ひととび 〜人と美の表現活動研究室

観ることの記録。作品が社会に与える影響、観ることが個人の人生に与える影響について考えています。

蝶々夫人@METライブビューイング 鑑賞記録

オペラ鑑賞でもいつもお世話になっているライブビューイング。

映画館のスクリーンで、迫真の映像でメトロポリタンオペラ(松竹系)やロイヤルオペラハウス(TOHO系)の舞台が観られてしまうというもの。

過去に観た作品の感想を書いたものはこちら
椿姫 
魔笛 
トスカ
アイーダ
サムソンとデリラ 
マーニ

 

さて。

今回観たのは、『蝶々夫人

https://www.shochiku.co.jp/met/program/2085/


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わかりやすい新国立劇場のダイジェスト動画。

 

わたくし初鑑賞。

しかも「日本が舞台で芸者が出てくる悲劇」ぐらいのざっくりとした認識。

今回はじめてあらすじをちゃんと知って、おののいた。 

 

観られるかなぁ...。

というのも、最近、子との離別や子の喪失の物語が、どんな表現形式のものでも、やたらと苦手になってしまっていること。能の「隅田川」も怖くて観られない。

また、蝶々さんからピンカートンへの感情を「不滅の愛」「一途な愛」と描かれるのは、納得いかない。

しかも「日本人女性」というステレオタイプが満載??

子を思いながら自分が亡くなる『蝶々夫人』。

それを感情にガンガン訴えてくるオペラで…。

プッチーニだから、より感情が動きそう…。

 

散々迷ったけれども、先に観た仲間から、「人形が出るらしい、文楽からインスピレーションを受けているらしい」と聞き、人形劇好き、文楽好きのわたしとしては行かねばなるまい、と腹をくくりました。

 

2017年の#MeTooから、芸術がこの問題にどう取り組んでいっているのか、立会い続けたいという気持ちがある。

 

それに今回の見所は、2008年に亡くなった映画監督のアンソニー・ミンゲラが演出をしていること。『リプリー』『愛しい人が眠るまで』『イングリッシュ・ペイシェント』の監督だ。

 

それはきっと美しい舞台に違いない!

 



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いろいろ感想メモ

いつものように雑多な感想を並べます。

 

・全体として日本の文化への深い敬意や愛を感じた。入念なリサーチの上に成り立っている。
パッとみるだけで、日本の伝統芸能...能、文楽、歌舞伎、日本舞踊などの要素が取り入れられていて、それが本質の深い理解と共にある。もともとのプッチーニの曲からしてもそうだし、ミンゲラの演出もだし、歌手たちもそう、他の舞台に関わる製作の人たち全員がそれを共有している感じ。

・逆にアメリカはこんな描き方されて大丈夫か?と心配になるくらい。NYでやっているわけだけど、お客さんはどういうふうに観ているんだろう。

 

蜷川実花の映像世界を彷彿とさせるコスチュームは、平安貴族やら武蔵坊弁慶やらで時代はいつ…烏帽子はそんな被り方じゃないし、そんな着物斬新すぎる...宗教…とかいろいろツッコミどころはあるけれど、「だいたいこんな感じでしょ?」と雑な感じやバカにしている感じが一切ない。意図を感じる。奇抜なのに不思議とこういうのもアリだな、と思えるのは、敬意と愛があるからかも。

・帯で下半身が安定するから、歌いやすかったとかあるのかな?

 

・ピンカートンは代役になったそうで、1幕は彼の緊張が伝わってきて、えらく疲れた。他の人はみんな役になっている、舞台の中にいるんだけど、肝心な人が素のままで、役になってないからすごく変な感じがした。
堂々とゲスな役をやってほしかったんだけど、視線うろうろ、表情筋固まり、棒立ちに...。蝶々さんや脇を固めるスズキや領事にかろうじて助けられている。やっぱりオペラってただ歌唱がうまいだけではだめで、演技が重要なのだと知る。2幕は出番なしで、3幕は少し緊張もほぐれたのか、演技も出てきてよかった。

代役の準備はしていたけれど、言い渡されたのが2日前で、彼にとっては初役で、しかもライブビューイングの収録日という、彼としては何重にもプレッシャーのかかる、大変な日だったことを幕間のインタビューで知る。おつかれさまでした。

 

・ホイ・へーの蝶々さんはイメージしてたのと違って北条政子っぽかった。線の細い人だったら痛々しさが倍増していたかもしれないから、北条政子でよかった。だんだん引き込まれた。ホイ・ヘーとしての解釈がちゃんとなされていて。しかし15歳で現地妻にって、今から考えると犯罪...。

 

・1幕冒頭から死の匂い。不穏さしかない。痛々しくて狂気をはらんでいるけれども、どこか惹かれる。この感じ、完全に文楽の「曽根崎心中」を観に行くときのやつだ!

 

・2幕。蝶々さんの衣装がかわいい。ピンクと黄緑。菱餅みたい。「ある晴れた日に」泣ける...。

 

・2幕、衝撃の人形の坊や登場。わかっているのに衝撃!!バーン!と登場する。ここの演出がすごい。今思い出しても鳥肌。

 

人形遣いの人たちは、人形と同じ表情になっているのがなんとも言えずよかった。よく漫画家が描いている人物と同じ表情になりながら描くと言うけど、そんな感じ。抱っこされているときの足の動きや、「お母さん、大丈夫?」と顔を覗き込む仕草など、細かくてリアル。すごい!能面を参考にしているのか、あごの角度や照明の当たり方で表情を変えて見せていて、演技している!

