でした。

わたしもしばらく観ない期間が2、3年続けば、鑑賞の筋力は衰えて、再開する頃にはまた寝ると思います。

でも脳が覚えていれば、そしてこうやって記録しておけば、筋力の付け方も思い出せるな、と今気づきました。自分の備忘としても役立てようと思います。