ひととび〜人と美の表現活動研究室

他者の表現にふれることから、自分の中にある美の感覚にもふれてみる、自分の美を表現してみる。みんなで探究する鑑賞の場づくりを通して考えることなど。

時代が彼女を必要とした〜サラ・ベルナールの世界展@松濤美術館 鑑賞記録

サラ・ベルナールの世界展に行ってきた。

松濤美術館

https://shoto-museum.jp/exhibitions/186sara/

 

展覧会に寄せるわたしの期待

松濤美術館の『サラ・ベルナールの世界展』は1月末まで! - ひととび〜人と美の表現活動研究室

 

 

全体的な感想。

フランスの舞台芸術の象徴としての存在が大きい。(日本で言うと誰にあたるんだろう?)

今回の展示で感じたのは、時代が彼女の登場を切望していたということ。

自分たちのクリエイティビティを開花させて、実現させてくれる。

スター性を引き受け、集め、増幅する枯れない泉。

そういう熱狂をひしひしと感じた。

 

そして、残念ながら期待していたような、彼女自身のクリエイティビティにはそれほどふれることができなかった。

 

サラ・ベルナールにまつわるものはいっぱい集まっている。
証拠写真もたくさんある。

実在したことはわかった。

それまではなんだか、描かれたモチーフとして、虚像しか見えていなかったから、ほんとうにいた人なのかな?ぐらいに遠かった。

今は、実在したことはわかったけれど、わたしの中でまだ像を結ばない。

 

わたしはもっと言葉を聞きたかったのかもしれない。

彼女自身の言葉

彼女についての言葉、証言

女性たちにとっての、サラ・ベルナールの存在。

 

プライベートについてのゴシップ的な眼差しを向けているわけではなくて、アーティストとしての彼女の残した作品、表現、美意識についてもっと知りたい。

彼女の仕事についても。経営者として、プロデューサーとして。

もしかしたら、今のわたしたちから見たら、演技や舞台を見ても、当時の人と同じようには感動できないのかもしれないけれど、それでも。

 

あるいは、そういう記録がないのかもしれないし。

いや、でも生きているときから評伝も出されていたから、調べればすぐにわかることのような気もする。

 

今回の鑑賞でフラグが立ったから、またきっとひょんなところで出会えるはず。

 


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その他の感想をパラパラと。

・入ったところで流れている映像解説が、なんだかいつものようにスッと馴染めなかった。声や話し方もあるけれど、「私生児」「女流」などの言葉が気になった。今まで何気なく耳に入れてしまっていたけれど、芸術の鑑賞の側で見直していく必要のある表現がたくさんある。

・初めて知った事実多数。

 -母が高級娼婦、父は不明(この人では、という人はいる)
 -パリ・コミューンの騒動で出生届が消失し、生年や本名が不明。1840年または1844年〜1923年。
 -母方の叔母のパートナーの助言で、16歳でコンセルヴァトール(国立音楽演劇学校)に入学、22歳?でコメディ・フランセーズ国立劇場)でデビュー。以後60年にわたる芸能活動。
 -44歳?で自分の劇団「サラ・ベルナール劇団」を経営し、55歳?でパリ市立劇場を借り上げて「サラ・ベルナール劇場」とする
 -俳優だけでなく、絵画、彫刻、小説、脚本の製作も行った。
 -ハムレットなどでは男役を演じた。
 -子ども(男)が一人いた。20歳で出産。

 -「自分の贅沢な生活と息子が賭博で作ってくる借金の返済のためにいつもお金を必要としていた」
 -恋人がわかっているだけで16人、夫が1人いた。(全員の写真やポートレートが展示されている)最後の恋人は37歳年下。

 -61歳のときにリオ・デジャネイロで公演中の事故で右膝を痛め、次第に悪化、壊疽を起こして71歳のときに切断。その後も様々な病魔に襲われるが、1年半のアメリカへの巡業など、78歳まで舞台に立ち続ける。

・いろんな才能を発掘したが、ミュシャとラリックは大きい。ミュシャはジスモンダの雑誌特集の挿絵が素晴らしかったのでポスターを依頼。以降6年契約で依頼。ラリックは、プライベートや舞台でラリックの作品を身に着ける。二人が唯一コラボした百合の冠などもある。

・「ジャンヌ・ダルク」のポスターで、くるくるのくせ毛が嫌でストレートボブにビジュアルを変えさせたという逸話。もしかしてコンプレックスだったのかな。

・俳優(芸能人)が商品広告のアイコンになる、ということを大々的に始めた人と言える?「あのサラ・ベルナールも使っているこの商品!」
・写真で見ていると、骨太でがっしりして丈夫そう。顔立ちも体つきも女性的にも見えるし男性的にも見える。恋人に男性も女性もいたらしい。たぶんジェンダーを超える存在だったのでは。
・「装飾過剰で絵画的な興趣に富んだ」部屋の内装。というあたりは、映画『ディリリとパリの時間旅行』にも出てくる通り。実際の写真もそんな感じ。

・恋人と言われていた、画家のルイーズ・アベマが描いた、別荘でのサラの絵にひきつけられた。1921年、死の2年前。背を少し丸めて、どこか遠くを見る、寂しげな眼差し。青い瞳。どんな気持ちで描いた、描かれたのだろう。

 

 

お土産

中学生のときに、友だちがミュシャが好きで、一緒に展覧会に行った気がする。ジスモンダのポスターのことはよく覚えている。

あの頃読んでいた清水玲子さんの漫画に、アール・ヌーヴォーアール・デコからインスピレーションを受けたと思われるファッションが描かれていたから。

似ている!と思った。

 

ハムレット」「トスカ」「メディア」がカッコよかったので、ポストカードをお土産に。

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サラとの次の出会いが楽しみ。

 

おまけ。

ルネ・ラリックの作品は、このあとバトンタッチのようにはじまる展覧会でじっくり味わえる。東京都庭園美術館にて。

www.teien-art-museum.ne.jp

書籍『思春期をめぐる冒険 -心理療法と村上春樹の世界』

人生の謎がするすると解けていった衝撃の一冊。

 

因果関係で成り立つこの世界と、同時並行で進んでいる目に見えないもうひとつの世界との係わりを、村上春樹の作品を引き合いにしながら丁寧に言語化している。

村上春樹の解説本ではなく、あくまで思春期を読みとくための村上作品。

 

これが万人の正解ではないけれど、少なくともこの解釈はわたしにとってとてもしっくりきた。

紹介してくれた友人らに感謝したい。

 

▼わたしが読んだのはこちら。

 

 

▼2016年の増補版「定評あるロングセラーに、近年の村上作品を取り上げた論考を新たに加えた増補版」とのこと。こちらも読みたい。 

 

友人がひらいていた読書会。

 告知 https://ameblo.jp/lychee-tangerine/entry-12239559493.html

 感想 https://ameblo.jp/lychee-tangerine/entry-12260770229.html

この読書会出たのか出てないのか記憶が曖昧だけれど、彼女とこの本の話をしたのはくっきりと覚えている。

 

自分の思春期が癒えたり、子の思春期への怯えがなくなった。
他者との対話から気づくことができる。場(関係と機会)の力。


 

偏執と静謐と〜ハマスホイとデンマーク絵画展@東京都美術館 鑑賞記録

ハマスホイとデンマーク絵画展に行ってきた。

artexhibition.jp

twitter.com

 

きょうの東京は都心でも雪予報が出ていて、降るか降らないかとどきどきしていたが、結局わたしが表を歩いていた時間は降らなかった。

一日中冷たい雨。美術館は人もまばら。
ハマスホイ展に実に似合う。
美術館収入的には痛いところだけれど。

 

 

わたしはヴィルヘルム・ハマスホイのことはあまりよく知らない。
国立西洋美術館の所蔵で、常設展でみかけたことがあるくらいだ。
こちらの「ピアノを弾くイーダのいる室内」。


ただ、スケーエン派の展覧会が2017年に国立西洋美術館であったので、デンマークの絵画の流れについては、そのときにはじめて注目した。

とてもいい展覧会だった。

好きすぎて2回観に行った。
目を閉じると色や光が蘇る。 

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わたしは以前 SKAGEN というデンマークのメーカーの時計を使っていたので、そういう方向からの親しみもある。

SKAGENを"スケーエン"と読める日本人はいないと踏んだのか、メーカーは"スカーゲン"と称している。

似たものとして、ドイツのタオルメーカーのFEILERは、ドイツ語読みをすると"ファイラー"なのだが、見たまま“フェイラー”と読ませている。
メーカー自身がいいなら別にいいのだけれど、ちょっともぞもぞするのはわたしだけだろうか。

 

2008年にもハマスホイ展があったらしい。
見逃したどころか全く知らなかった。
そういえばこの頃は、わたしの人生の中で最も展覧会に行かなかった数年だった。

 

 

今回のハマスホイ展は、かなり早くからチラシがまかれていたので、「背を向けた若い女性のいる室内」や「室内」のビジュアルはなんども目にした。

チラシの謳い文句のように、"静謐さ、繊細な光、洗練されたモダンな感性"などももちろん感じてはいたが、わたしにとっては不気味な印象が強かった。

斜め後ろや後ろから見た、黒い服を着た女性。
ただ立っているだけではなく、何かをしている。
部屋に置かれている物も、何か意味ありげ。
光よりも、影。影というよりも暗がり。

フェルメールよりも、ムンクホドラーのような世紀末感。

19世紀末〜20世紀はじめ。西欧中が芸術のムーブメントに沸いていた頃、「辺境」のデンマークでどんな活動が行われていたのか、興味深い。

 

展覧会で実際にわたしは何を見るんだろう、何を感じるんだろう、と楽しみにしていた。

 

