ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

〈レポート〉9/11『プリズン・サークル』でゆるっと話そう w/ シネマ・チュプキ・タバタ

2021年9月11日、シネマ・チュプキ・タバタさんと、映画の感想シェアの会〈ゆるっと話そう〉を開催しました。(ゆるっと話そうとは>こちら

 

第23回 ゆるっと話そう: 『プリズン・サークル』

多くの人にとって日常から離れた場所、刑務所と、そこで自らの過去を見つめ、語り合う受刑者たちを映すことを通して、わたしたちにこの社会の有り様を問いかけてくれる作品です。
 
▼オフィシャルサイト
 
▼イベント告知ページ

chupki.jpn.org

 

 

当日の参加者

2020年1月に公開されてから1年半以上経っていますが、何度もアンコール上映があったり、各地で自主上映会がひらかれていたりと、人気が継続している(あるいはますます高まっている)作品です。

参加者の中には2回、3回と観た方も何人かおられました。その度に新たな発見を得て「感想が変わっていく」とのことでした。今回はブレイディみかこさんの近著『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』で紹介されていたことがきっかけでこの映画を観たという方も数人おられました。まだ観ていない方も「ご本人がよければOK」として対話に加わっていただきました。

また、「この映画から一体どういう対話が生まれてくるのか、そこに興味があって」と参加を決めたという動機もうかがいました。対話の可能性についての、その方の強い期待が感じられました。

 

進め方
昨年、同じ作品で〈ゆるっと話そう〉を開催したときには、ブレイクアウトルームを活用して、2〜3人で小さく話してから、メインルームに戻って全員で話すというやり方でしたが、今回は劇中で行われているTC(Therapeutic Community)のように一つの大きなサークル(輪)で話すことにしました。
ブレイクアウトルームの良さは、少人数なので話し始めやすく、早いうちに本題まで到達しやすい、話題を深めやすいところです。一方で個々のルームで話したことは他のルームの人に共有しづらくなります。
今回は、1時間という短い時間の中でも、全員で今起こっていること、感じていることを逐次共有しながら深めていく体験ができたらと思い、一つの輪で行いました。言葉にできる方からシェアしていただき、それについてさらに話したいこと、それ以外に話したいことがある方に話題をつなげてもらうような形で進めました。
 

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出た話題
印象深かったシーンとして「2つの椅子」を挙げ、「立場が変わることで見える世界が変わるので、自問自答したり葛藤するのはよいことではないか」という、ご自分の経験を交えたお話からはじまりました。
入所している彼らの背景に共通するものを見て、
「子どもの頃に(大人になる前に)手を打っておかなければいけないのではという強い危機感を覚えた」
「子どもに接する教育関係の仕事をしていたが、ここまで大変なケースを見たことはなく驚いた」
「このセンターでケアやサポートを受けられるのは救いになっているのはよかった」
という感想が出ました。
 
また、劇中で彼らが語る・語り合う様子から、
「感情を味わわないと、つらさも自分が考えていることもわからなくなるが、つらいことにフタをしないと生きられなかったという部分に共感する」
「安心して感情を出して受け止めてもらえる経験を、こどもたちが学校のカリキュラムの中で得られるとよいし、大人にも必要」
痛めつけられすぎてると、他者の痛みまで感じられないのではないか」
「現在公開中の映画『ドライブ・マイ・カー』から"負の感情を正しく受け止めよう"ということを受け取ったが、『プリズン〜』の感想から似たものを感じる。自分のつらさほど認めるのが難しいけれど、やっぱり自分の"つらい"は"つらい"でいい」
など、感情の扱い方と「彼ら」について想像をめぐらし、自分の内側も探りながら言葉をたぐっている皆さんの姿がありました。
 
何人かの方から、「自分はここまでの体験はしていない」という言葉が出ていたことに言及して、別の方からこんな感想が出ました。
「1回目に観たときは、自分もあの人たちや映画に対して、"自分はこんな経験はしていないし" "刑務所という別世界の話だし” と少し距離を置いているところがあったが、2回目に観たときに、"やっぱりこれは自分にも起こっていることだ"と思った。自分の怒りや悲しみを人格をさらして、勇気を持って掘り起こしている人を見て、自分が押さえ込んでいた認めたくない部分こそ認めないと、周りの人を巻き込んでしまうんだと思った」。
 