 

・人形が、止まった時間の象徴であったり、生身の人間では叶わなかったことを表現する存在として描かれている。

 

・2幕の最後はまさに「せぬひまがおもしろき」。色と音楽とかすかな動きで絶望を表していて、圧巻!「観客に様々なことを想像させてくれる演出」まさに!

 

文楽を展開、発展させて新しい表現を作り出していてすごかった。ミンゲラ、すごい!年末に行った演劇博物館の人形劇の展示でも言われていたけど、ほんとに人形劇って発展し続けているんだな!

 

・スズキ役のエリザベス・ドゥショングの演技が素晴らしかった。「スズキは黙っているときがもっとも雄弁」とインタビューでも答えていたけれども、ほんとうにそれを体現していた。蝶々さんの夢想を痛々しそうに見ているスズキや、蝶々さんと一緒に歌っているスズキ。二人にしかわからない愛や信頼や絆が感じられる。

 

アンソニー・ミンゲラが指導しているところが間で入る。次に何が起こるかわからないという感じで演技して、と。「何が起こるかわからない、だから伝わる」「ここは振り付けではないんだ、欲望からなんだ」

 

・今回はMET常任照明デザイン担当の方へのインタビューもあり。裏方の人にもスポットを当てていく、このMETLVのインタビューはいつも楽しみ。

 

・METの合唱の人は、48時間中に4役もこなす?!というのもすごかった。「ちょっといいかしら?きょう夫の誕生日なの。おめでとう!」とかも、すっごいアメリカっぽい。

 

・いろんな時代の日本の人たちが蝶々夫人を観て、そのときどきでいろんなことを考えてきたのかなぁ。今のわたしと同じ気持ちではないかもしれない。残念に思う演出や舞台も多々あったかも。

 

・3幕。「僕には耐えれらない、僕は逃げ出す、僕は卑怯者だ、僕は卑劣だ!」おそろしいほどの正直さ!!許すことはできないけれど、やっぱり何も考えてなかったのね、と確認ができて、思いっきり悪態がつける感じになる。

 

・観ているうちに、自分の中から蝶々さんに対するsisterhoodがあふれてきて、びっくりした。今の時代ならもっともっとできることがある。世が世なら!ああ、でも今の世でもこんなことはいくらもあるのかもしれない。いやいや、だからこそ。

 

・今の時代であれば、女性が身分の低い者と侮られ差別され、社会によって損なわれることも、名誉のために自分または他を殺めることも、もう起こってはならない。世界のどこであっても。ということを受け取る。「逃げんな、てめえ」と言ってもいいんだから。

 

・こんなに悲しい物語なのに、どうして普遍的なのか。わかっているけれどやってしまう。知っているけれど止められない。そういうことが人間には起こるよ、ということなのか。人間には芸術を通した悲劇の疑似体験が必要なのかもしれない。「王女メディア」「菅原伝授手習鑑」「源氏物語」「舞姫」など、古今東西の物語が浮かぶ。

 

・そういえば一番最初にMETライブビューイングに連れて行ってもらったときに、すごく文楽っぽいなって思った。「なんつー酷い話!」「な、なぜそうなる?」と思うような物語なのに、なぜか音楽や演技で没入してしまうし、しばらく経つとまた観たくなる、というようなことが起こる。オペラと文楽はもともと親和性が高い表現形式なのではないか?

 

・蝶々さんにとって生きのびるための選択だったのかもしれない。1幕から、ピンカートンとは、愛というよりも何か別の関係があり、その歪さが気になった。蝶について話すあたりや親戚との関係も気になる。

蝶々さんの生い立ちはどうだったんだろう。それが選択に影響してる可能性を考えてしまう。映画『トークバック 沈黙を破る女たち』を観てからだったから、叔父から性暴力受けてたんじゃないかとか、親戚たちもわかってて知らんふりしてたんじゃないかとか、邪推してしまう。

 

・最後カーテンコールで蝶々さんがホイ・へーとして出てきたときに、「よかった生きてて...」と本気で思った。

 

・ロイヤルオペラハウスのライブビューイングのタイトルバックと共に出てくるあの音楽が流れた。そうか、蝶々夫人だったんだね!!でも曲名がわからない。まだまだオペラ初心者のわたし。

 

  

ふりかえり

いろいろ思うところはあったけれども、ただの酷い話、可哀想な話ではなく、芸術の形で受け継がれている物語の普遍性と底力を感じた。

他の演出でも劇場でも、またバレエなど他の表現形式でも、観てみたい。

特に、文楽お能で観てみたい。

文楽はすごく昔に上演があったらしい。こんなページが

お能にするなら新作ということになりますね。

 

こちらの本もやっぱり買おう!

キーンさんのオペラ愛、METLV愛を感じつつ、鑑賞体験をふりかえりたい。

 



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次回楽しみにしているのは、「アクナーテン」

https://www.shochiku.co.jp/met/program/2086/ 

 

次から次へと観るたびに世界を広げてくれるライブビューイングに感謝!

そうだ。

感謝といえば、わたしは劇場の2階席や3階席がちょっと怖い(高所なので)ので、生で見るとなると1階席。

でもオペラの1階の席、めっちゃ高い!!!

...ということで、生で観るなら、「もうこれは絶対散財しても観る!!」というものに限られそうです。

そういう意味でもライブビューイングありがたいです。