当日は現金の持ち合わせが300円しかなく、オーディオガイドを借りることができなかったので、久しぶりに何も聞かずに、静かに作品と対話した。

 

そういえば、鑑賞しているのは落ち着いて静かな人たちが多かった。
一人で観にきて、メモをとったり、オーディオガイドを聞いたり、一つの絵の前でじっと立ち止まっている人がいつもより多かったように思う。

展示作品によって観にくる人の感じも変わる。


美術館の人にはきっともっとよく見えているんだろう。

 

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展覧会は4つのパートに分かれている。

 1. 日常礼賛 デンマーク絵画の黄金期

デンマーク絵画の流れを知り、

 2. スケーイン派と北欧の光

都市から田舎への眼差しを知り、

 3. 19世紀末のデンマーク絵画〜国際化と室内画の隆盛

「室内画」という当時のジャンルを知り、

 4. ヴィルヘルム・ハマスホイ〜首都の静寂の中で

最後にどーんとハマスホイ、という構成。

 

 

パート1と2。

デンマークの地図をはじめてまじまじと見た。

半島と島の国だった。

コペンハーゲンは島にある。
スケーエン(スケーイン)は半島の最北端。 

自分で地図を書いてみると、少しだけ馴染みができたような気がする。

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hygge(ヒュゲ)という言葉が出てきた。
デンマーク語で「くつろいだ、居心地のいい」という意味だそうだ。

ツイッターでフォローしているデンマーク在住の方がいて、最近その方が出版されたZineの中にも"ヒュッゲ"という言葉が出てきた。
じっくり最後まで読んでから意味を調べようと思ったら、思わぬところで先に知った。

そうか、あの人が暮らしている土地、国の絵画を観にきているんだな。

デンマークという国ではなく、hyggeという言葉でようやく一致した。

 

 

斜め後ろから女の人描くことの流行りみたいなものがあったのか。
ところどころ、日本画っぽい構図を感じるところがあった。

この時代の大人の女性の服は、コルセットかはわからないけれど、腰のところが絞られたドレスになっている。
一方で子どもの服は、腰より低めの位置でマークしたリボンなどが、腹部を締め付けないデザインになっている。

これは先日の文化学園服飾博物館「ひだ展」で教わった通り。

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スケーインのコーナーは、「そう!この色!この空や海や野原の青だよねー!」と懐かしく見た。

ずっと見ていたい。
描いた人もきっとそう思っていたから、伝わってくるんだろう。

海辺の漁師にプリミティブな生命力を感じる、というのは、和田三造の「南風」青木繁の「漁夫晩帰」なども思い出す。

 

 

そしてパート3の室内画のコーナーから、さらにおもしろくなってくる。

19世紀末、あたたかく幸福な家庭生活の象徴として、室内でくつろぐ子どもや親子を描いた室内画が登場する。
それが20世紀近くになるとだんだん無人になり、居室を美的空間として捉える動きが出てきたのだという。

この変遷に、「世紀末」というキーワードが関係するのかしないのか、メインストリームでは盛り上がっていた世紀末というテーマが、この国にも影響を及ぼしていたのかどうなのか、興味深い。
つまり、外界に対する怖れが、室内や家族とのつながり、という内向を生んだのか?という仮説。

このパートには、前衛的で写真を思わせる作品や、吉田博の版画を思わせる風景画なども展示されていて、おもしろい。

一枚一枚が、「あまり観たことがなくておもしろい」作品になっている。

デンマークという土地の人たちの、顔立ち、髪型、ファッション、家具、インテリアなどが、見慣れているフランスを中心とした絵画と違う。

物が少なく、壁もさっぱりとして、空間がひろびろとしている。
花は特別なものではなく、庭に咲いていたものをつんできて活けてある、というような、全体的に生活の手触りが感じられる。
調度品は良いものだけれど華美ではない。
生活を考えて使いやすさと、それでいて美しさもある。

 

スケーイン派の、風景の一部としての人間を描いていた感じに似て、この室内画を描いていた人たちは、人間がいる場合も、室内の一部としての人間を描いているように思える。

ホルスーウの「読書する女性のいる室内」は、画面の多くを占めている読書する女性の醸し出す存在感よりも、椅子の背もたれやバタフライテーブルのほうにまず目がいく。

これは、人物との関係ではなく、空間、環境、雰囲気、空間に満ちているものを見ているということなのだろうか。

 

 

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そんなことを考えながら、扉や窓のデザインが施された展示会場を抜けると、ハマスホイのコーナーに突入する。

 

ハマスホイは、独特の描き方をしているように見える。
横から、下から、反射するような角度で見てみると、小さな四角形の筆の跡が見える。淡い色彩がキラキラとして見える。
まるで無数の薄い雲母の貼り合わせか、織物か、はたまた彫刻のようだ。

その手前まで見てきたデンマークの画家たちとは、何かがとても違う。

 

何もない部屋。
妻イーダがいる部屋。

 

現実世界で「何もない部屋」を見るときでパッと思い出したのは、部屋探しをしているときの内見だ。

開けたときの、静かな感じ。

誰のものでもない空間。

もしここに住むとしたらと想像しながら、間取り、ドアの開閉の具合、日当たりを確認する。

そういう作業をする前の、あるいはひと通りした後の、しんとしたあの感じに似ている。

 

室内空間の静謐さに寄せる、特別の思い。

次第に、日本の家、和室や茶室、あるいは能楽堂などにも通じるところがありそうに思えてきた。

壁にかけられた鏡や絵、机やテーブルの上の花瓶なども、和のものに見えてくる。

 

床の間、茶室、玄関、縁側。

 

ドアを何重にも開け放った室内を描いた絵は、まるで襖を開放して続きの一間にする和室のようにも見える。

連続したものを不自然に分断したり、室内に傾斜をつけたり、暗がりをつくる。

見切れている空間、時空の歪み。

あちらでもなくこちらでもない曖昧な間合いを発生させていて、おもしろい。

 

この世に存在するものを描写しながらも、どこか非現実的なのは、深い内面世界のことに触れている、詩だからなのかもしれない。

来る前は不気味にしか思えなかったハマスホイの絵だったが、実物を見てみて、少し時間をおいてみると、展開があった。

遠い北の国でも、このような詩情を持っている人がいて、今の自分と共感でつながっているとしたら、ちょっとうれしい感じがするぐらい。

偏執的な感じも、もちろん残りつつ。

 

風景画が何点かあったが、それも日本画のように見えてくる。

記憶の中の風景。

 

横山大観が、こんなことを言っていたのを思い出した。

朝夕というようなものも、私は気持を呼び返して画いている。自然を観て、それを直ぐにものにするという事はむつかしい。頭に一杯蔵(しま)って置いて、何年か経って、自然の悪い所は皆消えて、いい印象ばかりが頭に残る。その頭に残ったものを絵にすれば、前に観た自然とは違うが、画家の個性はハッキリと出る。(大観芸談より)

 

年表の中には、残念ながら日本との関連は見られなかった。

しかし、バレエ・リュスのディアギレフがハマスホイの絵画を2点入手していたことのは発見した。

ここでもまたディアギレフ!!
であり、

同時代だったんだね!?
でもある。

 

デンマーク絵画の世界。

また新しい魅力を教えてもらった。



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私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときこそ、それは美しいのかもしれません。1907年 ヴィルヘルム・ハマスホイ

第8回天籟能の会・能楽と農楽 鑑賞記録

天籟能の会の第8回公演を観てきました。その鑑賞メモ。

 

能の会(能を公演する主体)にはいろいろあって、

流派や家に紐づく会、能楽堂に紐づく会、公が主催の企画公演、横の繋がりで作る有志の会などさまざま。

天籟は最後の有志の会にあたります。

twitter.com

 

わたしは第6回から続けて観ていますが、他の公演にはない発見が毎回あって楽しいので、興味ありそうな友だちを誘って行っています。

▼感想

第6回 小鍛冶

第7回 船弁慶 (わたしが友人とひらいた予習会

 

 

 

今回は、のうがく(能楽・農楽)を二本立てにしてしまうという試み。
前回2回とまたぜんぜん違う趣向です。

お能は、『賀茂』を半能で間狂言後場の上演。この間狂言は「御田」といって、単にアイがあらすじを説明したり補足したりするのではなく、人が何人も出てきてやり取りをする、特別な間狂言とのことでした。

農楽は、今回はじめて知ったのですが、韓国の民俗芸能で、韓国語では「ノンアク」と読むそう。

「農楽」は打楽器を打ち鳴らして神霊を招き、慰め、鎮魂する儀礼と、沸き立つような躍動的なリズムで民の生きる力を表現するのが特徴。

豊かさを祈願したり、つらい労働を鼓舞するために古来、民によって演じられてきました。旧正月には「農者天下之大本」の旗を風になびかせ、鉦や太鼓を叩きつつ足を踏みしめて舞い踊り、地の神を鎮め、家の神を祀る村祭りが韓国各地で行われます。(パンフレットより)

 

 

 

公演当日は1月25日。旧暦の元旦にあたる日。

韓国のほうは旧暦でお正月をお祝いするそう。そういえば以前勤めていた会社の韓国オフィスでも、お正月休みは短くて、旧正月に祝日が入っていたかも。

韓国、北朝鮮、中国、台湾、香港、ベトナムシンガポールがこの旧暦でお正月をお祝いするのに、日本はしなくなったんですね。明治維新あたりかしら?(要調査)

 

演目も場のしつらえも全体が、旧暦の元旦をおめでたい芸能で寿ぐような公演でした。

 

 

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はじめに講演「日本と韓国の神話と民俗」

歴史学者の保立道久さんのお話。

初めて聞く言葉や専門的なことも多くて、全部は捉えられなかったのだけれど、

  • 日本列島と朝鮮半島とは、火山、雷神、龍、月の神話、国生みの女神など多数の共通点がある。
  • 百済の正月の「踏歌節」は大地を踏み沈める踊りで奈良時代に流行った。田楽、歌垣、盆踊り、相撲などにも展開。
  • 隣の国とのご縁を大切にしたいね。