この発言をきっかけに、対話の場がさらに深まっていきました。
「あれだけ深く聴いてもらえて、わかってもらえる人たちがうらやましい」
「自分も聴いてもらいたいけれど、友達に話すのは難しい」
「関係者とTCを組むのはとても難しそう。もしかしたらこの場のように、"ほどよい他者" のほうが気兼ねなく本音で話せるかもしれない」
「児童福祉の現場で働いているので、この映画に出てくる人たちが他人事と思えない。自分が酷いことをされていることがわからない、感情を言葉で表せない子たちが多いから。司法関係や福祉の現場の方、とにかくいろんな方に見てもらって、彼らが特殊な存在ではないことを知ってもらいたい」
「自分には関係ないようだけど、傍観者であることも関わっていることには変わりはないのかもしれない」
 
そしてさらにここで、参加者の方から場に一つ大きな質問が投げかけられました。
「犯罪を犯した人が税金を使って"恩恵"を受けられることをどう思いますか」
 
それに対して皆さんからは音声とチャットで次々と答えが寄せられました。
「税金がそのような使い方をされるのは当然だと思う」
「税金の使いみちとして大賛成。プログラムを受ける人個人だけでなく、被害者の方、これから関わる方、すべてのためになるものだと思う」
「自分が通った学校や利用した病院などの公共サービスにもだれかが払った税金が使われていたわけだから、自分が払うときだけそのように言うのは変な気がする」
「一般人も犯罪者も同様に、社会的にサポートしていかなければいけないことだと思う。が、身近な環境下で、他者と関わることができる場がもっと気楽に、誰もが参加できるようになれば良いなぁとも思う」
「何が正しいとか、間違っているとか、法治国家的な意味合いだけでなく、自利と利他的な意味合いができればよいのではないか」

ここまでの対話を経て出てきた皆さんの言葉は、確かな当事者性を帯びていました。この映画を観ること、観た体験について語ることは、なんらかの当事者性を得ることにつながるのかもしれません。
質問してくださった方にとって、皆さんからの反応はどんなものとして内側に響いたでしょうか。
また、このレポートを読んでくださっている方は、ご自分ならこの質問にどう答えるでしょうか。
 
その他、
「傷つきから回復していく人間の姿をここまで撮って、映画として見せた坂上監督の手腕がすごい」
ソーシャルワーク(地域の課題を解決を支援する仕事・働き)や修復的対話(人間同士の対立やトラブルを対話によって予防したり解決する手法)によって、親子や夫婦や教師ー生徒の関係性をよいものにしていきたい」
TCプログラムではないけれど、統合失調症の治療に薬ではなく他者を含めた"オープンダイアローグ"という対話の手法が少しずつ広まっているという本を読んだ。他者との対話の重要性が高まっていけば、誰もが参加できるようになるかもしれない」
との感想もありました。この映画をきっかけに「何ができるか」を学んだり、それぞれのやり方で実践したり、考えを進めておられるようです。
 
最後に、チュプキ代表の平塚さんより、監督や関係者の方の舞台挨拶を催したり、やり取りを重ねてきた経験から、「映画のその後」について少しシェアをしていただきました。
映画の中でも一部触れられていましたが、やはり「中にいるより外に出てからのほうが大変。つながれる人同士はつながっているが、そうでなくこぼれおちている人もいる」とのことでした。「リアルな人との距離感が危うくなっている今、それでも映画を観にきたり、Zoomでも対話をしようと集まってくれる方たちがいて、映画館ができることがあるのだとこの仕事にやりがいを感じている」と場を締めくくってくださいました。
 

 

ファシリテーターとして対話をふりかえって

・この映画を語ることの切実さを皆さんそれぞれお持ちのように感じられました。それは、昨年6月に開いたときよりも強くあったと思います。

・一つの輪(サークル)の中で発言が起こり、前の方の感想を受けてつながっていく中で、揺らぎながら場で受け止めていく時間でした。

ひと言では表しづらい大きな体験を語らずにはいられない、自分についても語りたくなる。こうしたことを大切に受けとめあえるようなコミュニケーションの文化があちこちにつくられることが、今とても必要とされているように私は感じています。

