東京国立博物館で開催中の琉球展に行ってきた。友達が招待券をくれて、一緒に観た。
青い日記帳さんのブログ記事を読んで、祭祀のコーナーは絶対に観ねばと思っていた。
とてもよかった。琉球王国について、ざっくりとしかしらなかったし、今もそんなに詳しくなったわけではないけれど、テキストでも映像でも又聞きでもなく、展示の助けを借りながら、自力で歴史をなぞってみたという経験は残る。
そこに物があるからこそ、「いっぺん真剣に理解してみよう!」と思える。ミュージアムってやはりありがたいのだ。
観終わってけっこうがっくりきてしまった。
かつて王国として、近隣の諸外国と活発に交易し、中継地として様々な物や技術を交換したり積極的に採り入れて、新しい製品や作品を生み出す才覚を発揮していた琉球。政治的にも中国の臣下となって、安泰な関係を継続しようとする外交手腕。
言語も宗教も社会の規範も含め、独自の豊かな歴史と文化を築いて400年存在していた国を力で征服して途絶えさせたこと、植民地扱いにして下位に位置付けてきたこと、そしてその流れは今も根本にあること、などにがっくりくる。
展示を見ているだけの感想なので、なんの根拠もないが、当時の本土よりよっぽど国際的な感覚を持っていたのではないかと。この年表を見ると、江戸幕府が鎖国をしていたときも、琉球王国は栄えていたわけだし。
歴史年表/沖縄県 https://www.pref.okinawa.jp/site/kodomo/land/koryu/nenpyo.html)
南方の珍しい文化や風習に惹かれて、植民地主義的な好奇の眼差しを向けていたことは確か。そういった眼差しが、この展示には一切なかったのがよかった。
「沖縄復帰50年記念特別展」あくまで一旦、「琉球」に主眼を置いているのもよかった。現代の沖縄を取り扱おうとすると、切り口が膨大すぎるし、複雑になりすぎる。そもそも歴史がわかっていない。だからまずはここから、というアプローチはよかった。
また、商業的な紹介の仕方でいくと、どうしてもステレオタイプで、大衆迎合的で、人気取りを目的にした熱の高い見せ方になりがち。学術的な立場から平熱で一つひとつ差し出してくれるのは、やはりミュージアムならではの態度。社会になくてはならない機能。第一会場では歴史を押さえ、少しずつ服飾や祭祀なども紹介していく流れはよかった。最初にテンション上がる展示だと、地味な(すみません)ところに目が行きにくくなるから。
もちろんこの展示ですべてを網羅できているわけではないだろうし、抜け落ちているものも多数あると思うけれども、でも珍しがって喜ぶのとは全く違った姿勢で、琉球と出会えた実感があって、少しほっとしたところがある。
ただ、展示のパネル解説やキャプションの言葉が難しすぎて、まったく頭に入ってこなかった。特に第1会場の前半は難しかった。学術的な見地から解説するには、固有名詞や専門用語を使わざるを得ないのかもしれないが……。わかってる人がわかってる人に説明しているだけに感じられた。
結局私は英訳を見てなんとか理解した。これって、キャプションでわからない人は有料のオーディオガイドを買ってねってことだろうか。いや、ミュージアムってそうじゃないよね……。
鑑賞メモ
・the 50th Anniversary of Okinawa's Reversion to Japan、
復帰→Reversionの定義:a return of something to its previous owner (Cambridge Dictionary)
・禅宗寺院が数多く建立される。王が帰依。1492年円覚寺が菩提寺になる。沖縄戦で壊滅。
https://oki-park.jp/shurijo/info/6466/6481
・1579年 アブラハム・オルテリウス編の「東インド諸島とその周辺の地図」/『世界の舞台』、日本が丸く、「大和」よりも琉球の存在感が圧倒的に大きい。
・3〜4世紀のローマ帝国の貨幣や、1687年のオスマン帝国の貨幣が遺跡から出土している。/14〜15世紀 高麗の技術を使った瓦/16世紀 タイ製の壺/15-16世紀 ゴミ穴から出てきたヨーロッパ製のガラス片/17世紀頃 インドネシアの短剣など、活発な交易の跡。
・天目とは:https://www.minoyaki.gr.jp/archives/craft/tenmoku
https://kurodatouen.com/blog-sk/20181110-2
・琉球の宮廷音楽。御座楽(うざがく)。三線だけじゃない、琉球の楽器。
http://rca.open.ed.jp/music/courtmusic/index.html
https://hubokinawa.jp/archives/13265
https://www.tokugawa-art-museum.jp/about/treasures/instrument/006/
・着物。「小袖」字は同じで読みが「どぅすでぃ」。単と袷があるが、展示で多かったのは単。一般的に小袖といえば、大袖(袖口の広くあいた表着)の下に着た、袖口が途中まで縫い詰められた着物を言うけれど、琉球の小袖は袖口が全部あいている。気候の関係(暑いから)だろうか。2020年の「きもの-KIMONO」展の図録に何か情報があるかなと思ったが、琉球の着物についての記載が自力で見つけられなかった(あるのかもしれない)。