ということを受け取りました。

 

 

 

つづいて半能「賀茂」

「御田」に出てくる早乙女たちが、みなさん背が高くてゴツい男性能楽師さんばかりだったので、ちょっとおもしろかったんだけど、同時に自分の思い込み「早乙女=華奢で小柄な女性」にも気づかされて、ハッとしました。

早乙女にも背が高い人がいたり、がっしりした人がいたりもするだろう。

雷神様は、真っ赤な髪に稲妻の飾りを3つほど垂らしていて、雷神様の装束もキラッキラで素敵でした。やっぱり神様キャラは何を観てもカッコよい。

登場すると「キャー!」っと歓声をあげたくなる感じ。

 

 

 

そして農楽。

はじめて観たけれど、装束もリズムも音も動きも、どこかすごくよく知っているものばかりで、すぐに夢中になってしまいました。

沖縄のエイサーっぽい。

客席もノリノリで、ここはほんとうに能楽堂?という感じ。

お能のクライマックスのノリノリになっていく感じとまた違う、けれど不思議と共通するグルーヴ。

 

全然関係ないけれど、パッと思い出したのが、「オネアミスの翼」のメイキング展を観に行ったときのこと。

「架空の国を描くときに、まったく身近に存在しないものを作り出しても観ている人は共感できないし、世界に入れない。自分たちの知っているものをミックスしたり少し変化をつけたところに、親近感やリアリティが生まれる...」というような展示がありました。

なるほど、こういう感じかぁ。

はじめてなのに懐かしい。近くて、長い歴史の中でお互いに影響を与え合い、共通するものがたくさんある。

そっか、オネアミスではこの感じを作り出したということなのね。

 


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実は能楽堂でこの農楽を聞くのはわたしにはちょっと辛くて、途中で退出してしまいました。

太鼓は音が大きくてもまだ音が柔らかいのでいいのだけれど、鉦の金属の音が耳にかなり負担で、最初は少し耳を塞ぎながら聞いていたのだけれど、だんだんと痛みを感じてきてしまいました。

ちょうど翌日が競技かるたの大会だったので、安全のために避けました。

たぶんかるたをやっていなかったら、そこまで気にならなかったかもしれないけれど。。

何かをやると何かができなくなるのは、仕方がないこととはいえ、ちょっと悔いが残ったのは、わたしが退出したあとに、すごいことが起こったこと。

ロビーのモニターで観ていたので何があったかはわかったけれど、これは同じ空間で共有したかったなぁ。また入りなおして、立ち見してればよかったかも...。

 

 

詳細はぜひこちらのツイッターまとめでどうぞ。

togetter.com

 

 

最後ちょっと残念だったけれど、お隣の国とのひと続きが感じられた時間、寿がれた時間、とてもよかったです。

YouTubeでも「農楽」を漁ってみましたが、この公演で観たのが一番美しかった。

団の組み方、装束、音楽、あらゆる点で。

 

「農者天下之大本」

と書かれた旗に、なにかグッとくるものがありました。

ほんと!そうだよね!!農、大事。

 

五穀豊穣

平安祈願

 

人の祈りはずっとずっと変わらない。

 

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次回の天籟能の会は、2020年9月21日。

多田富雄・作の新作能『望恨歌』の新演出をやるそうです。

ご興味ある方はぜひ関係者のツイッターをフォローなどされるといいかと!

 天籟能の会事務局 @NohTenrai
 安田登 @eutonie
 槻宅聡 @tsukitacus
 奥津健太郎 @okutsukentaro

 

 

ロイヤル・バレエLV「コッペリア」鑑賞記録

久しぶりの、今年はじめての、ロイヤル・バレエのライブビューイング。

 

英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン
イギリス、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスの公演を、最寄りの映画館で、迫力の映像と音響、解説とインタビュー付きで観られるという夢のようなシステム。

 

久しぶりも久しぶり、昨年8月の「ロミオとジュリエット」以来でした。
あの公演もほんとうによかったなぁ。こちらに書いたのでよろしければ。

 

今回の「コッペリア」は、わたしはまったくノーチェックだったのだけれど、「人形役が出てくるから、せいこさん、好きなのでは?」とおすすめしてもらった作品。

先に観に行った友人からも「東欧の民族衣装風のコスチュームが、せいこさん、たまらなそう」とおすすめいただく。

人形と民族衣装、その二つはたいへんヤバい!!

 

その上、出演は、昨年参加した「白鳥の湖を観る会」で観た「白鳥の湖」のカップリング。
マリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフ!!

いやはや、これは観るしかない。観ない理由がない。

 

ということで、行ってきました、TOHOシネマズシャンテ。

2019年12月10日の公演の収録。このLVは27カ国、1,117館で上映とのこと。


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コッペリア」と今回の舞台の特徴についてはこちらに詳しくあります。

tohotowa.co.jp

 

 

以下はいつものように、わたし個人の感想や印象をダラダラと書いたものです。

※LVを観る予定で、詳しく知りたくない方はご注意を。

    • スワニルダ役のヌニェスとフランツ役のムンタギロフの今、この最高のパフォーマンスに立ち会える幸福。人形(劇)と民族衣装、わたしの二大好物がやはりよい。
    • 一番はじめに出るロイヤル・オペラ・ハウスのキャッチコピーが"FEEL SOMETHING NEW"なの、ほんとそうだな!と思う。観るたびに新しい感情を知るし、新しい体験をする感じ。 
    • あらすじだけおさえて、あまり予習もできずにダイブ!したけれど、相変わらずロイヤルバレエLVは至れり尽くせり。予習していなくてもとにかく来れば大丈夫なように解説やインタビューで気持ちを盛り上げていってくれる。ありがたい。どんな役割の人が、どんな思いで、どんな専門を持ってこの舞台を作り上げているのかを見せることで、観客も一緒に作るプロセスに関わらせてくれているようだ。
    • 作品自体は1870年パリで初演だが、ロイヤル・オペラ・ハウスでの公演は、創設者ニネット・ド・ヴァロア版というところに重要な点を置かれている。10数年ぶりの再演。「バレエ団の財産に注目している」時期ということ。ヴァロワはダンサー、振付家、芸術監督。1923年にディアギレフのバレエ・リュスにダンサーとして参加していた時期もある。2001年に死去。英国ロイヤルバレエ団の歴史は辿ってみるとけっこう複雑。。
    • 「クリスマスにぴったり」という言葉通り、美しく楽しいおとぎの国。東欧風の民族衣装に、幻想的な人形の動き。音楽もノリノリ。何もかも忘れてこの世界に浸ってよし!日本で1月に見るのもおめでたい感じでよい。
    • ホフマンの原作「砂男」は「サイコ・ホラーの元祖と呼ばれる、恐怖と戦慄に満ちた傑作」ってそんな?!もしかしてこのバレエにも毒々しさが混ざっているのかと思ったけれど、そうでもなかった。コッペリウス博士は冴えないおじさんで、若い女の子たちにからかわれる悲哀もあったけれど、概ねふつうに笑える感じでホッとした。美しい女性の人形を作って愛でてるって、ハラハラする感じではあるよね。。
    • 「人形をつくって命を吹き込む」ピノキオとか、ファイブスター物語のクローム・バランシェとか思い出した。他にももっとありそう。このテーマは普遍なんだろうな。
    • 「もともと人間にできないことを人形にやらせようとして作ったのに、その人形の模倣を人間がする」っていうのもまた普遍的で興味深い。そういう話をちょうど年末に早稲田の演劇博物館で見たところだった。ちなみに歌舞伎には「人形振り」という技法がある。https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc11/sakuhin/gihou/p1.html
    • わたしの数少ない鑑賞体験の中で最もコミカルでキュートな演目。こういうバレエもいい!!オーケストラの出だしだけで幸せな気持ちになる。演奏者もダンサーも、演じている人たちがずっと笑顔。シリアスな物語も好きだけど、こういうのもいい。技としては高度でキツいんだろうけれど。こちらには楽しいエネルギーだけがいっぱいに伝わってくる。
    • LED譜面台灯の登場って、オーケストラピットも快適にしたのかなぁ、と思いながらピットの映像を観る。
    • ムンタギロフ演じるフランツは、明るくてオープンマインドな生まれながらのイケメン。何をしてもまったく嫌味がない。ピュアな人物として演じることもできるだろうけど、堂々とイケメンを生きてる感の表現がよかった。袖がワイドでひらひらしてる服がめっちゃ似合う。
    • スワニルダみたいな同級生いたなぁ(ちょっと苦手...)と一瞬思ったし、解説でも"bossy(仕切り屋) and cheeky(生意気)"と表現されてたけど、やっぱヌニェスがキュートすぎて、むしろ好ましい!「思いついた!」ってなるときのやんちゃな表情がめっちゃかわいい。とはいえオッサンいじめすぎ?冒頭のインタビューで言っていたように「自分で人生を切り開く」「自分で物語を回していく」キャラクターなんだな。女子高の生徒会長みたいな?頼りにされているし、仲もいい。
    • スワニルダの存在感が大きくて、フランツはほんとうにサポートって感じ。アナ雪的な構造も今っぽい。
    • コール・ド・バレエのダンサーをフィーチャーしてたのもよかった。なかなか話聞けない。前々から思っていたけれど、群舞でも呼吸を合わせることは大事にしているけれど、マスゲームやシンクロナイズドスイミングのように一糸乱れない様を表現しているのではない、適度にバラバラしてるのが、人間味があって好き。1人3役、4役こなす。17:30までコッペリアの練習をした後、2時間後には白鳥の湖の群舞に。公演中に次の公演の練習をするのかー!なんというタフなお仕事!!!
    • ソロパートでじっくり見られる足さばき、腕の表現、そのコンビネーション。笑顔でふわっと何気なくやっているようだけれどすっごい難しそう。円環や人間が表現できる流線型の究極を目指しているという感じ。
    • 初演当初はフランツも女性が踊っていたらしい。
    • 「舞台のたびにダンサーが変わるのに対応するのは大変ですね」の質問に、「それこそが醍醐味。いろんなキャストを楽しんでいます。毎日少しずつ違う。同じキャストでも。耳で聴けるオペラと違い、自分にしか見えていないから自分が調整するバレエはおもしろい」と指揮のバリー・ワーズワース。「お天気やニュースや曜日によっても観客の関心や熱狂は違う」
    • 人形として、どーんと体の力を抜いてあずけきるの、あらためて、すごい。わたしこれ演劇のワークショップでやったことあるけど、めちゃくちゃ怖かった。ということを観ながら思い出した。
    • フランツの魂をコッペリア人形に吹き込んで(ここも胡散臭くて笑える)、動き出したときに人形に鏡を見せる博士。「お前もそれを望んでいたんだろう?よかったなぁ」と言いたげ。泣く博士。散々スワニルダに翻弄された後に、2幕の最後で裸のコッペリア人形を抱いて泣くところ。。悲哀。。どういうご事情があったのかしら。
    • ギャリー・エイヴィスのコッペリウス博士も最高。人間嫌いゆえに人形作ってる?的な偏屈さ、やばさもある。でももうエイヴィス以外のコッペリウスは見たくないってぐらい好きになっちゃう。ヌニェス、ムンタギロフ、エイヴィスの3人の演技とバレエの技術を味わえて、お腹いっぱい。
    • バレエを観たあとは自分の所作を美しくしたくなったり、やたらと踊りたくなる。踊ることが幸せでたまらない、という人の舞台。オペラのあとはなんでもかんでも歌いあげたくなる。影響されて日常に侵食するこの感じがたまらないのよね。美にふれる、心を動かす、鑑賞することの醍醐味なんだろうと思う。
    • ヌニェスとLV司会の女性(名前がわかんない、ごめんなさい)が、プリンシパルの指揮を務めるメール・パークを訪ねるインタビューパートもよい。19年前、ヌニェスがスワニルダの友人役で登場していたときのプリンシパル吉田都!!!メール・パークもかつてロイヤルで活躍したプリンシパル。「あなたたちの時代の知識を技を次世代として吸収し、継承したい」とヌニェス。みんなこの伝統と歴史を背負って踊っているのだな。ロイヤルバレエ団もだし、バレエ世界もだし。
    • インタビューのパートって尺が決まっているから、台本通りに進行するのが大変そうで、いつもハラハラしながら見てる。インタビュイーがしゃべりすぎると途中で介入しないといけないし、「あ、今途中で切り上げたな」ってわかる。いろいろお話してくれてうれしいけど、ドキドキする、、
    • 第三幕ひたすら祝祭。合間のコール・ド・バレエでインタビューされていたダンサーたちを見つけたりして、うれしい。ライブビューイングならではの楽しみ方。
    • すごい人は踊っている感じがしない。人間は鳥になれるんだなぁ。。浅田真央の選手時代の一番脂ののっていた時期のスケーティングがそんな感じだった。バレエの素地があるあのスケーティング、ほんと美しかった。
    • 「祈り」、ただただ美しい時間。聖なるもの清きもの。踊りを次々に奉納するようなシーン。合掌しているから余計に。
    • こんな美しい世界、楽しい時間が終わってほしくなーい!と思いながら観ていた。
     