・この場はあえて1時間と設定しているので、一つひとつの発言について深く聴いていくことはできなかったのですが、言葉の奥にある思いや経験のことを想像しながら、一人ひとりの人生を感じていました。安心して言いっぱなしにすることと、深掘りしていくことのバランスが、今回は特に難しかったです。

・途中で場に出された質問に対して、「あなたはどう考えますか?」と質問をお返しできなかったこと、「皆さんからの回答について今どんな感じがしますか?」と真意に迫る問いかけをして、場で共有できなかったことが、私としては非常に悔いの残るところです。安心して質問できる場となっていてよかったという思いもありますが、場に与えた影響も大きい内容だったので、ぜひともうかがいたいところでした。

終わってから何日も経っていますが、そのことについて責めたり恥じたりして断罪したい自分と、あのときはそれが精一杯だったんだと言い訳したい自分とで、「2つの椅子」に交互に座るような体験をしています。「とっさに発言できなかった自分とその理由」を受け入れて、これからの人生や次の場に生かしていく他はないな、と今は思っています。

・TCのように専門家に付き添ってもらいながら深く潜っていくような体験も、課題の大きさによっては必要だと思いますが、「ほどよい他人」との関わりの中で知らないうちに救済されていることもきっとたくさんあると思います。それはもしかしたらわざわざ「与える」「提供する」ようなことではなく、ただ「自分に対して正直でいる」だけでも可能なのかもしれません。また、「正しさからではなく、あなたとわたしの関係において何が良いか」ということも考えます。対話未満の小さな営みにも目を向けていきたいです。

 

感染症流行中ということで、今回もオンラインでの開催となりました。「オンラインだったので安心して参加できた」というお声をいただいたり、普段はお会いするのが難しい方ともお話できるのが貴重ではありますが、またリアルでみなさんと顔を合わせてお話できることも願っています。

映画館があるからこそ作品に出会えますし、このような場を主催してくださるからこそ、映画の体験を現実につなげて考え続けていくことができます。
「ほどよい他者」と出会えるこの場〈ゆるっと話そう〉をこれからもチュプキさんと小さく営んでいけたらと思います。

 

ご参加くださった皆様、チュプキさん、場を共につくってくださり、ありがとうございました!

※2021/9/23〜9/28まで延長上映決定とのことです。詳しくはこちら

 

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▼皆さんからご紹介いただいた参考書籍です。

『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』ブレイディみかこ/著(文藝春秋, 2021年)

『ライファーズ  罪に向きあう』坂上香/著(みすず書房, 2012年)

『あふれでたのはやさしさだった 奈良少年刑務所絵本と詩の教室』寮美千子/著(西日本出版社, 2018年)

『反省させると犯罪者になります』岡本茂樹/著(新潮社, 2013年)

 

▼もう一歩踏み込んで知りたい人のために

『こころの科学』(2016年7月号) 通巻 188号 
特別企画:犯罪の心理

劇中に登場されていた支援員で研究者の毛利真弓さん、研究者の藤岡淳子さんの寄稿があります。

https://www.nippyo.co.jp/shop/magazine/7135.html

 

坂上香監督の過去作もぜひご覧いただきたいです。『プリズン・サークル』もそうですが、とても多くのインスピレーションを受ける映画です。

『Lifers ライファーズ 終身刑を超えて』
https://chupki.jpn.org/archives/5230

トークバック 沈黙を破る女たち』
https://chupki.jpn.org/archives/5235

 

坂上香監督のティーチインの様子

 

坂上監督インタビュー記事

http://cineref.com/report/2020/02/prison-circle.html

 

▼感情の取扱について

『気持ちの本』森田ゆり/作(童話館出版, 2003年)

生きる冒険地図・こころのメンテ・知恵と工夫集(子ども情報ステーション by ぷるすあるは )

▼アニメーションの若見ありささんのウェブサイト

http://arisawakami.com/

 

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『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』稲葉麻由美、高橋ライチ、舟之川聖子/著(三恵社, 2020年)