・16世紀初め、聞得大君(きこえおおきみ)を頂点とする神女組織ができる。ノロ、ツカサ。奄美、宮古、八重山で王国の反映と村落の幸福を祈る祭祀を執り行う。/女性が祭祀を司るのは、姉妹が兄弟を守る琉球の「おなり神信仰」に由来する。
https://www.marukiyo.jp/blog/history/ryukyu_history/1685/
http://www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp/archives/site/%E8%81%9E%E5%BE%97%E5%A4%A7%E5%90%9B%E5%BE%A1%E6%AE%BF%E8%B7%A1%E3%80%80
http://www.tomiokahachimangu.or.jp/sH1902/htmShaho/p04.html
覚えておくと、また別のところで出てきそう。聞得大君は英語でKikoe-ogimi
(Supreme Priestress)となっていた。なるほど。大きな玉や勾玉のネックレス「玉ガーラ」は神女の地位を象徴する神具。アイヌにもこういう神具があった。やはり「ビーズ」には力があると考えられていたのだろうか。
・ノロの写真に手の入れ墨「ハジチ(針突)」が見える!『ばちらぬん』で出てきて、初めて知った風習。琉球時代からのものだったのか。
https://mainichi.jp/articles/20191102/k00/00m/040/204000c
・夜光貝でできた匙、貝でつくった斧、ジュゴンの肩甲骨でできた装身具などを見ていると、魚、貝、海獣が食糧になっていたということがよくわかる。内地の遺跡で見たことがないものが多い。
・本土と琉球(沖縄)では時代の名称も違うらしい。(北海道も違うが)
旧石器時代ーー貝塚文化(土器出現〜)ーーグスク時代(農耕開始〜)ーー>
おおまかに。地域によっても分け方や名称が違うらしい。https://www.pref.okinawa.jp/site/kodomo/land/koryu/nenpyo.html
・「冊封使(さっぷうし)」英語でenvoy(使節)
琉球新報のこの解説、キャプションにほしかった。。https://ryukyushimpo.jp/okinawa-dic/prentry-41495.html
・模造復元、Reproduction 歴史を知る、過去の技術から学ぶ、技術の継承の機会
・久米島、宮古、八重山で布を織らせるための図案集がよかった。手描き。それぞれの土地で特産の布が違った。
・前にTV(「美の壺」)で見た芭蕉布の紹介番組。
https://kininarutips.com/tsubo-445/
・美術。虎の描き方が独特。カワイイ。
・中国・福州(Fuzhou)と那覇港の海運ルート。福州って聞いたことあるなと思ったら、中国に一番近い台湾の領地か中国の領土か微妙な「馬祖諸島」の近く。こうして見ると、沖縄と台湾はめちゃくちゃ近い。それはお墓や線香や紙銭なども似てくるはずだ。
・1609年 島津氏の侵攻を受ける。
「中国皇帝の冊封を受けながら」(tributary relationship with China:つまり中国の属国としての関係をつくりながらってことか。なんでこんな難しい日本語を。。)
「島津、徳川の影響下に置かれた」(became a vassel state of:付庸国になった、つまり宗主国から一定の自治権を認められているが、その内政・外交が宗主国の国内法により制限を受ける国家)
1868年 明治政府が「琉球処分」(desposed)を行い、沖縄県になった。
特にここの箇所のパネル解説は、あまり正確に表現されていないのではないかと思った。。
・喫茶の文化。本土からの茶道と明の煎茶の文化が混ざる。ちゃんぷるー。
・沖縄戦のとき、うたきはどうなったんだろう?>>砲弾が撃ち込まれたそう。。(なぜか焼肉屋さんのHP)https://bit.ly/3G9JzLq
・ハビラ(沖縄では蝶のこと)精霊
・鎌倉芳太郎の研究。大正13年に取り壊しになりかけたときに、死守した。たしかに安礼門の写真は、ボロボロでいまにも崩れ落ちそう。鎌倉の遺した記録のおかげで、1768年の大規模修理の際の平面図など、戦後の再建に役立ったそう。やっぱり記録大事。残そうと尽力する人、ありがたい。
・首里城
https://oki-park.jp/shurijo/about/
復旧の状況:https://oki-park.jp/shurijo/fukkou/
去年シネマ・チュプキ・タバタさんで観た琉球、沖縄に関する映画。
2022/6/23-8/21 沖縄の美 日本民藝館
https://mingeikan.or.jp/exhibition/special/?lang=ja
*追記* 2022.6.30
子に教えてもらった番組。中継貿易や明との関係がわかってすごく良い。
https://www2.nhk.or.jp/school/movie/bangumi.cgi?das_id=D0005120535_00000
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共著書『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』(三恵社, 2020年)