 

 

▼いつもお世話になっている本。

今回は、「コッペリア」「コール・ド・バレエ」「ニネット・ド・ヴァロワ」「英国ロイヤルバレエ団」などを調べました。

 

▼読みたいような、怖いような、の原作。

 

2019/2020 のシーズンは、どれも観たい、観なきゃと思うラインナップばかり。

バレエやオペラを観たことがない方にとって、3時間〜4時間の鑑賞ってキツいなぁと感じるかもしれない。でも、解説や休憩も挟みながらだし、飲食しながらも観られるし、シネコンはだいたいいいシートだし、トライしてみてほしいなぁと思います。

①誰かと行くこと、②予習すること、③感想を話すこと、

この3つでぜったい楽しい。

生で観に行く前に、デビューに、とてもいいと思います。

tohotowa.co.jp

 

 ライブビューイングについては、こちらも備忘的に。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

 

 

周りにオペラ好き、バレエ好きな人がいたら、「鑑賞ツアー」としてやってもらうのもいいですね。

ご自身がオペラ好き、バレエ好きでもし友だちを誘いたい、この良さを広めたい、鑑賞ツアー・イベントを主催したいなら、場づくりコンサルティングもぜひご利用くださいませ^^

hitotobi.hatenadiary.jp

Season 2020のライブビューイング

今年も現地に観に行きたいなぁ、来日公演もチェックするぞと思いつつ、
ライブビューイングはライブビューイングで好きなので、チェックしております。

 

 

MET Opera

いつもお世話になっているライブビューイング。HOME感あります。

プッチーニ蝶々夫人」、フィリップ・グラス「アクナーテン」、ヘンデルアグリッピーナ」が気になる。昨年連れていってもらったヘンデルの古楽器によるオペラの経験がよかったので、ヘンデル特に楽しみ。

www.shochiku.co.jp

 

 

英国ロイヤル・オペラ・ハウス

はじめて観た「くるみ割り人形」で、号泣するという、バレエにちゃんと橋をかけてもらった、こちらも大変お世話になっているライブビューイング。今期のロイヤルははっきり言って「ぜんぶ観たい」。特に楽しみにしてるのは、「ダンテ・プロジェクト」。

tohotowa.co.jp

 

 

ボリショイ・バレエ

ボリショイ・バレエは観たことがないのですが、「ジゼル」気になる。

他の演目もきっとダンサーやカンパニーや演出や指揮によって全然違うんじゃないかなぁと思います。

bolshoi-cinema.jp


 

National Theatre Live
演劇です。日本版はあっさりしたウェブサイトですね。
今シーズンは「リーマン・トリロジー」が気になります。昨年の「リチャードII世」の怪演に震えたサイモン・ラッセル・ビール。何かやってくれそう。「リチャードII世」を観た感想をこちらで話しました。
「夏の夜の夢」も観たい。やっぱりシェイクスピアを英語で観られるのはうれしい。

www.ntlive.jp

 

 

以上、自分の備忘も兼ねてご紹介でした!

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個人美術館の愉しみ

個人美術館とは

画家や芸術家個人をフィーチャーした美術館。

所縁のある土地に建っていて、邸宅を改装しているものも多い。

 

20代の半ばごろに友人が個人美術館の良さをアピールしてくれたおかげで、自分の暮らすまちや旅先で、個人美術館を訪ねるのが楽しみになった。

 

公共性はありつつも、全く異なるアーティストの異なる作品が入れ替わりながら展示されていく美術館とは違い、ある個人にフォーカスして、ただひたすら再解釈、再編集をし続ける場所。

白い壁、白い床、白い天井、会期中のみの施工になる美術館とは違い、その空間に蓄積していく時間、経験。

 

なんといってもその芸術家が生きた土地の風土にふれながら、人生を知り、作品に出会い直せるのがいいところだ。

このような地形、歴史、文化の土地で日々を営み、創作活動をしていたんだなぁと体ごと感じられるのは貴重だ。

当時の景色や街並みはどのようだったのだろうと想像するのも楽しい。

 

どれだけインターネットを検索しても関連書籍を読んでも、目にとまらなかったことに、なぜか個人美術館で出会うことも多い。

それは新しい情報や知識を得るというのではなく、ここだからこそ、今のわたしだからこそ出会えた大切なものという存在。

このときの「!」という感じを、わたしは大切にしている。

 

 

わたしが館巡りの際に参考にしている書籍。

 

▼大竹さんの本は2009年発刊と少し古いので、データは変わっている可能性はあるが、読み物として素晴らしくて色褪せない。いつか訪れたい、と思わせてくれる。

  

 

▼以前お仕事でご一緒した増山さんの本は、個人美術館や小さな美術館を含む、さまざまな東京の文化芸術施設のガイドになっている。温度のある紹介文や見所が添えられていて、ぱらぱらと眺めるだけでも楽しい。

  

 

▼これからの美術館の展覧会を確認する用に。でも博物館や小さなギャラリーまでは網羅できないので、日々のチラシ収集やSNSでの情報集めも多い。

 

 

 

▼このスマホアプリが秀逸!!

eplus.jp

 

 

今年行ってみたい館

去年の後半から今まで、

泉鏡花記念館

一葉記念館

・田端文士村記念館

横山大観記念館

早稲田大学坪内博士記念 演劇博物館

・神奈川近代文学館

・文化学園服飾博物館

などなど、よい館との出会いがたくさんあった。

 

今年わたしが行きたいのは、このあたり。

・旧江戸川乱歩

川端龍子記念館

・郵政博物館

たばこと塩の博物館

・浜松楽器博物館

 

東京以外も、日本以外も、行くぞ!!!

 

 

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ソフィアシンポジウム「性暴力をなくすために男性ができること」参加記録

昨年11月、上智大学でひらかれた「ソフィアシンポジウム」に参加した。

ソフィアシンポジウム「性暴力をなくすために男性ができること:男性の立場と心理を日米の心理学研究・臨床現場から考える」(上智大学) |国立女性教育会館

 

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「男性ができること」というタイトルで催されることの意義の大きさと、日米・各分野の専門家の、最前線の現場感覚に触れられる。

この内容、このボリュームで無料、学外からの一般参加OK、というありがたい機会だった。
しかも同時通訳付き。機器も貸してもらえる。

 

3時間半の場が終わったときの体感としては、「とても励まされた」に尽きる。


伝える、知る、気づく、問う、応える、対話するが行われる場で起こるEmpowerment。学び。

取り組んでいる人たちがこんなにもいる、という希望。
自分にも日常のささやかな場面でできることがある、という勇気。

 

全体を通して4人ほど質疑応答で発言された方がいたが、どなたの質問も、登壇者との対話も、とても胸に残るものだった。あの場に立ち会えてほんとうによかった。

励まされたことの大きな部分。

 

今もお守りとして持っている、メインスピーカーのキルマーティンさんの言葉がある。

・時間はかかるし、すぐに目に見える成果が出ないことはあるが、因子やプロセスはもうわかっているから必ず減らせます。

大切なのは減らすことができる、ということです。

 

・もしもその場で何も言えなかった・できなかったとしても、そのことをポケットに入れておいてください。それはあとでかならず使えるから。


・あなたが声をあげることは、あなたが思っているよりずっと大きな影響力があります。

 

シェアするつもりだったので、いつも以上に細かくメモをとった。


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後日、「シンポジウムに関心はあるけれど、時間的、距離的などの問題で参加できなかった」という方々のために、学びの体験をシェアする会を友人のまゆみさんとひらいた。

 

まゆみさんは、カウンセラーでセラピスト。

レジリエンスのSAFERなどいろんな被害女性の支援者研修などに行くことが多い彼女は、「こういう場って女性がほとんどだけれど、登壇者も参加者も男性が多くて新鮮だった」と言っていた。

 

そうかも。

年齢も性の別も職業も、学内外も混ざって、このテーマについて真剣に向き合う場は、とても居心地がよかった。

 

 

当日参加しただけでもすごい体験だったが、その体験をさらにシェアをして、参加してくださった方と質問や感想のやり取りをしているうちに、自分たちの中で定着した学びもあり、新たに伸びたツリーの枝があったことも感じた。

これはまた次の何かにつながっていくはずだ。必ずや。

 

まゆみさんと二人でシェアすることで、違う関心、違う視点が入り、誤りも正されて、ありがたかった。自分だけだと、どうしても自分の関心が強い部分だけが拾われたり、見逃しが起こりがち。

 

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今後も、このようなよい場(機会、ムーブメント、集まり)を見つけたら、変化を望んでいる「当事者」(なんらかの)がアクセスできるよう、シェアしていきたい。

 

このシンポジウムに参加した後も、性暴力をなくすためのムーブメントはますます広がっていると感じる。

今まで「ないことにされていた」「だれかが我慢していた」ことに対して、もう黙らない、声を上げる、行動として示す、が続いている。
わたし自身も我慢していたことに気づかされる。
そういうものだと諦めていたことに、だれかが声を上げてくれていることに励まされる。

変えていける。より良くしていくことができる。

たとえ一部の領域、一部のクラスタの話であっても、そこからまず熱くなっていくことが大切。熱が移っていくための次の場もどんどんできていくはずだ。

 

 

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まゆみさんのブログ。見聞きしたこと・感想と共に、当日の現場の景色がリアルに立ち上がってくる。

mayuminaba.hatenablog.com

 

 

同じく当日参加していた友人・桃子さんが丁寧なメモを残してくれている。ありがたい。

note.com

 

 

 

このような場に参加するのは、わたし自身のためでもあるし、わたしの職業のためでもある。

わたしの仕事は、さまざまな人に会う。どんな背景を持った人が来るかわからない。

誰が来ても、その場の一番のマイノリティに配慮できるように、人間について知ること、社会の動向や変化について知ることが重要だ。

また表現作品のミスリードを防ぐためや、今の時代の解釈を加えていくために、今の社会がどのようであるか、どんな課題があり、どんな取り組みがあるかを知り、咀嚼し、血肉にしておく作業は、鑑賞対話の場に欠かせない。

よい動きをしている現場にはこれからも足を運び、視点を増やし語彙を増やし、感度を上げる鍛錬をこれからも続けていく。

 

 

_Information____________

2月11日に田端のシネマ・チュプキ・タバタで映画『トークバック 沈黙を破る女たち』の感想シェア会をひらきます。

MeTooを経験したわたしたちとして、あらためて見て、語って(トークバック)みたい。

chupki.jpn.org

映画『プリズン・サークル』鑑賞にあたって

明日公開となる映画『プリズン・サークル』。

わたしも観ます。

prison-circle.com

 

自分のための覚書とささやかなリンク集と宣伝です。

 

●拾えた範囲のインタビュー。あとで必ずや読みます。

www.huffingtonpost.jp

 

note.com

 

maga9.jp

 

 

坂上香さんの前作、『トーク・バック 沈黙を破る女たち』でゆるっと話そうをひらきます。2月11日(火・祝)シネマ・チュプキ・タバタにて。ファシリテーターを務めます。

chupki.jpn.org

 

チュプキでは坂上香監督の映画『Lifers ライファーズ 終身刑を超えて』や、冤罪被害者をテーマにした金聖雄監督の映画『獄友』の上映もあります。

chupki.jpn.org

 

chupki.jpn.org

 

 

●現状の世論は厳罰化を求める方向へ、より向かっています。「処罰から回復へ」とは真逆の方向です。

2020年1月に出たばかりの、死刑制度について内閣府が5年に1度実施している世論調査の結果はこのようです。(途中から有料記事ですが途中まででもぜひ)

www.asahi.com

 

しかしいったいどれだけの人が、死刑制度について知っていて、意見として持っているか?というと甚だ疑問です。(こちらは2018年の記事)

www.asahi.com

 

 

●わたし個人の経緯です。

hitotobi.hatenadiary.jp

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人間には誰でも処罰感情がある。
その処罰感情の行き着く先は、「死刑」ではないか。
そして実は死刑制度が存在することによって、加害者にも被害者にも回復の途が閉ざされているのではないか。

そのようなことが、わたしの問題意識としてあります。

加害者に背負わされた社会構造の軋轢、被害者に与えた影響の大きさ。

人間同士の関係から、健やかさと人間らしさを奪う暴力の機構。

 

ほんとうに見つめなければならないのは、何か。

 

映画『プリズン・サークル』を鑑賞し、感想を交わす、対話の場が、そこかしこにひらかれますように。わたしもまた、そこに仕事としてかかわれますように。

 

対話を通して知り、気づく。

映画の問いかけにこたえていく、受け取っていく。

一人の市民として意見を持つ。

 

この映画が、わたしたちの社会を考えること、議論のきっかけとなりますように。

 

処罰から回復へ。

対話から希望を。

詩のない場所に詩を。

 

 

プリーモ・レーヴィと本歌取り

昨年、プリーモ・レーヴィの詩集出版記念の講演に行ったときのことを話しました。

▼noteで音声&動画配信しています。

note.com

 

たまにひらきますが、やはりこの詩集、とてもよいです。

  

 

プリーモ・レーヴィの詩には、他の詩人の作からの引用が多い、と解説がありました。

 

その後つらつら考えていて、あれは引用というより「本歌取り」なのかもしれない、と思っています。

本歌取(ほんかどり)とは、学における和歌の作成技法の1つで、有名な古本歌)の1句もしくは2句を自作に取り入れて作歌を行う方法。 主に本歌を背景として用いることで奥行きを与えて表現効果の重層化を図る際に用いた。(wikipediaより)

 

元々の詩のつくりだした世界がある。

その影響を受けてきた自分としての人生経験があり、それを詠う。

「あたらしい世界をつくりあげる」ことで敬愛する詩に応える。

answer songの物語を描く。

それによってなんらかの普遍性を願う、祈る......というような。

 

彼の表現を、わたしがどこまで理解できているのかはわからないけれど、ある風景をみるとき、ある感情に入るとき、彼の詩が心に訪れるのは、何かを受け取っているしるしなのかなと思う。

 

あ。

そしてなんと、今気づきました。

 

この日の対談は文字起こしされてウェブ記事として公開されています!

この第6回〈詩の解説〉『プリーモ・レーヴィ全詩集』よりで、詩の話をされています。

dokushojin.com

 

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アール・デコの造本芸術展@日比谷図書館 〜芸術と本のゆくえ

暮れの迫る小雨の降る寒い中、日比谷図書文化館で開催中の『鹿島茂コレクション アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界』展に行ってきました。

 

▼日比谷図書文化館公式ホームページ

www.library.chiyoda.tokyo.jp

▼きれいな写真がたくさん載っているので、ぜひこちらでご覧いただきたいです。

twitter.com

  

 

 

いつものように、展覧会の感想をつらつらと。

 

①ブックデザインの歴史について新たな知識を得た

1910年〜1930年代前半の約20年。
挿絵本の歴史の中で突出した高い技術と芸術が生まれた時代。

このときの本は、予約購買者を募集してから制作された限定出版。
しかも、未綴じや仮綴じのバラバラの状態で刷って納品される。
綴じや装幀は、購入者が自分の好みに仕上げるため、プロの職人に依頼していたという。
今の本は、表紙が顔だけれど、当時は表紙は装幀のときに外されてしまうから、刷ったときは仮にあるという感じで、簡素で地味。

...とまぁ、出版の概念を覆す製本過程にまず驚きました。

 

本にそんな時代があったんだ!という驚き。

その前にも後にもあったんでしょうか?

 

でも、これからの本ってまたこのようになっていくんじゃないかしら。
資源が貴重になり、物質として持つことが貴重になる中、嗜好品、贅沢品、工芸品、美術品としての地位を取り戻すんじゃないかしら。

あるいは、既にその動きはあるかも。...ということをこちらに書きましたが、サイトヲヒデユキさんの本に思いました。

 

アール・デコの造本芸術の幸福な20年を支えたのは、

 ・革新的なデザイン感覚をもったイラストレータ

 ・高度な技術をもった印刷職人

 ・新鋭イラストレーターを起用する新しいモードジャーナリズムを見事に開花させた、先見の明ある編集者

 ・裕福なパトロン

 

このきらめきよ...。
展示品を見る前のパネル解説ですでにわくわくしました。

 

鹿島さんによるパネル展示は、とても充実していて、造本の工程について丁寧に説明してくださってました。

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たとえばこれは当展覧会のチラシの表面ですが、このような装飾頭文字をLettrine(レトリーヌ)と呼ぶ、など、「古い本」の中に何気なく「よく見ていたあれ」に名前がある、とわかったことがよかったです。

文章や挿絵はもちろんのこと、活字もレイアウトも、どれもが大切にされる要素で、すべてが芸術であったというところに、わたしは美を感じます。

美を成立させるために、ささやかな部分(品)にも名前があり、それが共有されていたというところ。

それは今の造本の過程にも思うことですけれど。

 

そして実物の大群が、これがまたすばらしい。

目を閉じるとあの作品の数々が蘇ります。

写真は撮れないのだけれど、作品リストを載せたパンフレットが美しく作ってあったり、美しいクリアファイルを買ったりなぞして、所有欲を満たしました。

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疑問だったのは、第一次世界大戦を挟んでいるのに、なぜこんなにもゴージャスなんだろう?ということ。
1920年のバブル景気で潤沢な資金があり」と解説があったのは、戦争によって特需が起こっていたということ?それで社交界は賑やかだった?

この高級挿絵本が急激に衰退したのは、1929年の世界恐慌後。

ふむ...歴史と芸術のムーブメントとの連動をもっともっと知りたくなりました。

 

  

展覧会に行けなかった方のためにも、行った方の復習のためにも、
こちらの動画で、鹿島さん自らの解説が42分も聞けます。

 

鹿島さんの解説を聞いていて思ったけれど、学芸員さんの解説だと、「わたしは」は主語になることってないですよね。黒子としていらっしゃるから。

だから鹿島さんの「わたしは」の主語がすごく新鮮だった。

「鹿島コレクション」と冠しているからできることなのかもしれませんが、編者の愛が全面に出てくる感じ、イイです。

 

 

②ジョルジュ・バルビエとバレエ・リュス

バルビエの本の美しさに感嘆。

本物を間近で観られてあらためて思いましたが、アール・デコ四天王の中でも、この完璧な美意識、突出しているんじゃないでしょうか。

バルビエの描くニジンスキーが、彼らの人生が共鳴している感じがして、切なかった。思わず家に帰ってこれ読み返しました。

バレエ・リュスって何?という向きには、こちらのインタビュー記事にあります。 

この映画もよかったです。『バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び』http://www.cinemarise.com/theater/archives/films/2007022.html

『魅惑のコスチューム:バレエ・リュス』展の図録。わたしの宝物(のひとつ)。

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鹿島茂さんのお宝がいつもすごい

以前こちらでも見せていただきましたが、鹿島茂さんのコレクションはすごいです。

doremium.seesaa.net

 

この展覧会のあと、モンベルの『ジャンヌ・ダルク』の布張りのほう、古書で買いました。間違えて2冊も買ってしまったので、一箱古本市の機会があれば出品します。

 

今回も惜しみなくシェアしてくださって、ありがたいです。

この展覧会の元になった書籍「アール・デコの<挿絵本>: ブックデザインの誕生」は絶版になっているようです。もう少し早く行けばあったのかなぁ。残念。

図書館で拝見しましたが、良い本でした。ほしいナ。。

 

 

④展覧会同士のひびきあい、同時代性

ちょうどその前の週末にラウル・デュフィ展に行ったところでした。

hitotobi.hatenadiary.jp

 

デュフィのデザインしたテキスタイルを紙に印刷したものがあり、「そういえば当時の製紙、製版技術って高そう。一体どんな時代だったんだろう?」と思っていたところだったので、いきなり答えが出た形になり、うれしかったです。

しかもデュフィの仕事に大きな影響を与えたポール・ポワレが、造本芸術のほうでもまた、この時代をときめくファッションデザイナーとして登場していました。

同時代性や文脈を感じる、展覧会同士の響き合いはいつもわくわくします。

ここ2、3年、特に意識して19世紀末〜20世紀初頭〜中期のオペラ、バレエ、音楽、文学、美術、映画などを訪ねてきましたが、まだまだ掘りがいがありそうです。

20世紀の100年。

いろんな物・事象・手段で何度も串刺して体系立てながらふりかえり、ここから先を人類はどう生きてゆけばよいか。

昨年からのわたしのテーマです。

 

 

④図書館体験のバージョンアップ

久しぶりに行ったら日比谷図書館自体バージョンアップしていました。

前回がいつだったかは忘れましたが、10年ぐらいはゆうに経っています。
日比谷カレッジや、ボードゲーム部(コミュニティづくり)や、テーマ別のゾーン設定や、閲覧席の充実。

個人の学びのための館であり、知を交わし合い、循環させる場としてもある、という感じがしました。

しかも1Fのカフェ・プロントは、電源席もあって仕事や勉強はかどります。

音楽は流れてるけど、普通のカフェみたいにしゃべってる人いないから快適です。

文房具も販売しているので、切らしたものがあればすぐに調達できるのもありがたい。

販売用の本棚を眺めながらなので、すごく落ち着きますし、少し目をあげると窓から日比谷公園の緑見えるのものびのびします。

 

 

⑤製本やブックデザインといえば

ここから現代のブックデザインに飛ぶのもおもしろいですね。

たとえばTOPPANの印刷博物館で毎年開催されている「世界のブックデザイン」展。

一冊一冊、個性にあふれた本との対話があります。はじめて行ったときは、そのエネルギーのすごさに全部見きれないほどでした。2日に分けて行きました。

bijutsutecho.com

 

そして映画。『世界一美しい本を作る男〜シュタイデルとの旅〜』

2010年製作。これを観た時に、「紙の本はこういう特別に誂えらえるためだけに残っていくかもなぁ」と思いました。
資源も技術も貴重になっていく。
人間が介在する理由が必要なものが明確になり、棲み分けていく時代。もしかしたら。


 

開催してくださって、ありがとうございました!

  

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▼鑑賞対話ファシリテーション、場づくりコンサルタント承ります。

seikofunanokawa.com

 

▼話す・書く表現もしております。

note.com

  

 ▼イベントで、わたしの場づくりやファシリテーションを体感してください。

hitotobi.hatenadiary.jp

手が記憶している本

友人に誘われてNADiffに書肆サイコロのサイトヲヒデユキさんの装幀のお仕事を見に行った。

お仕事といっても、携わった本が販売・展示されている小さな小さなコーナーがある、という感じ。

一般に流通している単行本から、
限定の手製本である詩集やご自身の作品集、
そしてジョゼフ・コーネル展の図録までが一覧できる。

 

もともとサイトヲさんのことを知ったのは、この図録によってだった。

行った時のブログ>>

ジョゼフ・コーネル展、また会えたね! - ひととび〜人と美の表現活動研究室

 大好きなジョゼフ・コーネルの展覧会を、こんなに丁寧なビジュアル仕事で作ってくださるなんて!と感激したものです。

 

図録は中古だけれどあるみたいです。
ジョゼフ・コーネルが好きな方、美しい本が好きな方には宝物ですよ!

 

 

NADiffには松本力さんにまつわる品もあって、それを見てようやく、先日トビカンで見たこのパンフレットが、サイトヲさんの手によるものだと気づいた。

そのときの展示>

松本力「記しを憶う」-東京都写真美術館コレクションを中心に|東京都美術館


そのときのブログ>

「20世紀美術史の基礎知識」から次の関心へ - ひととび〜人と美の表現活動研究室

  
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どうりで、どうりで丁寧につくってあると思ったよ!

 

並んでいた本たちをひらくときの、紙のこの感触、、あれ、どこかで経験したような?と思っていたら、そういうことだったのですね。

本を扱う自分の手の動きが同じだった。

手が記憶している。

 

 

きのう中でも心にグッときたのは、「骰子」という限定100部で刷られた詩集。

骰子=さいころ

約7.5cm辺の正方形の「本」で、ページは蛇腹状に折りたたまれているその言葉の美しさもさることながら、活版で印字された文字の溝の刻まれ方から、インクの色から、紙質から、一つ一つが合わさって、本をひらいてめくるときの感触がすごかった。

手の力のかかり方、紙の動きが計算しつくされているような。

 

とっても欲しかったけれど、わたしがこれを所有してしまうと、作品の何かを薄めてしまいそうで、手が出せなかった。

誰か、もっとぴったりな人のところで、生きてほしい本。

 

オフセットとかオンデマンドとかではなしに、職人が手作業でつくる本の美しさ。

嗜好品。

そういえば、年末にそういう本の展示を見たなぁと思い、その記録をつけるのを忘れていたことを思い出した。日比谷図書館で開催されていた、フランスの造本芸術の展示。

......書きます。

 

 

本といえば、恒例の世界のブックデザイン展が、今年もトッパン印刷博物館で開催中。ふらりと寄りたい。

印刷博物館:P&Pギャラリー > 世界のブックデザイン2018-19

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それから、奈良原一高の写真集「王国」にも、思わず見入ってしまった。

ちょうど奈良原一高展を都内で開催中。

日曜美術館でも取り上げられていた写真の数々。

bijutsutecho.com

 

本といえばこんな映画が公開中。

1万5千冊をデザインした装幀者・菊地信義と、本をつくる人々のドキュメンタリー

www.magichour.co.jp

 

 

ほんの30分〜40分の滞在の中で、いろいろなものに出会った日。

 

 

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noteでも書く・話す表現をしています。

note.com

 

イベントのお知らせ、お仕事についてはこちら。

hitotobi.hatenadiary.jp

中島敦展@神奈川近代文学館〜今ひとたびの山月記

11月下旬、神奈川近代文学館中島敦展を見に行ってきた。
少し前に樋口一葉記念館に行った時にチラシを見て知って(チラシありがたい!)、むりやり予定を調整して、どうにか会期終了の2日前にすべりこんだ。

www.kanabun.or.jp

 

ほんとうに、とてもよい展覧会だった。間違いなく心のベストテン展覧会に入る。

自分の胸の内にあるだけでも十分なのだけれど、残念ながらわたしは忘れっぽい。

このままだと何もなかったように流れていきそうなので、バラバラしたものでもなんとか書き留めておこうと思う。

 

◾️

 

印象にのこったあれこれ。

編集委員池澤夏樹というのもまた貴重な展覧会。展示の端々から愛と共感、尊敬が伝わってくる。ここの文学館はいつもこうなのかしら。それとも中島敦だからなのかしら。

・知識人の家系に生まれ、親戚も学者や識者。父はいかにもこの時代の家長。

・実母に早く離別し、継母と折り合いの悪い生い立ち。父方の伯父・叔父たちと親交があり、人生に多くの影響を受ける。どなたもアクが強そう。しかし、やはりおじ・おば、いわば斜めの関係というのは良いのだな。一親等の家族がキツいときに助けになる。

・直筆の原稿は、漢字が大きくひらがなが小さい。とめはねはらいのきっちりとした、緩急のある筆跡。

・卒論は耽美派作家の研究。古典ではなく同時代を選んでいたことが意外。

・横浜と中島敦の関係は、横浜高等女学校の教員の職を得たことから。1933年(24歳)〜1941年(32歳)の8年間を過ごす。途中10ヵ月パラオへ。学校では国語と英語を担当し、クラス担任、部活動の顧問、遠足や修学旅行の引率も。ほんとうに普通の先生の仕事。女生徒からの人気ぶりもうかがえる。

・同い年のタカと出会い、結婚するまでに交わした熱烈なラブレター。

・仕事で南方へ行ってからの苦悩。現地の子どもに日本語教育を施すための教科書づくりや実際の授業、ひいていは日本政府の施策への強烈な違和感。

・庭で話を育てたり、音楽会に出かけたり、スケッチをしたり。ささやかな楽しみや感性にふれることを日常に取り入れていた。調度品や持ち物にも「らしさ」が光る。

・友だちに恵まれていて、パラオで知り合った美術家で民俗学者土方久功との親交は、心辛い中でも支えになっていた。

・2人の息子をとてもかわいがっていた。写真や、買ってやった本や、南方へ行ってから頻繁に送っていた絵葉書。それも一人ひとりに当てて。子どもや妻と会えない時間や距離を埋めるようにたくさんの手紙を交わしていた。

・「吃公子(韓非子)」の構想メモや自筆の地図。これは読んでみたかったな...。

・絶筆となる「タコの木の下で」に綴られた言葉が胸に迫る。読んでいると何かずっしりと重大なものを託されたような思いがする。

・館内で配布されたいた「K先生の謎解き山月記講義」というパンフレットがおもしろかった。北海道の高校で国語を教えているK先生(田口耕平さん)の文章とイラストによる紙上講義。定説ではない、K先生の独自の解釈だけれど、なるほどこんなふうに読み解いてみると、何重にも物語世界が味わえる。
「袁傪は李徴の詩を読んだことがあるか?」なんて考えたこともなかったけど、確かにあの二人の関係はもっと知りたくなるところがある。(見つけたので>田口先生へのインタビュー、13年前のベネッセの記事。

 

 

 

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わたしと中島敦との出会いは、多くの人がそうであるように、やはり高校時代だった。国語の教科書に「山月記」が掲載されていたことから。
山月記」の書き出しの美しさは、出会って25年経った今も鮮烈だ。

気づくと中島敦の生きた歳をだいぶ越していた。

 

今よりずっと若い頃には、作家の生涯よりも作品のほうをよく観るのが良いことだとなぜか思っていたし、作品と作家を切り離して考えなくてはと頑張ってもいた。

それが、歳を重ねてきて、何度も人生の節目を迎え、人生を振り返る機会を得るようになって変わってきた。
作家の人生を知ることで、作品からもっと多くのことを受け取れるようになった。

わたしにとっての中島敦は、優秀で、神経質で、繊細で、病弱で、陰鬱で薄幸な人だった。恥かしながら、山月記の李徴のイメージのまま。

けれど、この展示を旅してみて相当にイメージが変わった。

おおらかで視野が広く、好奇心旺盛、情熱的、研究熱心で、美的感覚に鋭く、愛情に溢れている。苦悩だけではなく、たくさんの幸せを瞬間を持ち、生き抜いた33年間だったのだ。

そうか、このような人だったのだ。
知ることで一気に血が通う。

こんなふうに〈作品と出会い→人生の一部になり→ふとしたきっかけで作家を知り→再び作品を味わう〉となることが最近増えたように思う。

新しいものを多読するより、再読や再見が楽しいこの頃。

旅。

人生のご褒美。

 

展覧会に行けなかった方にもおすすめしたいのがこの二冊。どちらも通販可。

展覧会図録「中島敦展 魅せられた旅人の短い生涯」
中島敦についてここまで網羅された愛あふれる資料もないかも。

https://www.kanabun.or.jp/webshop/10513/

 

中島敦の絵葉書ーー南洋から愛息へ
息子へあてて書いた絵葉書を両面オールカラーで掲載されている。解説も詳しい。これはほんとうに貴重な資料。本にしてくださってありがとうございます。

https://www.kanabun.or.jp/webshop/10693/

 

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鑑賞対話の仕事をしていて「なぜ"実物"を見る必要があるのか」「実物とは何か」ということを考えている。

今回またつくづく思ったが、実物の放つ存在感はすごい。
それをこれほど丁寧に構成し受け取りやすくしてくれる人(学芸員さん)がいる。監修者がいる。

あれこれ判断を入れる前に、実在を確認する。
展覧会は実存を信じるのに必要な装置なのではないか。

そのためには保存して、記録して、研究しておく。

 

人間はすぐ忘れてしまうし、必要なタイミングが人それぞれあるし、何度も必要になるから、何回でもそれをやる。

その時代の精一杯で編集をかけ、何度も編み直して、提示し直す。
一度だけでは偏っているし、間違うこともあるし、限界もある。
検証し、解釈し直し、新しく知り直す。それを鑑賞者と共に試みる。

 

一旦、そういうことではないかと解釈してみた。

 

◾️

 

以前からこの文学館は友人からおすすめされていたのだけれど、なかなかピンとくる企画展がないまま、何年も過ぎていた。

ようやく「行ったよ!」と報告できたのもうれしい。

 

大雨の降る寒い日だったが、ほんとうに行けてよかった。

茶店のホットサンドイッチも美味しかった。

 

 

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ひだ〜機能性とエレガンス展 @文化学園服飾博物館 〜トライバルとディテールの魅力

文化学園服飾博物館の展示『ひだ〜機能性とエレガンス』を観てきた。

https://museum.bunka.ac.jp/exhibition/exhibition2849/

 

観に行ったのには流れがある。

 

11月に杉村学園衣裳博物館で「ブルガリアルーマニアの民族衣装」展を観に行って感想を配信した。

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またその少し前には、大阪の国立民族学博物館を友人と訪ね、感想を話した。

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なにやら民族衣装、フォークロア、トライバル、ファッション、手工芸などのキーワードがわたしの中で立ち上がっていて、それが継続している。

かわいい、美しいからはじまって、
どうしてこんな形、色、素材なんだろう?
誰がどんなときに着るんだろう?
気候や宗教や歴史とどう関係があるんだろう?

を解説の助けをかりながら知っていくと、世界のいろいろな土地のいろいろな時代の人々の願いや祈り、意思なども見えてきて、世界っておもしろいなぁ、人間って愛おしいなぁという気持ちがふつふつとわいてくる。

 

そういえば、新宿・代々木にもファッションの学校があったなぁと思い出した。

文化学園だ。杉村学園と同じく、博物館を持っている。

しかも12月からなかなかどんぴしゃりな展覧会が開催中。ルーマニアブルガリアの民族衣装をみたときに、プリーツやギャザーを寄せて首元や手首周りを覆うことには魔除けの意味があると知ったばかり。

そんな経緯で行ってきた。

 

 

 

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いやはや、これまた、とてもよい展示だった!

なにより民族衣装は美しい!装うって楽しい!が全開で感じられる。

 

日本語で言えば「ひだ(襞)」だが、プリーツ、ギャザー、シャーリング、タック、ドレープ、フリルなど多くの服飾の技法、縫製がある。実物を見ながら、どの部分にどの技法が使われていて、どんな効果をもたらしているのか、丁寧な解説がある。

・布を身体のラインにフィットさせたり、動きやすくする
馬に乗ったり、自転車に乗ったりするための服は、ひだを寄せることで、腕の可動域が広がったり、足さばきがしやすくなる。皮のブーツにもひだがついたものも。保温性も高まるという。

・暑さや寒さの環境に適応させる
暑い地方ではひだを寄せた布が空気をはらんで膨らみ、空気を循環させる。
湿気の多い地方ではさらさらとした肌触りのよい布を使っている。乾燥した砂漠では足元から虫や蛇が入ってこないようにギュッと絞るときにもひだを使う。
寒い地方では細かな襞をぎゅっと寄せて、首や背中肩から熱を逃げにくくする、など。


・布のなめらかさや柔らかさや繊細さで着る人の美しさや威厳を演出する。
なるほどと思ったのが、「長い布や大きな布を用いることは着用者の権威や経済力といったステイタスを示すこともある」という解説。展示品の中には細かな布をはぎ合わてギャザーを入れた8mの腰布などもあった。重そう!

体を大きくする=威厳があるというのは確かに効果としてあるかもなぁ。
ツーピースよりワンピースのほうが印象が強いこととかあるかも?

 

・造形的なおもしろさを印象づけたり、物の見方を変容させる。
近現代のデザイナーの作品は様々な国の民族衣装から着想を得ながら、より視覚的、心理的、空間的効果を狙ったデザインがある。ドレスや儀礼のためのフォーマルな服の工夫はとりわけおもしろい。

 

ショーケースの壁側は鏡張りになっていて、背後のデザインがどうなっているのかも見られる。

 

伝統的なものだけではなく、近現代のものもある。
プリーツといえばあの人!というデザイナーのもの。

それから、子どもの服。かわいい。

子どもにもコルセットを強いていた時代があったらしいけど、発達によくないということになって、胸下でひだを寄せて布を切り返し腹部がふくらむような、Aラインのワンピースが多くなっている。

 

無意識に受け取っていたファッションのサイン。
背景にこういう意味があるのか、と知ることがまずおもしろい。

知って見てみると、人間の工夫や好奇心ってほんとうにすごい。

その表れも地方により、時代により、作り手により、手に入る素材により、全然違ってくるのがおもしろい。そこにさらに願いや祈りの意味を込めた色や刺繍や文様などが加わる。

思えば人間というのは、いつの世も予測できない災害、病気や怪我、死への怖れと闘ってきた。命をつなぐ祈りを込めてきた。

装いとは美の喜びであると同時に、家内安全・無病息災の祈りの形でもあったのだな。

 

遠くから大雑把に見ると「民族衣装」なのだけど、一つひとつ、たとえば「ひだ」というテーマで注目して見てみると個別の発見があって、また人間を愛おしく思える。

 

帰り道にまちを歩く人の服や自宅のワードローブに「ひだ」を発見して、その効果について考えるのも楽しい。タータン展のときみたい。

ここまでの人間の歴史を思い、今の自分たちを省みて、そして何を作っていこうかなと考える。そのきっかけを提供してくれる。

 

ミュージアムってやっぱり楽しいし、学びが多い。

2020年2月14日までの開催です。

受付で売っていたオリジナルポストカード、かわいいのがいっぱいあります。

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関連講座もあるようです。

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おまけ1。

こういう専門の博物館にくると、キャプションの言葉遣いがその世界独特の言い回しになっているところに、ぐっときます。

「ウエストにひだをたっぷりと寄せて裾をすぼめることで足の運動量を十分にとり」

「寛大なシルエット」

「優雅な印象を与え、体のラインを美しく見せ、余韻をもたせる」...など。

......余韻!服にまつわることで、「余韻」という言葉を使ったことがなかったのでとても新鮮で、自分の語彙に入れたいと思いました。

 

おまけ2。

文化学園が出版している書籍、どちらもおもしろいです。
文様で注目、国で注目。同じや違いを発見する。

 

こちらは今風の着こなし方を提案しつつも、民族衣装についての解説資料にもなっていてお得。なによりその衣装、その文化へのリスペクトがひしひしと伝わる。
ファッションに取り入れてみると、楽しみが広がったり、可能性が広がりそう。
自分という人間を表現する大きな要素なので、楽しんでいきたい。

 

 

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《お知らせ》3/23 爽やかな集中感 百人一首と競技かるた体験会

Umiのいえでひらいてきた百人一首と競技かるたの体験会は、3月23日で一旦最終回となります。

気になっていた方はぜひいらしてくださいね!

 

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千年の時を経て、文学、文化、芸術、スポーツなど様々なジャンルにわたって発展してきた百人一首
競技かるたを通して、その奥深さにふれてみませんか?

大人になったから今だからこそわかる、四季の移ろいや、人の情け、現世のはかなさ、生命の美しさを、和歌を鑑賞しながらみんなで味わいます。
3月は春や別離の歌を中心に鑑賞します。
その後、鑑賞した歌を含めて、競技かるたの公式ルールで実際に試合をします。
勝った負けたの真剣勝負を楽しみましょう。

百人一首の札に一度もふれたことのない方も、
こどもの頃にやったきりでブランクの長い方も、
お楽しみいただける会です。

一首の歌に込められた情景や感情にひたりながら、
一枚の札を取ることで千年前とつながる喜びを味わう、大人のための会です。


ご参加お待ちしております。

■■■詳細■■■
■日 時:2020年3月23日(月)14:00~16:00
■対 象:18歳以上の方(子連れ不可)
     競技かるたの選手・経験者はご遠慮ください。   
■参加費:3,300円(税込)当日会場でお支払いください
■定 員:10名
■持ち物:飲み物(競技後はのどが渇きます)、靴下、ヘアゴムやピン(髪の長い方)  
■服 装:床座し、足を開いて前かがみになります。胸元の大きく開いた服や膝上のスカートはお控えいただき、動きやすい服装でお越しください。 衝突の際にケガをすることがありますので、爪は切っておかれるとよいです。
■会場:横浜 Umiのいえ http://uminoie.org/access/

■申込:https://coubic.com/uminoie/174356

プログラム 
・お互いをちょっと知る時間
・解説:百人一首の歴史、文化的背景、歌の解説。競技かるたの成立の経緯。競技かるたのルール。
個人戦:公式の競技かるたのルールで、1対1で対戦。レベル分けして、基本のきから段階を追ってゆっくり進めます。
・きょうどうだった?

 

参考サイト

・前回の様子 
 http://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2020/01/08/203154

百人一首が笑っている(ほぼ日の学校)
 https://www.1101.com/n/s/100wara/2020-01-11.html?fbclid=IwAR1oEPMW_e9erI8pUQiSfhz_WhgOzZ8bi-IxvtG0We02wbaNBKvD-RaKTUw

・HOW TO PLAYかるた〜競技かるたのルール(全日本かるた協会)
 http://www.karuta.or.jp/howto/howto1.html

 


ガイド:舟之川聖子(ふなのかわ・せいこ)
"競技かるたの聖地"滋賀県大津市の出身。子どもの頃から家庭や学校で百人一首に親しむ。7年前に漫画「ちはやふる」を読んで百人一首を好きだった気持ちを思い出し、友人と「かるたCafe」というコミュニティを立ち上げ約6年活動した後、競技かるたに本格的に取り組む。現在はB級弐段。
HP: https://seikofunanokawa.com/
Blog: http://hitotobi.hatenadiary.jp/
Twitter: https://twitter.com/seikofunanok

 

Umiのいえより

秋は秋の、冬は冬の歌を解説してくれる講師 聖子さん。
彼女の解説がやわらかいから、ノリやすい。
参加者も、その歌を眺め、あーだこーだと、思い思いにイメージした情景や心情を語り合ってみる。
どれが正解かなんてわかりませんが、昔の人の目線や皮膚感、そこにいる人影を、思い浮かべてみるのはなんて楽しいの!

そして、いくつかの歌に馴染めたところで、いざ本番!!
たった一枚取れただけでも、興奮!!

パソコン仕事では使わない脳みそを、フル活用してるみたいで、
めちゃくちゃ爽快です。

この競技かるた体験会は、この3月で一旦終了です。
最終回にぜひお越しください。
初心者さん、学生のとき以来の方でも大丈夫ですよー。
ご一緒しましょうね!(まきこ)

 

 

■■■■ Information ■■■■

 

百人一首と競技かるたの出張開催、承ります。

 

●概要:千年の時を経て、文学、文化、芸術、スポーツなど様々なジャンルにわたって発展してきた百人一首百人一首の和歌を鑑賞してその文学的味わいを深め、競技かるたを通して武道精神にふれる、未経験者や初心者向けの体験講座です。

●内容百人一首の成立〜競技かるたに発展していくまでの歴史や文化的背景を知り、和歌を鑑賞します。後半は競技かるたの公式ルールにのっとって、実際に取る体験をします。

●プログラム一例:

・お互いをちょっと知る時間
・解説:百人一首の歴史、文化的背景、歌の解説。競技かるたの成立の経緯。競技かるたのルール。
個人戦:公式の競技かるたのルールで、1対1で対戦。レベル分けして、基本のきから段階を追ってゆっくり進めます。
・きょうどうだった?

●大切にしていること:
・季節を歌で感じる、「鑑賞の味わい」
・身体ごと歌を感じる、「全感覚の覚醒」
・教えると教わるが混じり合い、「持ち寄る場」

●講師:舟之川聖子

"競技かるたの聖地" 滋賀県の出身。子どもの頃から家庭や学校で百人一首に親しむ。2012年に漫画「ちはやふる」を読み、百人一首を好きだった気持ちを思い出す。友人と「かるたCafe」というコミュニティを立ち上げ、2017年まで活動した後、かるた会に入会。競技かるたに本格的に取り組む。現在はB級弐段。
 

●講師料
3.5万円〜+交通費別途。
(講座時間:〜2時間, 参加者:4名〜, 事前打ち合わせ:〜1時間。

●実績

・杉並区 【男女平等推進センター講座】マンガから学ぶ「女性の働き方と両立支援」 (実施者:こどもコワーキングbabyCo)

http://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2018/10/08/152323

・中央区 女性センター・ブーケ21講座 「ようこそ!百人一首と競技かるたの世界へ」

http://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2018/03/27/175736

・はじめての競技かるた@アカシデカフェ
http://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2018/06/18/152850

・爽やかな集中感 百人一首と競技かるた@Umiのいえ

https://coubic.com/uminoie/174356

 

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